2023/06/10 のログ
ご案内:「砦近くの森の中」にラディエルさんが現れました。
ラディエル > 「―――――…ちょっと、まずいな」

鬱蒼と茂る木々の狭間、潜むように設えられたテントから出て、
羽織ったマントの前を掻き合わせながら、ふと、空を仰ぎ見た時。
先刻、天幕の中へ入る時には眩しく煌めいていた木漏れ日が、
すっかり分厚い雲の中へ隠れてしまっているのに気付き、思わずそう呟いた。

背後にあるテントの中からは、苦しげな呻き声が幾つも重なって聞こえる。
そこに寝かされた連中を、今直ぐ他所へ運ぶことは難しいだろう。
すべて人間の技術で、当たり前に行える手当てを施しただけであるから、
劇的な回復も見込めない。
今は未だ、それ以上の『奉仕』をしてやるつもりも無かったが―――――、

「雨が降ってくるなら、……ここじゃ、あっという間に水浸しだな」

最悪、己一人なら何処へでも移動出来るが、流石にそれはどうだろう。
一応今は人間たちの部隊に、臨時とは言え雇われている身である。
僧侶として請け負った仕事は、負傷兵の看護がメインではない、けれども。

暫し、空を眺めて考え込んだ後。
溜め息と共に首を振り、ざくりと足を踏み出した。

何処か、もっとマシな避難場所を探してみるか。
歩いて行ける範囲内に、もし、雨露を凌げる小屋のひとつでもあれば、
あるいは誰か、ひっそり住み着いている人物でも居れば―――――
望み薄ではあるが、一応、努力はしてみるか、という考えのもとに。
ザクザクと、草叢を掻き分け、枝間を潜って歩き始める。

ご案内:「砦近くの森の中」にファルスィークさんが現れました。
ファルスィーク > 戦闘には参加してはいなかったが、戦況等の視察も兼ねて砦付近の徘徊。
どちらにも組していない為、警邏に当たっている魔族に出くわせば、当然の如くに襲われるのだが無駄に魔力を消費するのも疲れるし、察知されればさらに面倒な事態を引き起こしかねない。
故に使用するのは魔眼のみ。
ランクの低い魔族であれば、一瞥にて大人しくさせ同胞と思い込ませてやり過ごす事を何度か。

深い森の中では早々、遭遇する事も無く歩みは順調ではあったが歩き回っていれば、ふと感じ取る魔力の気配に惹かれ―。
その魔力の発生源の元となる場所に生えているのは大きな古木のふもと。
円形に生えているキノコの周りに薬草の類を見つけ。

「……フェアリーリングか。
成程…状態も悪くないし上質だな」

こういう事があるので、放浪や徘徊は止められない。
呟く独り言は何処か嬉し気。
早速、採取に入ろうとしたところ耳に届いた足音にふと顔を上げ…向ける目線の先に相手を捉える事になったか。
服装から判断できるのは神の使徒である事くらいだが…ただの迷い人か、それとも―。

ラディエル > 戦場が近いとは言え、現在、既に趨勢は決しているようなもの。
少なくとも本日中に砦を奪還することは出来ないであろうし、
己が看ている連中など、このままでは恐らく、王都への帰還すら覚束ない。

けれど、それもこれも、己にはさして関係が無かった。
例えば今、魔族の兵たちと行き会ったとして、己が命を盾に怪我人を庇う、などという蛮勇とは無縁だ。
だが、それでも―――――

ガサ、と、片手で掻き分けた草叢の向こう。
目立つ古木のすぐ傍に、マント姿の人影を見つけた。
踏み出しかけた足を止め、草叢を掻き分けた右手はそのままに、
その人物を見据える双眸は、恐らくきゅっと細められる。

