2023/08/28 のログ
ご案内:「王都マグメール 貧民地区」にティアフェルさんが現れました。
■ティアフェル > ――黒い雨雲が空に広がって。
あー……やばいな、くるかな、早く帰らなきゃかな、と帰宅の足を速めた頃にはもう遅く。
急に降り出し一気に強まる雨脚に追われるように貧民街のとある廃屋に駆け込んだ。
「っふう……凄い雨……当分出れないなー……」
外は街を洗い流すかのように、どうどうと激しい雨が叩きつけていた。
鍵が壊れ、扉が僅かに空いていて、少々失礼させて頂いた平屋建ての住居。
今は誰も住んでいないことが荒れた外観からも察せて。内装も当然のように侵食されて荒んでおり、人が住まなくなって数年は経過していそうだ。お邪魔します、と一応小さな声で断りを入れ、薄暗い室内を見廻し、どこか落ち着けるような部屋はないかとあちこち扉を開け。
ふと奥に見つけた小部屋の扉を開けて中に入り、
「寝室……? いや、物置だったのかな…? 窓がないや、真っ暗……」
雨宿りの暇に任せて廃屋内を探索、暗い部屋にいくつかの物の影か浮き上がっていて、何だろうと探っている内に。
ばたんっ
不意に閉まる背後の扉。え?と慌てて扉に向かい手を掛けて開けようとするが――
「うっそ、えっ…?! 鍵……? 建付け…? 開か、ない……!?」
どうした訳か扉が開かない。壊れた錠が開閉の弾みで掛かってしまったのか……内側から開けようとしてもどこかに不具合があるらしく、開かない。
「ドアが……開かない…!!」
どん、どんどん!
慌てて木製の扉を叩き、ガチャガチャと何度もノブを回して開けようと試みるが、軋んだ妙な音が響くだけ。むしろ無作為に衝撃を与えることで余計にしっかりと壊れた錠を下ろしてしまっている気がする……。
■ティアフェル > 真っ暗で黴臭い廃屋の小部屋に閉じ込められてしまうと、不安と焦燥感が募る。暢気に中を探索、なんてうっかりうろついた数分前の自分をふざけんなと殴ってやりたい気持ちでいっぱいだ。
ばんばん、扉を強く叩きながら、
「誰か…! 誰かー!! 開ーけーてー! 出ーしーてー!!」
声を張りながら訴え。ここに入って来た時には誰もいなかったように思うが、もしかすると同じように雨宿り目的で誰かが訪れるかも知れないし……運が良ければ表にも響いて誰か気づいてくれるかも……知れない。そこまで考え及んでいたかどうかは定かではないが。閉じ込められた人間の習性と云うか。本能的に助けを求めてしまっていた。
「誰か! だーれーかー!! 出してぇえぇー!!」
客観的に観られれば廃屋に監禁されたような体たらくだ。
ご案内:「王都マグメール 貧民地区」にティカさんが現れました。
■ティカ > 「びゃあぁああぁああッ!?」
廃屋の癖して無駄に頑丈な扉の反対側から、素っ頓狂な悲鳴がくぐもり響く。
―――バケツを引っくり返した様なスコールに見舞われて、慌てて駆け込んだ貧民地区の掘っ建て小屋。
破れた屋根からざあざあ吹き込み滴り落ちる生暖かい雨から逃げて、薄暗がりの奥へ奥へと向かったチビがようやく落ち着けそうな場所を見つけて、頑丈そうな扉を背にした丁度そのタイミングで、どっかんどっかん背後から扉をぶっ叩かれたのだからビビッた駆け出し冒険者を小心者とは責められまい。
多少漏らした所で責められる謂れは無い!
