2022/08/25 のログ
ご案内:「王都 平民地区『大図書館』」にマーシュさんが現れました。
■マーシュ > かつん、と硬質の足音が一人分。
常の務めの合間。余暇として許された時間をしばらくの間は思索に費やしてきたのだけれど。
その結果として女は〝そこ〝を訪れていた。
一般に開架されているそこは、確かに街の人間であれば何を恐れる必要もないのだろうが───。
神殿付属の立派な建造物の外郭を視線でなぞり、小さく呼気を吐き出した。
神学者でも、説法の資格を持つわけでもないただの下位の聖職が訪れていい場所かどうかは多少疑問は残るものの、それでも女は静かに一歩を踏み出し、扉をくぐる。
地上部はおそらく問題なく利用はできるのだろう。まばらに見える利用者に視線を向けながら、受付の私書に声をかけ、所定の手続きや、利用法などを伺い。
必要な書類があるのであればそこに記載した。
地上階の閲覧はおおむね自由、ということだったが、己の装束を見咎めた相手によって、地下の説明も受ける。
───単独での調べ物は難しそう、というのが一つの印象であったが、ひとまずは一人で閲覧可能な地上階の書架に向かうことにした。そこに己の望むものがあるかどうかは、正直わからないのだけれど───。
■マーシュ > 己の求める書架は、哲学、あるいは神学。あまりそぐわない気もするが、と。
散策がてらに書架の森の中をゆっくり歩を進めていた。
博物書に、大衆小説までそろっているそこは、確かに憩いの場所となるのだろう。
たとえ目的のものが見つからなくても、考え事をするのにはちょうどいい場所と言えた。
「─────」
ご案内:「王都 平民地区『大図書館』」にヴァンさんが現れました。
■ヴァン > 返却されてきた本を書架に戻す、いつもの作業。壮年の男は一見真面目に取り組んでいる。
どんな本が借りられているかを見ながら、入館者を観察するのも勉強になる。今日はやや人が少ないか。
受付へと戻る途中、シスター服を見かけた。
まっとうな神殿関係者はこの神殿図書館を忌避する。大学に好意的な立場をとったり、禁書や焚書対象がごっそりあったりと理由は多い。
それでもこの施設に立ち入る人物に心当たりがあったのか、書架を巡っては本を数冊集め、声をかける。
「やぁ、王城のお嬢さん。何かお困りかな?」
果たして彼女は、調べろと言った言葉の意味を既に知っているだろうか。
■マーシュ > 「────!」
不意にかけられた声音に、びく、と肩を震わせる。
それからソロ、とした挙措で振り返る。
背後に向けて返した眼差しはどんよりとしたものになってはいたが。
「お嬢さん、ではございません。……………ああ、いえ」
そこで名乗っていなかったことを思い出したのか僅かに視線を落とし。
「この前は失礼をいたしました。……マーシュと申します」
遅まきながらの名乗りを返し。ついで、その表情がいささか強張っていること。
調べ物であれば王城の書院でも十分であるという理由が───女がここに立っている理由としては伝わるだろうか。
■ヴァン > 「おやおや……随分と、いい貌になったな」
目を細め、にっと笑う。目の下に隈のようなものを認めたからか。
主教の人間がここを避ける理由の最たるもの。銀髪の男は名乗りを聞くと、頷いた。
「よろしく、マーシュさん。ここで話すかい?
それとも、地下に用事かな?」
女が真実にどこまでたどり着き、どこに向かおうとしているか。
男は目的地は知っている。現在地を確認するためには本人から聞く必要があるが、周囲には僅かだが人がいる。
男は掌を上にして手招きを一度すると、階段へと向かい、降りていく。
手元にある本は二冊。地上にある本でも、彼女には役に立つであろう本。
軽口を叩きながら階下へと。
「今、どんな気分だい?余計なこと教えやがって、って俺を恨みたい感じかな?」
■マーシュ > 「……おかげさまで」
揶揄いじみた言葉には、若干ながら棘のあるような声音が返される。
最も女の口調自体は普段とそれほど変わりがないのだが。
己もここを訪れることになるとは思わなかった。否、女の立場であればどこに出向を命じられても不思議ではないのだが。
「────そうですね、……地下は、司書様の同伴がないと認められないようでしたから」
己が何の忌憚もない言葉を紡げるとしたら人目のない場所だろう。
調べたかったものの多くは地下に収蔵されていることもまた。
男の手招きに従い、歩を進める。
階段を降りるのには多少戸惑ったが、男の所属を思えば問題ないのかもしれない。
相変らずの軽い口調が己を揶揄うように問いかけるのにわずかに押し黙った。
己の脳裏にあるのは男の言葉というよりは───。
「……………いいえ。私はどなたも恨みません」
無知であれば守られていた、というより認識の外側にいたのは事実だ。
