2024/01/01 のログ
ご案内:「富裕地区・とあるバー」にコルボさんが現れました。
コルボ > 新年を迎え、盛大に賑わう富裕地区のとあるバー。
その喧騒を一瞥しながら、一人酒を飲む男はバーテンダーにカクテルを注文する。

メニューを上から順に、誰と語るでもなく、静かに酒を嗜む。

情報屋として、国を飛び交う一羽の烏として、究極的には誰の側にもつかない。
だから誰の居場所とも分からぬところで一人、誰も連れ添うこともなく酒を飲む。

コートの下に礼服を、どこにでもいける、どこ向けでもない正装を身にまとって。

コルボ > 「……何の用だよ。」

 隣に座り、ブランデー・クラスタをオーダーする一人の女性。
 染み一つなく、病的に白い肌。大きな胸を包む深紅のイブニングドレス。
 まだ肌寒いというのに純白のショールを羽織り、頬杖を突く美女。
 その顔を一瞥し、普段女性関係に軽薄な振舞いをする男は、声をかけるでもなく、
 抑揚のない声で言葉を放る。

『ご挨拶ね。貴方みたいなカラスこそ、こういうバーに不似合いじゃなくて?』

「お前に言われたくねえわ。どうせどこぞで拠点作ってんだろうが。そこでしっぽりすりゃいいじゃねえかよ。」

『私だってたまには損得抜きで話したい時もあるのよ? ……貴方、あれからずっと名が売れてるみたいね』

「お前ほどじゃねえよスルーシャ。たんまり首に賞金かかったらお前の情報で儲けてやるよ」

 スルーシャ。魔族の諜報員。かつて関り、そして洗脳を受けそうになり、それを跳ねのけて以来の腐れ縁。
 それ以来、たまに王都の外で飲んでいる時に遭遇することもあったが、
 どうやら王都に居ついていたらしく、しかしそれを男は意外とも思わず。

『別にそれでもかまわないわよ? こうして忌憚なく話せる相手が一人減ってもいいのなら。』

コルボ > 「なんで仲良し扱いなんだよ。てかお前さ、冒険者登録すんなら偽名使えよ、びっくりするわ。」

『あら、気づいてくれたの? 熱烈ねぇ。」

 以前にとある冒険者ギルドで組んでくれる相手を探していると受付に紹介されて名簿を見た時に二度見して、見なかったことにして立ち去った時はげんなりした。
肝は冷えない。いっそ捕まればいいと思っている。
ただ、この魔族は尻尾が掴めない。というより、こちらがそも掴む気も起きない。
あまり関わり合いに成りたくない手合だ。
なのに、こうして己のいる場所を見つけてたまに接触してくる。

それも、こうして、昔ながらの知り合いという体で本当に忌憚なく駄弁りに来るのだ。

「腹立つなぁ……。相変わらずやってんのか?」

『貴方があの時手に入らなかったもの。」

「他にもっといるじゃねえかよ」

『一度の汚点を作ったことが問題なのよ。ま、今となっては人間の男相手に呑み仲間が出来たと思えばトータルプラスだと思ってるわ。」

「飲み仲間じゃねえわ。つかお前レズだろうがよ。」

『バイよ私?』

「はぁ? あんなバキバキのふたなり生やすくせに?」

『可愛がり方は沢山あっていいじゃない。』

「それはそうか」

『……洗脳してないのに急に同意するのなんなの……?』

「いやぁ、こう、最近じっくり関係深めてから、ってのが多かったから」

『……らしくないわね。色々な人間と関係持って、誰とも関係持たないようにしてた貴方が』

「……俺の周りには手を出すなよ」

 他愛もない言葉のやり取りの中、敵意も害意も殺意もない、ただ、提案と言う程度に言葉を漏らし、
 偽装した魔族を一瞥すれば、女は肩を竦めて。

『言われなくても、よ。仕事では貴方と関わり合いになりたくないもの。
 今度私の可愛い洗脳人形にも、貴方みたいな奴には気をつけろって教育するつもりよ。」

「そりゃ光栄なこって。」

 今度は肩を竦めるのは男の方。そんな男を警戒するのは魔族の方。
 魔族は知っている。なまなかな魔族よりもよほど深く沈み込んだ感情が男の心のうちに潜んでいることを。

 激情。憎悪。憤怒。絶望。怨嗟。

 堕とすより先に、男の感情が先回りして手を伸ばし、己の顔面を掴み、叩きつけてねじ伏せて来る。
 もう堕としようがない。救いようがない。その代わり敵意もない。悪意もない。

 この男にとって、世界の情勢など本質はどうでもいいのだと洗脳を試みて一端に触れてからは、
 味方にも敵にも尖兵にもならないと分かってからはこうして戯れに接触している。

