2024/02/23 のログ
■影時 > 「日頃の功徳の賜物だろうなぁ」
ご挨拶だな、と。知己の言葉に辟易したような素振りを見せながらも、口元を隠す襟巻を引き下げる。
目の細かい黒い布地から現れる口元は、どこか楽しげな様相を見せるように吊り上がる。
地獄に仏というのは用法が違えども、面倒を経た後に知己と会うのは何処か心中にほっとできるものがあるらしい。
微かな足音と共にベンチの方に向かう。底に何層も革を重ねた履物は集中すれば足音が消せるが、今は其処までは必要はない。
「俺は新手の油虫の類かね。行きたい場所か、行かなきゃならねェ場所以外には居ないぞ。
……あー。初心者を混ぜて迷宮探索に挑んでたンだよ。
で、多分内部の手入れが入った後なんだろうな。初心者がうっかり、仕込まれた罠を踏みやがったらしい」
流石に何処にでも偏在、とまではいかない。肩を竦めつつ、恐らくはと前置きしながら軽く事情を掻い摘む。
初心者が転移系のトラップを踏み、発動させてしまった。
踏んだ罠は引っ掛かったものと何処かに転送させる類のもの。身代り的に初心者を押しのけ、転移対象として入れ替わったのが――良かったのか悪かったのか。
岩盤の中ではなく、転送されてしまった先は遺跡の深層部。そこから地上に上がってゆくのは面倒であり、事であった。
空いたベンチに腰掛けつつ、腰の刀を鞘ごと外し、知己の方へと放ろう。念のために異常が無いかを確かめて貰おうと。
■布都 > 「そンなもンが、なんになるってンだ?
ジジィなら、日頃の修練とか言ってろ。」
彼は其れだけの実力を持つ、運否天賦なんぞに自分の運命を預けるような男ではない。
彼の冗談だ、とわかってるからこそ、はン、と鼻を鳴らして返して見せる。
女らしい艶やかな口元は、にぃ、と凶悪に釣り上げられているので、笑って居る事自体は見て取れるだろう。
因みに、仏とか、そんな類ではないのは間違いない。
「それ以上に、生き汚ねぇだろ?
今、深層から一人で生きてンだから、手前ぇで、証明してっしな。
今回は左無頼で入ったのか?」
過去から知る者だからこそ、彼が何者か、なのかは知っている。
というか、彼の本職のころからの、客なので、此処で、彼の装具や道具は、己が作る事が多い。
だからこその言い草という形にもなろう。
そして初心者が、というので、そうなのか、という問いかけだ。
彼が斥候だという触れ込みで入り込むなら、罠を無効化して歩くだろう。
帰り掛けは、一人なので、全力で戻ってきたことに想像は難くない。
「割増な。」
ギルドのお墨付きだ、と、依頼書を代わりに放り投げて、刀を受け取り、すらりと引き抜く。
自分が作り上げた刀。
刀に歪みはなく、血糊、油は、それなりに。
目釘なども、使用による損耗はある程度あるとして。
「全体的に研ぎ直しと、目釘、目貫の調整、柄巻のまき直しだな。」
普通に使用して居れば、起こりえる程度の、普通の消耗程度。
刀身に関しては、問題ないことを伝える、軽く研げば再度切りまくる事が出来る。
本来の刀の常識で言うなら、切りまくるという時点でも異常なのは彼も知ってるだろうから、いちいち言う必要もあるまい。
なので、手を出す。
金寄越せ
■影時 > 「日頃の修練を重ねるのは、当ぅ然のことだろうよ。お前さんだってそうだろう?
