2023/09/02 のログ
ご案内:「セレネルの海 夢の渚」にレヴェリィさんが現れました。
レヴェリィ > 「──────♪」

煌々と輝く大きな月が照らす浜辺に、美しい歌声が響く。
この世のものとは思えない甘くも寂しげな旋律。

「──────────♪」

月明かりの下、乾いた流木に腰かけているのは、魔女のような銀髪の少女。
銀の髪が海風になびき、冷たい光を浴びてキラキラと妖しげに輝く。
それは夢のような光景。……事実、ここは夢魔によって紡がれた、夢の中の海であった。

夢の住人たる少女は、静かに歌い続ける。
誰かがこの夢に迷い込み、歌に惹かれてやって来るのを。

ご案内:「セレネルの海 夢の渚」からレヴェリィさんが去りました。
ご案内:「『ザ・タバーン』周辺」にヴァンさんが現れました。
ご案内:「『ザ・タバーン』周辺」にマーシュさんが現れました。
ヴァン > 見せたいものがある、と男は言っていたが。
早めの晩御飯を食べて、男の私室でとりとめのない話をして。普段よりもだいぶ早い時間に二人とも眠ってしまっていた。
見せたいものについて問われれば『もう少し時間が経ってから』と曖昧な返答。

真夜中を過ぎた頃合いだろうか、女を呼ぶ声がする。

「…マーシュ?起きられるかい?」

銀髪の男は女の隣に横たわり、髪を梳くように頭を撫でている。小さく呼びかけながら、目覚めるまでの反応を楽しんでいるようだ。
時折指先が髪を離れ、頬の弾力を確かめるかのように指先が柔らかく触れる。
部屋中央の魔導灯がろうそく程度の光を室内に届けており、テーブルの上に並べていた仮装セットを照らしている。

「これから裏庭に出よう。――どっちかを身につけてね」

犬セットと猫セット。選択肢があるようでない二択。男は選ばれた方を彼女の頭と首に装着するだろう。

マーシュ > 見せたいもの、と聞いてはいたのだ。
それを見る前に体調不良だったり、謎の仮装セットを見つけてしまったのだが。

改めてそれについて耳にして、けれどすぐにというわけではなかった。
問うてもはぐらかされてしまって結局ずるずると眠りについたそのあとで。

「──────、…………」

柔らかな感触。髪を梳る刺激に微睡みから引き上げられるように、瞼が震える。
横たわっているのは寝台で、だからもう少し眠っていたって良いんじゃないのかと誘惑に僅かに揺蕩う。
……でも手の感触は己のそれじゃない。
その結論に至るまで多少間があったのは眠りのさなかにあったからかもしれないが。
頬に触れる指の感触に瞼を引き上げると、わずかに狼狽えたような表情を浮かべた。

「…っ、……!?」

体を起こそうとして、そこが何処だったのかを、相手が誰かを思い出すよう。

ついでに淡い照明が照らすテーブルの上のものが視界に入って、ぐ、と喉が詰まった。

「─────……」

片方つけたら片方は相手が着ける、というわけじゃないんですよねという眼差し。
猫と、犬と。猫は以前見た通りの内容で───。

「じゃあ、……犬で」

寝起きの緩慢な仕草で身を起こしながら。せめてもの抵抗なのか、相手が着けてくれるなら、と女に似合わぬ抗弁。
………あっさりその願いはかなえられてしまいそうなのだが。

ヴァン > ごまかす、という風ではない。
準備がまだなのか何なのか、とにかく今ではないのだろう。

寝入ってから――4時間くらいだろうか。
まだまだまどろんでいたい時間帯だ。特にこうやって傍らの女性の体温を感じていると、離れるのが惜しくも感じる。
目を覚ましたことを確認すると柔らかく笑う。男も目覚めてから、そう長い時間は経っていないようだ。

「犬ね。わかった。……後でな?」

布で作られた犬耳が添えられたカチューシャをマーシュへとつけ、赤い鋲付きの首輪を嵌める。
だぶつかず、かといってきつくもならない程度に穴の位置を調節し、定革へとベルトを通す。
ベルトの中心、下部についた金属環に繋がるようにリードをつけた。
一通り装着が終わると、大人しくしていたことを褒めたつもりか、髪を撫でて額に口づけを落とす。