ともあれ、腰が抜けた様な風情でデニムの尻を滑らせ後退り、真ん丸に見開いた紅眼で怖々見つめる無骨な扉は未だがこがこしながら何かがなり立てている。
「――――ぉ……女の、声……?」
防音処理もしっかりしているらしい扉の向こう(一体このボロ小屋はどうなっているのか……)、仄かに聞こえてくるのはまだ若かろう女の声音。
ちょっと、若干、いやかなりビビりながらもばっこんばっこん跳ねるたわわの鼓動を手で抑え、じりじり近付き朱髪から覗く耳を近付けるチビ。
■ティアフェル > どんどんばんばんがちゃがちゃ
廃屋の小さな部屋の中から引っ切り無しに扉を叩く音、ノブを何度も回す音。
重なる女の切羽詰まった声。
「出して!出して、出してえぇぇっ…! ここで『怪奇!廃屋に響く閉じ込められた女の慟哭!』として貧民地区七不思議に陥りたくないぃぃぃっ!
だーれーかーいな、い………んんんっ…!?」
もうあれだ、このままだと怪談噺のひとつとして名を連ねてしまいかねない。
怪奇現象になってしまう前に誰かお願い出してと、案外元気にどんどんばんばんやってる最中。
何か……雨音に交じって人の声が聞こえたような気がしてふと動きを止め。べた、と耳を扉にくっつけて外の音を拾おうと澄ます。
中で大騒ぎしているその時、同じく雨に降られて廃屋へと逃げ込んできたらしい少女が小部屋の中から訴える声を聴きつけてビビっているのを、薄っすらと感じ取り。
やかましく叩きまくるのをやめて、扉を、こん、こんこんっ、とノックするように拳で軽く打ち。
「ね、ねえ……、誰か? 誰か…、外にいる……? お願い、いるなら助けて、この部屋から出れないの、やばいの、このままでは干からびかねないの、幽霊とかじゃマジないから、生者だから、なまものだから、善良な人畜には無害なただのヒーラーだからっ」
向こうにいるのは微かに聞こえた声からすると少女らしいような若々しさ…というか幼さだ。
お化けかなにかと間違えられて怯えられないように気を遣い遣い、わたし危険なナマモノではありませんと切に訴え。
■ティカ > 聞こえてくる声音は悲壮な……――――いや、なんだか微妙に余裕があるというか、ちょっとおもしろいなコイツ……なんて失敬な感想が浮かぶおもろ可愛い物。思わず噴く。
何にせよ、ゴーストやらレイスやらそういった類のアレでは無さそうだとまずは安心――――した所でこんこんされた。
分厚い扉も耳をぴっとりしていれば、流石に音を漏らすらしい。
「――――おわっ、や、やっぱいたっ! ええと何々……? ぶふっ、なまものてお前……ぷくくっ」
先程ビビり散らしたのがアホらしくなるくらい、扉の向こうの囚われプリンセスは愉快な質であるらしい。
向こうは向こうで結構必死なのだろうが、言い回しがいちいち面白くてついつい笑いを漏らしてしまう。
とはいえ向こうはティカと同じくらいの年代だろう娘であり、自称無害なヒーラーとの事。とりあえずは安心させてやらねばなるまい。
「あー、おほん。えーっと、そっちのナマモノ。聞こえっかー? あんた、運が良かったな。いや、こんなトコ閉じ込められてるヤツに運が良いっつーのもアレか。ともかく安心しな。あたしがすぐにあんたの事出してやるよ」
両手で作ったメガホンを扉につけて声を掛ける。
明かりなどあるはずもなく、実に開放的なデザインの壁から差し込む光も今はどざーーっと盛大に豪雨を降らせていて薄暗い。
幸いティカはちょっとばかり夜目が効くので暗がりに目が慣れるのを待ち、手探りも合わせて扉の造りを確認する。
■ティアフェル > 当人的には至って真面目一徹。微塵もふざけていない、切実且つ逼迫した訴えなのであるが。
それに対してひと笑い買っているとも知らずに、それを耳にしていた女の子へと、叩き喚き叫ぶをやめて、助けを求めにかかった。
ここで逃がしてなるものか、と内心必死であったが。
とにかく彼女の警戒心を解き、できるだけ好感度を上げて扉を開けるのに手を貸して貰おうと語り掛けるも。
………ぷくくって聞こえた?
