2024/05/06 のログ
アマーリエ > 毎度ながら飽きもせず。性懲りもなく。その言葉はヒトと魔族、いずれにも言いうる。
守ることで、或いは奪還することで体面を保つ。
ただ、それだけの事柄にどれだけの人命と費用を掛けることになるのだろう。
早朝から続いていた戦いはやがて終息し、一旦の決着がついたように思える刻限は――夜。

夜陰に包まれ、そこかしこに篝火が灯るタナール砦の一角、砦の指揮官の執務室とは別に賓客用に宛がわれる部屋がある。
王族や大貴族、あるいはそれに類する地位の者に使用される一室だ。王国の師団長レベルもそのケースに当てはまる。

「……あー。ね、む、っちゃってたか……」

そんな部屋に設置された執務机の椅子を軋ませ、身を起こす姿が一人ある。
肩位まである金髪を揺らし、指先まで手甲に包まれたその手でこめかみを揉むのは白い鎧を身に纏った女だ。
鎧の襟元の徽章は師団の長であることを示し、外套立てより垂れさがるマントに刺繍された紋章は第十師団に属する者たることを表す。
それなりに広くはあるが、質素にも見える扉の方に目を遣れば、遠く遠く聞こえてくる物音が幾つもある。
戦いが起こっているのであれば、配下の騎士たちが直ぐに知らせに来るだろう。
楽しげにも聞こえる歓声とは、戦いを終えての宴――だろう。砦の修繕もそこそこに戦いを潜り抜けたことを喜ぶものだ。

「先に警戒網を敷き直せ、とは言っておいたつもりだけど、まぁ、良いか。
 ……油断が過ぎると言っても、今更確かめさせるのは野暮が過ぎるわ」
 
修繕途中に再度襲われても面倒だ。
警戒のため、交代で空に竜騎士を飛ばしてはいるが、観察の穴、間隙を突くものが居ないとは言えない。
早期決着のため、制止を止めずに最前線に出て戦い続けていれば、少なからず疲弊もある。疲れも溜まる。
宴会に興じているのは、戦いの後に最低限やるべきことをやったあと、だろう。それを行わずして宴を開くことは許していない。
捕縛した魔族の捕虜も何人か、地下牢に放り込んでいた筈だ。その顔を見にでも行こうか。
そう思いつつ椅子から立ち上がり、飲み水代わりに持ち込んだ葡萄酒を伏せたカップに注ぎ、喉を潤そう。

アマーリエ > 保冷の魔術も何もかけていない瓶だ。当然、呑んだ酒は温い。だが、奪還直後の砦の食料品や井戸水に手を付けるよりマシだ。
魔族も愚かではない。戦争で拠点を引き払う人間の兵士がやるように、井戸や食料に毒を仕込むこともある。
安全を確かめるまでは、自分たちが持ち込んだ水や飲料水代わりの酒類、食料から消費せざるをえない。
飲み水代わりに支給する葡萄酒に酔って、特に傭兵や臨時の攻防戦に名乗りを上げた冒険者たちが酒盛りを始めることもある。

「いつから始めてるのかしら。
 この盛り上がりぶりだと、砦の食料や井戸は荒されてなかった……か」
 
窓辺から見える夜陰と月の傾き具合は、粗方の指示と報告を終えて休息してから、それなりに時間が経過したことを示す。
先任の騎士たちが許可を出したのか。それとも馴染みの傭兵等が勝手にやり始めたのか。いずれもありうるが、遅かれ早かれ起こることだろう。
全くと肩を竦め、壁に立てかけた剣を腰に佩く。酒杯と片手に持ち、酒瓶を脇に挟みながら扉を開こう。

「捕虜でも見ながら一杯って言うのも、趣味が悪いと言われそうだけど――ねぇ」

宴が開かれているのは中庭か、或いは大食堂か。否、どちらでもありうるだろう。
ハメと箍が外れた兵士や騎士などが、暗がりで盛っている処までは止めようもない。止める気もない。
こうしたときを狙って不意打ち、闇討ちだって起こりうるのだ。そうやって死ぬのだって、重々承知の上だろう。自分だってそうだ。
通りがかる兵士が敬礼する姿に「ご苦労様」と労いの声をかけつつ、のんびりとした足取りは地下牢の方へと向かう。

そこには何か居たかもしれないし、居なかったかもしれない。

アマーリエ > 「――さーて、ごきげんよー。気分はいかがー?」

掛ける言葉に嘲笑の響きはなく、寧ろ気怠い。見目の良いものであれば奴隷にした際、良い値をつけることができる。
そのあたりの駆け引き等を考えだすと、実に面倒が過ぎる。
全部まとめて自分のもの、手籠めにしてしまう方が良いのではないかとも思う程に。

返る声があれば、その主を見やりながら暫し手酌で酒に浸ろう。

ご案内:「タナール砦」からアマーリエさんが去りました。