「さて……じゃ、夜の散歩に行こうか。裏庭だからすぐさ」

ベッドから立ち上がり、椅子にかけていたジャケットの内ポケットをまさぐると鍵束を手にした。
扉の入口に向かうと、ほとんど使われていないサンダルを二足、靴箱から取り出した。
男の部屋は土足厳禁。この国では珍しい。手の動きから、同じものを履いて階下に下りよう、ということのようだ。

マーシュ > ────女はさほど寝起きがいい方ではない。
それでも意識を浮上させるのも、その後の行動が早いのも、それらは常にそうあるように努力した結果だ。
今ばかりは、それがちょっとばかり恨めしいなとおもうのはこちらを見やる穏やかな笑みと視線がぶつかる面映ゆさや、仕草の甘さというより。

何故己は寝起きに仮装させられているのかという事実の方に意識が傾いたから。

散歩といわれても、あまり納得はしていない。

「────……散歩?」

鸚鵡に嘯く程度には状況を把握していないのかもしれない。
少しぼんやりとしたまま、頭飾りはともかく。苦しくない程度に調整されて首輪。………雲行きがおかしいな、とぼんやりした表情のまま見送っていると、本当にペットよろしくリードまでつけられたのに、首が傾ぐ。
額に触れるぬくもりに一度目を細めてから。

「……ぅ……んん……?」

何故、という問いかけは置いてけぼりのままに、リードの先を握ってる相手に釣られるまま歩き出す。
……困惑しつつ。世の中の趣味嗜好の深さについて思いをはせて。

用意されたサンダルに、素直に素足を納める。
されるがままに近いのは、やはり寝起きに近いからと──相手への信頼も一応あるのだが。

階下に向かうなら、誰かに見られる可能性を考えて──動けなくなりそうだったからその考えを手放した。

ヴァン > 「そう、散歩」

幾分過ごしやすくなったものの、空調完備の宿に比べれば屋外はまだ蒸す。夜とはいえ、わざわざ出る必要はない。
疑問を投げかけるのももっともと言えた。――それ以上のことに疑問符を浮かべているであろうことは意図的に無視する。

部屋の扉を開ける。廊下はひっそりと静まり返っており、左右に等間隔に並ぶ扉から時折鼾の音が漏れ聞こえる。
ゆっくりと歩を進めるたび、微かに廊下が軋む音がする。静かに移動したい時こそ大きく響くものだ。
男はリードを手に持っているが、引っ張ったりはしない。若干のたるみを持たせ、時折振り返りながら歩く。

客室はベッドに机、椅子、あとは鎧などを置くスペースしかない1人部屋だ。それがずらっと左右に並んでいる。
洗面所やシャワールームは客室にはなく、共用のスペースがフロアごと、階段の近くにある。
廊下を歩いた先には椅子やソファが置かれた、客がくつろげる程度のラウンジと下り階段。
ランタン程度の魔導灯が照らしているが、誰もいないようだ。
微かに水音が聞こえるのは、誰かが起きていてシャワールームを使っているのだろう。

木製の階段はより軋む。3階から2階へ、2階から――
客の1人が洗面所から出てきた。酒が入っているのか眠いのか、階段の方に視線を向けることなく客室へと戻っていく。
男は軽く安堵の息をついた。光量を落としているから廊下や階段では人がいることぐらいしかわからない。
リードをつけていることがわかるほど明るくはないが――。すぐ近くにいると、悪戯っぽい笑みを浮かべたことはわかるかもしれない。

「さて、次が難所だ……」

宿屋部分は薄暗いが、酒場部分は常に昼間のように明るい。室内に誰かいたらすぐに気付かれるだろう。
入口付近のカウンターを定位置としている人物のことが頭に浮かぶだろうか。

マーシュ > 「────……ヴァン様は時々、よくわからないですね…?」

分からないからと言って拒絶するのではなく、とりあえず受け入れる程度には流されているのか弱いのか。
とはいえ、やってみると思ったより恥ずかしいなあと寝間着姿の女は思う。

夜も更けた頃に響く───……抑えようとしても床板が軋むのは多少は致し方がない。
誰かの眠りを妨げるのもそうだが、───こんな愉快な姿を見知らぬ誰かに見られるのはさすがに避けたいところ。
だというのに。
……どうしてこの宿は内階段しかないのか、と今更ながらに宿の構造について恨み言を抱きつつ歩き出す。

気にすまいと思いつつも視界にリードが伸びてるのは入るし、巻き付けられた首輪の重量感は首許にある。
時折指先で隙間に指をひっかけて何とはなしに弄る程度にはやはり気にはなる。

