2023/08/05 のログ
■テイア > 飾る事なく、この王国に対して感じている本音を話せば彼女の肩が小刻みに震えているのが見えた。
言葉を続ければ、続けるほどに今にも掴みかからんほどの剣呑さが強くなっていき、それでも最後まで言葉を聞こうと堪えているのが見て取れる。
言葉を紡ぎながら、女の答えは彼女の期待に沿うものではない事を感じながらも、最後まで言葉を紡げば、その音が終わるか終わらないかで彼女の声が荒げられる。
「…………。」
奥歯を食いしばり、無念さを込めながら心の慟哭のようにまくしたてる彼女の言葉を、黙って聞く。
それは、自身も知る消された歴史の流れ。
怒りか、虚しさか、悔恨か、体を震わせながら詰め寄ってきた彼女との距離は触れ合うほどに近くなる。
間近に迫る昏い瞳には、無念さがありありと浮かんでいる。
その色を真っ直ぐに見据えながらも、表情は変わらずただ黙って彼女の思いの叫びを受け止める。
そして、全て受け止め切ったあとに一歩足を後ろに引くと、はぁっと明らかにため息と分かる音で吐息を零して微かに眉根を寄せた。
それは、女の表情に浮かぶ後悔の色であり悔恨の色であった。
「そなたの言いたい事もよく分かる。
全ての発端は確かに200年前の王の即位だっただろう。
あの時から、王国はの歴史に暗雲が掛かり、それが現在にも影響を及ぼしている事は否定しない。
友好関係を築いていたミレーは貶められ、神の首は挿げ替えられた。
それは事実ではあるが、先の賢王達が築き上げたものを守れなかった私たちの咎でもある。
そして……今のこの国の現状を選んだのは、それを受け入れたのはこの国の人々だ…。」
ぐっと手袋をはめた拳を握り締めながら、微かに眉根を寄せた顔で瞳はまた一瞬横へと逸らされていく。
けれど、また微かに吐息を零すと諦めるように握り締めた拳から力を抜いていくだろう。
選んだのは、人々だと言いながら…。
「黒の王の歴史を秘匿し、歴史の改竄を行ってもミレー族は奴隷のまま…それは何故か。
そのままの方が都合がよかったからだろう。
一度腐れたの甘みを知ってしまえば、それが忘れられなくなる。
そうやって人々は、自ら洛陽を受け入れた。
そして、先王に至ってはナルラート朝を肯定し自らの理想とした。
それらは、全て人間の欲深さが招いた結果といえるだろう。」
どうしようもなかった…とは、言い訳でしかない。
黒の王の時代のあと、軌道修正できる可能性はゼロではなかったはず。
それでも、一度楽や悦を覚えてしまえば人は低きに流されていく。
そして、自分もまたそれを止めることが出来なかった。
更には先王に至っては、否定されたはずの黒の王を理想として再び争いの道へと進み、それを是正することも出来ずに騎士団長の座を追われた。
国の中枢に近づけば近づくほど、腐れた甘みは強く人々を惑わせていく。
腐れた果実の中でいくら抗ったとしても、腐れていくのを止められない。…止められなかった。
だから、諦めたのだ。輝ける太陽もいつか地平に落ちて闇に覆われるのだと、果実はいつかは腐れて地に落ちるのだと。
それが、摂理であると…。
■シャイナー > 女騎士は、遥かに長い時の流れの中で背負い続けた無念を、怒りをはじめてこれまでと違う形で他者へ向けたかもしれない。
……混迷の時代が訪れる以前の、古き良き時代を知る者同士ゆえの、共感欲しさに胸の内を勢いのままに放ち続けた。
己と同じく”黒の王”へ立ち向かったが故に歴史から消えたもの、末代までその代償を背負わされたもの……。
女騎士は暗雲を持ち込んだナルラート朝への怨嗟を余さず叫んだが、それでも聖騎士はじっと聞き届ける。
胸の内に燻る怒り・無念を全て解き放った後、微かに呼吸を荒げながら一度視線を落とす。
そして、再び聖騎士を見つめれば一歩引き下がり、ため息をつく姿が映る。
未だやり切れぬ様子を表情に滲ませながらも、女騎士はその場に留まって己に向けられる言葉を待った。
「……その通りよ。……わたし達と信仰を同じくする、王国と手を取り合っていた者達。
彼らは今や、尊厳を踏みにじられ……紛い物の邪教がわたし達の国を蝕み、呑み込んだ」
遡る事200年ほど前、かのナルラート王の即位を機に全ての歯車が乱れ、築き上げてきたものの殆どが踏みにじられた。
