2024/04/29 のログ
ご案内:「メグメール(喜びヶ原) 冒険者ギルド出張所」にイェルドさんが現れました。
イェルド > ――偶にはこういう仕事を請けることもある。

領地に戻り、政を行え?という意見については聞かない。却下する。
どうして一々そうせねばならない。理解に苦しむ。
戻ろうと思えば、刹那の間に戻れる。それに敵が留守を待つ程度に上品なら、もっと先のことも考えられて然るべきだろう。

とはいえ、だ。こういう仕事は正直に考えてしまえば、だ。

「……日銭にもなりやしねーんだよなぁ」

零れる声は車軸の軋みと家畜の嘶き、そして荷台から零れてくる呻きに紛れて消える。
街道沿いに存在する宿場町、冒険者ギルドの出張所に近い車止めに一台の馬車が入ってくる。
傍から見れば、夕刻の黄昏時と相俟って少しばかり異様だっただろうか。
何せ、御者が居て然るべきにも拘らず、御者席には誰もいないように見える。手綱は所在なさげに揺れているだけだ。
にも拘らず、馬は不気味なほどに大人しく、まるで最初から分かっているように、或いは操られているように空いたスペースに入って停まる。
幌に描かれた紋章、トレードマークを見かけてか、馬車の到来を待っていたかのように太った男が近寄って何事かを捲し立てれば。

「うるさいな。……オレが御者だよ。
 ご依頼の奴隷を積載した馬車を引っ張ってきた。依頼内容に相違はないな?」

声がする。御者席に座した姿はない。正しくは、布を被って横たわった姿のみがあるばかりだ。その姿が億劫そうに身を起こす。
布は薄汚れたフード付きのマントであり、その中に金色の双眸と整った男の顔が見える。
太った男にマントの下から取り出し、示すのは依頼受諾時に受け取った印章と契約書と思しい巻紙だ。
証明たる品を持参し、受け取った太った男は不承不承といった体で、報酬らしい布袋を投じてくる。それを受け取りつつ、御者席より降りる。

イェルド > フードを被った姿が離れるまで、しん、と静かに大人しくしていた駄馬が、まるで夢から覚めたかのように嘶き、暴れる。
奴隷を引っ張るために待機させていたのだろう。
太った男――奴隷商人が従える人夫や、護衛の傭兵らが暴れ馬を取り押さえ、揺れる馬車から奴隷が逃げ出さないように駆け寄り、離れる姿を横切る。
何故こういうことになったかは、は考えるまでもない。
乗っている間は駄馬を支配し、感覚を共有して操っていたのだ。この程度は夢見心地の合間でも行えることだ。
とはいえ、がたがたと揺れる馬車に長く乗っていれば、身体の節々が軋む気もする。

「あまり期待も出来そうにないが、食える所は……あるにはあるか?」

知らぬ場所ではないが、馴染みが薄い場所には違いない。
王国に冒険者を装って這入り込むことは多いが、隅々までを見知っているわけではない。
否、装うというのも正しくはない。ギルドにも登録している有象無象のひとり、であることには一応は変わらない。
人の行き交いがあれば、当て込んだ需要もある。飲食店や簡易宿、旅人や冒険者が落とす金を当て込んだ娼婦、裏の社会の手先等々。
腹を満たしつつも、まずは仕事でもあるかどうか見るついでに出張所に足を運ぼう。
そう思いつつ、近くにある出張所の扉を開き、近くにある掲示板に貼られたものから、未解決、未受託と思われる張り紙を幾つか剥がす。

「エールとパン、何か肉と野菜を適当にくれ」

その上で隣接する食堂のテーブルの一つを陣取り、通りかかったウェイトレスに声をかける。
応えを聴きながら被ったフードを下ろせば、気配の動きや視線の集中を感じる。
エルフは珍しくないだろうが、肌が黒い手合いは珍しいのだろう。人に与するもの、人に敵対するもの、いずれもあり得るもの。

(オレは、さて。……どっちだろうな?)

ヒトは殺しもするが、今すぐにこの国に攻め入りたいという程でもない。
純粋な魔族程ではなくとも、この地では自分のチカラの幾分かは縛られている、魔のものとして制限されているような感覚がある。

イェルド > お待ちどうさん、と。注文した料理が運ばれてくる。
皿の上にごっちゃに盛られた、炒め物と思われる肉と葉野菜、切れ目が入った黒パンは、成る程。挟んで食べろということだろう。
たっぷりとジョッキに盛られたエール酒という組み合わせは、食い足りない分を呑んで補えという了見か。
適当に頼んだ方に問題はあっただろうが、依頼書を眺めながら食べるには――きっと丁度いい。

「有難う。先払いで問題ないか?」

眺め遣った品書きに記された金額にチップ分も兼ねた額を足して多く硬貨を取り出し、テーブルの上に置く。
金払いのいい客は種族は兎も角として、料理を運んだウェイトレスには好ましいものであったらしい。
喜色を露に頷き、受け取る姿を見送ってパンを半分に割り、肉と葉野菜を挟み込む。
焼き立てを過ぎたパンは少々堅いが、肉汁と野菜の水分を吸えば次第に柔らかくなるだろう。多分。

「……遺跡荒らしはあんまり、ないな。
 どちらかと言えば隊商の護衛、あと……魔物退治が多いか」

……味はまあまだが喉に詰まりそうなら、エールで強引に飲み干せ、という塩梅だな。
食べ物に内心でそんな感傷を抱きつつ、皿を脇に寄せて引っぺがしてきた依頼書を数枚、空いたスペースに並べる。
未発見、未踏破の遺跡、迷宮探索があれば良かったが、場所が場所なのだろう。
つい先刻まで従事、実行してきたような類の仕事が多い印象がある。
春になったせいだろう。活発化してきた魔物対策に加え、奴隷商人たちにとっては売り時、買い時らしい動きも耳に挟む。

「……好ましい奴でも、見繕ってみるのもいいな。ヒトの奴隷というのも偶には良いだろう」

苗床でも労働力にしても。人間は使いどころはある。
自分たちにとっても需要は決して皆無ではない。ヒトが魔族を捕らえ、同様に扱うのと同じくらいに。