扉に着けた耳。笑声が小さく聞こえては扉の内側で微妙な顔をした。
え?なに?なんかおもろいことゆうたかわたし?とアホ毛を疑問形に揺らしていたが、こちらの訴えを聞きつけて返答が帰って来ると、揺れていたアホ毛はぴんと立って。
耳を澄ませて彼女の声を拾い。
そして、その内容に、ぱっ、と表情が明るんだ。
よっしゃあ!と扉の向こうでガッツなポーズを極めつつ。
「聴こえるー! 助けてくれるの?! ありがとう!ありがとうに次ぐありがとう!
出してくれたら絶対謝礼はお約束よ! ただしわたしの出来る範疇に限る! ただもう一度云いたい! 心からありがとうと! 扉の向こうの素敵な君へ!」
言葉遣いは荒めなようだが、やはりかわいい女の子の声に聞こえる。
それが救助を約束してくれれば心から安堵の上感謝をてんこ盛りでお伝えし。
扉の向こうで神よ…!とまだ顔も知らない彼女を拝んでいた。
扉を確認し開錠を摸索してくれているらしい気配に向かってお願いしますお願いします、と両手を組み合わせて祈りの姿勢。
扉は古びて錠が軋んで錆びついており、閉まった弾みで単純なギミックの錠が下りてしまっているが、多少の知識とテクニックがあれば針金かなにかで何とか開きそうであった。
■ティカ > もしもティカの猫目が透視の力を持っていたなら、感情に合わせてピコ付くアホ毛にさらなる笑いが漏れていた事だろう。暗がりにてキめたガッツポーズもまた然り。
喜びに溢れる感謝の言葉は耳にしているだけで楽しくて、コイツ、いいヤツだなぁと感じられた。
「――――――………あ~~。悪い。こいつは無理」
そうしてしばし、あちこちごそごそした結果がこれ。
ティカは小剣をメインウェポンとし、鎧らしい鎧も身に着けずに持ち前のすばしっこさで相手を翻弄するというバトルスタイルを旨とするも、その中身は戦士である。
最近はちょっと追跡術なんかも齧りつつあるが、鍵開け罠外しといったシーフの手業などは完全に門外漢。
こっちからの閂で閉ざされているとかならともかくとして、いくら簡単な物といっても扉内部で鍵が掛かっているなら手も足も出ないのだ。
助かったぁぁぁっと心底思わせてから谷底に蹴飛ばすかの所業に若干の申し訳なさを覚えなくもないのだけれども。
「ま、まぁ、あれだ。今は雨がすげぇからヤだけど、止んだら適当に助け呼んで来てやるからさ、あー……しばらくはそこで大人しくしてろよ………な?」
せめて人の気配でも感じさせてやろうと、改めて扉に背をつけ座り込むチビ。外はざあざあごろごろ。遠雷まで聞こえてきていっそ嵐の気配すら孕んでいる。当分止みそうもない。
■ティアフェル > まだかな。いまかな。もうちょっとかな。あくかな。
わくわくそわそわどきどき。
期待満載でお待ち申し上げておった中の閉じ込められヒーラー。
アホ毛をぴこんぴこん揺らして開錠の時を待ち詫びているも。
「えっ…!? えええぇぇえー!? なんですってー!?」
がががーん。非常にアナログな大ショック顔が全面に。
口を開けて無理と断じられて悲鳴を上げ、
「さっき!さっきあなたあんな頼りになる言葉を発していたのに!嘘でしょ!? やだやだやだあー! 諦めないで! 諦めたらそこで終了なんよ! 諦めないで挑むものにこそ道は開かれるのだ!」
軽く無理強い。
錠開けなんて一朝一夕に出来ることではない。彼女がお手上げになるのも道理なのだが。