扉が並んだ廊下は、概ね扉の向こうには誰かがいる気配がする。
その多くは眠りについているし、何かしているのだとしてももう、寝る間際のことだろうが───。

廊下を抜けて、階段に差し掛かる。荷重移動を気を付けても軋む音がより深くなるのにひく、と喉を震わせた。

「……っ、……っ!」

夜中の足音、というのが自分たち以外のものを耳がひろうと体を強張らせる。
………こんな夜中で、宿だからということもあってか足早に立ち去ってゆく足音はあっさりと遠ざかるのにぎこちなく肩から力を抜いた、が。

「………、……店主さんは部屋で寝るんじゃ……?」

1階の設備は己も知ってる。
そこに誰が常駐してるのかも。……あまり商売熱心じゃない彼女が遅くまで酒場を開けているかといわれると疑問だけれど。
じゃあ彼女は普段何処で就寝するのか、と当然の疑問。

……まだ、居る?なんて視線で問う。
相手に浮かんでる悪戯っぽい笑みがすべてを物語ってる気はするのだけれど。

ヴァン > 「……そうかな?」

何故こんなことをするのか、と問われたら言葉にするのは難しい。
この状況を2人で楽しみたい、というのもあるし、誰かに見せたい――という欲望もある。

深夜とはいえ無人ではない。大半は寝ているが中には起きている物音も聞こえる。
――とはいえ、1人部屋しかない宿のことだ。周囲の物音に気を留める者は皆無に近い。

「夜、宿をとる人達用に夜勤がいるんだ」

疑問に対して答えてみせる。住宅街の真ん中なのであまりないことだが、急に宿が必要になる者がいる。
そういった人達用に必要なのだ、と。
ふと何かを思い出したのか立ち止まる。振り返るとどこか嗜虐的な、でも冗談っぽい笑みを浮かべる。

「おや……言葉を話したな。わんこじゃなくて犬のミレーだったか……?」

飼い主とペットなのか、ご主人様と奴隷なのか。大差がないようにも思えるが――指先でちょん、と頬をつついてみせた。


酒場は喧騒が嘘のように静まり返っていた。
テーブルやカウンターが開店直前のように綺麗に磨かれ、椅子もほぼ全てが等間隔に並べられている。
例外はカウンターの近くの一部分。スツールを並べ、その上に器用に横たわる黒髪の女。
バーテンダー服を纏った女は目を閉じたまま、むにゃむにゃと何事か寝言を言っている。
大きな音を立てたり、スツールを蹴飛ばしでもしない限りは起きないだろう。
起きて2人を見たとしても、おそらく何も言わないだろうが――。
横を抜き足差し足で通り抜けつつ、マーシュの耳元に唇を寄せる。声で起きるかもしれないと思ったか。

「っと……玄関を出る時は俺にぴったりくっついて。
鍵を持ってない人が出入りすると夜勤の人間に音や振動で連絡が行くようになっている」

夜勤の人間、と言ってスツールの上で快眠中の生物を指さす。
玄関には鍵はかかっていない。扉を開けると夏の夜の熱気が肌に触れた。

マーシュ > 素直に頷く。
どちらの主張も──やはり女には理解しがたい。
………自己顕示や、承認欲求とはまた違うものなのかもしれない。それらが言葉として届けられたら少しだけくすぐったそうな表情にはなるか。

扉の数が多いのは一人部屋が基本だから。その理由を聞いたような気はするが──。
夜勤と聞けば、なるほどなと思わなくもない。

門が閉じてしまえば、夜間都市から出るにはそれなりの手続きが必要。
路銀が心もとなければ野宿もできなくはないだろうが……そのあたりは身の安全との兼ね合いになってくる。
宿、として使える場所の形態は場所によって様々だが……ここは身を休めるという意味でなら安全は担保されているはずだ。

でもそんな話の終わりに、振り返った相手の言葉に面食らう。

「え、……ん、………ンン……」

頬をつつかれて、非常に難しい表情を浮かべた後に

「…………………わ……、ん」

ぎこちない返事。
そこにどんな意味が宿るのかはさておいて。
………児戯にも等しいやり取りに、静かに頬が染まってゆくのはしょうがない。
───よもや己にそんなことを要求する人がいるとは思わなかったし、それが──心を預けることになった相手ならなおさらだ。


そんなやり取りをする羽目になった件の人物は、照明も落とした酒場のフロアで、並べたスツールの上で寝そべっている。
……腰が痛くならないのかなと思うが、寝言めいたものを紡ぐあたりはそれなりに眠りが深そう。

