2024/05/26 のログ
ご案内:「奴隷市場都市バフート」にイェルドさんが現れました。
イェルド > ――興が乗れば何処にでも行く。当てもない見分に於いて、気が向いたらというのは十分な動機になる。

知らぬ土地であっても、見知った土地であっても変わらない。
人間は相も変わらず愚かしいが、眺めていられる面も皆無ではない。
人界に混じる同類を見かけたら? その時には挨拶でもして、次第によっては嗤ってみようか。

「……――予想はしてたが、あれだな」

さて、奴隷市場都市には色々ある。その名の通りのここは様々な奴隷を扱い、売買し、試すための施設が溢れる。
一夜の契約で借り受け、愉しむための連れ込み宿、行為そのものを見世物とする小屋、闘技場等々。
この広い場所もまたそうだ。強い日差しを遮る天蓋と、それこそ闘技場のように据え付けられた様々な椅子。
椅子からの視線が一点に集中するステージ。オークション会場だ。日中であっても異様な熱気が渦巻き、値踏みと共に一喜一憂が目まぐるしく生じる場所。
その会場の一角、長椅子に腰掛けるフード付きマントの姿がある。
片手に会場に並ぶ屋台で買ったと思しい何本もの串焼き肉を持ち、逆の手に木製のジョッキを持つ。目深に被ったフードの下に伺える貌は若い。

「奴隷を見るより、周りの奴らを眺めてみる方が面白そうなのは……オレの気のせいか?」

頑なにフードを脱がない姿は、訳ありと思われることだろう。だが、この場に集った者たちも他人のことは言えまい。
お忍びでやってきた王族や貴族、またはその使いの者、奴隷商、娼館主、はたまた性奴隷でも求めにきた裕福な冒険者等々。
この国では珍しくはなくとも、おおっぴらにされるのは嫌がるものも少なくはあるまい。
故にこの場で名前を出し、やり取りするのは極力避けられる。
入札する際は、座席に刻まれた番号でやり取りを行う。最終的に競り落とした場合に呼ばわれる名も、本名かどうか定かではない。
今もまた、そう。ミレー族らしい猫耳の半裸の少女を購入した、でっぷりと太った男の名はさて。本名かそれとも偽名か。

イェルド > 事前の下調べ、“出品”されるものの内容は調べていない。
案内のための回覧なんて気の利いたものは、そもそもここにはない。
労働力としての奴隷を買いたいなら、こんな街の裏側に近い場所ではなく、もう少しの日の当たる表に出た方がいい。
その方が頑健で、なおかつ健康であるように注意を払った労働力を、比較的納得できる価格で買えるだろう。
オークションされるような手合いは、往々にして見目がよく、或いは一風変わったものだ。

「……あー。何処の家の奴、だったか?アレは」

例えば、魔族だってそう。次にステージに上げられる檻の中を一瞥し、はて、と首を傾げよう。
人一人が辛うじて立って身を伸ばせそうな容積の檻の中は、人に似てヒトではない。魔族というものだ。
服は何も着せられず、生まれたままの裸体を晒す魔族は男ではない。女だ。
手枷足枷はない。ただ、肌身に刻まれた入れ墨、あるいは淫紋の類は魔力を封じ、減殺させるためのものであろう。
同郷だから救わなければならない、という動機は自分にはない。ただ、微かに引っ掛かりを覚えるのは見覚えがある顔だったことだ。

「タナール砦に攻め入って、運悪く捕縛された……と。勢い余って突っ込む癖があったっけか、確か」

司会が垂れる能書き、捕縛に至るまでの経緯を聞きつつ、串焼き肉を齧って思考を巡らせる。
思い出しながらついつい浮かぶ苦笑を、ジョッキに並々と満たされたエールで飲み干す。あ、これ美味い。
仮に己が奴隷に堕した者を買い上げるのは、恩を売ることになりうるや否か。政治的に値踏みするには、この場所は意外と悪くはない。

イェルド > (……気づかれたか?)

あ、檻の中の誰かが見てる。しっかりと見てる。凝視している。
魔力の発露は極力抑えているつもりだが、タナール砦へ出撃する一派に手を貸す、雇われることもある。
故に、仮面や兜で隠してないときの素顔を見られているかもしれない。顔を見ていなくとも、魔力の気配から察しでもしたか?
とはいえ、買ってやる義理が――内心を探してもない。
否、買ってやったとして身代金同然の代価を向こうの家がきっちり払ってくれるか?

「どーせ買うなら、こう。……びびっとクる奴ないかな。胸尻張ってたらなお良いが」

ぐびり、と。ジョッキを呷って空にする。客席の合間を行き交う半裸同然の奴隷は飲み物を売り、運ぶ売り子だ。
おねーさんもう一杯と差し出せば、直ぐに携えた保冷の魔法が掛かった瓶から、ジョッキにエールを注ぐ。
酒杯を一旦膝に置き、上着から取り出す硬貨をチップとして持たせ、礼を述べる。
そうしながら聞こえてくるのは、段上の魔族の女に値を付け始める者たちの声だ。

聞き流しながら、ステージから向けられる視線がキツくなることに気づく。
買ってやったとして、さて、従順に振る舞ってくれるか? もう少し肉付きが良ければ興も乗るが。