2023/10/07 のログ
ご案内:「王都マグメール 王城/練兵場」にヴァンさんが現れました。
■ヴァン > 「……当たらん」
首を捻る銀髪の男。籠手をつけ、短弓を左手に持っている。視線の先には円形の的。
80mほど先にあるそれには一つも矢は刺さっていない。面白いくらいに周囲の土壁に散らばっている。
『副隊長、近接武器はなんでも使いこなせるのに弓はダメなんすか。まぁ、弓なんて騎士の使うもんじゃないっすしね。
――とはいえ、馬使わないのは騎士としてどうかと思うっす。騎士が馬乗んなくて何に乗るんすか、女っすか?』
そう言い放つ若い騎士。男の悪名も気にせずこうやって練兵場で会うたびに絡んでくる。ひとえに若さゆえの恐れ知らずと言うべきか。
周囲の兵士や他の騎士団に所属する者達はそのやりとりをはらはらと見守っている。
――半年ほど前、女絡みで男を侮辱した騎士達がいた。正確には男にとっての恩人を平民だからという理由で揶揄ったのだ。
数分経たず、騎士達は「ただ生きている」状態になった。止めようと男を騎士達から引き剥がそうとした者も同じ運命を辿った。
騎士達の上司である中隊長が練兵場に現れ、事態を把握するなり最上級の謝罪を行ったことで幕引きとなったが、
それがなければ死人が出ていたやもしれぬ。騎士達の親の一人であるさる子爵からの抗議にも暴力で対処したという噂もある。
武力をもった、何がきっかけで爆発するかわからぬ危険な輩。銀髪の男について練兵場に顔を出す者達の共通見解である。
今男に絡んでいる若い騎士もいつスイッチを押すかはわからない。男達の周囲から少しづつ人が離れていく。
言われっぱなしの男はただ苦笑いをしていう。若い騎士が女ならば、怒りを飲み込んでいるだけやもしれぬ。だが男だ。
■ヴァン > 『フォームは悪くないと思うんすよ。撃つ間隔が長いのが気になるんで……
右手を後ろに引ききったら狙いつけようとせずすぐ放つのがいいかもしれないっすね』
そんなものか、と思って若い騎士の言う通りにする。相変わらず的に刺さらないが、明後日の方向に向かうことはなくなってきた。
自分の助言が効果的だったのか、若い騎士は嬉しそうに笑っている。二十歳かそこらだろうか。
「自分以外を思い通りに動かすのは難しいもんだ」
自分さえ思い通りにならない時はある。他人はなおさらだ。
傍らに置いた黒い鞘の打刀に視線を向ける。思わず笑みがこぼれた。
『だから副隊長、自分の隊持たないんすか?』
「またその話か……。俺は単独行動が性に合ってるんだ。お前ももう従士の期間を終えた一人前の騎士だろう。
――そうだな。練習用の矢を十本用意しろ。一本でも俺か正面の的ににあてたら話を聞いてやる」
そう言うや否や刀を掴み、的へと歩いていく。若い騎士は呆然としていたが、降ってわいた機会に慌ただしく動き出す。
数分後、弓を携えているのは若い騎士だけだった。練習に来た者達は何事かと二人を交互に見ている。
■ヴァン > 「よし、始めるか!」
大きな声で男が言うやいなや、数秒経たずして矢が放たれる。
先端を丸めた矢だが藁で作った的にはきっちり刺さるし、人に当たれば怪我もする。
だから決められた時間以外、的の周囲に人は立ち入らない。容易に事故で死ぬからだ。
若い騎士は胆力があるのか、正確に的を狙う。射線上にヴァンがいるが、ほかならぬ本人が言い出したことだ。
「――ひとつ」
男は打刀を無造作に振るう。空中の矢を両断した。
周囲からどよめきの声があがる。矢に反応するだけでも常人の範疇から外れるのに、撃ち落とすとは。
男はゆっくりと歩く。射線上の男が距離を縮めることで男自身が遮蔽物となり、後ろの的に当たりにくくなる。
10秒間隔で飛来する矢を正確に刀で弾く。二人の距離は30m。
「――ななつ」
若い騎士は移動して的を狙うこともできたが、そうしなかった。相手が越えるべき壁であるかのように、只管に同じことをする。
男は長く息を吐きだした。無造作に振るっていた刀をしっかりと構え、正面に若い騎士の姿を捉える。
一歩踏み出し、8本目の矢を弾く。弾かれた矢は地面へと向かわず、真っ直ぐに若い騎士へと向かっていく。
