2017/12/09 のログ
■マヌエラ > 「オルティニア様、かっこいいです……」
語尾にハートマークでもついていそうな場違いにうっとりした声を出して、言われる通りにしがみついていた。
が、その瞳は冷静さを保つ。
「多少なりとも魔力に依存する種は、多様なヴァリアントを持ちますから――狩りと同時にローストする方向に進化したのでしょうね」
まだどこかのんびりと解説など加えながら、彼女に振り向いた。
この数日、コレのため彼女の身体を大分酷使させてしまった。そのことについて申し訳なく――など全く思っていない。魔族の異質な思考。
だが、同質の部分も存在した。
「……」
ぎゅっと、オルティニアを抱きしめる。武者震いを体温で緩和せしめんとするかのように。
「本来、オルティニア様はお強いのです。私がいなくても、巨鬼の一頭、なんとかしてしまわれるでしょう。
けれど、戦いは水物。何が起こるかわかりません。いかなる強者でも一瞬の不運で命を落とす。貴女方は余りに脆いからです。
だかこそ、その一瞬の不運を御するために私がおります。オルティニア様はお強い。必ず勝てます」
その気になれば、道行の悪辣な利用法など考え付きそうなものを、あくまで前線は自身が負担するつもりのオルティニアに、魔女は柔らかく囁いた。
「別働後の指示は、ミニオルちゃんにて」
通信機代わりに、オルティニアの肩にぴょこんと現れへばりつく、人形サイズのオルティニア型使い魔(下半身が触手)。
マヌエラは微笑んだ。
■オルティニア > 「ふふ…っ、なによ、怖いの? 淫魔の癖に、変態魔女の癖に。」
彼女がこちらの震えを鎮めようとして身を寄せてくれたことは分かっていた。
しかし、それを嬉しく思っているという弱さを、これから闘いに赴く剣士が見せるわけにはいかない。
だからこそ、己ではなく、彼女が震えているのだという態にて笑みを浮かべ、その柔らかな体躯をきゅっと抱きしめた。
白い項にすり寄せた鼻先が、彼女の匂いで肺を満たす。
心地よい人肌の体温が、触れ合う肌の柔らかさと共にじんわりと沁み込んでくる。
不思議と落ち着いた様な気がしてくる。
手放し難い柔らかな体温からそっと離れたエルフの肩に小さな使い魔がにゅるりと巻き付く。
「……………あんたねぇ、いい加減、この子の触手なんとかしなさいよ。」
肩にへばり付く幼女エルフ(下半身が触手)にジト目を向け、呆れ声が疲れた様に呟いた。
しかし、おかげで震えも消えた。
「――――んくっ、んくんくんく……っ。」
小瓶の中身、ザーメンの如く喉に絡みつく体液を飲み干す。
腹腔からじんわりと広がっていく力強い熱。
それは、エルフの魔力にも感応し、小さな盟友達のぼんやりとした半透明さえくっきりとした姿を示す。
「それじゃあ……始めるわよ。マヌエラ、無茶して怪我なんてしたら、承知しないからっ。」
勝ち気な笑みで彼女を見た後、長い睫毛に飾られた目蓋を落としたエルフ娘が桜色の唇を薄く開く。
華奢な白喉がか細く震え、重なる双声の涼やかさが複雑な抑揚の旋律を奏で始める。
中空を撫でるかに揺蕩う白指の軌跡に合わせ、淡い8色の輝きが渦巻き集まっていく。
■マヌエラ > 「ええ。魔族でも魔女でも、傷つくのを好む者はそんなに多くはありません。失うのはなおさらです」
勿論、歪んだ存在たちには、歪んだ嗜好を持つ者も多いが、マヌエラはオルティニアの問いに頷いた。震えているのは自分だ、と。
「こうしていると、私とオルティニア様の要素が半々ずつ入っていて、連絡係としてとてもいいデザインなのではないかと感じるのです!」
触手は断固継続。その意志を、決戦前に確かめる――巨鬼退治には不要なシーケンスだがそれはそれ。リラックス効果はあるものだ。
「……ええ。オルティニア様も」
たおやかに頷くと、彼女の動きを妨げぬように身を離す。
華奢な喉のふるえと繊細な指先の蠢きが魔力を織り上げていく。