んで、それでもどうにもならねぇモンは。ほら、あれだ。稀によくあるコト――じゃねェかね」
想定される可能性、経験した限りで考えられる厄介事は可能な限り潰す。
回り道が出来ないなら、真っ向勝負も辞さない。
だが、面倒でも一番の荒事を避けられるならば、面倒と向き合うこともやむを得ないと割り切れる。
その為に時間をかけることも厭わない。ベテランなら、経験を積んでいる者たちならば、仕方がないと判断するだろう。
しかしながら、それでも排除し切れない厄介事、トラブルの萌芽というのは、どうしてもある。あるのだ。
「――いずれもまァ、な。
容易く死んでいられねぇから生き汚くもなるし、こっち産まれの者にニンジャなンぞ説明すると面倒だ」
知己だからこそ話が早い。説明の手間がが省ける。
初心者相手には、さぶらい、という極東の剣士であり、斥候の技能も持っている野伏でもある云々、と軽く自己紹介する。
初見から本職は忍者である――と見抜ける、察しえる者こそ実に稀であり、注目するに値する者である。
ともあれ、自己紹介どおりの仕事ぶりを果たしている最中に、暇を持て余した初心者の動きを見ていなかったのがまずかったか。
パーティ全体を吹き飛ばす転送の罠ではなかっただけ、一応は有情であった――と言うべきだろう。
身の守りはあっても、子分たちも分散してしまっていたとしたら、それこそ血眼にならざるを得ない緊急事態に値したか。
「悪ィな。仕方がねぇとはいえ、固物(かたもの)斬りなんぞやると、少々不安でなぁ」
転送された先は、魔導機械を内包したゴーレムと呼ぶべき怪物の巣窟であった。
金属の塊とも呼ぶべき巨人が3体屯している領域は、異次元からの悪魔の類と同じかそれ以上に危うく、厄介極まりない。
女が打ち鍛える刀は、鉄を斬れるのが前提とする。しかし、それも正確に刃筋を立てるワザがなければ無用に長物となりかねない。
タツジンが打つ武具は同じく達人が握るからこそ、真の意味で威力を発揮する。それでも、巨人が放つ光線を斬るのは無謀でもあったろうが。
投げ渡した愛刀を改め、状態や損耗を確かめて宣う言葉にほっと吐息を吐くのも束の間。
「…………これじゃダメか?」
出された手にくしゃくしゃ、と。男は髪を掻き、後腰につけた雑嚢の中に手を遣る。ごそごそと遣り、向こうの手にあるものをぽんと乗せる。
それは男の拳よりやや大きい程の固い塊だ。青白く輝きを放つのは、高純度の魔術鉱石と思われる魔力を濃密に内包したもの。
女が身に着けた技、奥義で加工するのであれば、燃料だけではなく五行、四大、あるいは聖魔といった特定の属性に寄らせた魔石を作れる程の。
■布都 > 「ジジィが、そンな謙虚だとは……。明日にゃ槍が降るかね。
まあ、如何にも出来ねぇことは、有る、ってのは、重々承知さね。」
確かに、だ。彼の言う通りに、全ての事は、人事を尽くして……という言葉がある。
どんなにしっかりと集中して作り上げたとしても、何処かにほころびが生まれるし、ケアレスミスは出てくる。
遠回りこそ近道だったという事もあるぐらいに、何事も儘成らない。
この女でさえ、どうしようもない刀が出来上がってしまうことだってあるのだ。
訓練鍛錬でその可能性は低くできたとしても、0では無いのだ。
無くすことは、出来ないという事は、しっかり理解している。
「そりゃぁね。
向こうよりは声を潜めなくていいとしても、結局は、隠して生きて行きたいならそうなるのさね。」
呵々大笑、口を開けて笑って見せてから、彼の生き様に、面倒臭いもんだねと。
テレポートの罠、と言われて、そんなものがあるのさね、と。
女は、その体質から、そう言った罠も失敗となる。
飛ばされるために干渉しようとする魔力を無効化するのだ。
ほーんと、面白そうに飛ばされた事実を聞いて、想像するのだ。
「はン、女の柔肌、優しく扱ってやれや。」
刀は刀であり、道具は道具、武器は武器だ。
つまるところ、何を斬ろうとも彼の勝手だし、其処に持つ言葉はない。