悔恨の言葉に同調する聖騎士の声を聞けば、はっと声をあげて再び背筋を伸ばす。
「ならば、どうし……、……はっ…!…………」
ぎゅっと握り締められる拳が視界に留まる。……並々ならぬ思いを抱いているのは、己だけではなかったのだと。
改まって聖騎士と志は同じだったのだ……女騎士はそんな安心感を抱く一方で、先の言葉……
「地に落ちようとしている」の真意を問おうと食い下がろうとしたところで、ぴたりと女騎士の動きが止まる。
……聖騎士の口から語られる、”あるまじき時代”を良しとしたもの……受け入れた者たちの存在に絶句する。
相対する純白の聖騎士の言葉にしばし固まっていた末、がっくりと肩を落としてその場に片膝をつき、兜を持たぬ手で地面に拳を叩き付ける。
「……わたし達、が。……わたし達の仕えた王国が……、導いてきた……民……同胞……。
わたし達が……血を流し、数多の戦友の死に涙を堪え、声を殺し剣を振り続け守りぬいて来た者が……」
この現状に連なる暗黒の時代を選んだのは、王国に住まう人々である……。
女騎士も自覚していたが、愚王への憎悪ゆえに辛うじて矛先から外れようとしていた者達への憎悪が再燃する。
「…………」
続けて語られる、黒の王が姿を消してなおその亡霊による暗黒時代が続く理由。
臣民は歪められた現実に味を占め、在るべき姿から目を逸らす事を選んだ。
かつて、高潔な騎士の模範として果敢に戦い、……王に意見した末に団長の座を追われた者の言葉は重たかった。
女騎士は、地を見つめたままぎりぎりと歯を食いしばっているしか出来なかったが、聖騎士の言葉を最後まで聞き届ければ
震えていた身体はぴたりと止まり、すぅ と息を吸って再び立ち上がる。
そして……
「……あなたの背負ってきた痛み、苦しみさえ知らず……品もなく騒いでしまった。申し訳なく思う……。
…………あなた程の、高潔な聖騎士が……何も思わず、何も感じぬはずなど無いというのに」
どこか気落ちした様子で、ふぅ……と力なくため息を零せば、目を閉じたまま失意に沈んだ様子で、そっと詫びる。
怒りでピンと張っていた肩は、落ち込みぶりが目に見て分かる程力なくがくりと下がったまま。
■テイア > 「…………。」
彼女の抱える苦しみも、理解できる。
感情のままに、地面に片膝をついて、拳を叩きつける様子を見つめていれば、蘇ってくる苦い記憶に眉根を寄せて奥歯を噛み締める。
けれど、それも一瞬の事。長く細い吐息を吐き出して、感情を落ち着かせていく。
今更なのだ、今更、こんな所で過去を悔やんだところでどうにもならない。
過去は変えられず、そして未来さえも諦めてしまっているから。
「民を導けるなどと思う事自体が、傲慢だったのだ。
死した者達は、命令とはいえ国を守るという信念の元、己が職務を全うした。
彼らの命のお蔭で、今日までマグメール王国という国という形が保たれてきた。
それは、紛れもない事実だ…。
そして、人々が今のこの国の現状を選んだとは言ったが、一部を除いて彼らが積極的に現状を選んだわけでもない。」
悔恨に満ちた声が、失われた命を嘆き、民へと憎悪を向けるのを聞き届ければ、彼らの死は決して無意味なものではないと告げるだろう。
理不尽な命令のもと、散った命も多くある。王を正そうとして失われた命もある。
けれど、皆それぞれの信念を持って行動した結果なのだ。
彼らの犠牲の上で、戦争に勝利したからこそマグメールが繁栄したのも事実であり、他国に打ち勝ったからこそ今日までマグメール王国が存続しているのもまた、事実なのである。
そして、王を諌めようとする者がいたからこそ、人という国を支える柱が早々に腐り落ちて瓦解する事なくぎりぎりながらにでも、国という体裁を保ってこれたのである。
戦争を容認するつもりも、腐敗を良しとするつもりもないが…それでも、彼らの死を無意味にさせてはならないと諭すだろう。
そして、民へと憎悪が向けられるのであれば、それもまた違うと首を横に振った。
人は楽な方へ、低き方へと流れてしまいがちだ。
自らを厳しく律し、高みへと上り詰められる人など少数なのだ。
そして、人間の寿命とは昔を知る彼女や自分よりも随分と短いものだ。
