2025/03/24 のログ
ご案内:「王都マグメール 平民地区 酒場」にミィヤさんが現れました。
■ミィヤ > 夜も更けた、代わり映えのしない酒場の一角。
夕飯時は落ち着いて、その後もゆっくりくつろごうとする者たちや、行くアテもなくただ居るだけ、と言うようなゆるい賑いの中で、吟遊詩人がリュートを奏でながら冒険譚を謳っていた。
通路の床より一段高くなってはいるが、よくある安い酒場にある意味相応しいような、質素な服装の詩人が謳う小さな舞台から少し離れた隅の席には、何か芸の小道具であろうか、詩人の服装よりもむしろ華やかに見えるドレス姿の少女の人形が鎮座していた。
いつからそこに置かれていたのか誰も気にしていなかったし、本当にそれはその詩人の持ち物だったろうか、と疑う者も今はいない。
まるで、聴衆の一部であるような、その人形自体が詩人の奏でる物語をじっと聴いているかのようにも見える。
■ミィヤ > ある小さな町を目指して雪の中を三人の傭兵が歩いていく話が語られる方へ、人形の翠の瞳がほんの少しだけ向く。微動だにしないまま視線だけがちらりと動いたのだが、周囲の皆はそれぞれの会話に夢中か、一部は詩人の語りに目と耳を向けていても、人形の方をまじまじと見ている者はほぼ居ないようだった。
「いつの、話だったかな……」と、ぽつりと人形は呟くが、それも喧騒の中では誰にも届きはしないのだろう。
詩人が語る物語は、空想の作り話も多々あるものだし、中には実際にあった話が元になる場合もあるものだ。この時、その人形は遠い記憶の中から何かを思い出そうとしていたが、似たような話や思い浮かぶ光景があまりにも多すぎて、じっとそのまま物語を聴きながら動かずに居るままだった。
たぶん、これは昔どこかで起きた話。と、人形はそう考えていたのだが。すぐに思い出すこともできず、例え思い出した所で特に意味はない、と言う方へ考えがたどり着いたのか。視線を眼の前の何もないテーブルの方へ戻すと、じっと聴いているだけでまた動かなくなる。
■ミィヤ > 詩人がひとつの物語を謳い上げて、ちゃんと真面目に聴いていた者たちや、まともに聴いてはいなかったもののそういうモノだと理解はしている者たちなど、それなりに拍手が起こる。それを期に、帰途につくのか席を立つ者たちもいくらかは居る。
舞台の手前に置かれていた小さな器へ小銭を入れて帰る者も居る中で、一人の男が、人形の鎮座するテーブルの上にそっと硬貨を置く。物語の中で、偶然ではあったがちょうどその人形のような白い髪の少女のくだりがあったから、そうでなくとも詩人が賑やかしに持ち込んだものだろうと思っていた幾人かの者たちと同じように、それ、を物語の一部と思ったのかもしれない。
木製の何もないテーブルの上、にふと硬貨と人影が混じりこんだから、人形はゆっくりと顔を上げてそちらを見る。おっと、と声を上げて驚く男に、かくんと首をかしげて怪訝そうな表情を微かに向けて、じっと翠の瞳が見つめていた。
え、あれ、人形……じゃない?――と戸惑う男と、眼前に置かれた硬貨との間で視線を行き来させた後。
「……ああ。たぶん、あっち。わたしは関係ない……」
すぅ、と人形の右手が伸びて、舞台の詩人の方へと指先が向く。まだ事態をあまり飲み込めないまま、男は言われたままに詩人が用意した器の方へと硬貨を移して、頭を掻きながら酒場をあとにした。
そのやりとりを見ていた他の客たちの中にも、あれ、人だったのか、と戸惑う者は幾人か居たようで。
■ミィヤ > 当の詩人の方も、たまたま酒場の方で置いていた人形なのだろうと思っていたようで、ぎょっとする様子を少しの時間見せていたけれど。流石は色々なものを見聞きしてきた仕事柄か、すぐに冷静さを取り戻して、次の曲を謳い始めていた。
そんな中、妙なざわつきが一時走ったのを敏く気にしていた酒場の主が、やはり詩人が置いた人形と思っていたものが生きた少女であったようだと察してか、何もないテーブルにこれはすまないと歩み寄り。酒、とは行かずとも何か食べるか飲むか、欲しいものはあるかい、と訪ねてきた。
瞬間、――基本的に食事は不要稼働用魔力の補給なら魔力回復用の薬品類の接種のほうが圧倒的に高効率で無駄がなく現状補給の必要は皆無――と人形の脳内で思考が高速で流れたものの。
「じゃあ……のみものだけ」
と、ゆっくり顔を向けてぽつりと答える。通りすがりに詩人の歌声がしたから、なんとなく聴いてみることにして、そっと酒場の中に入ってじっとしていただけではあるけれど、そこが酒場である、と言うことは認識しているし、人であると扱われればこの場では何かお願いする、のが無難であると理解はしていた。
その応えに店主は頷けば、おそらく果実の飲み物でも用意する気なのか、ひとつ微笑んでから戻っていく。
■ミィヤ > 少しして、子供向けに飲みやすく作られた果実の飲み物がテーブルへと運ばれてくると、ありがとう、とまたぽつりとお礼の言葉を伝える少女。周囲の人々の認識が人形から少女へと変わっていたけれど、実のところは、人形、の方が正しくはあるのだが。
どういう仕組か、食事を行えるつくりの人形の少女が、両手の細い指先で包むようにカップを支えて果実の味の液体を口から吸い込んでいく。考えていたより濃い目の味だったのか、ぱちぱちと数度まばたきをしてから、じわじわと時間をかけつつカップの中身が減らされていた。
食事はしなくてもいいと言うことになってはいるのだけれど、すれば味はしっかり理解もしていて、なかなか美味しいなどと感想を頭の中で浮かべ。その間に流れていた詩人の謳う物語を、またこれは何の話だろうか、記憶の中のどれかと似ているだろうか、あるいは同じものだろうか、などと考えながら。
出された飲み物をすべて飲み終えれば、ふわりと、まるで重さが無いような動きで席を立ち。
広がった白く長い髪が、鳥が落とした羽のようにゆらゆらと、人の髪にしては不自然に長く宙にとどまりながら、ゆったりと身体に沿って降りてくる。
酒場の店主の方へと空のカップを返せば、どうやってそこに仕舞っていたのか、ドレスの胸元から対価の硬貨を取り出して。
「……ごちそうさま」
囁き声とともに、よく見ていないとわからないほど、一瞬だけ微かに笑顔を向けて。ふわふわと、空気の入った袋が風に流れるような足取りで、酒場をあとにして――
ご案内:「王都マグメール 平民地区 酒場」からミィヤさんが去りました。