2019/07/12 のログ
ご案内:「看板の無い店」にイライザさんが現れました。
■イライザ > その魔女は、店の奥の広々とした来客スペースに独り、居た。
毛足の長い絨毯が敷かれ、中央には足の低い厚ガラスのテーブルが置かれている。
テーブルを挟んで、クッションが柔らかい上等の横長ソファーが一つずつ。
魔女が座すのはその内の一つ。適度な弾力の背凭れに体重を預け、悠然と足を組み。
対面には誰も居らず、煙草は吸わぬが長い煙管を指先でやんわり弄んでいる……。
店の出入り口には魔女の魔術が施されており、無意識の内に波長が合ってしまった者は、
ふらふらと入口を潜り、商品陳列エリアを通り抜け、奥の来客スペースへと入室するだろう。
一種の洗脳の効果が店自体にかけられているのだ。そして、魔女の獲物となる……。
魔術の抑制が効かない危険な者が入って来る事も有るが、滅多に有る事象ではないし、
とタカを括っている。永い時を生きた人ではない種族特有の増長と言えるだろうか。
店の洗脳効果を察知し、洗脳されずに踏み込んで来る輩も、稀に居るのだから──
洗脳効果を受けた者は、魔女の傍まで来た時点で効果から解放されて我に返るだろう。
ご案内:「看板の無い店」からイライザさんが去りました。
ご案内:「美術館」にルドミラさんが現れました。
■ルドミラ > 王都にあるそのどっしりとした白亜の建物は広々として、天井が高く。
元は王族の離宮のひとつだったこともあって魔術的に温度、湿度が管理されており、雨季であっても居心地が良い。
国内に数ある美術館の中でも、ここは「王家の恩寵により」平民にも解放されている場所だった。
手軽な避暑地、あるいは避寒地がわりにもなる上、とある巨匠の作品を中心に膨大なコレクションを抱えており、人気も高い。
閉館間際の今頃はもっとも空いている時間帯だが、それでも館内をめぐる誰かの足音が途絶えることはないようだった。
そんな中。『諸王』の建国神話をドラマチックに絵画化した大作の前に設えられたベンチに、
腰を落ち着かせている黒づくめのドレス姿が、ひとつ。
チュール越しの黒目がちな瞳はさしたる感銘の色もなく目前の絵に向けられているが、言葉本来の意味で「鑑賞」してはいない。
「では、まだまだ手を緩めるなと?……この国はもうおしまいも同然だと言うのに。
こうまで深く、しかも社会のあらゆる階層で我々の侵食を受け入れてしまっては、手の施しようがないもの」
ひそやかな声での話し相手は、背後の老紳士──に擬態した、魔族の国の連絡員。
彼は彼の目の前の、過去の大規模な戦禍をテーマとした絵を見やってはいるが、好々爺然とした様子のどこかに爬虫類めいた気配がある。
■ルドミラ > 『何を、どこまで進めるか決めるのはお主ではあるまいに。
次の標的は此奴だ。二ヶ月以内に弱みを握り、報告せい』
手元にコロリと転がってきた珠は、彼の使う情報媒体。手探りに握り込み、ドレスの隠しにしまい込んでから、
「簡単に言ってくれるものね。本音を言えばせめて二ヶ月半は欲し──」
だが、肩越しにちらりと視線を送った時にはもう、老紳士の姿は消えている。いつもこうだ。一方的に言いたいことを言って去って行く。
今の『女王の腕』亭の会員は、ほとんど彼の指示で集めた顔ぶれであり、彼のさらに上のお歴々の命令は絶対。
そこに不満はないのだが、現場の意見に一切頓着しない態度は少々問題だと思う。
小さく肩をすくめると、女主人は無音の仕草で立ち上がり。
腹部のあたりで指を組んだ姿勢で絵の中の諸王のひとりと視線を合わせ、しばしじっと見入る。やがて振り返り、
