2023/10/12 のログ
ご案内:「無名遺跡」に影時さんが現れました。
■影時 > ――いつもながらに、聊か気が滅入る仕事だ。
仕事は仕事であり、請け負うか否かの選択の自由がある。
請けない自由を除外し、闇の中に踏み込むのは培った感覚を保つためであり、幾ばくかの未知を希求するためである。
だが、間隔を空けて訪れる場所はまるで生き物の如く移ろい、まるで定まらない。
「……ったく。まさか、こんな処で暗黒領域が出来ているとは思わなったぞ」
九頭龍山脈の麓に存在する、俗に無名遺跡と呼ばれる遺構。
迷宮めいた場所の中は、まるで何者かが常日頃より手入れしているかの如く、定まらない。
数日前は広間だった場所が、日が過ぎると深い落とし穴、竪穴に変じていたということがある。
ぼやく声が漏れ零れる場所もまた、そういう場所の一つだ。
松明や魔法の明かりを掲げていても、己が姿も照らさず、暗黒で塗りつぶしてしまうエリア。
俗に暗黒領域等と称される光なき場所に、声の主はある。
右手を伸べれば、指先に触れるのは確かにごつごつした石壁のそれ。であれば、踏み込むまで見た、四~五人位は横隊で進める筈の道幅は保たれているか?
「誰か、居るか?
……いや、流石に辛いか。まだ先に進む方が賢明臭ぇな」
保たれているかもしれないし、そうではないかもしれない。視認できない以上は考えるだけ無駄だ。
しかも、今回請けた依頼は遺跡探索に出向くと冒険者ギルドに申請し、一定期間経過しても帰還報告がない者の探索だ。
骸が残っていればまだ良い。悪くて骸どころか、認識票の破片位しか持ち帰るものがない場合だってある。
命からがら強敵から逃げた者が、この暗黒の中で正気を保てるか? 考えるだに難しい。
濃すぎる闇は魔物でも忌避するのか、今のところ如何にもな気配は感じない。ただ、肌に触れる風の流れがあるだけだ。
その流れを辿る様に、右手に触れる石壁の感触を伝って進む。進む先は恐らく、広間の類であろうか。
そう思いつつ、進む。魔物が居るのか。それとも、遭難者か。或いはいずれもなく空振りであるか。
■影時 > 暫く進んでいれば、変化がある。
石壁を伝うために延べた右手の指先が、どうやら出入口の輪郭らしい手掛かりに触れたのだ。
その感覚に息を潜めつつ、直ぐに足を止める。指先を引っ込める。
恐らくは一歩踏み込めば、この暗黒領域を抜けるであろう。
その先にあるのは経験上、何らかの広間やら詰め所のような空間だろう。だが、そこに魔物が待ち受けているとしたら?
「……ふむ」
ゆっくりとその場に屈み込みながら、触診するように壁や床に手指を這わせ直す。
足先が濡れたような感覚が無いとなれば、この辺りに地下水の漏出含め、水が撒き散らされていることはあるまい。
気にかかるのは例えば、触れる先が平坦であるか。それとも、高熱で焙られたかのような惨状であるか、だ。
懸念するのは、視界の一切を封じるエリアから出た者目掛けて、魔法や吐息を投げ掛ける類の敵の有無に他ならない。
不意打ち闇討ち上等の使い手が、その逆をやられるのはそれこそ笑い話にしかならないが、在り得ないとは言い切れない。
(触れる限りは、特段剣呑そうな風情はない。
この闇はあくまで視界を奪うだけであり、魔法やら火炎やらを阻む効力は無ェからな)
触覚の限りとして、危険を告げるような手掛かりは感じられない。
そう思いつつ、闇に潜むものは着衣のポケットを漁り、拾っておいた小石をその手に取る。
それ自体は何の変哲もない。だが、こういう探索においては、何気ないものが転ばぬ先の杖として役立つことがある。
掌に収まった小石を、進行方向の前方に向かって、ぽい、と投じるのだ。
繰り返しになるが、闇は視界を奪うだけであり、聴覚を塞ぐものではない。如何なるものであれ、音は通じるのだ。
石がぶつかって、痛いとか叫ぶものがあれば善し。無音、または咆哮の類が響いたら――どうしようか。