生きている間も、世代交代を繰り返す間も少しずつ歩む道が傾斜し曲がっていけばその通りに歩んでしまう。
その結果が、国の方向性を選択する。
だからこそ、王が道しるべとなり王を支える臣下が道を正していかなければならないわけだが…権力という力の強い場所ほど、誘惑は多く腐れやすい。
「…………。」
ギリギリと奥歯を噛み締めて、悔しさ、無力感、憎しみ…いろんな感情が彼女の中で渦巻いているのだろう様を静かに見つめれば、また冷たい風が二人の髪を揺らしていく。
ふと、眼下に見下ろす自らの領地を視界に収めれば、ふ、と吐息を吐き出して一度瞳を閉じていくだろう。
「そなたの気持ちは、理解できるからな…気にするな。
…高潔などではないよ。私は…。」
落ち着いたというよりも、気持ちを切り替えたのだろうか…。
再び立ち上がった彼女が、申し訳なさそうに謝罪するのに苦笑しながらその言葉を否定した。
苦笑というには、あまりにも苦い笑みを浮かべて力なく下がった肩を慰めるように軽く叩いていくだろう。
■シャイナー > かつての記憶の中で、今なお誇りと希望に満ちた時代として輝きを残すナルラート朝以前のマグメール王国。
その時代を知る者の前だからこそ、溢れ返って収まらない情念が「彼女なら理解してくれる」と言う長年の孤独と飢餓感からくる強すぎる思いから微塵も隠せずにいる女騎士。
過ぎてしまった過去は戻らない、自身たちもまた国の一部に過ぎない存在。
だが、己には諦めきれなかった。自身と聖騎士で、何が異なったのか……旧き王国への想いは、互いにこれ以上ない程強かっただろうに。
「…………」
聖騎士の言葉に、ただ目を瞑り地面へ叩き付けた拳をぷるぷる震わせていた。
彼女もまた、無数の騎士を率いる立場にあった者……命を賭して戦うだけではなく、”背負って”戦ってきた者。
並みの者が同じ言葉をかけようものなら、単なる綺麗事を と激したかもしれない。
死んで逝った者達の生き様を認める聖騎士が薄情とは思わない。
ただ、女騎士には割り切れなかった。全てではないにせよ自らが育て、鍛えてきた者を死なせていながら、自分でそれを
言い聞かせる事を女騎士の性根が決して許さなかった。
決して、現在の在り様が見るに堪えないものだったとしても、その過程の中で散って逝った者たちが全て無駄死にであった訳ではない。
寧ろ、彼らの流した血と汗、失った命の累積が今ようやく国としての体を保っている所以なのかもしれないと。
女騎士は、自らが見届けて来た同胞の最期を、同胞が生きてこの先も果たすはずだったものを……自らが担う以外の方法で報いる事を知らなさ過ぎたのかもしれない。
決して薄い綺麗事を吐いている訳ではないと理解している女騎士は、風に揺られながらしばし項垂れていた。
こんな場へ呼んでいながら、わざわざ思い出さない方が楽でいられたかもしれない記憶を掘り起こすような真似までしてしまった。
聖騎士の時間を奪うだけでも、相当な迷惑をかけている自覚があった女騎士だったが、苦笑を浮かべながら暖かな言葉を向ける聖騎士には、「ありがとう」も言えず目を瞑って黙ってしまう。
そっと、肩を叩かれれば、静かに聖騎士の顔を見つめ、そっと呟く。
「……テイア。……あなたがそのように謙遜しようと……否……もしも本当に、私の買い被りだったとしても……。
わたしは、あなたや既に亡き同胞たちと築きあげ……守り抜いて来た時代への想いを棄て去れない。そこから逃れられない。
……たとえ狂人とそしられようとも。……万人が拒もうとも……わたしは、それでも」
手を置かれた肩に、そっと力が入る。
何かを思い出したように、昏い瞳に強い意志を込めて聖騎士の双眸をじっと見つめる。
「長くなってしまった。あなたに伝えに来た事は、わたしの愚痴や不満ではなく……”王国をとりもどす”ために
力を借りにやってきたのよ。テイア・ルア・ルミナス……わたし達の知る”マグメール王国”を名乗る、かの堕落を極めた国を……」
己の肩を叩いた聖騎士の手に、そっと血生臭さを漂わせる手を伸ばす。
只ならぬ様相で、聖騎士をじっと見つめる女はピリピリとした雰囲気を再び纏って
■シャイナー > 「……壊す為の力を貸して。
わたしは、諦めない。何一つとして」
■テイア > 「…謙遜などではなく…事実、私に高潔なんて言葉は身に余る…。
