2024/07/28 のログ
■ヨハンナ > エカテリーナが店主に己の剣を預けた直後、また扉を開けて入ってくる女が一人。
こちらは騎士の身なりを隠しもしないが、普段王都で見かける顔ではないだろう。
しかし、知識があれば身に着けている紋章から、王国北方に領地を持つ貴族にして騎士団長の一人であることが分かるだろうか。
「おや、先客ですか?」
女騎士は先に店主と話していたエカテリーナを一瞥する。
マントで隠れているからか、彼女の方はエカテリーナの身分に気付かないようだ。
「お話を終えるまで待っています。お構いなく」
彼女はそう言うと、壁にずらりと掛けてある刀剣類を暇つぶしに眺め始め…。
■エカテリーナ > 剣は武器だ。
それ以上でも、それ以下でもなく故に専門的な知識は深いほうではない。
ただ、いつも愛剣を任せればまず最初に見るのは様々な色目の砥石の中から一つを選んで、それを水につけるところだ。
振替った先に居るのは赤髪の騎士、その姿は王国に属する章が見て取れる。
(あれは…)
王族の傍系ではあるにせよ己はあくまで近衛侍従の身なれば、来訪の際にその存在に気付かなかった己の不覚を謝罪する意味を含めて深く頭を下げて身を引いた。
そんな折、工房主の細君か或るいは縁のものか、このままお待ちになりますかとの問いかけに応と返せば待ち時間の無聊を慰めるかの如く飲み物が用意される。
旨味、というよりは野性味の強いその香りは、舌にのせれば猶の事青っぽい味を舌に伝えてくる。
赤髪の騎士が目上とは解っておりながらも、工房の壁を飾る得物を眺めるその視線の先には興味があるのか、追いかけるように青い瞳で追従するように壁の得物の姿をなぞる。
■ヨハンナ > (……どうやらこちらを知っているようですね)
深々と頭を下げるエカテリーナを見て、女騎士は推測する。
平民の冒険者など、己を知らぬ身であればぺこりと軽く頭を下げて終わりだろう。
女騎士は見えた顔立ちに、誰だろうかと思い出しつつ壁の武器に目をやる。
王都の直轄軍との演習の為に訪れた王都。
何か土産に王都の剣のいくつかでも部下に送ろうかと思っていると、
エカテリーナに飲み物を用意した後の工房主の妻が、女騎士に声をかけるだろう。
それに女騎士が応えれば、渡されたのは鞘に入った細剣と短剣。
礼を言いながら、女騎士は細剣を鞘から抜いてみる。
「……素晴らしい腕前で」
希少金属を使った波打つ刀身を持つフラムベルク。それはまるで新品のように煌めいていた。
少々特殊な己の愛用する剣。砥げるのはここしかないと紹介されて訪れたのだが、それは当たっていたようであった。
「ん……?」
各所をしげしげと眺めていた女騎士だが、刀身にエカテリーナの姿が写り込んでいるのに気付く。
未だにこちらの方に視線を向けていれば、不思議に思って振り返るだろう。
■エカテリーナ > 記憶に相違なければ赤髪の騎士が擁する六翼の紋章は北方に領を置く騎士団のものに他ならない。
その装いから見てただの一兵卒、といった気配ではない。
茶、というよりは薬湯に近いその一杯を更に含めば、舌の上に微かに痺れるような感覚があった。
傍系も傍系とはいえ、これでも貴族である。
些末な毒には慣れているつもりだが、かといって薬とも毒とも覚えのない苦味にごく、ごくわずかに眉が寄った。
純粋にこの茶の風味なのかは、己だけでは判断できない。
そのうち六翼の騎士が工房に預けていたらしい二振りが運ばれてくるのを眺める視線はいまだ遠巻き。
己が先程預けたばかりの長剣とは似ても似つかないその独特な頭身に、頭の中の情報から更に相手が誰であるかを絞り、該当するである人物を限りなく抽出していく。
「…ご無礼、お許しください。
お持ちの得物が良き品とお見受けしましたため、つい目を奪われてしまいました」
刀身越しに青い瞳同士が、その視線がかち合ったような気がした。
故に振り返って明確にこちらの存在が騎士の青い瞳にとらえられたならこちらから謝罪を申し上げる。
■ヨハンナ > 謝罪の声をかけられる。別に、不快になったわけでもないのだが。
女騎士は剣を鞘に戻すと、短剣共々剣帯にかけながらエカテリーナに近寄っていく。
「いえいえ、剣は騎士にとって己の一部のようなもの。
それを褒められて不快になるような騎士は私の出会った中にはいませんでした」
すん、とした表情を崩さないながら、怒っているわけではないことは伝わるだろうか。