対してこちらは、影にずぶずぶと沈みこんでいく。見た目、どちらかといえば巨鬼寄りの邪悪な存在感で。
■オルティニア > 「まぁ、いいわ。この子のデザインについては、また後でたっぷりと話し合いましょ。」
ぐったりとした様子で諦めの溜息を吐き出すエルフは、美しい長耳さえへにょんと垂れさせている。
どうにも彼女、この使い魔のデザインに譲れぬこだわりを持っているらしい。
オルティニアの幼少期を元とし、天使めいた可愛い羽さえ生やしているのは確かに可愛いのだけれど、その分、下肢にてのたうつ触手の禍々しさが余計にエグい…。
しかし、そんなやり取りと触れ合いの体温がエルフの心を落ち着かせてくれたのは確かである。
内心密かに感謝して、改めて下方の巨体を見下ろした。
巨大なる人食い鬼は、腰布一枚纏ってはいない。
殺戮への期待か、それとも排泄物の香りに混ざって残る若い娘達の芳香に興奮しての物なのか、剛毛に覆われた股間では、大の大人の腕程もあろうかという巨根が猛々しく隆起していた。
そしてその肌、油汚れ、泥汚れにも似た煤垢がまだら模様を作る肌は浅黒く、分厚い筋骨の上にたっぷりと脂肪層を纏い、更には南方に住むという鼻の長い巨獣に引けを取らぬ分厚く頑丈な皮膚。
熊爪の斬閃ですら薄い切り傷しか付けられないというその皮膚だが、淫魔の体液による身体強化が施されたエルフ娘にならば穿つことも出来るはず。
流麗なる呪文の連なりが止み、睫毛を持ち上げた翠の双眸が煌めいた。
「――――行けッ!」
ごく短い声音に合わせ、8色の光条が輝く曲線を複雑に絡ませながら巨躯へと迸る。
赤、青、緑、茶、紫、白、闇、光。
かすかな呻きと共に持ち上げられたオーガの醜貌が様々な色彩の光に一瞬照らされ―――その巨体に8光が着弾する。
爆炎、水流、鎌鼬、石槍、雷撃、氷雪、腐食、浄化。
あるものは静謐なる大気を打ち震わせ、あるものはガラスが割れる様な甲高い音を響かせて、オーガの分厚い体躯を爆ぜさせ、貫き、切り裂き、凍りつかせ、腐らせ、消失させる。
影へと沈む相棒の異形も、今はいっそ心強い。
同心円の衝撃が、巨身の周囲に枯れ葉と土煙を舞わせる中、どす黒い血飛沫を散らし、ひび割れた怒声を轟かせたオーガがその体躯をぐらつかせる。
と、同時、エルフ娘もまたトン…という軽やかな小音を残して中空へ細身を踊らせた。
■マヌエラ > 陵辱と蹂躙の化身とも言うべき巨鬼の佇まいは常人なら怖気を催す所だが、今相対するのは戦意を持った冒険者が2人。
オルティニアの冒険者らしい気概が詠唱と、力となって、存在感としては負けていない。
「では、後ほど」
爆ぜる魔力。攻撃とは思えない、極彩色の光条は、戦場においても高貴流麗を忘れようとしないエルフのありようそのものにも見える。
直後、巨鬼に与えられる痛打。強力の戦士でも有効打は難しいところに見舞わせたそれは、魔族の体液――というより、元のオルティニアの素養がゆえだろう。
巨鬼が、明確な脅威と認識し激怒を露にする。彼らは怯むということを知らない。単純な破壊への知恵によって作り出された石斧…巨木と巨岩を組み合わせた攻城兵器のようなそれを振り上げ、突然してくる。
その時は、流麗なエルフの姿は空中に、魔女の姿は影の中にあった。
■オルティニア > 自由落下の勢いを利用しての刺突。
無論それを考えぬでも無いが、刺突に特化したレイピアの細身はそれほどまでの突進力は必要としない。
それは逆に、剣身全てを埋めた所でダメージの上限が跳ね上がるわけでもない事を意味していた。
むしろ、オーガが妙なタイミングで身悶えれば、如何なエルフの魔法剣と言えど、その細身を破損する危険すらあった。
故に、エルフは風の精霊に落下を勢いを減じさせ、音すら立てずに地を踏んで、滑る影の如き疾駆でオーガに迫り
「――――っきゃぁあぁああッ!?」
初手の精霊魔法は、今のオルティニアに使える最大威力の攻撃魔法。
エルフ娘の膨大な魔力を半分以上費やした8属性の同時攻撃。