対面の戦争画を確認すると、す、と目を細めた。
「意味深な配置だこと。……死んでまで国を守る、というわけかしら」
軽く鼻を鳴らしてひとりごち、館内にヒールの足音を響かせながら。絵画の回廊を、ゆっくりと歩き出す。
ご案内:「美術館」にセイン=ディバンさんが現れました。
■セイン=ディバン > 「……」
人の少ない美術館を、足音静かに回る男。
基本的には歩きっぱなしだが、時折、立ち止まり、美術品を眺めては。
満足そうに頷き、また歩く。
格好と振る舞いからは、ある程度教養のある従者然とした雰囲気が漏れているが。
気付くものなら、一目に分かるであろう。その瞳の奥は、決して芸術を愛でるタイプの人間が出さない気配を溢れさせている。
「……?」
そうして男が歩いていると、一人の美しい女性とすれ違った。
美しい。そう、まさしく。周りの美術品すら見劣りするのでは無いか、という。
恐ろしく白い肌に、黒の衣裳。そのコントラストを目にすれば、どんな人間も目を奪われるのではないか。そんな女性であった。
男は、一度頭を下げ、その女性の隣を素通りしたものの。
「……ッッッッッ!?」
ぞくんっ、と。久しく味わっていなかった恐怖を背に味わい。
思わず、相手を顧みてしまう。
足を止め、首筋を手で覆い。体の奥底から生じる寒気に耐えながら。
「……失礼。そこの、お美しいお嬢さん」
なぜか。男は。
危険だと分かっていながら、女性に声をかけてしまった。
■ルドミラ > 他の見物客にも、美術品にも頓着する様子のない女は、今すれ違ったどこぞの家の家令、といった風体の男にも気を留めることはなく、自分が彼に冷たい恐怖を与えたことにも無自覚だった。
ほのかな香水の残り香だけを残して、回廊を抜けるはずであった、が。
声をかけられると、黒づくめの後ろ姿はぴたりと立ち止まった。
相手に背を向けたままに鼻先だけを動かして、「お嬢さん」と呼ばれてもおかしくない他の誰かがいないのを見て取ると、ようやく。
「……『お嬢さん』などという年ではないけれど。あたくしに、何かご用かしら」
横顔に尻目だけを向けて、そう問い返した。黒目がちの瞳はどこまでも優しげであり、声はより優しく、男の鼓膜を撫で転がす。
■セイン=ディバン > 男がそれに気付けたのは、経験ゆえのことであった。
数多の呪いを体に受け、様々な超越者と縁を結び、戦い。
そして、自身の中に意図せず超越者の力を取り込みつつあるからこそ。
それに、かろうじて気付けたのである。
「……あぁ、その。突然声をかけてしまい、申し訳ありません。
もしよろしければ、少し、お話をお伺いしたいと思いまして」
相手に向き合えば、男が感じたそれは、完全に消失しているように思えた。
だが、男は自身の感覚を信じ、相手に向かって歩みながら、そう声をかける。
男が感じた気配。……相手が、人間では無いのではないか、という気配。
そして、それを完璧に擬態する実力の持ち主なのでないか、ということを警戒しながらも。
男は、目の前の美しい女性との会話を、何よりも優先した。
■ルドミラ > 勘のいい人間は時折いるものだ。ヒトの世界よりも、魔族の世界に近づいている人間も。
その双方であるらしい男の直感は正しい。が、聖職者でもなく、徒手空拳では確かめるすべはないであろう。
少し離れた位置からでも、相手の目の奥に警戒と怯えのさざ波が走っているのは見てとれた。にもかかわらず、声をかけて何を話そうというのだろう?
女はほんの少し首を傾げていたが、
「……特段、用があるわけではないようね。歩きながらでも構わない?