一見して、脅威と感じられる姿かたちはしていない。
けれど、その男の持つ『色』は―――――巧妙に隠されているようだが、それでも。

「―――――こんな所で、何を?」

第一声をどうすべきか、迷ったのはほんの数秒。
結局はそれ以外、思いつかずに問いを投げかけた。
相手に向ける表情に、明確な敵意は滲まない。
ただ、頑ななまでの警戒心だけは、誤魔化しようも無く。
彼我の距離はきっと、ほんの数歩といったところ。
己からは未だ、狭めようとは思わない。

ファルスィーク > 距離が近い。
己はどちらの陣営にも所属はしていない為、どちらからも敵として認定される危険性しかない。
つまりは出くわした相手の所属が人の陣営であろうが、魔族の陣営であろうが―…さて、先手を打つかどうかだが、相手はどうやら様子見と牽制を選択したらしく、いきなり打って出ないのであれば、己もそれに倣おう。
警戒しているのは当然として厳しい表情を浮かべている青年へ向き直り、足元の妖精の輪を指差したことで、指に嵌めている指輪は見て取れるだろう。

「これを見つけたのでね。
魔力も含んでいるし―妖精の粉もかかっている痕跡が窺える。
上質だと思ったが…これは最上級だな。
――次は私の番か。
そう言う君は、何処の所属かな?」

特に緊張感も伴わせない、至って普段の口調と変わらぬままに青年の質問に対しての答えを返しながら被っていたフードを上げた。
そして、己が問いかけは軍属である事を前提にしての質問。
わざわざ、戦場に足を運ぶような酔狂な無関係者など、居ないだろうと思っている為ではあったが。

ラディエル > 羽織ったマントの下に僧衣が覗く、己の腰に得物の類は皆無。
もしも相手が武人であれば、警戒しているつもりの立ち姿さえ、隙だらけだと見切られるかも知れない。
己のほうは、と言えば―――――相手の立ち姿からでは、まるで判断はつかない。
敵意も、害意も感じられない、が、しかし。

「薬草を、……薬師か、それとも、依頼を受けた探索者の類か?
 どちらにしても、随分危険なところへ踏み込んだものだ。
 このあたりが戦場だと、知らずにやってきたのかな」

あるいは余程、腕に覚えのある男なのか。
―――――その推測はあまり、己にとって有難くなかったので、いったん忘れることにする。
返ってきた答えの真偽はともかくとして、答えて貰ったのなら次はこちらの番、
それは成る程、その通りなのだが。

眉間に僅かに皺を寄せ、曖昧に首を傾げつつ、躊躇いがちに口を開き。
恐ろしく歯切れの悪い口調で、訥々と、

「所属……というほどのものは、無い。
 金で雇われた、臨時雇いの坊主だから。
 ―――――…ところで、きみ、ここへは一人で?」

質問を重ねたのには、答えの曖昧さを誤魔化す意図も含まれている。

ファルスィーク > 青年の身構え方からして、荒事には不向き…というより白兵戦が得意ではなさそうだとの判断。
垣間見えた僧衣、腰には獲物の類は無かったようだが、手にしている可能性も無いとは言い切れない。
魔力はそれなりに高くはあるようだが――魔力感知にて探る青年の情報。
己の方は、武器や防具の類も身に付けておらず―逆にそれが怪しまれる結果になるかもしれないが。

「このような危険な場所での依頼であるのなら、さぞかし報酬の値が張りそうだ。
それ以前に――この薬草自体が結構な価値を持つんだが。
…採取場所としては申し分ないし、停戦してくれればありがたいんだが…」

折角、希少な採取場所を見つけたというのに、このままでは荒らされる危険性の方が高いと実に深いため息を漏らした緊張感の無さ。
相手の言葉に対して、答えているようで答えてはおらず。
さりとてそれは青年の方も同じくではあるが、嘘をつくのは苦手なタイプのようで、雰囲気や表情、仕草の端々にそれが表れて分かり易いとも言える。

