2024/10/29 のログ
影時 > 「もともと、山育ちでね俺も。
 だが……隣山など怪異が住まうほどはあっても、こうも邪気が濃かァなかったが」
 
忍びだからこうも早い、とは言い切れない。数いる忍びでもこの鬼に追い縋れるものは、そうは居るまい。
そもそもが規格外どころか人外な一番弟子を除けば、己と同じ位に動けるものはどれだけのものか。
そう思いつつ、さらに速度を上げる牝鬼に足の回転速度を増しつつ、肩を揺らすことなく忍びが走る。
言葉するほどの余裕はある。追う相手の速度を除けば、山の険しさは馴染みある点も少なくはない。

ただ、空気が違う。文字通り違う。
内息、調息と言った類の技を疎かにしていた場合、この空気が濃くなるとその濃さを肺が受け付けなくなるだろう。
討伐隊と呼べるものが進むとすれば、事前の準備にどれだけのものを費やしたことだろうか。
この地に耐えうる鍛錬を積み、なお且つ、邪気を寄せ付けない、受け流すような術符、呪具等の備えと。
辿れた記録は僅かだったが、他の手がかりや見聞録の記述と実地の体験を以てそんな感想を浮かべているうちに。

「……ここが、そうなのか。鬼だから、おどろおどろしいもんかとは思ったが」

やがて、開けた場所へと出てくる。荒れ果てた地には違いないが、あばら家らしきものが幾つか見える気がする。
近づけばその詳細は見えてくる。荒れているが、努力すれば何者かが住める場所には相違ないそこは。

「ひょっこり這い出てそうな風情もあるな。
 住んでた連中は、どうだったね。誰もが皆、宿儺。お前さんのような手合いばっかりじゃあるまい?」

里、集落には違いない。崩れている建物もあるが、それは場所の険しさもあるだろう。
吐き捨てる鬼の横手を抜けつつ進み、崩れかけながらも手近な建物を除いてみよう。
失敬、と一応は断りながら覗いてみるが、応えも声も何もない。ひとまずは夜露を凌げそうであっても、誰も居ない。
記録として記されているものはあるが、実際に住んでいたものの声とやらは、当事者でなければ聞けない。語れない。

宿儺姫 >  
「長命たる者のサガか。こういった趣きの様なものを求め始める」

山を降りて見分した人の里を真似たか
あるいは攫われ、生き延びた人間の仕事だったのか
どのような経緯があったにしろ、此処が鬼の生活圏であったことは見てとれる

「呵々、闘争に飽き耄碌した者などもいたな。
 人里から攫った女を喰らわず娶った者もいた」

皆が皆、荒ぶる鬼であったということはない
無論そういった性分の者が多い種ではあるのだろうが
王国で出会った同族は人と過ごしている者もいた
宿儺とて、今や人と酒を飲み交わすことが出来る

「誰もおらぬであろ。
 我が封印から解かれた時にはこの在り様であった」

荒屋を除く男にそう声を投げかけ、女鬼は集落の中央へと向かう
そこには里の中心にはやや相応しくない、巨大な岩塊が墓標が如く、突き立てられていた
その岩塊にはいくつか、抉りぬかれた様な痕跡が残る
痕跡の縁は雨風に丸く研がれ、それが新しいものでないことを示していた──そこへ

「──むんっ!」

拳を振りかぶった女鬼が岩塊を殴りつけ…新たな、縁の切り立った窪んだ痕跡が刻まれる
生き残りがこの場にまだ存在することを示す、女鬼なりのメッセージを残している、とも見えるか

影時 > 「趣き、ね。
 ……どちらかと云や、生きていれば生きる分に対しての利便を考えたにも見えるのは、穿ちすぎかね」

悪しきオニだから、その創造物は悪しきに応じたおどろおどろしいものである――とは限るまい。
建築の能を持った者を麓から攫って作らせる、設計させるにしても、このような土地だ。ただのヒトでは長くもつまい。
ただ、今まで知った範囲で思うのなら、考えるなら、鬼の腕力、膂力任せで実用に足るものを思うなら、こうなるのだろう。
散見する廃墟から、往時の状況、佇まいというものを逆算する。思い描く。
見栄えにどうこうという凝り性、ばかりではあまりなさそうな気がしたのは、気のせいだろう。
排泄物の有無とその始末、獲物を取って食べた後の残りカスの始末など、食性まで詳らかに出来ればまた違うだろうが。

「はは、成る程。歳を取り過ぎて身体が欲求に追いつかなくなっちまった、ってのもあるだろうなァ。
 後者については、絆されちまったか。……混血がありうるなら、そこから辿ってみる線もあったか」
 
