2023/08/05 のログ
ご案内:「王都マグメール 貧民地区」にアデライードさんが現れました。
■アデライード > 神餐節の炊き出しは、修道女にとって大事な仕事のひとつである。
たとえ急に呼びつけられ、駆り出されたとしても拒否権はなく、
炊き出しをするのが、王都の貧民地区だと聞いても、
あの辺には行ったことが無いので怖いです、とは言えない。
しかしもちろん、この娘の場合は。
嬉々として頷き、張り切って王都へと出発し、
旅装を解くのもそこそこに、炊き出しの手伝いに飛び込んで―――――数刻。
「えっ、と……ちょっと、困った、かな……?」
月の瞬く夜更けの裏路地、静まり返ったうら寂しい場所。
今宵の宿は平民地区の修道院であるはずで、炊き出しの終了後、
数人で連れ立って宿へ戻る途中だったのだが。
ちりりん、と鈴を打ち鳴らし、傍らを横切った小さい猫。
その猫が後ろ脚を引き摺っているように見えて、つい、気にして後を目で追い、
けれど何が出来るわけもなく、溜め息とともに振り返った、そのとき。
一緒に歩いていたはずの修道女の姿は、もう、どこにもなかった。
先に行ってしまったのか、それとも何か不測の事態が起こったのか、
十中八九、前者だとは思うけれど。
どちらにしても、土地勘のほとんどない娘が、一人である事実は変わらない。
とぼとぼと歩き出したものの、道が左右へ枝分かれするところへ来て、
「どっちだろ……これ、間違えたら大変だよね」
そんなわけで、足が止まってしまったのだった。
振り仰げば、月がとても美しい。
頑張れば星も見えそうだけれど、星の位置で方角を知れるほど、
娘は天文に明るくなかった。
ご案内:「王都マグメール 貧民地区」にレベリオさんが現れました。
■レベリオ >
にゃあ――と微かに猫の鳴き声が聞こえた気がした。
夜の闇の中に、消えていくような声色。
それが、右の小道から聞こえてくる。
もし、其方へと視線を向ければ、青い眼差しに映るのは
この場には似合わない仕立ての良い紳士服の白い襟もとか
それとも、夜の中に微かに輝いたように見える深紅の瞳の色合いか
いずれにせよ、まるで陽だまりを散歩するような気安さで
通りの向こうから歩いてくる長身の姿。
足音のひとつ、衣擦れのひとつの音もなく――。
「おや? こんばんは。
深夜の散歩……ではなさそうだが……。
こんな時間にこんな場所は危険だよ。お嬢さん。」
そして、視線が彼女を捕えれば
落ち着いた挨拶の言葉を響かせる。
まるで、偶然出会った少女を気遣うような色合いの言葉。
彼女が赦すならば、会話に差し支えない距離まで近付いていくだろう。
その途上で、思い出したように。
「ひょっとして、炊き出しの帰り…かな?
先程、君の様な修道女を見かけたが。」
思い出すように視線を彷徨わせ
推測をひとつ、口にする。
■アデライード > 見失ったと思っていた、猫の声が鼓膜を擽る。
か細く、もの悲しく聞こえたそれに、惹かれるように視線を転じ、
「―――――――― ぁ、」
猫、と思って振り返った視線は、やや下方へ向かっていたが、
視界に映る動くものは、痩せた小さな猫ではなく。
黒い革靴、スラックスに包まれた長い脚、同じく闇より暗い色のジャケット、
夜目に眩しい白いシャツ、それから、それから。
紅い眼をした、紳士風の男。
物慣れた風で歩いてくる、けれどこの界隈にはあまり馴染まない、ような。
しばし、呆気にとられたように、目を瞠り、口も半開きにして。
少し間をあけて、ようやく、瞬きと呼吸を思い出し、
「あ、こ、こんばんは……!
そ、そう、ですよね、うん……わたしも、そう、思うんですけど」
あまり治安の良くない場所だというのは、娘ももちろん知っている。
今は神聖都市に暮らしているけれど、もともとは王都の出なのだから。
あはは、と乾いた笑いを洩らして、曖昧に首を傾げてみせたとき。
相手が提示した推測に、我が意を得たり、とばかり、ポンと胸元で両手を打ち合わせて、
「そう、そうです、わたし、修道院から派遣されて、
すぐそこの空き家の前で、炊き出しのお手伝いをしてたんです!
それで、皆さんと帰るところだったんですけど、―――――… あの」
身を乗り出すような勢いは、次第に窄み、声のトーンも落ちてゆく。
打ち合わせたその手を胸元へ宛がい、眉間に皺を寄せて俯き、数秒言い澱んでから、
「あの、……あなたは、このあたりの方、でしょうか?