「ふむ……では人の陣営か。
魔族の方は楽しんでいる輩が多い。
わざわざ、金で雇われるものは少ないだろう。
……さて、一人か多数か……どちらだと思うかな?」

己以外に似たような酔狂な者が居れば、気が合いそうではある。
そして、青年の方はと言えば逃亡中だろうか。
それとも斥候として、戦況の情報収集中だろうか。
笑みを浮かべて保っていた間合いを破る様に一歩踏み出してみる。

「君は…これからどうする?
逃げるか、私と事を構えるか―それとも懐柔…という可能性もあるな」

ラディエル > 彼が見た通り、語る通りの人物であれば、どれだけ有難いことか。
戦場に身を置くこともままあるとは言え、下手に武器など持てば、怪我をするのは間違いなく己自身であろうから、
出来ることならどんな相手とでも、極力、コトを構えずにおきたいのだ。
しかし、安全な相手だと信じ込むには、―――――己の目に映る『色』が邪魔をする。
魔族だとしても、皆が好戦的だとは限らないが。

「停戦……というか、ひとまずの決着がつくのは早そうだ。
 少なくとも人間の側には、もう、さほど火力も残っていない」

半時ほど前まで、盛大に爆炎術式を展開していた魔術師が、現在、テントの中で唸っている一人でもある。
動ける者は早々に、態勢を整える、という名目で撤退してしまっただろう。
―――――そんな中、ある意味大きな荷物を抱えて取り残された己はますます、苦渋の表情で溜め息を吐く。
人間側の陣営に与する者だと、見抜かれて困ることも、まあ、特にないのだが―――――、

ざ、く。

男がこちらへ一歩踏み出してくれば、己はほとんど無意識に、一歩後退ってしまう。
ぱき、と握り込んだ掌の中で、哀れな細枝が折れる音がした。
真正面から相対すれば、幾分目線の位置が高い相手を、細めた瞳で見据えるまま。
やや引き攣れたように強張る唇を、ぎこちなく動かして出来損ないの微笑を浮かべ、

「……一対一でも、喧嘩になるのは避けたいんだがね。
 逃げ足にはそれなりに自信もあるが、実は今、生きた荷物を抱えているんだ。
 だから、……残念だな、今回の仕事は後払いでね。
 懐柔しようにも、まとまった金は持ってないんだ」

さて、いったいどうしたものか。
こういう場合は早々に、自力での現状打破を諦める傾向が己にはある。
ありていに言えば、もうどうにでもなれ、の心境であった。

ファルスィーク > 「人の方が戦力を集めて打って出るかと思ったが―成程…であれば、勝敗は決して後は掃討に出るか、砦を抑えて祝杯となるかか」

陣取り合戦のようなもので攻防は一進一退の繰り返し。
魔族の方は遊びでやっているのではと思えるほどではある。
が、結果的に人の錬磨は成長を促し、いずれ魔族と台頭程になる可能性はありそうだ。
もっとも、それはまだまだ先の事となるのだろうが。

己を見る紫の瞳は、何かしらを見ているらしく、判断をしかねている迷いも見ては取れる。
そして、青年の言葉から人の陣営の損耗が著しいとの情報を得る。

態度や雰囲気から、荒事は望んでいないのは明らかだが、こういう状況の場合はそれは足元を見られかねず、心理戦も兼ねた交渉は不利になるばかりとも言え―そんな心情を見透かすかのように縮めた距離。
―分かり易く一歩退いた時点で、現在の優劣は決まったようなものである。

「ふむ……では、その荷物を渡して私を懐柔とする。という手もある。
あの戦況ではどうしようもなかった。と言えば、責める者もいないだろうし、仕事は果たしているので報酬も貰えるのでは?
もしくは…君自身で懐柔するのもアリだな」

言葉を掛け乍ら嵌めている指輪の一つを外し、躊躇いもなく無造作に距離を詰めていけば青年の目前ともなる。
そして、警戒も恐れも示さない態度が、より青年には圧力となるかもしれず。