鬼も色々、ということなのだろう。
長命のものも闘争がどれだけ続けば、知らずの裡に身体が壊れ、摩耗した、ということもありうるのかどうか。
餌と見るものに懸想した、絆され、心を許すようになったとなれば、如何様な話が合ったのだろうか。
妖怪と人間の混血が――ありえない訳ではない。そうであった、と語る文献や口述は故郷でも幾つか見かけたものだ。
かの帝都にも、若しかすればそのような者も居たのだろうか? もし同様の事を遣るなら、そこを切り口にする手もあるだろう。
この人の子ならぬ鬼の子一人も見当たらぬ、廃墟ぶりに思う。

「……ああ。その封印とやらは、勝手に解けたのか? それとも、誰か解いた奴がいたのかね?」

覗いたあばら屋から離れ、腕組しながら思案していれば、集落の中央に向かう姿が見える。
その姿を追って歩いてゆけば、すぐに見えるものがある。否、おのずと目に入らなければ其れはおかしい。
町の中心に金字塔(おべりすく)なるものを建て、据えているものに覚えがあるが、突き立てられた岩塊はそれに似る。
そんな岩塊を雌鬼が殴り、その鉄拳の形に窪んだ名残を刻みつけてゆくのである。

――我、此処に在り。

そうありありと示しているかのよう。その姿に余所者はかける言葉がない。

宿儺姫 >  
「さて、そんなアタマがあったかは怪しいものだがな
 どの道、人の知恵がいずれか混ざったのは間違いないのだろうが」

集落には畑や田といったものは痕跡も見えない
やはり鬼、基本は奪い喰らうもの…ということだったのだろう

「混血か、鬼を孕んだ娘などは記憶にあるな。
 鬼の血は濃すぎるのか知らぬが、生まれるものは殆ど鬼子であったが。
 いまいち記憶にはないが、我も人の娘の(はら)より生まれたと聞いたな」

そこにさしたる興味もないのか、記憶のついでのようにそう口にする

「それは理解らん」

「偶然雷に打たれたか、そう仕向けた気まぐれな悪仙でも居ったのか。
 封印の力自体は今の尚残っておるぞ」

殴り砕けた岩塊の一部を拾い上げる
その仕草は、石ころ程度を拾うにしては妙に重苦しくも見える

「この岩塊が岩戸の一部よ。今も触れておるだけで身体が重い。
 帝都の道士どもの呪詛の効果とやらはしっかり残っておるわ」

ほれ、と手にした欠片を放り投げる
随分重そうに持ち上げた割には、人間にとってはその重さは軽い小石と変わらぬ程度
帝都付近に感じられる調伏の力にも似た効力を感じる筈だ

影時 > 「成ァる程。知恵が混じっただろう処については、合点がいった。
 まぁ、イチからどうこうより、知ってる奴らや手合いを集めてくる方が何より手っ取り早いわな」
 
それに、と言葉を言い足しつつ、周囲の地勢を思う。ここまで上がっていく中で見たものを思い返す。
田畑らしきものが見当たらないのだ。
狩猟ないし略奪で賄い、やりくりしてきたとなれば、攫われたものが言いたげな言葉を思う。
立派な家を作ってやりますから命だけは、とか――在りそうではないか。

「……マジか。
 あー、と。鬼の雄がヒトの娘を孕ませると大体が鬼の子と成り、その逆も、これもまた大体鬼、と」
 
それはそれで、結構重要な事柄ではないだろうか。異種同士の生誕とは興味深い事項である。
その気はなくとも、然るべき処に売れば金にもなりそうだ。売るにしても野暮の極みが過ぎるが。
鬼の子は鬼となるなら、良い塩梅に混血となった場合、どうなるのか。
ついついそんな女鬼の胸元やら腹辺りを見遣って、何考えているんだかと、苦笑を滲ませる。

「ほう?」

そして、件の岩塊だ。集落の中央にぶっ立てられたそれが封印のものと聞けば、まじまじと見遣る。
往時の人口ならぬ鬼口がどれだけだったか。
そんな中でひときわの強者を封じるものを構築して、その後どうなったのか。残ったものが無為に放置するとは、単純に考え難い。
思索を進める中、砕けた岩塊の一部を持ち上げてみせる仕草は、石ころサイズの割に奇妙に重々しい。

「と、ッ。……――嗚呼。あの帝都の辺りに感じるものに近いな、こりゃ。ふむ」

放り投げられるものをぱし、と手に受け止め、氣を巡らす。欠片に流し、その反撥から探りを入れる。
嗚呼と内心に感じる手応えは、昨今に記憶に新しい。帝都、特に皇城に近づくにつれて強くなるチカラと近しい。