それこそ、武器は武器でしかなく、それで人を殺そうとも、女は別に感想は持たない。
その為の道具なのだから。
ただ、元々は女武者に渡した武器だからこそ、刀も女と扱えという冗句でしかない。
本来は、刀という武器自体、繊細な武器だから、だ。
「あぁン!?」
差し出されたのは、魔石。
勾魂を作る為の材料であり、女の奥義を行うための触媒だ。
三白眼の目、半眼で眺めやってから。
懐から金貨の袋を取り出して、投げ返す。
「買ってやる、そン中から出せ。」
ギルドの規定では、ゴルドでの払いとなっている。
普段であれば物々交換でも良いが、今回はギルドの依頼だ、横抜けは許すつもりはない。
自分で、個人的に購入し、ゴルトを渡す。
其処が落し所だろう。
再度。
金寄越せ
■影時 > 「自惚れてねェと言ってくれ。
運任せ神任せは好きじゃないが、知らねェ他者を交えて同道する時ばっかりはなー……」
いつまでも弟子に先んじる師であらんとすンなら、研鑽は絶やせるかね、と。
当然だろう?と言わんばかりのしたり顔は、直ぐに神妙な顔つきで空を仰ぐ。だが、それもまた長くはもたない。
何か食わせろ、とばかりに顔を叩いたり、尻尾で頭を叩いてくる小動物コンビが居る。
そんな二匹にせっつかれれば、仕方ないな、とばかりに腰のポーチの一つを漁り、小さな袋を出す。
中身は自分で拵えた兵糧丸だ。それを半分割り、半欠けを二匹にそれぞれ渡してゆく。
肩上や頭上で、もしゃもしゃもしゃ……と齧りだすのは、ストレスもそうだが、腹が減っていだのだろう。
「向こうにいるよりは、バレでも少しだけマシなのかねえ。
珍しがられるだけで済む――でもないか、どっちにしたって注目されンのは面倒だ」
改めて云われて思えばと、面倒臭いのは、全く持って否定し難い。
知っている人間は知っているし、見ている人間は気づいているものも、少なからずは居るかもしれない。
だが、一応は氏素性を語らずには済ませたい。聞かせても有難くもない話なぞ、聞きたくないものは世のどこにもない。
聞かせて周知すべき、共有すべきのは、例えばダンジョンで遭遇する罠のあれこれだ。
テレポーターの類は便利である反面、罠として悪用されると悪辣この上ない。おおっと、と転移された先が土の中、岩の中だった場合、もう終わりだ。
故に、例えば所有する魔法使い殺しとも云うべき短刀で罠を無効化するといった、対応、対策が不可欠とも言える。
「耳が痛ぇ限りだ」
さて、刀は確かに刀である。それ以上も以下もない。
だが、男が所有する刀はただの刀ではない。由来があり。謂れがある。元の持ち主、というのも確かに居る。在った。
元の持ち主が女と思えば、作り手が放つ冗句も中々一笑にし難いものがある。
鉄を斬れるからといって、蛮用が常となるのも考えものが過ぎるのも真っ当な道理でもある。
「なンだ、不服か? って……そーゆーことかよ」
つい真面目に考えていれば、代価として放り出した鉱石に対する反応に眉を顰める。肩と頭上の毛玉が身を震わせる。
こわごわと投げ遣る二匹の視線を追えば、半眼になった女が金貨が入りと思われる袋を投じてくる。
ぱしん、と受け取りながら聞く言葉、見かけた時の様相を吟味する。そういう仕事か、と零せば、得心は出来た。
袋から代価に見合おう分を取り出し、其処から取り分を引き、残りを戻して袋を投げ直す。
自分の手元に引いた分は、鉱石の相場通りの額から研ぎと直しの代金をマイナスした分としてみると、少ない。
だが、それでいい。そうするに値する仕事をすると分かっている。故に心づけの分を考えれば、自分はこれでいい。
■布都 > 「この辺にしとくか。」
彼も重々わかっている事だ、これ以上この話題で弄るのは、礼を失するにも大きすぎる。
彼は彼の最善を尽くしたが、それ以上の失態を、新人共がやらかしたという事だ。
それ以外の何物でもないのだろう。
序に、この話題に飽きたのか、彼の頭の上の二匹が何かを要求している。
何か、というよりも、話が長いから餌寄越せ、という所か。