出れると期待していた女は自分より年下の女の子に我儘を全力でのたまっていた。
「うー…えー…? ほんとに……? そんなこと云ってさ、雨が上がったらそのまま『めんどくせっ。知~らないっ』って帰っちゃったりしない? え!?見捨てられるのかわたしは!?待ってやめて見捨てないで死ぬ! 死ぬー!わたしを置いて行かないでー! そこにいる!? いるよね!?いて! いて!お願いずっとわたしの傍におってー!」
妄想に取りつかれ、ひとりで盛り上がって扉の内側で大騒ぎが勃発した。
そして、気を遣って扉の向こうで座ってくれている彼女へと向けて大分錯乱気味の発言をトバしていた。なんとも妄想力豊かな女は、最後の方の世迷言は若干プロポーズと化した。
■ティカ > 「ぶはっ。あんた本当にいちいち面白いな。こんな時に笑わせんなよ」
声の質から想像する予想ではあるが、扉の向こうのヒーラーは恐らくティカより2、3年上。そんな妙齢の娘が地団駄踏むかにゴネる声音は、またしても少女戦士の笑いを誘った。
コイツ、どんな顔してんだろ、と必死の向こうに対してこっちは口端をにまにまさせてしまう。
誰に見られている訳でもない廃屋の暗がりなので、べっちょべちょに濡れそぼったタンクトップをたわわもぷるんっとたくし脱ぎ、両手で絞ればじょばーっと雨水が滴り落ちた。
まるで乾ききっていない濡れ透けタンクを前に童顔が歪むも、他に着られる物など持っていないので改めてそれを身に着ける。
分厚い雨雲に覆われてはいるものの、幸いにしてまだ日のある時間帯。
ここ最近のクソ暑さも相まって、濡れ鼠のままであっても風邪など引く心配だけは無さそうだ。
「おっ、それはそれで面白そうだな! ぷっ、ぶふっ……ぷくくっ。あはははははははははははははははっ」
唐突にして熱烈なプロポーズを耳にして、まるで忍びきれていなかった忍び笑いもついには決壊。
剥き出しの腹を抱えてむっちむちの脚線美をばたばたさせて、豪雨の雨音にも負けぬ快活な笑い声を扉の向こう側にも響かせる。
最後の方はもう呼吸困難に陥って、ひぃひぃ言いつつどうにかこうにか埃っぽい廃屋の酸素で乱れた呼気を整えて
「あ~、笑った。腹いてぇ。 ………―――よぉ、ナマモノ。そういやあんたの名前聞いてなかったよな。あたしはティカ。一応冒険者だ。あんたはヒーラーつってたしシスターか何かか?」
本人は冒険者らしい無骨な粗雑さで扉をごんと鳴らして声を掛けたつもりだが、実際に非力な小拳が奏でたのはトイレの確認ノックもかくやという控えめでお上品な軽音だった。
■ティアフェル > 「わたしは真面目だよ!? なに!? ふざけてると思われてる?!
ガチだから! ガチ中のガチだからっ!」
何故笑う!と心外極まりない声が扉内側から訴えた。表情のそれに準じたものだが、勿論この状況下では相手には伝わるべくもない。
ただただ、お互いの声だけが扉越しに響いて感情を伝えあっていた。
とにかく、物音を聞き逃すまいと扉に張り付き体制の女。
声も通りやすいように極力張っては建付けの僅かな隙間から音が出ていくように唇の位置を調節し。
扉の向こうでなんだか濡れた衣擦れと水音がする。雑巾搾る時のような音だ。
はてな?と小首を傾げつつも、こちらはまだ本格的に濡れる前にかけ込めたので湿っている程度の衣服で。
「受けすぎだから! ようし、こんだけ笑ったんだから絶対絶対ぜーったい助けてね…?!