しかし、それさえ年経たオーガにとってはさしたる痛痒では無かったのか。
巨鬼の朦朧状態からの復帰は驚くほどに早かった。
化物がその巨体の影から取り出したのは、洗練さなど欠片もない、エルフの優美とは対局に位置する粗雑な獲物。
それでも、少女の体重など比較にならぬ岩塊武器の一撃は、ただの一撃でエルフの白躯を爆ぜた血袋へと変えるだろう。
単なる粗雑な薙ぎ払いに、悲鳴を上げて地へと身を投げるエルフの背上。
通り過ぎた剛閃が、一瞬遅れて颶風を巻いてエルフの細身を一瞬持ち上げる程の風圧にて枯れ葉の絨毯を撒き散らした。
「―――っぷぁ、こ、こいつ、無茶苦茶だわっ。」
倒した体躯を小さく丸め、いささか優美さには欠けた、しかして愛嬌のある転がりにて体勢を整えたエルフは、口腔に入り込んだ腐葉土を吐き出しつつ悪態をついた。
■マヌエラ > 『さすが勲の主役ともなれば、相対する者も相応の強敵となりますね』
ミニオルちゃんが囁く。心配の声はない。オルティニアは勝つ――その確信は揺らがぬとでも言うかのよう。
その間にも、周囲の地形を軽く変えるほどの横なぎから、もうもうと立ち込める土煙の中、ゆっくりと巨大で粗雑で凶暴な得物を構えなおす巨鬼。
『起こりを潰すか、かわしてから狙うか――オルティニア様にお任せいたします。私は、援護します』
周囲の空間が蠢くのが、オルティニアにはわかっただろう。触手による妨害。その準備を整えていた。
『他に必要な援護があれば仰ってください。できる限り力になります』
■オルティニア > ここまで育ったオーガは出会うことが難しい程にレアな存在である。
エンシェントとまでは言わぬまでも、エルダー種である可能性は捨てきれない。
吹き上がった土煙を背景に流し、悠然と巨大武器を構え直すその姿は、いっそ王者の風格すら漂わせていた。
雄の獣臭もふんぷんたる剛直を熱り立たせたままの変態巨人の癖に。
そんな古強者を偶然に引き当てるエルフの豪運はこの場合、不幸としか言いようがない。
とは言え、戦端は既に開かれ、強気なエルフに逃げるつもりはさらさら無い。
それは、肩に止まった小さな天使(脚は触手だが)が発する言葉が勇気をくれるからなのかもしれない。
「了解したわ。………ふふっ、今のあたしにとって、あんなのろまな攻撃避けんのはどってことないのよ。華麗に回避してから仕掛けるわ。上手く合わせてよね。」
変態魔女の使い魔に軽く頬を摺り寄せて、不敵な笑みと共に銀剣を構えるエルフ。
そして直後、愚直なまでの突貫が、一直線にオーガへと駆けた。
直接に剣を交えたマヌエラならばわかるだろう。
身体強化を施されたエルフにしては、いささか緩慢とも言えるその動き。
当然の如く罠である。
『ヴォォォォォォオオオッ!!』
年経ていても所詮はオーガ。
通常種よりは利口でも、種族特性たる愚かしさは残っているのだろう。
高々と持ち上げた巨大な石斧が、なんの工夫もなく迫るエルフに振り下ろされた。
その単純な重量だけでエルフの細身を叩き潰すに十分な岩塊が、巨木の遠心を伴って迫るのだ。
強化されたエルフにとって、その速度は恐れるに足る物では無いものの、それでも心胆が凍えるのは避けられない。
■マヌエラ > 『はい、オルティニア様……承知しました!』
頬ずりに喜びの声が、そしてミニオルちゃん(下半身が触手)の、オルティニア自身をコピーした愛らしい微笑みと頬ずりが返って。作戦が開始される。
エルフ族は、魔力等霊的素養に優れ、種族特性として強弓をも操るが、反面単純な膂力においては他種族に遅れを取ることが多い、というのが共通認識。単純膂力で群を抜くオーガに殺戮を受けた個人も存在する。
この強大なオーガも、かつてその経験があったのやも知れぬ。ゆえに、その突撃を、エルフ特有の身体能力による隙、と侮った。更には、先の魔法の一撃に耐え切っていたことも、「小枝」の突撃を意に介さぬ一因となっていた。
