2025/03/20 のログ
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ご案内:「無名遺跡」に影時さんが現れました。
影時 > ――冒険者百人聞き取った遺跡あるある、なぞというコラムが実在するかどうかはさておき。

起こるときは起こってしまうのが、事故というものである。
注意すれば事故は起こらないとは云うけれども、その発生確率を減らす程度だ。
人の為す不注意、またはうっかりとは、人がヒトである限り、完全に撲滅することは恐らく叶うまい。
特にそれが起こり得るのは、罠が仕掛けられている宝箱を開ける時だろう。
こればかりは、熟練の有無も関係なく起こり得る。特に恐ろしいことと言えば――、致命的な罠を作動させてしまうことだ。

そうした仕掛けに満ち溢れている、無名遺跡と呼ばれる遺跡群のひとつ。
何層にもわたる深さと広さを持ちつつ、浅い層は初心者向けとして区分されているそこは、粗方探索されていながらも人入りが途切れない。
経験者が初心者を引き連れ、潜る分には手頃であり、時折偶に未発見の隠し部屋や階段が見つかる。
臨時の編成(パーティ)とはいえ、経験者と初心者を数名混ぜこぜで組んで潜って挑んでみた筈が――。

「…………っおおおお!?」

――此れである。薄暗い回廊の行き止まり、その壁に不意に波紋めいた揺らぎが生じる。
水面に石を投げたかの如き揺らぎが、叫びを放つ一人の男を投じられた石よろしく吐き出し、ふっと消える。
そうして石床に叩きつけられた男突っ伏し、呻きを零して暫し、もぞりと起き上がって頭を振る。

「っ、ぁー……真っ逆、この罠引いてくれるたぁ、なァ。深い層でもねぇ癖に仕込まれてるとは……。
 ……おうぃ、誰か、居るか。居るんなら返事してくれると有難ぇんだが」
 
事の発端は罠が仕掛けられたと思しい宝箱を開ける、その筈だった。
駆け出し色がまだまだ抜けない斥候役が志願して、罠の解除に挑み出す。それはいい。何事も経験だ。
ただ、手が滑ったのかどうかは分からない。あ、という声が聞こえたや否や、不意に虚空に投げ出された心地になった。
まずい――と思うにも、最早遅い。罠には幾つも種類があるが、その場にいる者に無差別に転移を強いる罠は、もっとも恐ろしい。
何せ、一説の中には、迷宮の外の土の中、または天空高くに放逐されるとも云う。
魔物たちの群れの中に放り出されるよりも、どちらが致命的であるかどうか。

だが、今回の罠はそこまでのパワー、効力は持たされていなかったのか。それとも、年月を経て魔力が衰えていたのか。
ともかく、自分自身にとっての最悪はなかった。問題は、他の面々だ。
同じ位置に飛ばされた者が居ないか。同道した面々の安否を確認しなければならない。
声を挙げれば、真っ先に襟巻の中からもぞもぞと動く小さな気配が二つ、あることにはほっとしつつ、反応を探る。

影時 > 声を掛ければ、真っ先に反応するのは同行者は同行者でも、ヒトではない方の同行者であった。
首に巻いた長い襟巻(マフラー)の中に隠れ潜むのは、小さな毛玉のような二匹の齧歯類だ。
色合いと意匠は異なるが、近しい雰囲気の法被を着たシマリスとモモンガがそれぞれ顔と尻尾を出し、健在を主張する。
その様子に、微かな安堵の息を零す、彼ら二匹が万一離散した場合、探索が非常に厄介だ。
魔法頼みとはいえ、かくれんぼに徹した場合、サイズ感も相まってとても探しづらい。
恐らく飼い主にひっついていたお陰で、転移の罠で吹っ飛ばされても無事で済んだのだろう。