 ……ある意味、監視の目的もあるのだが。
 なにせこの男の激情、手管、技法は、己の洗脳を他者に向けたものであっても打ち破るから。

コルボ > 『貴方が貴方の目的の為に動き続けるなら、こちらが関わらなければ利益は生じないけど損失も生じない。
 なら、ある意味利害は一致してるんじゃないかしら』

「言葉遊びにも限度があるわ。つーか、俺みたいなのに対して何をそんな警戒してんだか。」

『そういう謙遜するくせに迷いないのが一番面倒だからよ?
 それに貴方は放っとけば死ぬもの。目的の為に自分から死にに行く哀れな男。
 厄介だけど邪魔しなければ敵対もしない。
 なら、ひりついた関係を嗜むのも一興よ。」

「だったら情報の一つでも口を滑らせろや。」

『貴方と違って弱みになりかねない大事な人形が一人出来たとか?』

「人形言ってんじゃん。マジで大切かそいつ」

『そうねえ。すごく大事。私の願望を鏡に映して全部形にしてくれるみたいな素敵なお人形さんよ』

「ほんとに俺とお前利害一致してるか?」

『誰も彼も性癖の見解が一致するなんて思ってないでしょ?』

「あ、ごめん。そういう意味では利害一致してる。お前と爪先ほども咬み合いたくない。」

『……流石に私でも傷つくわよ』

「知らんわ。……つかなんか情報寄こせよ。
 お前だけ楽しんでこっち一人飲み邪魔されてんだぞ。
 ナグアルへの行き方とかよ。」

 男はジンライムを、女はアラスカをオーダーしながら受け取って、スルーシャのほうが目を丸くする。

『驚いた。貴方あの街に何の用なの?』

「この間寄生植物に引っ付かれて誘導されかけた」

『ああ……。序列第十二位の。』

 アラスカを飲み干し、ウォッカギブソンを更にオーダーしながらどこか得意げな顔で男の顔を覗き込む。

「……んだよ」

『別に? ただ私のものにならなかった男がナグアルの統治者の支配を跳ね除けたっていうのがね、へぇー。へぇー……?』

コルボ > 「なんでお前が得意げなんだよ。そんなに俺にまだこだわってんのかよ」

 カンパリソーダをオーダーしながら舌打ち一つ、頬杖をついてそっぽを向く男を見て、女は愉快そうに笑う。

『そうでもないわ。今の貴方は全てにおいて反面教師だもの。
 私と対極。私のように多くを求めるのではない男。』

 セプテンバーモーンをオーダーしながら視線を逸らした男の顔を眺めながら、やがて両手を組んで顔を傾けて満足げに笑う。
 その仕草を見て、男はブラッドハウンドをオーダーして、それからギムレットに変更する。

『……変わらないのね。ずっとその生き方をするつもりなの?』

「約束だからな」

『執念の間違いじゃない?』

「かもな? それがいけないことか?」

『私なら選ばないわね』

 この男の在り方にはよどみがない。根底に欲がない。
 だから人の心のゆらぎを見出し、増幅し、隙間に入り込む洗脳は通用しない。

 ずっと闇を見つめている。何も見えない場所を探し続けている。
 人間達は愚かだ。この男の本質を、この男の自称で惑わされている。根底から見誤っている。

 黒いカラスの姿をまとった白いフクロウ。この男の本質。
 この男は移り気なワタリガラス(レイヴン)にはなれない。ずっと彷徨っている。

 誰もがこの男の本質を見誤っている。
 カラスは昼行性であって夜は活動できない。
 本質は闇を見据えるフクロウの瞳。鋭い爪。音もなく狩る研ぎ澄まされた野生。
 だからこの男の目が欲しいと思った。

 けれど、それは叶わない。今のところは。

 せめて、この男がカラスと名乗ることを忌むようなそぶりを見せた相手でもいれば、何か変わるのだろうかとも思いながら。

『今日は帰ってあげる。これは奢りよ。』

 メリーウィドウをオーダーして、それを男に差し向けて立ち上がる。それを一瞥して、男はバーテンダーに返す。
 それは、受け取れないのだと。

『ナグアルへの道筋は今度手紙を届けてあげるわ。じゃあね』

 音もなく、喧騒に消えるように去っていくその姿を見て、ため息一つ、ニコラシカをオーダーする。

「……飲み直しだな」

 今度こそ、誰も隣に座らないことを確認しながらカクテルに手を付けようとして、

「あいつ、金払わねえで帰りやがった」

 ごく自然な流れで請求を己に押し付けていった魔族の顔を思い出しながら、男は酒を煽る。

そのまま、夜は更けて行って―

ご案内:「富裕地区・とあるバー」からコルボさんが去りました。