振り回せば何れ当たり、潰れる。それは相手が尋常のエルフであるならば正解だが――強化されており、それ以上に強かなるオルティニアの前では不用意に過ぎた。
再び、地面を穿つ一撃が大地を揺らし、土煙が上がる。その中を駆けるオルティニアを認め、苛立ちとともに得物を持ち直そうとした。
その得物を土煙の中、触手が抑えていた。オーガの動きが、遅滞する。その隙に、更に触手が絡みついた。隙を、作り出さんがため。
瞬時に苛立ちが頂点に達したことを示すように、口の中に火花が爆ぜる――。
■オルティニア > 何かの魔法が炸裂したのではと思える程の轟音が、間欠泉の如く高々と土葉を舞い上げた。
衝撃の中心から波紋を広げるように撓む地面は、回避に成功してさえエルフの細身を宙に浮かせ、地を蹴る俊敏を発揮出来なくなった少女剣士を死地へと追いやることとなったはず。
だが、着弾直前に本気を出した踏み込みは、あっさりとその一撃の効果範囲外へとエルフを押しやっていた。
それでも、背筋から伝わる衝撃の凄まじさが少女の背筋をゾッと凍らせた。
しかし、エルフは恐れない。
己の剣技への過剰な自信によるものではなく、肩に止まった小さな天使が、力強い相棒の存在を認識させてくれるから。
こちらは彼女が作り出すはずの隙、恐らくは一瞬だけのその隙を逃さず貫く事だけに集中すればいい。
背筋から迫る土石流の如き土煙。
あえてそれに身を飲ませ、真白な細身を覆ったエルフは、土煙の向こう側で触手に捉えられた巨体が身をよじるのを見た。
そして、直後、分厚いカーテンの向こう側に揺らめく赤熱に可憐な心臓を握りつぶされるような恐怖を覚える。
――が、それを押し殺した小声にて傲慢に、信じる相棒に命じるのだ。
「マヌエラ、ブレスもどうにかしなさいな! あんたなら出来んでしょっ!」
無論、ブレスの一撃を瞬発の飛び退きにて回避するのは容易だろう。
しかし、相手がこちらの動きに慣れる前に、そして、薬液の副作用が己の体躯を狂わせる前に決着を付けなくてはならぬのだ。
故にエルフはこの瞬間に賭けた。
防御姿勢を一切取らず、落とした腰を更に沈め
「――――ちぇヤァァアァアアァアアアッッ!!」
剛弓より放たれた矢の如き勢いで飛び込んだ。
銀の刺突が狙うのは、土煙のカーテンの向こう側。
精霊視によってはっきりと映るオーガの死点。
エルフの頭部程もあろう心臓を刺し貫く。
その突貫の成否は、相棒たる魔女がブレスを以下に防ぐかに掛かっていた。
■マヌエラ > 『――光栄です!』
ブレスの対処。無茶ぶりといえば間違いなくそうだが、魔女の声は喜びに溢れる。尊敬する相手から全幅の信頼を置かれる、という経験はなかなかないものだ――いかに永世といえど、享楽的な魔女ならばなおさら。
自身が矢となり突き進むオルティニアへ、薄れ行く土煙越しに現れる、開かれた口腔と光る灼熱。
その時、オルティニアに影が被さった。
巨大な触手が広がった幕が、巨鬼の眼前に展開されていたのだ。空間転移によるものだろう。
その触手は、ばちん、と閉じると、巨鬼の口を無理矢理に閉じさせた上でその周りを覆う。
中心部には、マヌエラ自身の上半身があった。下半身を触手に変じさせていたのだ。いわばまがまがしき肉盾。
灼熱が暴発する。巨鬼の前歯と唇によって低減した威力はしかし、それでもマヌエラの触手を、上半身を焼いていく。じゅうじゅうと煙が上がる。
ミニオルちゃんが呻くが悲鳴は上げない――オルティニアに炎は届かせない。
――そして、その時は来る。
オルティニアの剣が。果断なる銀の矢が、暴虐者の心臓を――貫いた。
■オルティニア > 身を投げ出すような信頼に、悦びの声音が応えた。
オーガの中心を見据える翠瞳。
狭まった視界の上端、今にも己を炭化させたであろう灼熱の炎光が肉のカーテンによって閉ざされた。
そこにマヌエラ自身の身体が付随していた事に、思わず動きを止めそうになる。