女騎士はエカテリーナの向かいの席に腰掛ける。
「熾天使騎士団長、そして当代アイゼンブルク伯のヨハンナです。
お名前をお伺いしても?」
女騎士、ヨハンナの前にも、エカテリーナと同じように茶が置かれる。
彼女はそれを飲むと、これまたエカテリーナと同じように微かに眉を寄せた。
■エカテリーナ > 「ご寛大なお言葉を頂戴し、恐縮です」
寛恕の言葉を与えられたとはいえ、不躾な視線で合ったことには変わりはない。
騎士の表情には快も不快も見ては取れなかった故、それ以上こちらが追いかけることはそれこそ失礼に当たるというもの。
真向いの席に腰掛ける騎士に、改めてささやかな目礼を捧げながら
「やはりその六翼、アイゼンブルク女伯であらせられましたか。
イフレーア・スフォルツァ伯爵家が末子、エカテリーナと申します」
同爵位であるとはいえ、かたや当主、かたや爵位を継げぬ末子では身分の差は歴然というもの。
あくまで己を弁えるつもりではいたが、茶杯を傾けるその柳眉がわずかに寄るのを見れば彼女の二の句を待った。
この舌の上にわずかに残る味わいを、何ととるのだろうかと。
■ヨハンナ > 「……王都では今、このような茶が流行っているのでしょうか?」
飲み干したカップをテーブルに置き、ヨハンナは独り言のように疑問を発する。
あくまで味の評価はしていないが、好ましくないものであったのは明白だろう。
「ふむ、イフレーア・カルネテル家に連なる家の方ですか。
何分普段は王都から離れた北方か戦場におりますので、名前以上の知識はあまりありませんが…」
ヨハンナはそう、正直に吐露した。
彼女は王族に媚を売るなどといった性分ではないし、逆に身分差があろうが気にしない。
実戦に揉まれた騎士団は大なり小なり実力主義になっていくものだ。
「ここにはよく来られるのですか?
……良い腕、ですよね」
壁に並ぶ刀剣はどれも一級品ばかりだ。
王国軍の上級将校が持っているものにも引けを取らないだろう。
■エカテリーナ > 少なくとも味は好みでなかったようには見える。
自分のカップのほうにはまだ茶は残っているが、女伯のその疑問に少しだけ苦笑を浮かべた。
「こちらは細君殿が時候に合わせた効能の茶葉を様々に組み合わせているものだと以前聞きました。
わたしもこの味わいをいただくのは初めてですが、その…すこし、刺激的な味わいではあるかと思います」
本家でもあり、主君でもある家名がその唇に乗れば肯定するように小さくうなずいた。
包み隠すことがない率直な性質であるのだろうと感じ取れる口ぶりは初見ながら好感が持てる。
「当家はすでに分かたれて久しい家ですので、今はただ実直にお仕えするために腕を磨いております。
中々休みを戴くことが難しいので、折を見て手入れを頼みに来ておりまして…
この工房は安心して任せられる職人が多く、ありがたい限りですね」
女伯の意見には同意する。
故に頷きながら残りのぬるくなった茶を口にした。
茶器の底が見えるまで大した時間もかからない。
■ヨハンナ > エカテリーナの説明に、しげしげとカップを眺めるヨハンナ。
「成程、確かに……健康に良さそうな味ではありました」
何とも歯切れの悪い言葉は、褒めているのかそうではないのか。
思えば、医者の処方する薬を思い出す味である。
「そういえば、イフレーアの分家は主家に仕えることを第一の使命に考えていることで有名でしたね。
私も、騎士団長という身分ではありますが、日々が精進の積み重ねです。
私の方は普段は領地の専属の鍛冶屋に頼むのですが、今回は都合がつかず…。
しかし、ここに頼んで正解でした」
淡々と物静かに話すヨハンナの姿は、歴戦の騎士団長というよりは教養ある貴婦人を思わせるだろうか。
■エカテリーナ > 「ふふ、季節の変わり目は体調にも影響が出やすいものです。
恐らくは、滋養強壮に良いものでも入っているのでしょう。
古くより良薬は口に苦いものと申します」
口元が微かに緩んでしまったのを隠しはしない。
もちろん見咎められるようなことがあれば謝罪をするだけの心積もりはあった。
「はい。
ですが、私はそのお役目を全て頂戴するには未だ弱輩でして…」
純粋に技術だけなら持ち合わせている。
だが、どうにもそれだけでは当代夫妻の期待に応えるにはあまりに微力であると感じていた。
「なるほど、それでこちらに。
…あの、もしよろしければ熾天使騎士団ではどのような訓練をされているのかお伺いしても?