けれど、知るための行動を起こしたのは自分自身。
そこには男の意図はあまり関係がない。
「───それとも、恨みを買いたかったのでしょうか?」
■ヴァン > 「あぁ、地下は教会関係者だけなんだ。とはいえ、昔本を燃やそうとしたアホがいてね。司書同伴を必須にした」
地上から地下への階段は、司書以外誰も利用しない。
立入禁止なのは地階なので、このエリアで逢引をする男女もいるが、今回はそれはなさそうだった。
安心して背後からついてきている女へと声をかける。
「……そうか。神職についていても、ネガティブな感情を持つことはいいと思う。
うーん……そうだな。君みたいな美しい娘から強い感情を向けられるのは悪い気はしない。
背後から女の子に刺されて死ぬのが俺の理想の死に方でね」
冗談とも本気ともつかない言葉を紡ぎながら、地階の壁に手を押し付ける。微かに音がすると、周囲に漂っていた魔力が消えた。
どうやら警報装置を解除したらしい。ただの図書館にここまでする必要はない。
「それで……何を知りたい?」
地階は地上に比べると魔導灯の数が少ないのか、微かに暗い。書架の間へと向かいながら、問いかける。
■マーシュ > 「────それは、……」
表だって対立している派閥はあるのだろうが、主教は主教。
本来は同志であるはずなのだから、凶状を耳にすれば複雑そうな表情を浮かべた。
「………否定的かどうかは。私はあくまで己の信仰心のために改めて知らぬことを知りたいと思ったまでですし」
知って、反発するのか、あるいはそこに呑まれてしまうのか、まではまだ決めあぐねている。
後半の、おそらくは冗談だろう言葉については黙殺した。
勝手知ったる男が、壁に手を押し当てると、明らかに空気が変化する。
魔力の流れが変わった、とみるべきか。何かしらの防護障壁の呪いが施されていたのは確かなのだろう。
そこまで厳重に保護する何かがある、と知らせているようなものだろうが──。
「………なぜあなたは、いまの主教をそこまで嫌ってるのにその位置におられるのです?」
純粋な疑問。
ほかにも問うべきことはあるのかもしれないが、傍にあるものを一つ手繰る。
その間も地下を進めばわずかに地下室特有の黴臭さ。
書物を傷めないために、魔導灯もかなり数を絞られているのか薄暗さを増した中を迷わず進む相手の背を追うように歩きながら。
■ヴァン > 「異端審問庁の連中さ。彼等は汚れたものは掃除しようって他人の庭まで掃除しちまう。
知らないということを認識し、知識を得る。そうするとどんどん知らないことが増えてくる。
学ぶということはとても大切なことだ」
スルーされたことには大げさにショックを受けて見せるジェスチャー。
尋ねた言葉に戻ってきたのは、ほかならぬ自分への問い。予想していなかったのか、立ち止まった。藍色の瞳に視線を向ける。
「大したことじゃない。実家を家出同然に出てきて、潜りこんだ場所で死ぬまで過ごそうってだけさ。
この組織は好きじゃないが、パラディンってのは結構給金がいいんだ。それに、新しいことを始めるには歳をとりすぎた。
はは……俺のことはどうでもいいだろう?本当に君が知りたいことを、教えてくれないか」
この程度の言い訳で納得してくれるなら、それでいい。そこまで興味を持っての質問でもないだろう。
ふと手に持ったままの地上階の本を思い出したのか、女に手渡す。
「君の助けになるかはわからないが、この本はお勧めだ。
5年くらい前に出版された旅行記で、筆者が旅した王国中の土地のことが書かれている。
教会の後ろ暗い面もしっかりと書いてある。持っていても誰も見とがめはしないから、安心していい」
■マーシュ > 「……聞かなかったことにしてもよろしいでしょうか」
あまり一介の聖職が立ち入っていい話でもない気がする。
知らないこと、と見ないふりをする、のは似てるようで違うし、ときには己の身を守るために必要なことだ。
───己がここに足を踏み入れた時点であまりよくない気もしたが。
己の問いかけに対する答えに目を伏せる。
はたしてそれだけの理由で、とどまれるものだろうか。
そこしか選べない己とは明らかに違う立場で。
ただ諾々と日々を過ごしたいと願うのなら己の目隠しを引きはがすような真似をするだろうか?
それを問うほどの距離ではないことを自認するがゆえに口を噤んだ。
「───あのような状況になっているのはいつから、なのでしょうか」
ぽつ、と主教における現状を憂う様な言葉にも聞こえるのかもしれない。
実際は憂いているわけではなく───単なる疑問だ。
けれど己にとってその疑問は口にすることすら本来は許されない類の。
己がかけられてきた言葉を思い返して、故に悩む、と。
「────お言葉に甘えます」
渡された書籍。革張りのそれに目を落として。
彼の目から見て問題ないのであれば、宿舎で見とがめられても大丈夫だろうと受け取った。