ラディエル > 「……後者であれば有難いね。 こちらの将軍閣下はもう、お逃げになられていることだし」

つい先刻、ちらりと垣間見た無様な敗走を思い出し、軽く肩をすくめてみせた。
掃討戦に打って出られたところで、もはや、目ぼしい捕虜を取れる状況でもない。
捕らえられるのは精々、虫の息となった下士官か、下っ端の兵どもか―――――、

空気の密度が、ずしりと重くなった気がした。
視線だけをそっと下方に流し、男の手許を眺めて、舌打ち。
己が親指だけに填めている指輪と違い、彼のこれは、いわば自ら課した枷のようなものか。
彼がそれを、ひとつ、またひとつと外すたび、恐らく状況はこちらに不利になる。
そう悟ってはいても、だからといって己に出来ることなど、皆無と言って良い。
更に数歩、詰められた距離を後退る気力は、既に萎えていた。

「―――――…くたばりかけの一人や二人、売り渡して咎めるような良心は、もともと持ち合わせちゃいないんだが。
 あいにくと、俺は嘘が下手なもんでね……多分、それじゃあ金は貰い損なうだろうな」

は、と息を吐くように短く笑って、一度、硬く目を瞑り。
瞼を持ち上げながら改めて、真正面から男の目を見据えようとしつつ、

「……って、そりゃ、なんの冗談だ?
 まさかとは思うが、あんたの目には俺が、なよやかな美女にでも見えてるのか?」

物言いを雑にしているのも、一人称を、二人称を、変えているのもわざと、である。
少なくとも、大人しく圧に負けるタイプだとは思われたくなかった。

ファルスィーク > 「ここへ来る途中、2組ほど小隊がうろついていた。
運悪く見つかれば嬲り者にされるかだが……」

己が来た方向と向かいから来たのであれば、距離は離れているので大丈夫ではあるだろうが…有難いことに自ら人陣営の情報を流してくれる青年は、負け戦である事を理解しているらしく……。
指輪を一つ外して与える圧力に対して、見捨てて逃げる事もしないというのは、善人の部類であるのだろう。
神官か僧侶か…いずれにしても、自らの命は報酬よりも惜しい筈。
そして、一人であるのなら逃げ切れるくらいの脚は持っているだろう。
先程、与えた選択肢の逃げるという事を選ぶことが無かった気概には笑みを深めるばかり。
青年の前まで来れば自棄になって襲い掛かって来るでもなく、諦めたという心情が分かり易く感じ取れ。

「さて……それでも自らの命が救えるのなら、他者の命と金銭を捨てる選択する者が殆どだが―君の場合は、充分良心がある部類に入る。
君は中々に面白い。

稀に基準以上の魔力を持つ者は存在するが、君は如何なんだろうか」

己の魔力を感知する力に存分に反応している青年に対して―己が目を見据えてくるのならば、指輪を一つ外した為に、普段は制御できている魔眼は常時発動する状態となっており―自ら覗き込むのであれば瞳の奥を射抜かれる形となるか。
もっとも、青年も瞳の力は持っているようなので、少しは抵抗できるかもしれないが。

「さて…現状では性別の判断は付きにくい。
が、神の徒でもあるのなら自らを犠牲にして…という精神もあるかもしれないだろう?」

声色からも男性ではあるようだが、性別を確認した訳でもない。
貧民区で拾った少年だと思っていた子が、美少女になる事もあるのを目の当たりにした昨今である。
青年の言葉遣いの変化は、何を思っての事であるのか。
少なからず、心情の変化はあった様ではあるが。

ラディエル > 「小隊規模で向かってこられたら、もう、どうにもならないねぇ」

戯言めかして零した、紛れも無い本音。
一対一でも難しいだろうに、数人がかりで来られては、どう考えても太刀打ち出来ない。
そもそも報酬の額から考えても、部隊が総崩れに近い現況から見ても、
ここで己が体を張る義理も、意味も、無い、とも思えた。