「仮にこの岩塊から、剣でも切り出せばよう宿儺。
 お前さんを討つに使えそうだ、というのは冗談として。まだ囚われたり、封じられてるのはあるのか?」

宿儺姫 >  
「逆? 呵々、鬼の胎に人の子種が挑もうが喰らい尽くされるのみよ」

長命ゆえ、少なくとも女鬼の種については種の反映という意味での繁殖などはそうそう行われるものでない
そもそも子などを成さずとも強き者が跋扈し続けるのだ
まぐわいも肉遊び程度の嗜み、人間の女を攫い犯し孕ませるは道楽、といったところか
女鬼の肢体に向けられる視線
人の豊満とさして変わらぬ実りは或る意味、
そして顔立ちなど人の目から見て醜女と言えぬものも、混血故か

「連中の術に対する切り札にでもならんかと持ち出してみたりもしたが、いまいちよな」

封印、鬼封じの呪詛の塊とも言える石屑を投げ渡した男にそう言葉を向けつつ、返された言葉には眉を顰める

「さて、な。我には道士どもの術の仕組みもさっぱりわからん。
 未だ我の力に枷がかかるのがこの岩戸に在るのか、内なる枷があるのかも定かでない。
 ──、くく、切り出し剣としたならば随分と禍々しき呪いの刃とはならうぞ」

影時 > 「ははは。それはそれで聞くと試してみたくなンのは、俺の悪い癖かねぇ」

  (……――小鬼(ごぶりん)どもが女を犯して孕ませたら、小鬼が生まれるアレに似てねぇかねその理屈)
  
鬼の血が強いから、人の胎を借りたとしても鬼が生まれる、らしい。
では、人間と敵対する魔物、亜人の類で一番目につきやすいゴブリンの類はどうだろう。
あれらは繁殖のために、異種の雌・女の子宮を借りる。孕まされて産まれるのはその殆どがゴブリン、となる。
人間は弱いゴブリンを殺すのに、そのゴブリンが女を犯して孕ませ、産ませるのはゴブリンとなる。その仕組みに個体の強弱は関係するのか。
真面目腐った顔で、呵々と宣う雌鬼をぢー、と。見やる。思いっきり見遣る。
剛体は兎も角として、男好みのする豊満さと顔立ちの良さは、若しかしたら母体由来かもしれない。何となく合点がいった気がする。

「いやぁ、多分切り札にはし難いな。
 ……削って磨いて石斧とかにすンなら、一応武器にはなろうが、お前さんが振るうにゃ心許ない」

よもや割って作った岩塊を、抱えて歩くにしても正気の沙汰ではない。
己が鬼ならば、と思うなら、思っても、やはり持ち歩くに適した形態でなければ不便が過ぎる。

「流石に俺でも武器は選ばんにしても、使う武器は吟味するぞ。重過ぎる武器は好まん。
 なに、まだ此れがお前さんのチカラを封じたりしてるなら、……俺が壊したらどうなるのか、と思ってな?」
 
と、そんなことを思い、恩着せでも何でもなく興味のままに声に出す。
いまで全力を出せるのならば、余計なお世話だ。まだ先が、奥があるのなら、見てみたい。そういう欲だ。

宿儺姫 >  
「物好きも程々にせんか」

向けられた言葉と視線
やれやれと肩を竦め、返すのはそんな言葉
興味本位の色事に選ぶような相手でもあるまい、と視線は一蹴する

「どちらにせよ得物を持ち歩くのは性に合わぬしな。この五体で全てを砕けばよい」

胸の下で腕を組み、岩塊を見据える
己を封印していた岩戸の残骸、ではあるが
未だ女鬼の力の一部を縛っている
少しずつ、枷が一つ一つ外れる様に力が戻ってはいるが──

こいつ(封印)を?
 さて、どうなるかなど知ったことではないが…道士どもの呪詛の塊ぞ、禄なことにはならんだろう」

破壊しようとすれば女鬼にも破壊自体は可能だろうが、あえて粉微塵に砕くことはせず集落の標として此処に安置した
並の岩塊であれば一撃で粉々に砕くだろう剛力を以てしても少々の窪みを穿つに留まる──砕くにしても時間は掛かってしまうだろうが

影時 > 「悪い悪い。そういうのも、嫌いじゃあないンでね」

興味が無い、とは言わない。
だが、自分たちの場合と言えば、どうだろう。乳繰り合いよりも真っ先に立つものがある。
戦いと酒と。それが華である。それが交わり合いより先に出てしまう。
それで良いと思うが、惜しさがない、とも言い難い。そんなに物好きかね、とも思うほどに。