しかし、身を張って信頼に応えてくれた彼女に結果を返す事こそが出来ぬのならば、それこそ許しがたい罪業となるだろう。
瞬時に決断したエルフ娘は、突貫の勢いをいささかも減じぬまま銀剣を鋭く打ち放った。
オーガの巨躯の中にあって、特に分厚い胸板の肉鎧。
全霊を持っての突貫が、ゾブヂュッ!となんとも言えぬ感触にてそれを刺し貫いた。
硬い皮膚、分厚い筋肉、エルフの大腿骨より太いだろう肋の隙間を完璧に縫った刺閃が、逞しい鼓動にて膨大な血流を巨躯の隅々へと送り込む肉のポンプを抉る。
グリュリ…と手首を返し、更に深くまで穿ち抜いたエルフは
「――――爆ぜ散りなさいッ!!」
魔力感応の極端に高い魔法剣に精霊の力を流し込み、オーガの巨体の内側にてそれを爆放させた。
その炸裂音はくぐもって、いっそ拍子抜けするくらいの物音しか立てなかった。
しかし、心臓とその周辺部を根こそぎ消失させられては、如何なエルダー種と言えど即死を免れる事は出来なかったのだろう。
雷霆に撃たれたかのようにビグンッと大きく巨躯を震わせた人食い鬼は、頭部を包むマヌエラの触手に黒煙混じりの多量の鮮血を吐き散らし、大樹の如くゆっくりと枯れ葉の絨毯に倒れ込んだ。
「――――マ、マヌエラぁ……ッ!!」
闘いの最中、止めていた呼気を再開させるよりも早く、慌てた声音が相棒の名を叫んで駆け寄った。
濡れた声音が気恥ずかしいなどと思う余裕すら無い。
ブレスの炎熱をその身にて受け止めた彼女は、一体どのような有様になってしまっているのか……。
■マヌエラ > 一瞬、時間が止まったかのようだった。
放たれた銀の矢は過たず心臓を貫き。
――鎧われた肉の奥。不死身に近い頑健を誇る年経た巨鬼を、打ち倒していた。
一瞬遅れて、ぐらりと倒れ、倒れ付す。それだけで巻き起こった風が、落ち葉を、土砂を舞い上げる。
その途中で、口元からべりっとはがれたモノが落下した。
焼け焦げた触手の群れと――魔女の上半身。
巨大な炭の塊となり、その場にどかっ、と着地して、転がった。ぴくりとも動かずに。
■オルティニア > 「―――こ、この……このバカ触手っ! 変態魔女っ! エロ淫魔ぁああぁあっ!! 確かにブレスをどうにかしてって言ったけど、あ、あんたが……あんたが身代わりに焼かれちゃどうしようもないじゃないっ!! バカッ、バカッ、本当に……えぅっ、ひっ……ば、ばか、なんだからぁ……っ!」
言葉の前半は勢い良く、しかし、後半はもう嗚咽混じりの泣き声を堪えることも出来なくなって、エルフ娘は未だ赤熱の熾火を残す炭塊に抱きついた。
脆弱な白肌が赤々とした火傷を負うも、それに気付くことすら出来ぬエルフは、かつては柔らかく、いい匂いのしていた彼女の上半身に顔を埋めて泣きじゃくる。
ぽたぽたと落ちる雫も、ジュッ、ジゥゥ…ッと焼音を響かせるばかり。
が、そこでハッと思いつく。
この旅路の中、幾度となく肌を重ねて絞った体液は、身体強化の物だけではない。
緊急の回復用にと、治癒のための体液も同時に絞り出していたのだ。
彼女の自身の体液なので、効くかどうかは分からぬけれど、他人への治癒能力を一切持たぬマジックユーザーにとって縋れる物など他に無い。
涙だけでなく、鼻水さえ覗かせたべちょべちょの泣き顔が、優雅さとはかけ離れた動きで腰のポーチを開き、ガラスの小瓶の蓋を開ける。
そうして一瞬、彼女の頭部、小さく穿たれた口腔に目を向けてから、エルフはぐいっと己でその体液を飲み込み―――直後、黒炭と化した彼女の唇に桜唇を重ねて唾液混じりの粘液を彼女の体内に流し込もうとする。
■マヌエラ > 声には返事がなく。いつもなら最悪のタイミングで最悪なことをしでかすためにひょっこりと現れる声も表情もない。いつもなら涙など落ちようものなら喜んで触手で舐め取るところだが、それもなく――。
