2023/11/13 のログ
ルーカス >  
「そうか、王都を長らく離れなかったせいで妙に気を張っていてな。
 気がかりだったが、無用な心配であったのなら何よりだ」

なにせこの治世だからな、とため息交じりに言い放つ。
此処に来るまでにも悲鳴を聞いた。
町娘が、何処かの女中が路地の奥に引き摺られていく姿を。
神経質になっていた所に、浮いた姿が見えて視界が引っ張られたのだろう。

「……あぁ、取り立てての目当てがあったわけではないが」

真に国を思う王国の騎士であれば、許しがたいであろう艶やかな見世物。
差し向けられた言葉に改めて視線を向けると盛り上がりは先ほどの比ではなく。
頭一つ高い視点から遠くに眺めたそれは、己の戒めてきた淫靡そのもの。
人を惹きつけてやまない、三欲の一つ。

「腐敗した役人を、人を襲う魔族を。主の命のままに切り捨てる他を知らぬまま此処まで来た。
 だからこそ、世間勉強のような物だ」

ただ、それは理想の騎士道のままに生きてきた己には酷く刺激が強く。
平素と変わらぬ調子で応える言葉はともかくとして、直視せぬままに視界の端にて覗くように見やる。

醜悪な。遠目に見た時に得た感想こそが、己の素のままの意なのだろう。
そうして、主に仕える騎士として、触れる事も無く切り捨ててきたのだ。
人を捉えてやまないその熱を。

「……君は? 手に荷があるようには見えないが」

無意識に、視線がその光景に惹きつけられていた。
我に返って話を相手に返し、視界を少女に戻す。
すぐに平静を取り戻すが、僅かに朱の差した頬はすぐには引いてはくれないらしい。

シェティ > 「―――然様に御座いましたか。ご心配、痛み入ります。」

言葉を重ねてゆく内、目の前の男の言葉に偽りや策謀の意図は無く純粋に己の身を案じたものであろうと感じ取る事が出来たならば、
侍女風貌の女は今一度、スカートの裾を軽く持ち上げながら深く頭を垂れて謝辞を述べる。

それから少しの間を置いて女が姿勢を正した頃、彼の視線を追う様に蒼銀の瞳が舞台上を一瞥する。
其処では変わらず見世物として責め立てられ続ける美女が悩ましげな嬌声を放ち、細い肢体をくねらせながら達しようとしていた。
その光景と、それを周囲で興奮した面持ちで見守る観客達を見遣る表情には表立った感情の色は無い。
何処か悦びに満ちた表情で善がる件の美女を羨むでも無ければ、目の前の男の様に醜悪と唾棄するでも無く―――。

唯、彼の放った言葉にはほんの微かに眉を動かす様子を見せてから、視線を舞台上から目の前の相手へと戻し。
平静な装いながらも頬を朱に染めた侭の彼とは対称に、侍女風貌の女は少し考える素振りを見せてから、抑揚の淡い声で答える。

「世間勉強―――そうですね。私も、それに当たらずとも遠からず、といった処でしょうか。
 主からはこの街の様子を見聞きして、珍しい出来事や品があれば持ち帰るように、と。」

故に、持ち帰るべきは何も形のあるものばかりとは限らない。
無闇に答えを偽る必要も無く、唯有りの侭の事実として己の目的を侍女風貌の女は相手へと語って告げた。

ルーカス >  
「珍しい物、か。
 であれば荷がどうというよりは無事に帰るのが君の仕事というわけか……」

肉欲の祭典、奴隷交易の街。
手元の街にしか目を向けてこなかったがゆえに訪れた終わりは、
見分を外に広げていれば変えられたのだろうか。
持ち帰る、そう述べた少女の言葉に男は僅かに頬を緩めた。
似合いもしない笑みか浮かんだのか、あるいは羨ましさに表情が歪んだのか。
鏡の無いこの場では、己では分からないまま。

「そういえば……名乗ってもいなかったか。
私はルーカス。今はただの流れ者だが、クレヴァンスの番犬として多少名を売っていた」

貴族の社交場で嫌気が差すほど見てきた侍女姿のカーテシーも、このバフートで見るのは新鮮で。
己も右手を胸上にあげて、小さく眼を伏せてこうべを垂れる。堂に入った騎士礼。
礼に礼を返すようなこじゃれた街では無かったが、男なりの茶目っ気である。
受けという物を理解してのものでは無い事が問題ではあるが。

「他家の従者を送る程の甲斐性は無いが、名前を出せば魔除け程度にはなるだろう」

シェティ > 己の言葉に、僅かながらに頬を緩める男の様子を見遣りながら、彼の言の葉に対してはその様なものです――と首肯して見せる。
それから此方に倣うかの如く、優雅な所作で向けられる騎士礼と共に名乗られる男の名。
堕落と背徳の街の只中、淫猥な見世物のすぐ傍とは思えぬその光景が少々可笑しかったが、
残念ながら侍女風貌の女の方はそれで表情を歪ませる程に器用では無く、感情の色の淡い表情の侭に。

「シェティ――と申します。見ての通り、一介の従者に過ぎぬ身の上で御座いますが。
 ………ルーカス様。はい、御名前は確かに覚えました。」

クレヴァンスの番犬――女にとっては馴染みの薄い呼び名であったが、他を探れば何かしらの情報は得られるやも知れない。
魔族の従者はその様な事を考えながら、されど名乗られたならばと其れが当然の如く此方も名乗りを返して。
それでは、失礼致します―――と今一度頭を垂れて挨拶を告げてから、
侍女風貌の女の姿は人だかりの外、堕落と背徳の街の中へと静かにその姿を消してゆくのだった………。

ご案内:「奴隷市場都市バフート」からシェティさんが去りました。
ルーカス >  
シェティ、名乗られた名の響きを幾度か反芻するようにして。
耳に覚えのある名では無かったが、蹴落としあった王族の者でも従者の名はない事は確かか。

街の奥へと消えるその背を見送り、男は街の外へ。
騎士装束などこの街では忌避すべきものなのであろう。
明らかな敵視の視線もあるが、襲われるでも無ければそれを気に留める事もせず。

振り返って見た遠景は、己の守護してきた寂れた城下とは比べるべくもない賑わい。
これがこの街、この国なのだ。
僅かに蒸した息を吐き出し、襟飾を緩めて男は歩き出す。

ご案内:「奴隷市場都市バフート」からルーカスさんが去りました。