「持ち歩くにしても、下手なデカブツよりは酒樽だか甕の方が、な気がするよなァお前さんの場合。
 もとより、振るうにしても並の得物が耐えきれぬなら、……おのずと相応にでかくなるか」
 
武器は使うだけで、その武威を高める。一方でモノ次第では嵩張る悩みもある。
故郷では鬼のトレードマークと呼べる金棒も、普段より持ち歩くにしては、聊か大きすぎる。
刀を振るう鬼だって居ないとは言い難いだろうが、小賢しい剣術は性に合う合わないが出てきそうだ。
まだ、吞めば無くなるにしても、酒瓶やら酒甕の方が持ち歩くメリットがあると言い兼ねない。
そう思えば、らしいと思えて口の端が覆面の下で吊り上がる。

「――いや、斬れそうな気がしたから、な。
 それなら俺の余計なお世話か。侘びついでに、あれだ。酒を一本置いても困らねェ、よな?」
 
斬れると思えば、斬れる。斬れない時は斬れない。今の心地は前者だ。
そんな用途に使うなと刀に宿る霊は云いそうであるが、その用途に耐えうる方が悪い、と。
蛮用する側にありがちなこと思いつつ、腰の刀の柄をぽんぽんと叩く。
聞こえる言葉を思えば、自分たちの戦いの差し障りとなるものではない、と判断し、岩塊を改めて見やる。
切り取って武器にしたい、出来るにしても、そこに満足感も愉悦も見出し難い。

ただ、この雌鬼のようにかつての鬼たちも酒を好むなら、一本供えてみるのも悪くあるまい。ふと、そう思う。

宿儺姫 >  
向こう(王国)いくらも抱き心地の良い同族の女がおろうに
人間の娘を攫い、喰らうこともせずまぐわい子を成す
そんな鬼は物好きと揶揄される
その逆もまた然り、己がこの地の生まれ落ちたルーツではあるが
鬼として、類まれな鬼姫としてこの地に在った女鬼の感性からすればそんなもの
物好き以外のなにものでもない

「酒ならば幾ら持ち合わせても良いな。
 …? こんな場所に酒を置いても勿体ないだけではないか?」

妙なことをする、と首を傾げる女鬼
滅びた…あるいは放棄された集落の地ではあるが、
献杯やそういった文化には、いまいち疎い

「人の感性はまだいまいち理解に足りんな」

影時 > ようは、好みの問題と言える。
こんなに強いなら、臥所で一手――というのも、これもまた面白味があるかもしれない、というもの。
相手の側から奇異に見えても、己含めた人間の趣味、価値観で考えるならそう可笑しいことではない。
いずれ己が相手を打倒すようなことがあるなら、否、それを狙って戦うのもどうだろうか。

(物好きと云われても、仕方ねェわなぁ)

戦いに神聖さを見出す趣味は無いが、そんな動機で挑む戦いは死闘になるや否や。
もっとも、それどころではない気もして、笑い難い。

「手向けの酒、じゃあないがね。
 こんなトコに酒を置きに来た馬鹿が居ると思ってくれりゃァいい。
 最終的に宿儺、お前さんが呑んじまっても構わん。
 
   ……酒の匂いを嗅ぎ付けて、隠れた鬼が寄ってくるかも、程度のつもりだよ」
   
言いつつ、羽織の下の雑嚢(カバン)に手を伸ばす。ずるりと引き出すのは帝都で買ってきた酒の瓶だ。
鬼の呑みっぷりであれば、数口で飲み乾してしまいそうなものを、岩塊の傍に置く。
散らばった例の石ころを集め、倒れないように支えに据えてみれば、満足したように笑って。

「それを言うなら、俺からしてもそンなもんだ。
 たから、俺は俺がしてぇように、好きでこうするだけのこった。
 
 ――このでけぇのがお前さんの今の枷でもなく、鬼払いとかになってるわけでもねェなら、な」

砕いて何か仙宝の類でも出るなら、無法は考えたかもしれない。
だが、ただの目印以上の役割以外が薄いなら、ここで切り倒すなどの所以を見いだせない。それは己が“好き”ではない。

宿儺姫 >  
「この山は天も荒い。さっさと呑んでしまうのも良いかもしれぬが…」

しかし男の取り出した酒は、思いの外小さな酒瓶
鬼の大口で飲み干すには些か頼りないそれに、女鬼はううむと眉根を寄せる
まぁこのくらいの酒であれば勿体ないと思うこともないか、と