マジで、お願い、見捨てないでください死にますから!死にますからー! 人は水がないと5日と持ちません!この時期なら3日とみた!脱水で速やかに召されますからっ…!」
だったらこんなにぎゃあぎゃあ喚いて、ぜいぜいと肩で息をしたら死期が早まるのだから大人しくしてろよという話なのだが。
遠慮会釈なく扉の向こうで笑う少女の声に、こっちは笑いごとでは微塵もなく、真っ青になって絶賛錯乱中。
「………腹いてぇほど笑ってくれるなよ……ナマモノはティアフェル……ティアだよ。ティカちゃん? 冒険者仲間かぁ~……君が斥候か盗賊かレンジャーだったらなあぁぁ~っ…!
シスター? いやいやいや、ただの回復術師だよ、神聖魔法とかではないの。神職とは無縁、俗世に塗れて穢れ上等で生きてるよ」
扉の向こう女の子らしい拳が小気味よく音を立てて語り掛ける声に傾聴しては、叫ぶにも疲れ、呼吸を整えてから。そろそろ語尾を落ち着かせてすとんと扉の前にスカートを広げるようにして膝を崩して座り込んで回答した。
■ティカ > 「あはははははははっ、にゃ、はッ、ひぃっ、ひぃっ、やめ、も、許し……ぶっふ、ぶははっ! あーっはっはっはっはっはっはっはっは!」
最早何を言われても笑えてくる。
愉快なセリフに反して声音のトーンが真剣なのがまた笑いを誘う。
確かに水も食料もないこんな場所で、更にはここ数日の猛暑を考えれば早々の衰弱死も有り得るだろう。
この部屋の防音処理を考えれば、声を限りに助けを求め続けても誰にも気付かれないままなんて可能性もあり、それを思えばいきなり重い責任を感じてしまった。
顔すら合わせぬ扉越しのやり取りだけだが、既にすっかり彼女の事を気に入ってしまったティカである。何がなんでも助けに戻ろうと笑いの残滓がこびりつく胸内で決意を固めた。
「ティア? ………へへっ、なんか似た名前だな。―――って、あんたも冒険者かよっ!? ん~~~、あー……あたし自身、そっちの方が向いてそーだなぁって思うんだけども…………――――盗賊共をぶっ殺すならやっぱ戦士だろ」
重く沈んだ声音で付け足す。
近頃は良い出会いにも恵まれて、男嫌いの解消と共に雰囲気が柔らかくなったなどと言われる事も増えたティカではあるが、故郷を滅ぼし、家族友人を嬲り殺し、無垢な少女の身体を散々に弄び、何の変哲もない村娘の人生を狂わせた盗賊共への復讐心は未だチビの中で燃え盛っていた。
薄暗がりの中、紅瞳の輝きを消してどす黒い復讐心を滲ませていた双眸が、扉向こうで紡がれる可愛らしい声音で元に戻る。
扉越しの背中合わせ。伝わるはずもない彼女の体温をじんわりと感じるかの心地。
「ふぅん、回復術使いの冒険者か。あたしと年も近そうだし………なぁ、ティア。ここから生きて出られたら結婚しよーぜ!」
先のプロポーズめいた言葉と、なんだか死亡フラグめいた自分のセリフが合わさって、「一緒にパーティ組んで仕事してみようぜ」というはずだったセリフを変貌させた。
毎度毎度笑わせてくれる彼女の事だ。こんな奇矯なセリフにもきっと楽しい反応を返してくれるのだろうと期待しての悪戯であった。
■ティアフェル > 「なんだ、めっちゃゲラか、君は。ようしよし、それではうっかり笑い死にしたくなければわたしを必ず救助するよろし。
でなきゃ腹筋崩壊させてあの世への道連れとする! 冥府でご一緒してやる!」
当人的には本当に何も面白いことなど口にしてはいないつもりなのだが。
もうやばいくらいウケ倒している。気を良くするというより微妙極まりない物の、そこはいっそ利用してやろうと、笑い死にさせると大分無茶な脅迫行為に打って出た。
基本的に可笑しな発言しかしていない上、好感度が上手く上がっているとは自分では認識できてない状況。
お気に召してくれているらしい彼女の心境と救助の決意を知らない今は不安感がないでもないが。
それでもこの笑い上戸な女の子はあっさり見捨てないようにも思えて。根拠はないが今は彼女の中の善意に全幅の信頼を置くことで精神の安定を図り。
「ほんとね。ティカ、ティア……姉妹みたい? お姉ちゃんって呼んでもいいよ! むしろ呼ぶがいい! 萌えてやろう!