「良心の問題じゃない、俺があんたを、そこまで信じちゃいないだけさ。
 俺が安心して背中を向けた途端、あんたか、あんたの仲間が斬りかかってきたりするかも知れないだろう?
 現に、あんたは―――――――…、」

これが未だ交渉であるならば、あくまでも対等に振る舞いたいという、つまらない意地の産物だ。
しかし彼と再び目を合わせた瞬間、己はその愚挙を後悔する羽目になる。
ぐら、と、眩暈にも似た感覚に襲われて、慌てて目許へ左手を翳し、
己の視界を塞いだけれども。
先刻までしっかりと地を踏みしめていた足元が、頼りなくフワつき始めるのが解る。
今は未だ、それだけ。
それ以上の侵蝕は、辛うじて避けたと思いたいが、果たして。

「ふ、ざ、けるな、よ……。
 俺が、女に見える、としたら、あんた、よっぽど、女に、飢えてるん、だ、
 こんな、とこで、草なんか採取、してないで……とっとと街に、出て、
 二人でも、三人でも買って、――――――… ああ、畜生ッ……」

意識してはいけない、考えてはいけない。
相手が己をどう見ているかなど、想像してもいけない。
解っているのだけれど、そう、己に禁じれば禁じるほどに、思考が暴走を始めるから。
ふらついて、大きく一歩、後退ろうとしてよろめいて。
一度バランスを崩せば、もう、その場に立ち続けているのも難しかった。
貧血症状でも起こしたよう蹲るか、打ちのめされたように倒れ伏すか、
いずれにしても、きっと無様には違いない。

ファルスィーク > 「君の言葉通りであるのなら、抱えている生きた荷物は諦めるしかないか
さて…どちらにしても決断するならば早めの方が良いと思う」

己が遭遇した小隊は掃討して回っているのか、周囲の警戒を言い渡されたのかまでは分からない。
青年が保護している者達と遭遇する可能性は低いだろうがないとも言えない状況だが…いずれの選択もまた選び切れずにいるのだろうか。

「その辺りの警戒はしっかりしているようだが……慎重が求められる時と、大胆が求められる時の見極めは、間違えると大変だ。
………私がどうかしたかな?」

迂闊にも自ら飛び込んできた。
知らなければそれを防ぐ手立ては難しいので仕方が無いのだが…どうやら察したらしいく遮る様に挙げられた手。
何を見たのかは青年自身が理解している事だろうか。
足元がおぼつかなくなっているのであれば、魔眼の効果は徐々に躰を侵食し昂りを示し始めてくるだろう。
対魔力、対精神防御が薄ければ、再び見詰められたいという衝動を掻き立ててくるか。

「君が美人である事には違いない。
それに、こんな鬱蒼とした森の中で美人に出会えば、それなりに気になるのは普通の反応だろう。
そして…飢えているかどうか…それは君の方かもしれない」

希少な薬草の採取は勿論の事、青年の言う通り街で買うのも悪くはない。
―自ら精神汚染を振りほどこうと試しているようだが、言葉にしたその内容は青年自らを意識させ性的な行為に紐付けを強くするだけ。
既に立っていられないという様に、脚に力が入っていないのは見て取れる。
なので、己が一歩踏み出して伸ばした腕は、青年の腰をマントごと抱いて支え引き寄せる事で密着する躰と間近に迫る顔。
もう一度…至近距離で見つめれば、魔眼を防ぐ手段はないかも知れず。

「自らを差し出して私を懐柔する。という事で良いようだな?」

ラディエル > 2小隊がこの辺りを、残敵掃討のために動き回っているとすれば、
こうしている今、この時にも、テントの中身は検められているかも知れない。
だとすれば、そもそもこんな交渉は無意味であり、己は今すぐ身を翻すべきであり―――――、
しかし、判断を下すのがきっと、致命的なまでに遅すぎたのだろう。