その状況に対してエルフが取った行動は、余人にとっては理解しがたいものだったかも知れぬ。己を犯した、相互理解のできそうにない魔族のために、貴重な薬物も、唇すらも捧げるということなのだから。
あまりにもロマンティックでないシチュエーションと顔で、口付けがなされる。
流し込まれる体液と唾液。炭の味と炭の臭いがした。魔族でもこうなればただの肉と変わらぬものなのか――そのとき。
ぴし、とひび割れの音がした。
直後、炭化した肉体に次々皹が入っていき――ばかっ!!と音を立てて、盛大に砕け散った。
肉体が完全に粉砕されたのかと思いきやさにあらず。
割れた中には、マトリョーシカ人形よろしく、体格にして一回り以上、見た目年齢にして10歳ほど小さくなった金髪の幼女が横たわっていたのだ。
「ん……むぅ。……ふわぁ……」
ゆっくりと目を開ける。
「……あれぇ、もっと眠ってるかと思ったけど、早めに起きちゃった……オルティニアさま、何かしたのかなぁ……」
語彙も幼くなっているが、少なくとも記憶の連続性は存在するようで――それから、はっと表情を変えた。
伸び放題の金髪を振り乱して、起き上がる。
「オルティニアさま、やけどしています!」
全裸の少女の背中から、触手の群れが生えまくる。
本人で全く間違いないようだった。
■オルティニア > 「マヌエラ……まぬえら……まぬ、えらぁ……っ。」
火傷する程の熱を帯びていた黒炭が、夕日の届かぬ薄暗がりの中、冬の寒風に冷えていく。
それは、わずかに残った淫魔の生命が消えて行くかの様で、エルフの泣き声を更に悲痛な物にする。
かつては柔らかく、生々しいぬめりを帯びていた口腔も、今や木の虚の如き素っ気なさでエルフの舌に触れるばかり。
それでも、エルフ娘は粘液まみれの舌を動かし、彼女の口腔にそれを塗りつけ、喉奥に流し込む。
舌に触れるその味は、苦味走る炭のそれでしか無い。
ますます泣き崩れるエルフの長耳を微かな異音が震わせた。
朝露の如く煌めく涙を纏う長い睫毛が、繰り返しの瞬きで雫を飛ばす。
困惑と、かすかな期待を持って黒炭の遺骸を見下ろすエルフの翠瞳が、罅割れていく表皮をじっと見つめる。
「―――――………ッッ!!?」
割れた炭塊の中に居たのは、エルフの予想を大きく外れた小さな身体。
困惑に彩られた涙目が見つめる中、寝惚け眼を開いた幼女がそれはそれは可愛らしい声音を上げて
「――――ふぇ……? へ、ぁ……う、ぅう……ま、まにゅえら……なの……?」
翠瞳の底に、じわりと涙がにじみ膨らんでいく。
愛らしい声音と小さな体躯は記憶の中の彼女とはまるで異なり、更にはその外見に引きずられたかの幼気な物言いも彼女のイメージとは異なる物。
それでもどこか、彼女らしさを感じたのは、非常に残念なことにのたうつ触手の群れを目にした時だった。
「ば、ばかしょくしゅぅぅううっ! ふあぁぁああぁあぁああんんんぅぅうう~~~っっ!!」
ついには子供の様に泣き出して、触手まみれの少女に抱きついた。
穿たれた大穴からどぽどぽと、濃厚な血流を溢れさせる巨骸の傍ら、夜の帳に覆われつつある森の静謐を震わせるエルフの泣き声は、それからしばらくの間続く事となるだろう。
■マヌエラ > 「……オルティニアさま……むちゃを、しすぎです」
炭化した肉体の霊的記憶を受け取り、相手には炭の味を食らわせておきながら、自分はちゃっかりオルティニアの柔らかな舌の感覚を享受する。
「ありがとうございます……オルティニア様。はい、わたしは、マヌエラですよ!」
たおやかというよりは無邪気だが、やはりよくに笑みをにっこりと浮かべて、泣き出すエルフを受け止めた。いつまでも、重なっていた――。
こうして、高貴なエルフによる巨人殺しの勲は、銀の剣の叙事詩は成された。
当事者2人を優しく包み込み、傷を癒す力を添えるのが無数の邪悪な触手なのは、ご愛嬌の範疇だろうか――。
ご案内:「常緑樹の森 深部」からオルティニアさんが去りました。
ご案内:「常緑樹の森 深部」からマヌエラさんが去りました。