そう、この街には稼ぎやすいのか冒険者多いからね~、石投げれば当たるほどいるってもんですよ。わお。血なまぐさい……何やら私怨を感じますなあ……差支えなければお伺いしても? あ、厭なら全然いーからっ。ほら、吐き出したいことなら聞くので? 違うならいいの」
彼女のどこかからっとした爽やかさを感じる耳ざわりのいい声音が最後では沈んで暗いような声に感じたのが気になって思わず差し出がましいようなことを云ってしまっていた。
心なしか、扉の向こうで彼女の纏う空気が黒い物になっているようなどこか不安感と心配を覚える気配。
けれど、次に出てきた科白に、今度はこちらが、ぷは!?と噴き出して。てっきりこちらも話の流れから機会があれば冒険に出よう、的な言葉がくるかと思っていたので不意打ち喰らって軽く噴くと、
「マジか! ティカちゃん属性アドヴェンチャー過ぎだな! どーすんの、わたしがボンレスハム体型でおてもやんみたいな顔してたら。それでも契ってくれるというなら、即祝言だよっ」
冗談の類だとは理解しつつも、まだ対面もしてない内での結婚話にそんな風に乗っかった。
こちらも彼女の顔形は全く解らないのだから、今の時点で受けて立ったら相当冒険なのだが。
けれども、少なくとも確実にこの娘とは仲良くできそう、とは心底思えて。弾けるような笑い声を零し、思わずこっちも「いいね婚姻しようぜ!」と云いたくなってしまっていた。
――でもこのやり取りは完全なる死亡フラグだなー。死ぬのかなーこれー。と死の予感を齎した。
■ティカ > 「へへっ、お姉ちゃんか。確かにちょっと年上っぽいし、あんた良いヤツっぽいし、そんな風に呼んでやってもいいかもな。考えといてやるよ。 ―――ハ、んな明るい声で問われて話すようなこっちゃねぇよ」
それまでとまるで変わらぬトーンで紡がれる問いは、バカにしている様にも思えるが、そもそもが出会ったばかり、顔すら知らぬ相手に漏らすべき感情では無かったのだ。
未だ雨水の滴る朱髪の頭部を左右に振って、どう反応すればいいのかと困惑させてしまったのだろう彼女の気遣いをこちらも流す。
そんな微妙な空気を散らしたかったという思いもあったのかも知れない。
次に発した言葉は、かなりエキセントリックな代物となった。
「あははははははははっ! そんときゃああっさり前言翻して無かった事にするに決まってんだろ。ティアが声から想像出来る通りの美人な事を祈っとくよ」
それに対する切り返しもやはり、ティカを大いに楽しませてくれる物だった。
嵐の最中、薄暗く黴臭い廃屋で交わされているとは到底思えぬきゃらきゃらと明るい少女の声音が、誠実さの欠片もないプロポーズの撤回を口にして――――
「――――にゃぁぁぁああッ!?」
突然の悲鳴とがた付く異音を扉越しの暗がりに伝えた。
向こうからすれば死亡フラグが頭によぎった直後の悲鳴である。
しかもその後はぴたりと無音。
分厚い扉越しに伝わっていたチビの気配も消えている。完全なるホラー展開であった。