壁に矢が刺さる鈍い音。若い騎士が振り向いてから手元に視線を戻した時、弦が切れていることに気付いた。
「やっつ。とりあえず今日はこれで終わりだ。自信がついたらまた話に来い」
納刀しながら男が笑うと、若い騎士もにっこりと笑った。
ご案内:「王都マグメール 王城/練兵場」にマーシュさんが現れました。
ご案内:「王都マグメール 王城/練兵場」にネリさんが現れました。
ご案内:「王都マグメール 王城/練兵場」からネリさんが去りました。
■マーシュ > 「──────?」
王城の中といっても役割はそれぞれだ。
己の属する礼拝堂の周辺は静謐が。
外廷の広間などには、時間帯によっては華やかな宮廷楽が聞こえもする。
軍部にほど近い場所はそれなりに鍛錬の声や、物々しい音が満ちる、が。聞こえてきたのはどこか歓声に近いようなそれ。
練兵場を覗く必要はなかったのだけれども──、だ。
物見高いのは己だけではないらしい、それなりの制服姿の人数が事の成り行きを見守っている。
その間にも聞こえるのは何かをはじいたような硬質な音。
刃傷沙汰、というわけではないのが場の空気から伝わってくるが────。
その中心にいるのが見知った人物だった場合己はどんな反応をすべきなのかを少々惑う。
ちょうど、短弓を構えた青年の矢を撃ち──、斬りおとした?
それがどのような技量の末、あるいは鍛造された武具の切れ味がもたらすのかを知らない。
周囲のささやき声のような畏怖の言葉を耳に拾う程度だ。
時計の針が進むのをやめることのないように、彼我の動きは一つの演武のように。
距離が狭まり、そうして鈍い音が的側ではなく、青年の背後の壁で響いたことで終わりを告げたのか。
双方の笑みでようやく緊張の緩んだ空気に、女もまたそっと呼気をこぼした。
何事もないなら、それでよかった。
■ヴァン > 勝負が終わりを告げたことは、遠目に見ていた者達にも伝わったらしい。
「見世物じゃないんだがな……」
騎士や兵士たちだけではなく、通りかかった者達も足を止めて成り行きを見守っていたようだ。
野次馬が野次馬を呼ぶ、といったところか。
その中に見知った顔がいることに気付くと若い騎士に告げる。
「つーことで俺は帰る。後の片づけは任せた」
『――マジっすか。あー……そういうことっすね』
若い騎士は落胆した表情を隠しもしなかったが、男の視線の先を見ると理解した顔になった。
理解の早い後輩に頷くと、男はそそくさと修道女のもとへと向かっていく。
直接声をかけると注目の的になると気付いたか、手をあげると聖印を掴んでみせた。
これだけで相手は己が何を望んでいるかがわかるはずだ。
その後、練兵場の通路へと向かう。
■マーシュ > 人の波が引くのに任せて、己も退くのがいいだろう、と判断した。
所用で訪れているとはいえ、己の姿が目立つ場所であることは自覚しているし。
「─────」
そんな中で視線が絡むと、ゆるく瞬いて。
挨拶のように挙げられた手が聖印に触れるのに、軽く首肯を返したのちに軽く己の喉元に触れる。
今はそこに触れるのは柔らかなウィンプルの布地の感触ではあるのだけれども。
■ヴァン > 聖印から手を離すと階段を上り、いくつかの角を曲がる。
たまたま練兵場を訪れていた何も知らない貴族の注意をひいたらしい。その部下らしき者達が追ってきていた。
男が騎士であることは外見を見れば一目瞭然だから、雇いたいという話ではないだろう。
繋がりでも持っておきたいのか、ただの興味本位か。とにかく、男は優先すべき用事があった。
神像のある小さな広場にたどり着くと、壁に背を預ける。再び聖印を掴みながら微笑む。
■マーシュ > 「…………」
しばらく立ち止まっていた女は、胸元から手を下すとゆるりと歩き出す。
歩調やしぐさは普段とは変わりはないけれど───。
赴く場所はすでに定まっているような歩調。
人の目につきづらい順路を選べる程度には王城の構造にはそろそろなじんできたらしい足取りで。
相手に遅れることしばし、でたどり着いた場所は静かな小広場。
それなりに年月を経たのだろう神像の柔らかな風合いに目を細めてから、壁に身を持たせかけている相手のそばに歩み寄った。
「………ヴァン、様?」
気配と、声音で己であることを伝えるように。