ああ、守秘義務もあることかと思いますし、もしもアイゼンブルク伯のお気が向かれれば…
その、…、御話しいただける範囲のことなど」
純粋に己を強くしたい。
だからこそ、自分にはない技術が得られる機会があるならそれを逃す理由はない。
不意に体に高揚に似た異変を感じて途中一瞬だけ言葉に詰まったが、恐らく細君の煎じた茶の効用だろう。
だが、それを咎める気もなければ、それはこの機会を逃す理由にはならないだろう。
■ヨハンナ > 「ふむ、店主の元気の秘訣…といったところでしょうか?やはり」
鍛冶屋は体力を使う仕事だ。健康でなければ務まらない。
おそらく普段、己の夫に出すお茶と同じものを出されたのだろう。
そう思えば納得のものだ。
「訓練……ですか。
我々の主力はヒッポグリフに騎乗した有翼重騎兵です。
彼らは通常の馬より扱いが難しいですから、武器の訓練より乗馬の練習の時間の方が多いぐらい。
そのような騎士団でも参考になるのでしたら、使用している教本でも後でお見せしましょうか?」
別に、訓練内容に機密も何もない。
見せることはやぶさかでもなかった。
■エカテリーナ > 「我々騎士も体が資本ですが、彼らも同じようなものでしょう」
目の前の女伯の姿は、いたって冷静で高潔な姿に見える。
茶のせいとはいえ、些細なことで己を律することが出来ない己を内心恥じた。
「教本…よろしいのですか?
私共はどうも近衛という性質上仕方がないのですが屋内での戦闘に特化しがちなのです。
ですから、屋外の、それも馬とは違った有効な武力ということであれば是非とも…!」
教示を受けたいという気持ちから席を立ち画がるものの、かくりと膝がおちる。
とっさに卓に手をかけて無様な姿をさらす事だけはこらえたが
「…申し訳ありません、…っ、不調法を晒しましたこと、どうぞお許しを」
立ち上がるよりも先に首を垂れたまま捧げるのは詫びの言葉。
■ヨハンナ > 「……大丈夫ですか?」
勢いよく席を立とうとして、姿勢を崩すエカテリーナの姿に、
ヨハンナは少しばかり目を見開いて微かに驚きを示しつつ、声をかける。
「私達の訓練は戦争、それも魔族や他国との大規模なそれのためのものです。
近衛の職務にあまり役立つとは思えません。そもそもヒッポグリフに乗れるようになるだけでも年単位での時間がかかります」
王族の護衛というのであれば、通常の乗馬を習う方が遥かに有意義だ。
何故なら王族の移動もまた馬か馬車なのだから。
熾天使騎士団の訓練は、空からの騎兵突撃という特殊な状況に重きを置いている。
そんなもの、自分達以外に役立つのは竜を使う騎士団ぐらいなものだろう。
「勿論通常の騎士のように、下馬時に戦う為の教本も存在します。
貴女の職務に合うのはこちらでは無いでしょうか?
