2025/05/04 のログ
ご案内:「九頭龍山脈 山賊街道/山中」にナランさんが現れました。
ナラン > 「―――では、ちょっと辺りを見てきます」

黒髪にターバンを巻いた、長弓を背にした女がそう言うと、連れの護衛たちから低く応答があった。彼らは彼らで野営の準備――――馬車の中から荷物を取るなり、焚火に丁度いい場所を探すなり、馬車の中で悪態をついている主人をなだめようとするなり、各々に動いている。
女はその光景に小さく一礼を返すと森に踏み入る。今日の月は半分以下の姿に薄く雲がかかって頼りない。夜目が利かない者であれば、森の中はほぼ真の闇にちかい。
それでも女は鳶色の眼をやや眇めるようにするだけで、迷いなく、しかし慎重に足取りを進める。そうしながら、女の引き結ばれていた唇からはすこし溜息が零れる。

本当なら、予定通りであれば日暮れ前に王都に着くはずだった。
途中で、一際豪奢な馬車の主が湖で小休みを請うたり、見かけた兎を仕留めて来るよう命じたり、通りすがった狩人の獲物を見たがったりしなければ、確かに。

夜通し進むという手もあったけれど、そんなこんなでそれほど多くもない護衛の幾人かと彼らの馬が疲弊してしまっていた。そこで、彼らを束ねる長―――騎士階級に見える――ーが野営を決断したのだった。

(…すこし、油断していたかもしれません)

ギルドで仕事を斡旋してもらった時、楽な仕事だ、とまでは思わなかったものの
一晩を警戒状態で過ごすことになるとは予想していなかった。ましてや、一階の雇われ冒険者である女に馬が宛がわれていた訳はなくここまで歩き通しだ。のんびりとした進行になったおかげで草臥れているというほどではないが、疲労が無いといえば嘘になる。

(昼間は天気も、良かったですし)

道中で見た景色は、今の時期特有の若葉色と色とりどりの花と、空で囀る鳥の声で彩られていて悪くなかった。思い出すと、やや鋭い女の眦がすこしほころぶ。
気を取り直して、森の中に獣以外――ー魔物や、ヒトの痕跡がないかを確かめるため、辺りに視線を走らせた。

ナラン > 辺りは木立が林立して襲撃には向いていないが、同時に追撃にも向いていない。辺りを知り尽くしている相手がヒトである場合、かなりの苦戦を強いられるだろう。――ーが、この先の路は暫し真っ直ぐの一本道と言っていた。護衛対象を逃がすことは出来るだろう。

危うく健気に咲いている野花を踏みそうになって、女の足取りが少し乱れた。夕暮れ時に強く吹いていた風は今はなく、ぱきん、とどこからか枝が折れた音が静寂に響いて来る。
背後にあったはずの人声が不図途絶えているのに気付く。思わず一瞬息を飲んで振り向けば、灯りはまだ確かにある。

(…だれか、沈黙の魔法の心得でもあったんですね)

色んな意味で安堵して、溜息と共にすこし笑みが零れる。―――仕事をしなくては。
女の感覚でだいたい、弓矢が届きそうな範囲を確認していく。今の所、目立った危険はなさそうだ。
―――だから、もし尚襲撃があったのなら相当苦戦を強いられるだろう。

女は森の奥を見透かすように目を細める。その鳶色の瞳に映る景色に、今は異常が見当たらない―――見付けられない。
唇を再び引き結ぶと踵をかえして、食事の準備をしているであろう仲間のもとへと―――

ご案内:「九頭龍山脈 山賊街道/山中」からナランさんが去りました。