……目覚めたところで、そしてこの醜態を見たところで、何も言われないのはわかってるが。
分かってるからこそ、す、と離れ気味に動くのだ。

「……っ、え、……」

不意打ち気味に耳に落とされる言葉に息をのんだ。
今のままの距離間で進むと、容赦なく彼女の快眠は破られる結果になるわけで。
……相手の傍によると、躊躇いつつ身を寄せる。
どれくらいの距離感がいいのかは、正直分からなくて不安げ。

開かれた扉から吹き込んだ風は生温い。
まだ少し熱気は続くのだろうなと思わせるそんな空気。
それから深夜独特の、しんとした気怠さが漂っていた。

ヴァン > 物盗り、乞食、衛兵、動物。
王都といえど意識を手放した状態では危険は多い。建物内が絶対に安全とは言い切れないが――少なくとも鼠に齧られたりはしない。
冗談で言ってみたのだが、意外と効果はあったようだ。
先日は己が猫の真似をしたのだから、そこまで恥ずかしがることもなかろうに――と思いつつ。
よくできました、とばかりに再び頭を撫でた。

職務を放棄しているようにしか見えない女店主を叩き起こすことはせず、ゆっくりと歩く。
扉をそっと開けると微かにドアベルが鳴るが、それにも反応する様子を見せない。
もう少し近寄って、と相手に囁き、静かに扉を開けて、そして閉める。
まったく反応しない女店主に、実は起きてるんじゃないかと疑念を持ちつつも黙っておくことにした。

建物内に比べると外は暗い。
宿屋兼酒場は入口の看板が見えるように魔導灯がついているが、周囲の建物には灯の気配がない。一帯は完全に寝入っているようだ。
ランタンや松明をもっていなければ歩くのに大分難儀しそうだが、その分誰かから見咎められることもないだろう。

建物の間を抜けて裏庭へとたどりついた。短く揃えられた芝生が生えた憩いの場。
区画の住民達の共有物で、昼間は洗濯物が干されたり井戸端会議の会場になっている。
裏庭のやや外れに設置されたベンチに腰掛けるよう手で促し、その後カチューシャと首輪を外した。散歩は終わりらしい。

「見せたいもの、ってのはこれさ」

そう言って空を仰ぐ。――月がない。新月の夜だからか、星々がはっきりと見える。
歓楽街からも距離があるからか、地上の光に邪魔されることなく輝きを感じられた。

マーシュ > 宿というのも信頼があって成り立つ業態なのだな、と改めて思う。
悪質な宿は、逆に盗賊を手引きしたりなどもあるとは、時折聞くものだから。

人は人、己は己だ。
そもそも自分がそういった振る舞いをするとは想定してない。
相手の時は猫耳だけで首輪もリードも付けてない。
──でも、労うように頭を撫でられると、少し目元を和らげて視線をずらした。

相変わらずの雇用主と、被雇用主はどちらもがマイペースだ。
己は起こされても困るので素直に従っているけれど。
もっと、と告げられると、困惑しつつ身を寄せる。半ばしなだれかかるようなその距離間にざわりと別の意味の緊張が生まれつつ。
雇用主が抱いたひそかな懸念は、知らされたら多分暫く布団にこもって出てこなくなるからそれで正しいとおもわれた。

「────…は……」

知らず、緊張に呼気を詰めていたからか、外に出ると吐息する。
静まり返った中にはそれですら響くような心地がした。
かろうじて灯った明かりはわずかで、まるで夜の底。

───みな寝静まっている。
暗夜に活動する者たちにとっては今がまさに絶好の時間なのかもしれないが。

緩く、歩き出す歩調にあわせて歩き出す。
……仮装もそうだが、普段とは違う行動は、少しだけ心に高揚を生んだ。

案内された場所は、おそらくはこの周辺の住人にとって憩いの場。
生活の場でもあるのだろうが、共有の空き地は程よい息抜きのための場所になっているのだろう。

促されるままにベンチに腰をおろしたら、己の仮装が解かれる。ふ、と肩から力を抜いて──。

「…………ああ、綺麗、ですね」

月の眩すぎる光もない。地上から空を焦がす篝火の光も、魔導灯もない。
あえかな星の瞬きが空に織り上げられるのを見上げて、穏やかな笑みを浮かべた。

見せたいものがこれだったのなら───たしかに夜を待たなければならなかったし、余計な音や光もない時刻が最適だろう。

「………でも、どうして急に?」

新月の夜である必要があったからかもしれないけれど。

ヴァン > 扉を閉めた音が小さくした後、漏れた吐息にふっと微笑んだ。
そこまで緊張しなくてもいいのに――というのは、リードを持っている側だから言える言葉だろう。
お散歩の場面を本当に見られたら、しばらくこの宿屋に来ないであろうことは容易に想像がつく。