それか、……このあたりの道に、お詳しかったり……」
しませんか、と問う声は、ほとんど囁き声のよう。
相手が充分に近づいていなければ、耳に届かないかもしれない。
幼い子供でもないのに、自ら、迷子です、と白状しなければならない恥ずかしさに、
俯いた娘の頬から耳朶にかけて、朱色に染まり始めており。
■レベリオ >
痩せた小さな猫はどこに行ってしまったのか。
あるいは、最初から悪意ある誰かの仕込みだったのか。
いずれにせよ、こうして今彼女を見降ろしているのは深紅の瞳。
そこに映るのは、年若い修道女の姿。
華奢な肢体を質素な修道衣に丹念に包んで
青い宝石のような瞳と整った顔立ち。
女、というにはまだ年若い相好。
それが、我に返ったように途方に暮れた言葉を響かせる。
感情が鮮やかに表情に浮かんで、身振りに弾んでいく様。
それに、口元に笑みを浮かべながら頷く。
穏やかに見えるような、そんな色合いの表情。
「成る程。」
と、相槌を返したのは
彼女がここで途方に暮れている事情を説明した頃合いだろう。
声のトーンが、気の毒になるくらいに落ちて
恐る恐るというように、言葉を響かせるのに――とうとう、少しだけ笑ってしまって。
「成る程…つまり、迷子になってしまったということか。」
次いだ言葉は、彼女の状況を端的に物語る。
存外、朱に染まった顔、感情を隠せない白磁の肌。
更にそれで赤く染まってしまうかも知れない。
けれど、それに拘泥するでもなく、言葉は続く。
「この辺り、の住まいではないけれど。道を知らない訳ではない。
私で良ければ、案内しようか?
迷子の君を、お仲間が向かった方へ案内することくらいはできると思うから。」
そう、まるで容易いことのように申し出る。
「いかがかな?」と添えるように手を差し伸べる。
黒革の手袋に包まれた手を、まるでダンスにエスコートでもするように。
■アデライード > ―――――猫の声は、また、聞こえなくなってしまった。
もっとも今は娘の方も、猫どころではなくなっている。
不案内な場所でたった一人、取り残されたかと思っていたら、
幸運にも、道を尋ねられる相手に行き会ったのだ。
この界隈の住人―――――には見えないけれど、少なくとも、
近づいてくる足取りは確信に満ち、迷っている人のそれではなかったから。
ただし、相手に道を教わるとすれば、その前に、
迷子であることを打ち明けなければならないわけで。
「―――――… その、通り、です」
俯いていても、笑っている気配は伝わる。
娘の頬はますます赤らみ、小さな頭は更に俯き、
胸元に宛がった両手は、ぎゅう、と谷間へ押しつけられる。
それでも、とにかく伝わったのだ。
ならばきっと、よっぽど意地悪い人でなければ、道を教えてくれるはず――――
「ぇ、…… ぁ、あの」
弾かれたように顔を上げ、差し伸べられた手を認める。
まるで姫君をエスコートするように、物腰柔らかく差し出されたその手に、
今度こそ、首筋までも赤く茹だってしまう。
えと、あの、その―――――しどろもどろになりながら、おずおずと、
「ぁ、ぁ、じゃあ、っ…… あの、あの、おねが、します……」
小さな白い手を伸ばして、黒い手袋に包まれた大きな掌の上へ。
そっと乗せて、それだけのことで、堪え切れずにきゅっと目を瞑る。
とてもではないが、こちらからその手をしっかり握る、なんて真似は出来そうもなかった。
■レベリオ >
気恥ずかし気に、しどろもどろに。
自身の状況を打ち明ける少女。
それに向けるのには、些か不躾だったかも知れない。
けれど、可笑し気な笑みを止めることはしなかった。
元々彼の肩口くらいまでしかない彼女がますます小さく
そして、白い顔を朱に染めてしまうのに。
「おっと――すまない。
不安なのを笑ってしまうのは失礼だったな。
けれど、安心してくれていい。
迷子のお嬢さんを無下にする程、礼儀知らずではないからね。」
柔らかく、掌を上に差し出した手。
それと共に、笑み――今度は微笑に近いそれを滲ませた声が向けられる。
そして、小さな手が、黒革の滑らかな感触に触れる。
奥に眠る体温を感じさせない、薄っすらとしたぬくもり。
その手が、少女の手をゆっくりと、軽くだけ握って。
「ああ、勿論だ。では、行こうか――。
そうそう――名乗り遅れていたね。
私の名前はレベリオ。レベリオ・F・コンスキウス。
レベリオでいい。」
名乗りをひとつ、響かせれば
そのまま、先程来た時と同じように歩き出す。
その先にはぽっかりと、暗い暗い夜が広がっていて――。
■アデライード > 相手から見れば、きっと、まだほんの子供に過ぎないのだろうけれど、
一応は年頃の娘として、言うなれば、淑女らしく振舞ってみたいのが人情だから。
もしも二度と会うことが無いとしても、だとしたらなおのこと。
だからもう、恥ずかしくて、恥ずかしくて。
それでもこの手に縋らなければ、本当に、困ったことになるのも明らか。
腹が立っているとすれば、笑った相手にではなく、笑われるようなことになった、自分自身に対してだった。
「いえっ、失礼だなんて、そんなこと…… わ、わたしこそ、
ごめんなさい、あの、こんな、ご面倒を……」
短く切り揃えた髪を、軽やかに揺らして首を振る。
こわごわ預けた手を握る、掌はやはり大きくて、指は長く、
生々しい温度を感じない分、ひどく神聖なもののようにも思えた。
何故だかとても、くすぐったいような気持ちになりながら、
手を引かれるまま、やや早足で歩き出した。
「レベリオ、さん…… あ、ごめんなさい、
わたし、アデライード、といいます。
アデラでも、アディでも、お好きなように――――…」
そういえば、こちらもまだ名乗ってさえいなかった。
空いた方の手で自分の胸元を示しながら、愛称を添えて名乗り返す。
歩くうちにまた、猫の声が聞こえた気がしたけれど。
向かう先にはただ、闇色の夜があるばかり―――――。
ご案内:「王都マグメール 貧民地区」からレベリオさんが去りました。
ご案内:「王都マグメール 貧民地区」からアデライードさんが去りました。