彼が餌らしき何かを取り出し、割って、それらをポリポリ食っているのが見える。
「有名になるってのは、得てして、面倒事が向こうから来るってことだからな。
飯の種にするかどうかは、あンた次第だがね。」
この国にも、少数と云うには多くの人間が、彼方から流れてきている。
彼と同じような存在もまた、流れてきているのだろう、それを考えてみれば、何時しか、というのはあるだろう。
しかし、それを早めたくないという彼の考えは判らなくない。
此方も此方で、人との接触は最低限でしかないのだから。
聞いても、理解できても、体験は出来ないだろう。
物理的な罠ならともかく、魔法的な物は――――体質が無効化する。
魔法殺しな体をしているのは、魔法使いから見れば、歯痒いものだろう。
そう言う意味では、面白そうだな、と他人事の感想しか出なくて。
「ま、ガタガタにしてくれんなら、それはそれで、打ち直しなどの金にるしな。」
金蔓でいてくれよ、追い打ちと言わんばかりに、冗句。
死んだ者は、悼んでも、縛られる必要はない。
今の刀の所有者は彼であり、彼の使い方に文句は付ける気はないのだ。
使った結果、それが折れたとしても、ああ、折れたか、というだけだ。
それは其れとして、使い倒せというのは、作り手の勝手な願いなだけ。
「あンたを許せば、他も真似るンでな。
ギルドが許さんのさね。」
言いながら、帰ってくる金の袋。
全部持って行かせるつもりが、帰ってきて。
「―――――チッ。」
正当な割増料金よりも多い金額。
鍛冶師として、正当な対価以上は屈辱でしかない。
が、それは其れとして、彼は投げ返しても、更に投げ返すだろう事は理解できる。
後で覚えとけよ、と眼付けてからも。
仕事は仕事、と先ずは分解していく。
砥石を取り出して、水を掛けて、血油を落としながら研ぎなおし始める。
■影時 > 「ン、だな」
この話題は此れ位にしておこう、と。知った仲だからか、割り切りもしやすい。
新人が何か遣らかす、仕損じるのは止むを得ない。
イロハのイも出来ず、出来てもこわごわな素人をしたり顔で説教するほど、愚かしい風景はない。
だから、ベテランの存在が重要なのだ。それも万一の際、単独で生還できる力量者であれば、なお良い。
さて。半分ずつの兵糧丸を食べ終えれば、多少は満足したのだろう。
小動物の二匹がふぁあ、と欠伸と伸びをして、もそもそと飼い主たる男の身を伝い、羽織の下の腰裏へ潜ってゆく。
その仕草を見て、腰裏の雑嚢の留め金を外してやれば、二匹はにゅるん、と開いた中へ潜ってゆく。
鞄の向こうにある隠れ家で水を飲んで、一休みするつもりだろう。おやすみ、と穏やかな貌で声をかけて。
「納得できる報酬、褒賞も戦いも無いなら――お断りするっきゃねぇな。
もとより、既に先約ありとなりゃ猶更な。俺の身体はひとつしか無ぇんだぞ?」
己と同じ異邦人、余所者には覚えも知己もある。女鍛冶師を紹介しても良い刀使いも居る。
この先、自分たちと同じ例、同様の素性のものが増えないという理由はない。
面倒事は、どうだろう。楽しい喧嘩、屈服させて楽しいものがあればまだしも、それ以外はお断りだ。
分身使いが身体が身体が一つしかないと宣うのは、ある種タチの悪い冗談だろうが、真顔で肩を竦める。
魔法や異能、はたまた神がかり的なものを寄せ付けない事例は、有利も不利も隣り合わせだ。
噛み合う事例とそうでないもののを考えると、仕掛ける側は対策は至極安直となるだろう。
物理で押せばいい。だが、それも結局突破されるだろうと思えば、大変笑えることこの上ない。
「云ってくれンなぁ。その時は、諸々注文するっきゃねぇか?ン?」
金づるというよりは、肉袋ならぬ動く金貨袋かどうか。
それならそれで、例えば特に刀が折れるような、万一の際はあれやこれやと注文をつけるべきだろう。
本来は女鍛冶師の作とはいえ、他人の持ち物が偶々噛み合った、使えたから使い続けているものだ。
癖こそあれ、現状のスペック、性能で不満はない。だが、それが壊れ、打ち直すことがあるとしたら――?