「だろう?」

綺麗だという言葉に満足そうに頷いて、隣に座る。
三階建ての建物があるものの、おおよそ夜空を眺めるのに不自由はなさそうだ。

「そうだな……きっかけは些細なことさ。先月、神餐節があっただろ? で、不思議に思ったんだ。
確か聖マカリア座って冬の星座じゃなかったっけ……って」

星空を眺める。特徴的な星の並びや明るい星は方角を知るためによく使われてきた。
占星術というものもあるらしいが、男はよくわかっていない。

「夏に殉教して、秋に神から功績を認められ、冬に天に昇り星座となった……らしい。
夏は神餐節で、冬は星座として我々が信心深く生きるのを見守ってるんだそうだ」

そう口にするものの、男はあまり信じていないようだった。
確か隣国では聖マカリア座の星々は狩人として扱われていた。己を殺した蠍が現れると逃げるのだという。
それはともかく、と。今話したのは前座らしい。

「この前、水遊場に行った時に楽しそうだったからな。
もっと一緒に色んな所に行って、色んなことをやりたいな、って思ったんだ。
美しい景色を見たり、おいしい物を食べたり、遊んだり……」

何も特別なことではないよ、と笑う。
――耳と首輪もその中に含まれているのかと問われたら、おそらく真面目に頷くだろう。

マーシュ > 傍らに腰かけた相手と、暫く黙して空を見上げる。特に明るい星々をつないで、描かれる星座についての話に耳を傾ける。
その表情は、乏しい明りの中ながら楽し気だ。

信仰の中の逸話を上げつつも、けれど本人の口ぶりは懐疑的。
他国には他国の考え方と、星座に対する視点がある。
己の国で語られているものだけが真実ではないとするのならそうなるのも当然か。

道を修めるものとしては、自国の……聖女についての星の話を支持するべきなのだろうが。
様々な信仰を否定することはなかった。

己がそういう性質であるからこそ、言葉として向けてくれたのかもしれない。
一度言葉を切り上げて、前回からのやり取りも併せて。
彼なりの考え方と、気遣いからの行動だったのに少しだけ………納得したように頷いた。

恥かしいものは恥ずかしいけれど。

「………私は、知らないことが多い、ので」

それは意図的に目を伏せてきた事柄でもあるし、どうしようもない状況からの自己防衛でもある。
それは常に、己がどうあるべきかを探すように言葉を選ぶ姿勢からも垣間見えるのかもしれないが

「あなたが、そう思って手を差し伸べてくださるのはうれしく思います」

いまだってたぶん、そう。
感情を感情として曝け出す難しさに眉宇を顰めつつ。だから、と言葉を重ねてゆく。
傍らの相手の手を取って、ゆるく握る。己からそうすることもあまりできないのはいつも先回りされるのもそうだけれど──。

「私も、あなたとなら色々なことをしてみたい、と思いますが………でも少し…照れますね」

緩く頭を傾がせると、傍らにもたれかけさせた。

ヴァン > 「聖マカリアが活躍していたのは約千年前。それより前に星は……あったんだろうなぁ」

それより前はどう呼ばれていたのか。
口伝は容易に失われ、書物ですら改竄される。真実を知ったとしても、確かめる術はなかろう。
知らないことが多い、という言葉には頷いてみせた。

「俺だってそうさ。だから本を読むし――それでも、実際に見聞きすることには敵わない。
それを1人でやるよりは、マーシュと2人でやった方がよさそうだ、って思って」

手を差し伸べているのかはわからない。人によっては振り回しているように映るかもしれない。
感情を素直に表現するのは男も得意ではない。だが、努力することはできる。
手の動きに従うように男からも緩く握る。微かに動かすのは、よりしっかりと繋がりを感じられるようにか。

「そのうち、慣れるんじゃないかな……」

しばらく夜空を眺めながら、ぼそぼそと星座の話を続ける。声を落としているのは、意外と夜は音が響くから。
部屋に戻ったら星座の本が見つかるかもしれない。やがて肩を指先で叩くと、リードを女の手に握らせた。
その後、首輪とカチューシャを渡すと背中を曲げ、カチューシャをつけやすいようにする。

