2022/08/26 のログ
ヴァン > 「OK。ここには我々しかいない。俺は何も言わなかった」

異端審問庁は知っているようだ。彼等は表の組織だが、正しい行いを常にしているわけではない。
男の発言に肯定することも、ただ沈黙を返すことも意味は同じになる。男は要望通り、今の話をなかったことにした。

目を伏せる女を、男は目を細めてじっと見つめる。
彼女は一度会っただけの修道女に過ぎない。真意を伝えるには距離がある。
もし今の彼女に伝えたら彼女は不幸になる。男はそんな確信を持っていた。

「……文献から推察する限り、ざっと200年。その頃に何かがあって昔の文献がほぼないんだ。だから、200年以上前はわからない。
エルフのような当時から存命の長命種から話を聞いても同様の結果が出ている。あとはミレーの口伝か。
とはいえ、昔は今ほどではなかったようだ」

推測を交え、答える。

渡された本は教会の腐敗を記しているが、軽いタッチで表現されていること、
あくまで一部という表記がされているからか、禁書でも焚書対象でもない。
王城に持って行っても、誰も気にはしないだろう。
その一方で、神聖都市の地下や、神殿騎士団の団員の蛮行もしっかりと記されている。

マーシュ > 「ありがとうございます」

己は別に思慮深くも、知識が豊富というわけではない。
ただ、生きてゆくために残っていたのがこの道だっただけで。その過程で必要な知識や振る舞いを覚えているだけだ。

己を見つめる男の視線に若干の居心地の悪さを覚えながら耳を傾ける。
男の語る言葉については女もわずかに思い当たることはある。
己の許される範囲の書籍に目を通したが、ある程度の年代でふつりとその足跡が途絶えてしまう。

「ここにも、ないのですか?」

地下室に林立する書架を見渡し、問う。
此処にもないのなら、納得するしかないのだが。

書籍の閲覧にはこの場所は向かないが、軽く中身に目を通し。
散見する目に馴染んだ単語が、けれど清廉の証ではないことを認めて、わずかに息を吐いた。
王城だけではない、というのがそれだけで理解できたからだ。

ヴァン > 「ない。だから俺はメグメール地下にある『地下図書院』というダンジョンに定期的に潜っている。
歴史修正主義者の手が加えられていない場所にある本ならば、何かがわかるかもしれない」

書架を見渡して発せられた声には、僅かに驚きが混じっていただろうか。
男は正直に告げる。

女がぱらぱらとページをめくり、書籍に目を通すさまを眺める。
嘆息から、男は自分の目的が達せられたことを悟った。
何も知らず不意打ちで苦痛を受けるのと、覚悟を持って受けるのとでは雲泥の差だ。
そして、この街では苦痛から無縁ではいられない。

「その本は自分の部屋でじっくりと読むといい。単純に旅行記として楽しめる代物さ。
さて……俺としたことが、代価もなしに色々と話してしまったな。
ここは安全な場所だが、それでも危ない橋を渡ってるんだ。君が払える代価をもらいたい。
あぁ、ゴルドはいらない。言ってる意味……わかるかな?」

薄明るい中、男は脇に本を挟むと鳩尾の前あたりで手を組んで、好色そうな笑みを浮かべてみせる。
目の前の女は軽蔑するだろうか。逃走するだろうか。
男は女に迫るではなく、書架に背を預ける。どう反応を返すかを試してみるようにもみえる。

マーシュ > 「ダンジョン………」

難しそうに眉を顰める。己に武芸の嗜みはない。
彼のようにそうした場所へ赴くことは難しいだろう。

己の知りたいものをこれ以上えることが難しいと知り、少々落胆した。
だが、それでも収穫がなかったわけではない。
たとえば今手にしている書籍の重さが確かにあるのだと。


「──────」

朧げな魔導灯の中でも女の表情が驚きに変わったのがわかるだろう。
少なくとも男の態度は、王城で見た騎士たちのそれとは違っていたからこそ。
苦みを知ったからこそ、どういった態度を見せるのかという試しのようにも感じられ。