「……お前らが無事なのは良かったが、ここらは……第何層辺りだろうかね。見覚えがあるような無ェような……」

転移の罠という体験はこの二匹にとっては初めてか。何かくらくらしてそうに目を瞬かせる。
そもそも罠はどれもこれも体験させたくない類ばかり、ではあるのはどうやっても否定のしようがない。
ムリするな、と声を掛けつつ、腰帯に通した雑嚢の中に手を突っ込む。
ごそごそと地図を取り出し、周囲を見遣って近似すると見える地形を探る。
明かりについては天井が薄っすらと光っていれば、視界確保には困らない。忍者の目にはそれで事足りる。

(……深過ぎず、さりとて浅過ぎず、といった塩梅か)

――罠を仕掛けた奴、悪辣じゃねぇかねぇ、と。地図を見て見当をつけた現在位置に内心でぼやく。
判明している範囲であれば、中途半端な階層の位置である。
遭遇する敵の性質が乱高下し易いエリアは、手持ちのリソースの管理を危うくさせる。

影時 > 不測の事態で万一離散した場合の想定を、今回用意していなかったのは失策だったか。
単身ないし弟子を連れて二人で遺跡に潜る場合、深くは考えていなかった。
そもそも、遣ろうと思えば雇い主を経由して念話をやり取りし、リカバリーが出来る。
そうでなくとも、転送に関する罠が報告されている場所であるなら、はぐれた場合は地上を目指すといった位だろう。
今回は、誰が悪いとも自分が悪いとも言い難い。そうしたうっかりを甘受するのも、承知の上ではある。
次第によっては責任のなすりつけ合いより、優先すべきなのは、だ。

「探さずに地上を目指すわけには、いかねぇわな。……ヒテン、スクナ。雑嚢(カバン)の中に入ってろ」

同行者の探索だ。ベテランはまだしも、この手の経験がないと思われる初心者の状況が特に懸念されうる。
是非もないと小さく吐息を零し、目をこしこしさせている二匹の毛玉に声をかける。
この状況で飼い主が言うことは絶対だ、と認識しているのだろう。毛玉二匹が顔を見合わせ、もそもそと動く。
羽織の下で蓋を開く雑嚢に潜る前、ぱたぱたと前足を振ってみせる姿を見送り、一息。
雑嚢の向こうの安全地帯に二匹を置けば、あとはこの身一つ。襟巻を口元まで引き上げ、表情を引き締める。

(跋扈してる手合いは、極力擦り抜けなきゃならんン。手裏剣の手持ちがちぃと心許ないが……なんとかなる、か)

今回のパーティで主に担った役割は前衛だが、遠間の敵には手裏剣を投げて対処した回数も多かった。
面倒臭がらずに手裏剣を回収しておけばよかった、と思っても今更か。
さて、どう動くか。飛ばされたこの位置と元の位置は、一層分。一層分だけここが深い。ただそれだけで敵の性質は変わり得る。
遭遇した敵を片端から倒していればいい、とは限らない。
他の同行者たちがどう動くかにもよるが、時間を駆け過ぎると厄介なことに繋がりかねないからだ。

「偶々見つかった別の宝箱開けたら、中から触手……なンてことも、あるからなあ……」

宝箱を開けて引っ掛かったが、今度こそは――という短絡的な思考はないとは思うが、はてさて。

影時 > 「取り敢えず……下を一度見てから、とするか。全員確保出来たら、その後は反省だな――」

見積もり、想定が甘かった。こんなものは浅い階層には出ないと思っていたという思い込み。
経験と実績の蓄積も、仮に迷宮の主と呼べる者が居るなら、その指先一つで容易くご破算にされる。
これだから迷宮探索は止められない。
一つ間違えれば、如何なる腕利きも容易く死に、うまくいけば富を得られる。
だが、今は何は兎も角、はぐれた面々を探し集めなければならない。

注意深く進みながら、下の階層に繋がる階段を目指す――。

ご案内:「無名遺跡」から影時さんが去りました。