「仕方ねェな。多いと感じる分があるなら、とっといてくれ。
いつか、面倒を頼むときの先行投資と思ってくれや。あ、良さげな金属も見つけたから買うかい?」
所以を聞けば、得心も出来る。貨幣のやり取りに納めなければならぬのなら、是非もない。
ははは、とガンつけを涼しい顔で受け流し、向こうの仕草を膝組みしながら眺め遣ろう。
討伐したゴーレムの破片、部位は回収している。鞄の向こうの倉庫に放り込んだそれは、上手くすれば良い金属を採れるだろう。
懇意の商会に卸すか、それとも向こうが買い取るかは、気分と話次第だろうか。
この場で行える手入れと調整が終わるまでを待ちながら、睨みを受け流しつつ話を弾ませて――。
■布都 >
話題が終わり、そして、毛玉がもそりもそりと、どこかに消えていく。
手品のような光景だが、忍者とはそう言うモノだという理解があるし、そう言う事が出来る装備なのだろう。
いなくなっていく二匹と、お休み、とねぎらう様子、頭いいのかね、と、動物に関しての感想。
毛玉二匹に興味が無く、まあいいかと思うだけだった。
「まあ、そらそうさね。
ジジィが二人三人いた時にゃ、どうなるか想像したくもねぇさ。」
魔術に疎い人間だから。
分身と言う物は、そう言う技術でしかなく、一人しかいないという認識。
分身が使えるという事さえ知らないから、一般常識な返答を返して、肩を竦めて見せて。
そのまま、刀の研ぎを終了し、付いた水滴を和紙で吸い取り、拭い去る。
綺麗な刀身が戻ってくるのを確認する。
「さね。
自分の為の武器、己を知り、己の必要を知り。
どう最適化するか、それを、示さなきゃ、真の専用の武器なんてできやしねぇ。」
注文をしないのが、良い客なのか、それは否、だ。
自分のスタイル、自分の体格、自分さえも、武器の一部にしなければ、正しく武器は作れまい。
何も言わずに任せて最高の武器を作れなんて、寝言は寝て言え。
己が使う武器位、自分の意志で決めろという事だ。
「見せてみな。」
柄を手にし、刀身を挿しこんで、目貫、目釘で、止めていく。
新しい柄巻きをまき直して、確りと留めなおす。
鞘に戻して、視線を相手に戻しつつ、刀を放り返す。
代金分、素材を手にして、今宵は、入り口での刀鍛冶を続けた―――。
ご案内:「無名遺跡 入口」から布都さんが去りました。
ご案内:「無名遺跡 入口」から影時さんが去りました。
ご案内:「無名遺跡」に涅さんが現れました。
ご案内:「無名遺跡」から涅さんが去りました。
ご案内:「無名遺跡」に涅さんが現れました。
■涅 > 無名遺跡中層、以降のどこか。其処は地下深くでありながら、天蓋には空が映り天蓋の下に日差しを注ぎ石造りの町並みを照らしていた。其処に人気はない、魔物の姿すらとんと見掛けない、偶に鼠や兎程度が草木を食むぐらいのしんとしたところ。――其処な一つの家屋の扉が開かれる、途端、どぽん、どぽん、どぽん、どぽん……と、家の中一杯に詰まっていた、水色に粘着きながら淡く輝く液体が通路に溢れ出す。どぽん、どぽん、溢れて、溢れて……。
「――」
大きな街路も排水口も浸すほど溢れかえった粘液の一箇所から、
ぬらりと湧き出る女。
人間ではないのが一目にわかる粘液と同じ色で滴る、髪に、肌。
「ふぁ~……ぁ……」
其れは今迄眠っていたようで大欠伸をして大きく伸びをしたあと。
何処へ行くのか当人すら解っていなさそうな茫洋とした表情で、