ひとまずは沈黙が横たわる。

視線が揺らぎ、逃げることを考えても見るような。
けれど確かに己は求めたのだ、という事実が罪悪感としてのしかかる。

「…………」

じと、と胡乱な眼差しが男へと向けられる。
若干の軽蔑よりの眼差しではあるが。

「では代価を───、ですが、その前に一つ提案が」

片手を伸ばし、男に触れるその手前で人差し指を一つ伸ばして。

「貴方の知り得た情報を、私にもご教示いただけるのでしたら」

ヴァン > 驚き、そして沈黙。深く青い目は楽しんでいる。
男は急かさない。焦りは判断を誤らせる。熟考して決めたのだと、後悔しない判断を男は望んでいる。
胡乱な眼差しが向けられ、その中に混じった感情を汲み取ると、笑みは深まった。

「提案? 聞こうか……知りえた情報を一つ、教えるということかな?なら構わんよ。
それとも、ダンジョン探索で判明した新しい情報を共有しろ、ってことかな?それも別にいい。
ただ、俺の知ってることは何でも話せ、ってのはナシだぜ?俺にもプライバシーがある」

目の前の手、人差し指の先端に目を向けつつ、軽口をたたくことは忘れない。

男の目的は既に達成されている。この会話も、からかいが6割くらいだ。
内心では教会の闇に深く首をつっこまないことを願っている。
先程学ぶことは大切だと言ったが、一方で好奇心は猫をも殺す。マグメールでは死んだ方がましな場合が多々ある。
考えながら、言葉の続きを促すように首を動かした。

マーシュ > やはり己の反応を見て楽しんでいるのだろう、と認識する。
その行為に何を見出しているのかは知らないが、けれどその結果として己はここに立っているのだから、何をしても楽しませているのかもしれないが。

「私が知りたいことは、最初の2点、です。ヴァン様の事情に迄意識を向けられるほど私は余裕はございません」

知ってもいいこと、悪いこと。今はその別がつかないほどに己の周りは霧に包まれているにも似ている。

男が本当に代価を欲しているのかすら───怪しいものだとは思っているけれど。
男の表情に軽く嘆息して。己の言いたいことは以上だとかえす。
お互い納得できたのなら、代価を、というところだが。
金品以外で己ができることなどたかが知れているのだが、とわずかに悩む。

ヴァン > 「了解した、マーシュさん。商談成立だ。
代価は……時間のある時に話を詰めようか」

一応、仕事中だしねと付け加える。
女の反応からこの地下で得られるものはなさそうだと判断したか、するりと女の隣を抜けて階段へと向かう。

書架へ向かう途中は気付かなかったが、宿直室なる部屋があり、扉が開いていた。
机と椅子、そして一人で眠るには大きいベッドがあるだけの部屋。図書館に宿直室があるのも妙な話だ。
男の動きは、女に部屋を認識させ、代価という単語と結びつけるよう促すものにも見えた。
とはいえ捻くれた男のこと。本音か冗談かはわからない。

男は階段へと向かい、再び壁に手をあてる。やがて地上階、ひらかれた日常へと戻っていく。

マーシュ > 「………ありがとうございます」

男の言葉にそう答えるほかはなかった。
すい、と一歩身を退く。男が望むものが何であれ───、ひとまずは幕引きのよう。
歩き出す男に追従するのは、ここに一人でとどまる理由はないからだ。
己の欲するものがないと断言されていればなおさら。

ただ、その帰路の途上で、来た時には気づかなかった部屋の存在に気づかされる。
おそらくはそう誘導されて、だろう。
閲覧室とはまた違うことにも。

はっきりと口にされないことは免罪符となるのか否か、わからないままだ。

地下に比べるとまぶしい地上に、目を細くして。
ただ訪れた時と違うのは、修道女の手には書籍が抱かれていたことくらいだった。

ご案内:「王都 平民地区『大図書館』」からヴァンさんが去りました。
ご案内:「王都 平民地区『大図書館』」からマーシュさんが去りました。