「っ、ざ、……てめ、ッ…… こ、っち、くんな、もう、喋るな、っ……!」

この男の『色』を見極めた、決断するならばきっと、あの時だったのだ。
呑気に腹の探り合いなど、している場合ではなかった。
左手で目許を押さえた後で、右手で口許を覆ったのは、呼吸が明らかに熱を帯び始めていたから。
強い酒を一気に呷った時にも似た、この感覚は―――――頭がガンガンして、
思考が千々に乱れ、鼓動が煩いほどに高鳴り始めた、もう、自力では立っていられない。
踏鞴を踏んで、倒れ込む寸前の体を、しっかりと絡め取り抱き込む腕。
考えるよりも早く、両手を前に突き出すと同時―――――振り仰いで、男の眼を、

間近に視て、しまった。

「ぁ、――――――――――… あ、アぁ、っ………!」

掠れた悲鳴が喉を衝き、大きく見開いた瞳から、瞬時に光が失われてゆく。
魅入られ盲いた瞳はもう、目の前の男しか映しておらず。
突き出した両手は彼の胸元へ、縋りつくように宛がわれて、

はく、と再び開きかけた唇が、声を発することも無く。
瞬く間に潤む眼差し、薔薇色に染まる頬、そして。
閉じ切らずに震える唇はもう、言葉以外の何かを求めていた。

ファルスィーク > 中々に面白いと己が称した青年の在り方。
時間が経つほどに状況は刻一刻と悪い方にしか転ばないだろう。
窺うに負傷者が多く動けるものは青年くらいだったか。
その上、冷静に考える余裕もなく追い詰められている状態では、誰が青年を責める事が出来ようか。

「躰がふらついている状態で、威勢の良い事だ。
もう立っていられない程、脚に力も入っていない状態での強がりとはな。
まあ、いい。君からの返答は無かったが、懐柔されてやる事にする」

精一杯に抗い理性と意識を保とうとしているようだが、その変化は顕著であり青年自身が一番感じている事か。
だが――魅入られた。

上がった微かな声は、理性の断末魔の様にも歓喜の声のようにも聞こえ…離せと言わんばかりに突き出された腕は、抱きとめられる事に悦びを隠せず、紅潮する頬と潤む紫の瞳は恋する乙女の如くか。
熱く熱の籠った吐息が悩まし気に零れてくる唇は、先程迄の悪態とは打って変わり…求めている何かを察して浮かべる笑み。
瞳を捉えたままに顔を近付けて唇を重ねさせた。

ラディエル > 躰の芯が疼いて、震えて、触れられたところから溶け落ちてゆくようで。
桁外れの膂力で抑え込まれている訳でも無い、逃げ出すことは未だ、難しくない筈が、

――――――意識が、途切れる。 己のなかの何かが、強制的に書き換わる。

縋りついた掌が、白い指先が、男の胸元をぎゅっと掴んだ。
溺れて沈みかけた子供が、命綱をたぐるような必死さで。
あれほど警戒していた男の眼を、そのなかに己が映っていることを、
至上の悦びとさえ感じながら――――――触れる唇の柔らかさ、温度、絡む吐息が齎す湿り気さえ、
欠片も余さず受け取ろうと。

自然に、瞼が降りていた。
もう、眼差しを直に交わしている必要もない。
既に己は躰の隅々まで魅了され、抗い難い情慾に濡れて、
男が望む限りにおいて、全てを明け渡してしまおうとしていた。

「――――――…… っ、…… はぁ、……っ……」

触れたままの唇を、微かなリップノイズと共に蠢かす。
『もっと』『欲しい』――――――そう、口移しに伝えるため。
その強欲なねだりごとが、いわば、契約のあかしであろう、かと。

ご案内:「砦近くの森の中」からラディエルさんが去りました。
ファルスィーク > 【―継続、移動】
ご案内:「砦近くの森の中」からファルスィークさんが去りました。