「帰りはよろしく。――前も言ったろ。互いに互いのものだ、って」

マーシュ > 「空がなかったという記述はございませんし。前例があったからこそ、座に上ったのではないかと」

全てのものや、こと。書に記されるようになってから、あるいはそれ以前から。
人々が記憶を残す行為が始まってから、その変遷は人為的であれ、自然的であれ常に大きな流れの中にある。
折々に必要なものが残され、緩やかに形を変えて人の生活に寄り添ってきたんじゃないかとも思う。

握った手を握り返されると、嬉しそうに目を細めた。
ただそれだけのことだけれど、女にとっては大事なことだから。

「…………私でよいのであれば」
彼の何かに寄与できるとは思ってない。
見識や、着眼点がそもそも違う。そんな相手の役に立つことがあるのかは謎。
それでもそうやってともにあることを前提とした言葉を聞くのはうれしいと思う。

「………慣れるかはわかりませんが」

あとはとりとめもなく、星座や、互いの興味が赴くままの言葉を。
書籍に関する話題が多いのは互いが好むところからもあるのだろう。……手渡されたリードに、ん?と首を傾ける。

「───、…ぅ、え、………え?」

差し出される頭と、手の中の仮装一式に僅かに押し黙った後。
ふる、と震える手が相手に犬耳と首輪をはめることになるのだ。

─────色々なこと、はこういうことも入ってるのですか、とそこで改めて問いかけたには違いない。

ヴァン > 「マーシュ『で』じゃない。
マーシュ『が』いいんだ」

ゆるくかぶりを振って訂正する。些細なことに思うかもしれないが、大事なことだ。
手渡したリードに疑問符が浮かぶのは当然かもしれない。
そんなことも、時間が経つにつれて慣れていくだろう。
問いかけには言葉を返さず、頷いて返答する。既に犬耳がついているから。
じゃれるようにぺろりと相手の鼻先を舐めた。この男、ノリノリである。

立ち上がり、建物の間を通り抜ける。少し悪戯心が芽生えたか、飼い主が転ばぬ程度に先行する。

玄関が見えたその刹那。

派手な音を立てて扉が開き、中から人影が吹っ飛ばされて路地を転がっていくのが見えた。それはぴくりとも動かない。
酒場からの光でわかったのは長身の少年で、マントをしているころから冒険者らしい、ということ。
建物内から甲高い独特のイントネーションの声が響き、荒々しい音をたてて玄関の扉が閉められる。
おそらくは少年嫌いの女店主に対し、余計なことをしたか言ったかしたのだろう。声の主は完全に覚醒している筈だ。
男は思わず藍色の瞳を覗き込んだ。困惑しているが、どこか状況を楽しんでいるようだ。頬の端が緩み、笑っている。

散歩を中断して部屋に戻るのか、あるいは散歩を継続するのか。
知るのは寝間着姿の2人と、あと何人だろうか――?

マーシュ > 「…………」

訂正に少し驚いたように双眸を瞬かせた。

慣れることができるのかどうかはわからない。
ただ、喜びとも驚きともつかない感情が巡るのだろうな、とは思う。

犬耳をつけられて、それでも普段通りな相手にはややあってから小さく笑う。
真夜中、というのもあったけれど。
じゃれるような仕草で鼻先を舐められると、猫の耳を付けた時と同じような仕草だと理解して、なるほど、と頷いた。

リードを持った己が先に行くのではなくて、相手が先んじて歩を進める。
それについて歩いてゆくと───。

夜を裂くような音がした。
少なくとも先ほどまでの静寂を破るようなけたたましい音と共に扉が開かれ、あるいは破られて。
中から転がるように、あるいは吹っ飛ばされて行く誰かがいた。

「────……」


聞こえた罵声は、その独特のイントネーションからしても店主のものだ。
吹っ飛ばされていった彼が何をしたのか、と思わなくもないが。
……完全に覚醒してるだろう女店主の前にのこのここのまま出てゆくか、どうするか。

見合わせた表情と、それから選んだ先は。
─────このままだと。面白おかしく語られることになるのだけは間違いなかった───。 

ご案内:「『ザ・タバーン』周辺」からヴァンさんが去りました。
ご案内:「『ザ・タバーン』周辺」からマーシュさんが去りました。