「我が目覚めた証にと此処に突き立てておいたものでああるからな。
 さて我の同族どもがどこへ消え失せたのやら」

数百年の間に滅びたか、里の場所を移したか
縁があればこの里にていまだ鬼が在ることを知る者もいるだろう

「──さて、妖仙どもの仙窟や仙宮はいくつかあるが、
 一番近いのはこの集落から日の沈む方角へと走った先よ。
 連中とはいまいち合わぬ故、我は往かぬが、物好きのお主は好きにしてみると良いぞ」

自分は、適当な荒屋で雨風凌いでしばし故郷に落ち着くとするか、と

影時 > 「都だから小分けする前の大甕も手に入る、とは思ったが、ほれ、ここに来る前に呑みまくっただろ。
 その時出た甕をまとめて売ったせいか、甕の商人と間違えられてるみたいでな俺」
 
酒に限らず、液体は重い。真っ当に運ぼうとすると重くて仕方がない。
見た目以上に入る魔法の鞄を持っていれば、その辺りの不便の対処自体は難しくない。
ただ、変に物の売り買いをしてみせると、目を付けられかねない道具でもある。
そんなものを持っているのは、何者か。その出どころは何処か?等と。
証拠隠滅ついでではあったとはいえ、ゴミにするにしてはよく原形が残った甕を捨てるのは勿体なかった。
考えなし過ぎたか、と。肩を落として零す吐息は重い。

「道理で変な置き方されてるわけだ。
 或いは、この山の何処かに隠されている可能性もありそうだぞ?
 
 ……神隠しと言ってな。
 
 こうも邪気も澱みも濃いとなると、この世の理にすら、変な歪み方を起こしてるやもしれん」

真逆、そんなトンデモを腕力任せにこなしてみせたのか。
有り得ないとは言い難い。その剛体が生む剛力は己が想像をねじ伏せうる程に凄まじいのは、肌身に沁みているではないか。
酒瓶を置いた場所から顔を起こし、無茶をする、と嘆息すれば、ふと、思ったことを口に出す。
天地陰陽の調和が崩れ、乱れているなら、思わぬ層、領域とも云うべきものが出来ている可能性もあり得そうだ。
帝都で聞き込み、調べた内容は多いが、術の知識についても有意義なものは多かった。
内外を隔絶させる結界の術に覚えはあるが、それより一歩二歩も進んでいるのが高名な道士やら仙人、或いは妖仙といったものだろう。

「こっから、なら。太陽の位置があそこで、……この方角、か。
 おおよ、なら見てみるか。“のっく”でもしてみて、見歩いたら帰るとするかねぇ」
 
心得た、と。今の見分、物見としての範囲はこの辺りまで、としよう。案内としては十分過ぎる。
とは言え、この集落はもう少し見回りたいものがある。
何か興味を引くものがないかと探索し、満足すれば小休止を経て雌鬼と別れよう。

集落跡を起点に探索を行い、山を下れば次に会うとすれば、きっと王国の側で――だろう。

宿儺姫 >  
王国を離れ帝都を訪れていても男の気風はあいも変わらず
色彩豊かに己が風の色をも変えて馴染むのは人の成せる業の一つか
少なくともそのような芸当は同族の雄の鬼どもには無理であろうなということは理解る

「ふむ、神隠し、か…」

妖仙どもにとってすれば、山の中腹に住む暴れ者の鬼どもなど歯牙にもかけぬだろう
では道士どもにとってすれば如何か
もっとも暴れまわる牝鬼を封じ、残る黒鬼どもを征伐とするには、あるいは色々な面での渋りがあったか
隔絶する、という方法をとる理由はなきにしもあらずではあるが──

「理解らぬ。それならばそれで良い。
 存分に殴り会える者が減ったことは残念ではあるが」

そう括り、岩塊へと背を向ける
山風は強く、雨など降りはじめれば雨足も強かろう
山の嵐ともなれば、山中を征くは人の身では熾烈を極める
もっともこの男に関しては要らぬ心配であろうが

「連中は曲者揃いぞ。出会うても妙な気は起こさぬほうが良い」

強者との闘争を何よりも望む牝鬼が意欲的に仕掛けようともしない連中である
強さという指針において、埒外にある者達…ともとることが出来ようか

「しばしは此処を褥とする。面白い話でも得られたらもって来るが良い。酒もついでにな」

そう言付けて、女鬼は男と別れ、打ち捨てられた様な荒屋へと
献杯された酒を然程も待たずに呑んでしまったなんて笑い話を男にするのは、またの機会となるだろうか──

ご案内:「北方帝国シェンヤン「八卦山」」から宿儺姫さんが去りました。
ご案内:「北方帝国シェンヤン「八卦山」」から影時さんが去りました。