2024/10/20 のログ
ご案内:「北方帝国シェンヤン「帝都シェンヤン」」に影時さんが現れました。
影時 > ――住めば都という。

気候に慣れ、風習に慣れ、食べ物に慣れて、水にも当たらなければ。暫く過ごしている内に風土に馴染むだろう。
そうして安堵を得られるのであれば、そこが己が居住地とも云える。
だが、長く過ごすつもりのない旅人が数日寝泊まりすると、どうだろうか。思うがまま、あるがままに身体を休められるかどうか。
それは人による。合わずに旅の空に戻るものもあれば、すぐに順応させてしまえるものも居る。
後者の例が、大帝国の都の一角、酒場兼飯屋と言える飯店で――、


「――おぅぃ、女将さん。酒もう一杯頼むわ」

……真昼間から酒をかっ喰らってみせるのである。
斯様な声が響くのは、四方を城壁に囲まれ整然と整地された都の西側、黄龍大路なる大通りに面した東西の境目に近い処。
視線を遣れば東側の富裕層が住むとされる場所が見える。
大通りに隣していれば、其処を行き交う貴貧様々な姿を確かめることはそう難しくはない。二階建ての飯店のテラス状の席からであれば尚のこと。
朱塗の円卓の上に幾つかの料理の皿と、糸で綴じられた数冊の本を置きならべた男が、空になった酒瓶を掲げてみせる。
程なくして遣ってくる女中が瓶を受け取り、厨房に向かう。その目が数度目とはいえ、奇異を示すのも無理はないだろう。
黒い道服に珍しい仕立ての上着を羽織った姿までは、恐らくまだ良い。卓上に並ぶ皿の傍に二匹の小さな獣も居た。
飼い主に合わせたのか、黒いスカーフめいた布を緩く首に巻いた茶黒の毛並みの齧歯類だ。それも二匹。
殻を剥いた種を齧ったり、火を通した後に冷えた野菜を齧ったり、小皿に注がれた水を舐めたりと。

髪の色や容貌はこの土地の人間とそう変わらない筈なのに、どこか奇妙で。にも拘らず、支払いは良い。
新しい酒を運んでもらえれば、支払われる硬貨自体も間違いはなく。
ごゆっくり、と声をかけてくる女中の声に鷹揚に頷く男が、空にした酒杯に酒を注ぎ、一口。ほっと息を吐く。

影時 > 「……すこぉし散財したが、路銀についちゃぁまだ何とかなるのは、日ごろの行いの良さってトコかねぇ」

今回の旅は誰からの依頼も請けていない。己が好奇心の発心、発露による思い付きの旅。或いは気紛れの旅。
迷宮探索を始め、今までの旅と冒険で手に入れ、手放したものは誰かに譲らない限り大体売り払っている。
そうして得た貨幣(ゴルト)は、宝石として貯蓄していたが、それをこの帝都で“金”に換金し直している。
この帝都に入る前、飲み干してこさえまくった酒樽、酒甕、酒瓶は、ほとんど捨て値で引き取ってもらったのはご愛敬だが。
そんな旅先にて仕入れたものを持ち帰り、売り捌くことで散財分を補填するかどうかは、急がなくてもいいだろう。
何故か。ガイドブック的に店売りされていた本、絵地図、等々。積むと荷物には重いが情報の重みとは、軽視し難い。

「今日明日にでも幾つか見て回るとして、どうせならあそこ迄行ってみたいもんだが。はてさて」

箸を使い、皿に盛られた料理を口に運びつつ、ちらと地上を見下ろす。
折よく、北の方角に向かって進む貴人らしい一群が見える。目的地はと考えれば、進む先を見れば考えるまでもないだろう。
北方はこの都の最奥と言えるものがある。皇城だ。氏素性を推し量るにはまだ知識が足りないが、宮に登る者には相違あるまい。
誰何されれば田舎者、我流の武芸者等とでも誤魔化す準備は出来ているつもりだ。
それで城の近く、手前まで近づくことは難しくないだろう。そこから仮に忍び込もうとするなら、どういった手段、手法があるだろうか。
思考実験よろしく考えを巡らせ、思いを馳せるにはこういった高い場所は都合がいい。

「……なンだね?ン?」

箸を置き、酒杯を手にしながらふと気づけば、卓上から見上げてくる二匹の視線がぢー、と。ぢー、と刺さってくる。
問えば、また何か変なことを考えてるでやんすね……と云わんばかりに顔を見合わせ、尻尾をぺたんと下げて肩を竦めてくる。

影時 > 子分にして旅の道連れでもある二匹の仕草に、ったくと息を吐いて、酒を一口含む。
酒を入れながら、観察を続ける。街は確かに栄えている。見慣れた王都よりも広大であり絢爛、ではある。
だが、幾つか気づくことも思うものも色々ある。昼間時となればどこもかしこも炊煙が登るが。

(……多いと思うのは、人口の多さだけじゃァないな。煮炊き出来る魔導機械の類が無いのか?)

その多さが気になるのは、故郷とは違う文化、風習、産出物で溢れていた王国に慣れた身からだろう。
似たような塩梅の土地はどれだけあったか。塩梅として近いのは故郷。薪で火を焚き、その熱を使っていたのだから。
薪が採れない土地の場合、乾燥させた家畜の糞を燃料としてた土地もあった筈だ。
この辺りの観察を深めたいなら、食い歩きのつもりで料理屋が集まっている地域を巡り歩けばいい。
燃料代に悩む声が耳に届くのであれば、そこは商機を見出し得る。気づきを纏め、己が雇い主にでも渡せば良い具合に使いそうだ。

「……――ま、城崩しの算段を今の時点で立てても仕方ねェか。
 それよりも今の時点で頭に入れておかなきゃならんことは、他にもあるよなぁ……」
 
肴よろしく食べていた料理は、気づけばほとんど捌けていた。
残った酒を舐めるように呑みつつ、積み上げたものの中から書を引っ張り出す。
怪談集、武人名鑑のダイジェストのようなものだ。図書館でもあれば使いたい処だが、気軽に使えそうな場所は見当たらなかった。
何せ、聴いた地名を地図で探し出そうとしたら、買った地図の出来の違いのせいか。穴が開くように見ても分からなかった。
まさかなと思いつつ調べを深め、幾つかの補足と裏付けを経ることで、其処で相違ないと確定させることが出来た。

妖怪変化が出てくる魔窟、ざっくり言ってしまうなら危険地帯であるとも。

八卦山と云われる場所に向かい、命からがらに逃げてきた武芸者やら道士、或いはその崩れめいた者たちの会話も酒場で聞いた。
では、件の土地で武勲を挙げた者が居るのか?となると、時間のかけ具合が足りないのか。それともアプローチの問題か。
これがまた、いまいちハッキリしない。かの地のことについては、永らく秘匿されていたような節がある。そのせいだろうか。