2024/07/22 のログ
ご案内:「タナール砦」にイェルドさんが現れました。
イェルド > ――全く、飽きないものだ。

そう思うのはさて、どちらの立場からだろう? 攻める側か。守る側か。
攻める側としては、正直飽いている気がしなくもない。
だから、一部の魔貴族や魔王たちは時折、奇妙な趣向を凝らす。
狩った敵の首の数を競うアソビから、確保した捕虜が如何に希少で価値があるかどうか、という遊戯。
陣取りゲームの舞台として、どれほどの敷地、床面積を自軍で確保できるかどうか、等々。
どれもこれも、先に進み過ぎると、魔力が減退する等、幾つかの面倒が生じると経験則として得ているからこそ。

「とは言え……――本腰を入れてやったとしても、いまいち得るものが少ない、というのも厄介だが」

夜を迎えるタナール砦。
責め苛むような陽光が過ぎ、生温い陽気の名残が漸く緩んだような頃合いに、密やかに生じるものがある。
しん、と手足の末端より染み入る冷気である。極寒の足音だ。
地面を白い霜が染め上げ、大気が凍えてゆくことに気づいた兵士たちが砦の壁を振り仰ぐなら、見えるものが一人ある。
高い壁の一角に腰掛ける白いローブ姿。
裾から覗くブーツの足をぷらぷらとさせながら、目深に被ったフードの中より視線を遣るものが右手を擡げる。

「解き放ってやるから――遊んでこい」

ぱちん、と。指を鳴らす音が僅かに響くと、ふっ、と月が陰る。
砦の中庭に巨大な塊のようなものが不意に中空より生じ、虚空より排泄されるように放り出されて転がる。
薄っすらと表面を覆う氷は、いわば卵の殻だったのだろう。衝撃で砕け、震えて目覚めるものの形態はまさに異形。
肉色をした直径2メートル程の球体。それが地面にへばりつき、身のそこかしこから蔦のような触手を幾つも生やして震わせる。
目の類はない。だが、触覚のかわりなのだろうか?肉の頭頂部に杖のように見える樹枝状の物体が魔法陣を灯し、光る。

イェルド > 今宵の遊戯は至極単純。これは、と思う捕虜を捕まえて来い、という遊戯だ。
なお、捕虜についての定義はない。それはつまり、同時に砦の他の場所で展開している他所の魔族でも構いはしない。
そもそも捕まる方が悪い。捕まる位に弱い、間抜けなら、いずれその内所領ごと滅ぶであろう。
領地が隣り合い、勢力が拮抗した魔貴族たちがガス抜き的に始めた趣向だ。意味を深く求めるだけバカバカしい。

「そんなバカバカしいコトに付き合う俺も大概なのは否定しないが、な。
 ただ、城の氷室に放り込んだままにしておくのも、場所を取るだけなんだよな……」

何がしかの得るものがあれば、それはそれで良いと思い、時折この手の遊びに参加する。
勢力を誇示するデモンストレーションの場としては悪くないが、砦を長く占領、占有する益がいまいち薄い。
益を見出すとすれば、適度に珍しいものが見られるか、それとも捕獲できるかどうか。
そんな舞台で本腰を入れて、麾下の手勢を引き出すのは――少し躊躇うものがある。大人げなさ過ぎる。
こういう時は、城の氷室で凍結させて封印した魔物を引っ張り出すに限る。
例えば、暫く前、魔族の国の迷宮の奥底で遭遇した異形の類がそうだ。
異次元から召喚された魔物が土着した類なのだろうか?意思疎通が成らず、種別不明、同種の有無も分からない。

「神経中枢と思われるトコまで杖を捩じ込んで、やっと俺の言うことを聞くようになったわりに……使い出がなあ」

手間暇をかけた旨味があるかどうかは、然程実感がない。
凍結させてしまえば、ひとまず行動の制限、封印は出来るからと死蔵していたが、そんな類を幾つも抱えても意味があるのかどうか。
そう思いながら、在庫処理的に引っ張り出そう。
粘液を纏った触手は速く、鋭く。一応は淫獣の類ではあるのだろう。その粘液は生物の体内に入ると麻痺に加え、催淫的な作用まで生じる。
おっとり刀で魔物に挑み、触手で貫かれたり、叩き伏せられたりする兵士や騎士の悲鳴や怒号を俯瞰しつつ、頬杖をつく。

イェルド > 「……見える位置に指揮者が居るなら、そう動くのは間違いじゃないんだが……」

その一方で、ちりちり、と思考の片隅で微かに疼痛のようなものが生じ、むずがゆさを覚える。
己が所領、領域を眼に見えるカタチで具現化する凍結領域。
座った場所を起点に地面や床に広がり、暑気を駆逐して真冬同然の冷たさを生むそれは、踏み込んだ生物の熱に反応する。
反応した際の挙動はその時の気分と仕込む術式によるが、体温を持った生物が踏み込めば、その分だけ冷気が掃われる。
故にその反応を利用し、警戒網、索敵に用いる。
回り込んでくるのは兵士か、腕に覚えのある騎士か。フードの上からこめかみを揉み解し、吐息を一つ。

「気づかないと思ったなら、それは大きな間違いだぞ?」

座した位置から見て、左手側。壁の上に張り巡らされた廊下に出る扉が蹴り開けられ、感じた通りの数の熱を吐き出す。
熱の姿はいずれも兵士。先頭に立つのは――騎士か。
その様子を見やりながら、左手を伸ばす。ひし、と人差し指で先頭を指し示し、念を篭める。
大きな術でない限り、いかにもな呪文詠唱の類は要らない。人差し指で弾くようにしてみせれば、チカラが動く。
高い壁の上から、大地へと蹴り飛ばすような衝撃が生じ、迸る。堪えきれないものはたまらず落ちる。そうでないなら、それなり以上の者であろう。