……お暇があるのでしたら、直接教えることもやぶさかではありませんが…」
こういうものは、本を読むだけより教官がいる方が飲み込みがスムーズだ。
これも何かの縁とばかりに、ヨハンナは提案した。
■エカテリーナ > 「…ご心配をお掛けしました」
膝に来ている、というよりは腰に来ている。
もちろん、腰痛という意味ではない。
「そうでしょうか。
ひとつでも奥の戦術を学んでおくことは決して無駄にはならないと考えます。
勿論近衛侍従ですので、まずは主の御身をお守りすることが第一ではありますが、
万が一にも主が戦に向かわれるようなことがあれば当然我々には帯同する義務がありますので」
は、と、短く息を整えながら次の句を続ける。
なるべく姿勢を正して、無様にならぬように努める。
流石に体勢を崩した様には工房のものも驚いたのだろう。
驚かせたことを詫びると同時に、愛剣は今日は預けることとさせて貰った。
あらためて女伯へと向き直りつつ
「…なるほど、確かに最も有効かもしれません。
本日は休暇を頂戴しております、ので、お時間を戴けるのならぜひご教示いただきたく」
実にありがたい申し出だ。
こちらから断る理由など何もない。
■ヨハンナ > 少しばかりおかしいエカテリーナの様子に、ヨハンナは彼女の飲んでいたカップに目を向ける。
同じ物を飲んだはずだが、何か身体に悪い物が入っていたのだろうか?
ヨハンナの方は、苦味が舌に残っているぐらいで特に体に影響は無い。
「…私も、これから数日は演習に参加した部下を休ませる為に休暇を入れる予定ですが…。
体調は大丈夫ですか?どうにも…おかしいように見えます」
ヨハンナは立ち上がると、エカテリーナに顔を近づけ、様子をじっと見る。
■エカテリーナ > しっかりしなくては、と気持ちを引き締めはするものの体のほうはそうもいかない。
聊かぼんやりもしてきたし、これは良くない兆候だろう。
「…お恥ずかしい話ですが、どうも茶の効用が、その、聊か強く出てしまっているようでして」
今日の休暇を踏まえて数日前から少し忙しくしていたのは事実である。
つまりは自己管理がきちんとできていなかったわけだ。
そのことを猛省していれば、随分近くで聞こえた声に大きく驚いて俯きかけた顔を慌ててあげる。
「このままお伺いするのも失礼ですし、どこかで少し休んでから自邸に戻ろうと思います。
こちらからお願いしておきながら…申し訳ございません」
近いだけに、ぼんやりとした己を彼女から隠すものが何もないのがつらい。
この情けない顔を晒しておくのは女伯にも失礼だし、己の矜持が耐えられない気がした。
■ヨハンナ > どうにもますます体調が優れない様子の彼女。
どこかで休むというが、まずそこまで一人でたどり着けるのかどうか…。
仕方あるまい。ヨハンナは手を差し伸べた。
「どこかで休むと言っても当てもないのでしょう?
私が王都に滞在している時に使う別邸が近くにあります。
そこで休むのはいかがでしょうか?」
地方の大貴族が王都に別邸を持つのは普通のことだ。
王都を訪れる度に宿を取るわけにもいかない。当たり前の話だ。
演習と己の騎士団の訓練に専念していたヨハンナは今回の滞在ではあまり利用していないのだが、使える状態に保たれているのは確かだ。
「どうせ再度伺うのであれば、そちらの方が時間も省けて好都合でしょう?
何なら医者や治癒が使える魔術師も呼びましょうか…これも何かの縁ですから。
ほら、捕まってください」
差し伸べた手を握られれば、ヨハンナはエカテリーナを支え立たせるだろう。
■エカテリーナ > 「それは…ですが、」
あるかないか、で判断するならあるが聊か距離があるというのが事実。
このために工房に一部屋借りるわけにもいくまい。
だからと言ってこのありがたい申し出に簡単に甘えるわけにはいかない、とまずは判断した。
けれど、体は割と加速度的に自分の意思を無視し始めている。
こんなことが主に知れもしたらと思うと、茶のせいだけではない眩暈を覚えた気がした。
「…申し訳ありません。
お言葉に甘えさせていただいても、よろしいでしょうか」
自分の手が熱いのか、差し伸べられた手はすこしひんやりと感じて心地よく。
支えられた体をどうにか奮い立たせれば、せめてアイゼンブルク伯の別邸までは己を律せるように願いつつその足を踏み出した。
ご案内:「王都マグメール・鍛冶工房」からエカテリーナさんが去りました。
■ヨハンナ > 【後日継続します】
ご案内:「王都マグメール・鍛冶工房」からヨハンナさんが去りました。