…そなたは、真っ直ぐだな。未だ、想いを捨てず歩き続けるのか…。」
騎士団長の座を追われ、更には領地を取り上げられそうになったときに、国の行く末は変わりようがないのだと…人はもう、変わらないのだと諦めてしまった。
そして、全てを諦めきってしまえたら潔いと言えたのだろうが…、実際には諦めきれない部分が矛盾を生み出す。
人に対して諦めてしまって、もう人と関わらずに女神の愛した森だけに目を向けてそこだけを守ればいいのに、未だ騎士団に所属したまま前線へと出ている。
外へと目を向ければ、こんな世界の中で正しくあろうという人々が嫌でも目に入る。
目に入れば、希望を抱きそうになる。期待しそうになる。
諦めたといいつつ、諦めきれない自己矛盾。
想いを捨てられないと、はっきりと言い切る彼女のほうがどれだけ潔いだろうか。
そんな想いが、笑みとして苦々しく唇に刻まれていく。
けれど、続く彼女の言葉にその笑みも消えていくだろう。
本題へと入った言葉を聞けば、微かにまた目を細めていく。
「…やはり、そういう用件だったか。」
肩に置いた手に伸ばされる彼女の手…彼女の鎧やマントから微かに漂ってくる鉄錆によく似た匂いは、嗅ぎ覚えのあるもの。
「私としては、ただ愚痴を…心に溜まった澱を吐き出しにきてくれただけの方が嬉しかったがな…。
アスピダの事は噂程度には聞いている。クシフォス・ガウルス率いる暁天騎士団…。彼らを中心に、盗賊の軍勢と共に彼の地を占領している勢力…。
そこに、そなたも参加しているのだな。」
ただならぬ雰囲気を纏って、こちらを見据えて宣言するように言葉を紡ぐ彼女を見つめて、微かにまた眉を顰めていく。
此処に到着した際に、彼女の姿を見てその容姿から脳裏にある情報との一致と予感。
そうでなければいいと思っていたものの、現実は非情なものだ。
ふ、とまた吐息を吐き出すとゆっくりと首を横に振っていくだろう。
「何を壊す…。壊してどうなる…?クシフォスを王と担ぎ上げるか?それとも、そなたが王となってみせるのか?」
触れられた手はそのままに、彼女を女は真っ直ぐに見つめて問うていくだろう。
■シャイナー > 「……真っ直ぐ。……そうね、愚かしいほどに。…………他の生き方さえも、目が眩んで見えぬほどに」
真っ黒なクマが色濃く残った目を向け、しばしの沈黙を挟みながら聖騎士と向き合い。
謙遜するには至らなかったが、聖騎士の言葉に目を瞑りながら、肯定しながらもそれ故の不器用さも振り返る素振りを見せ。
誉れ高い聖騎士の長……かつて自らの率いる団にも模範として、目標としてその背を追えとさえ指示した程の者。
何を隠そう、己が元来持ちうる一本気な気質を間接的な形ではあるが加速させたのは聖騎士テイアがその一人であるには間違いない。
長年王国に仕え、時には愚かなる王にさえ噛みついてみせた程の騎士団長が……。
現在の姿を見聞きしてはいないが、その神々しさや、堕落を想像できない様相からは、聖騎士の言葉が信じがたいぐらいに。
……それだけ、眼前の彼女が眩しく映っていた。
「…………それだけの用ならば、より相応しい場所がある事ぐらい、わたしにだって分かることよ」
本題に入り、聖騎士の顔から笑顔が消えていくのにつられて元のしかめっ面になる女騎士。
やはり と口にする聖騎士には、分かっていたでしょう と言わんばかりに目を瞑って無言の肯定。
彼女がどこまで事を把握しているのかは定かではなかったが、己が所属している『血の旅団』について誤りのない認識を抱いている様子の聖騎士には、再び目を開いてこくり と頷いた。
後ろめたさなど全く感じさせない、堂々と自分は自らの信念に基づいている……そう確信してやまない意思の強さを感じさせる表情で。
首を横に振る聖騎士を見れば、ふう と小さくため息をつき、目を細めながらもどこか分かり切っていたと言わんばかりに憤りも食らい付きもしなかった。
「……やはり、ね。……言っておくけど、あなたを試した訳でも冗談でもない。お互い……品のない嘘は好かないでしょう」
己のイメージだけで勝手に同一視し、そう告げる女騎士。
ダメもとで臨んだ交渉を断られれば、続けて発せられた問いかけに対して空を見上げてゆっくりと首を横に振る。