ずるりぬちゃりとと大蛞蝓が身をのたくらせた様な音を立てて、
下半身の成形がうまくいかないのかする気がないのか上半身だけ成形したまま移動をはじめる。
今日はどうしようか。先日はたらふく食べてたくさん孕ませた、けれど、まだまだ、まだまだまだ、まだまだまだまだだ、食べると気持ちよくて幸せだし増えるのは気持ちいいし幸せだ。……誰かとお喋りしても時々幸せになれる、それもいいかもしれない。
食欲と繁殖欲とお喋り欲。何れも同じぐらいの割合で、
「ん~~~?」
自分でも不可思議な感覚に首を傾げている、と……
誰かあるいは何かがこの廃墟群へ入ってくる。
入口周辺に配置してある一部の目と耳がそう伝えてきて、
そちらのほうへとずるずると這いずって行く。
ご案内:「無名遺跡」から涅さんが去りました。
ご案内:「無名遺跡」にシェティさんが現れました。
■シェティ > 旧い時代から存在するとされる無名の遺跡群。
今や魔物の蔓延る迷宮と化したその奥部を単身歩むのは、探索者と呼ぶには余りに不似合いな、侍女服にその身を包んだ魔族の女。
されど不慣れな素振りも臆した様子も見せず、淡々と、何処か優雅さすら感じさせる足取りで、遺跡の中を進んで行く。
「――――………………。」
不意に、その足取りがぴたりと止まる。
スカートの裾に忍ばせた短剣を抜き放ち、投擲したその刃が数歩先の地面へと突き刺さった瞬間、
ガコン―――と仕掛けの作動する音と共に大きく口を空けた目の前の地面に、安堵とも嘆息ともつかぬ吐息を小さく零す。
遺跡の要所に仕掛けられた、侵入者を陥れる為の罠の数々。
その内のひとつである落とし穴の底は深くて詳細を伺う事は叶わなかったが、僅かに感じるのは人の気配―――。
確証は無いが、どうやら既に掛かった先客が居るようだった。
■シェティ > 落とし穴の底の相手も、突如開いた天蓋と此方の存在に気付いたのだろう、侍女風貌の女の耳に届くのは救助を求める声。
されど女のものであろうその声は途切れ途切れながらも何処か艶めかしく、悦に濡れた喘ぎに似た響きを纏って聞こえた。
「――――……此れは………。」
遺跡群に仕掛けられた罠の内、掛かった相手の命を奪う類のものは極めて少ない。
落とし穴の底の様子は変わらず暗くて窺い知れないが、声の主がどのような目に遭っているのかは容易く想像が出来た。
同情心が無い訳では無いが、罠に掛かったのは恐らく人間の冒険者や探索者。
魔族である己が、ミイラ取りがミイラになるリスクを冒してまで救出する義理は無い。
「……申し訳ありませんが、先を急ぎますので。……失礼致します。」
その言葉が落とし穴の底の相手の耳まで届いたか如何かは判らないが、抑揚の淡い声でそう告げてから小さく頭を垂れて見せると、
侍女風貌の女は目の前の落とし穴を避け、遺跡の更に奥へと進んで行こうと足を踏み出し―――。
■シェティ > やがて侍女風貌の女が去った後には大きく口を開いた侭の落とし穴と、その底から助けを求める声だけが残されて。
されどその声も、いつしか割合を増やしてゆく喘ぎの声に飲み込まれては掻き消えてゆく。
遺跡の奥の暗闇へと姿を消していった侍女風貌の女の行く先も、落とし穴の底に取り残された犠牲者の行く末も、
余人には与り知る術は無く、遺跡の一角には再び静寂が訪れる―――。
ご案内:「無名遺跡」からシェティさんが去りました。