どちらでもない と。
「……クシフォス・ガウルスも私も、せいぜい率いる事が出来るのは一軍にすぎない。
王にはなるべき者がなる。必要とされる者が君臨する。……少なくとも、拭えぬ罪を背負いしカルネテルの血統は適任ではない。
わたしは、その”場”を整えるのが使命。
膿を放ち続けるほどに腐敗の進んだ王国……政で何かが変わるなどと……あなたこそ、思っていないのでは?」
女騎士は諦めなかったが、その一方で暴挙に頼る……すなわち、性善説や理想……真っ当な王道を”諦めた”裏返しだった。
見つめられた眼差しに、真っ向から見つめ返して告げるのは、立派な政府転覆……国家の破壊行為。
破壊と恐怖による現体制の解体という、自暴自棄とも呼べる最低最悪の改革。
挙句、担ぎ上げる指導者については、「なるべき者がなる」などと裏を返せばあてなどないように聞こえる物言い。
ただし、全ての始まりとなったナルラート朝の血を汲むカルネテル王家に対してだけは、底の知れない怨恨を込めて断固否定してみせる。
その後、じっと聖騎士を見つめれば、すたすたと断崖の方へ後ろを向いたまま後退していく。
……あと一歩で転落 というところで
「…………テイア。……わたしは修羅となって、あなたやわたしが失ったものを取り戻してみせる。
この時間だけで、二つ返事がもらえるなどと思ってはいない。……また、どこかで会いましょう」
そう告げると、兜をかぶり、断崖から後ろを向いたまま飛び降りる。
絶叫も激突音も聞こえないが、しばらくした後に重く禍々しい羽音が聞こえてくるだろう。
……これから起こる無数の流血を予感させる、不吉な羽音がだんだん、小さくなっていく―――
(……テイア……)
女騎士は、そっと胸中で聖騎士の名を何度も繰り返した。
■テイア > こちらの認識に間違いはないと、後ろめたさも全く感じられない頷きが返ると、また微かに目を細めていく。
ああ…悲しいほどに真っ直ぐすぎるが故に、その道を選ぶしかなかったのだろうか…。
けれど、彼女の希望には応えられない。
今までのやりとりそのものが、テイアにその気があるかどうか測るための問いかけだったのだろう。
首を横に振れば、それ以上言い募る事もなく彼女はひいていく。
「そうだな…冗談であってほしいが…冗談であれば、趣味が悪すぎる。」
冗談であったほうが、彼女にとっても救いがありそうだが…嘘であれば、憤りを強く感じたことだろう。
「…そうか…。確かに、今の上層部の有様では時期に国は腐りきって地に落ちるだろう…。
しかし、その為に無辜の民を犠牲にするのには、私は賛同できない。
民を虐げ、苦しめる…血の旅団のやり方と王国…何が違うと言えるのか…。」
性善説など、女自身信じてはいない。
けれど、アスピダの現状を聞く限りひどい有様だ。
マグメール王国の過去の威光を取り戻したいと、まっすぐ過ぎて不器用な道を彼女が選んだのは理解できるとしても、そのやり方は理解できないと、再び首を横に振っていくだろう。
ただ、女は当事者ではなく傍観者でしかない。
女は自身の力を理解しているから、何でもかんでも救えるとは思っていない。
だから、手が届く範囲にしか手を伸ばさない。
無理に手を伸ばして、守りたいものを取りこぼすくらいなら最初から諦めている。
それは、手の届かない所にいる民を見捨てているのと同じだと自覚しているから、それはそれで罪深い事だと理解っているから、彼女へと問いかけるに留めた。
「……………。」
後ろ向きに、崖へと向かって遠ざかっている彼女を無言のまま見つめる。
瞳をそらさずに見つめる女の目の前で、彼女は背中から崖へとその身を投じていった。
少し重々しい羽音が聞こえ、それが遠ざかっていく。
「……取り戻す…か…。」
一陣の風が、一人になった女の銀の髪を揺らしていく。
自身の心は既に決まっている。
彼女が『昔』を取り戻すために修羅となるなら、自身は森の『現在』を守るために何にでもなってみせよう。
それでも…真っ直ぐすぎる彼女を思えば、胸に苦いものがこみ上げてくる。
何とも言えない面持ちで、女は一人空を見上げ続けていた。
ご案内:「九頭龍山脈 山中」からテイアさんが去りました。
ご案内:「九頭龍山脈 山中」からシャイナーさんが去りました。