もうじき閉館ですもの。あなたも、あたくしとここに閉じ込められたくはないでしょう?」
肉厚の唇に笑いの翳を纏わせてそういうと、返事を待たずに歩き出す。呼び止められる前と同じ進行方向へ。今のところ、相手の都合に合わせる気はないようだ。
■セイン=ディバン > 事実。男の立ち位置は激動の数年間を経ても変わっていない。
要するに、『人と魔の間で揺らぎ続けている弱者』である。
そして、これに関しては自認もしている。
「……」
相手に見られれば、緊張から唾を飲み込む男。
相手の力量は不明であるが。過去の経験上、男が知り合った人外はことごとく強者ばかりだ。
だが、相手の静かな声を聞けば、男は笑顔を浮かべ、頷く。
「えぇ、勿論。
……ははは。貴女の様に美しい女性となら、それもいいかもしれませんが」
軽口を叩くものの、背中には汗が流れている。
幸いなのは、現状、相手が男に敵意を向けていないという点。
男は、相手の横に並び、歩きながら思案する。さて、何と問うか。
絵画、お好きなんですか? だとか。
高貴な雰囲気を感じるのですが、どこの貴族様ですか、とか。
色々と考えた結果……。
「申し遅れました。私、冒険者のセイン=ディバンと申しまして。
……魔王ベルフェゴールの夫でございます。
失礼ですが。貴女様は、人間ではないのではないですか?」
自身の持つ切り札を、最初から切ることを選択した。
ちら、と相手を横目で見つつ。男は引き攣った笑顔を浮かべている。
■ルドミラ > 追いついてきた男がとなりに並んで歩き出すと、ただの人間ではないらしい気配が、微弱な波動として察知はできた。だが、それだけだ。わざわざ追及はしない。
軽口に対しても口角は上げてみせたが、沈黙のうちにそれで本題は、と促している様子。
だが、逡巡のあと、男の切り出した本題は直球も直球で。
「冒険者……。魔王の、夫……? 」
白い顔が怪訝な表情を浮かべたかと思うと、次の瞬間には。館内の高い天井に、弾かれたような笑い声が反響した。
「……ぁ。ふッ、ふふ、あッはははは! 急に何をおっしゃるの、面白い方ね。
もし、あたくしが本当に人間ではなかったとしても。はいそうです、と素直に認めるとお思い?」
残り少ない客の何人かが振り返ると、ごめんなさい、と言うように手指を泳がせ、
いかにも可笑しそうに口元を抑えている。まだ笑いが尾を引いた顔で、
「ルドミラ。あたくしはルドミラ・ニコラエヴナ・ヤーロヴァ。
調べればわかることだけれど、確か人間以外の何かだったことはないはずよ。
魔術の素養が少しあるものだから、きっとそれで勘違いなさったのでしょう」
まずは、冗談に紛らわせて韜晦。
■セイン=ディバン > 並び歩く姿を他人が見たら、令嬢とその家来、くらいには思われているかもしれない。
だが、そんなことは男にとってはどうでもよかった。
無言の圧力。相手からの気配に押されつつ、男が会話を切り出せば。
「……。はぁ。
その、そんなに、面白いですか?
……あぁいえ。当然認めないでしょうね。ですから、私は貴女の正体が人間であるかないか、なんて確認のしようがない」
相手の笑い声に、あ~、と参ったような表情を見せる男。
まさか、大笑されるとは思っていなかったので。
そのまま、相手の問い返しにも、困った、という表情を浮かべてみせる。
「……ルドミラ様、ですか。
ん? ……ルドミラ……ニコラエヴナ? ヤーロヴァ?
……あれ、もしかして。女王の腕亭の……」
相手の名乗りに、まずは名前を覚えようとする男であったが。
その名前には聞き覚えがあった。
男も何度か利用したことのある娼館。そこの経営者だったような。
男は自身の記憶を確認しつつ。周囲の客に頭を下げておく。
■ルドミラ > 「ああ、気を悪くさせてしまったのならごめんなさい。
でもあまりに、途方も無いことを言われたものだから。
そういう風に女に声をかけるのがあなたのいつもの手なの? セインさん」
名乗ったその次に人間ではないのでは、と訊いて来るとは女も思っていなかった。
彼の疑念が正鵠を射ているからには、なおさら。
笑いに紛らわせ、ナンパ目的かと反問することで誤魔化しきり、いなしておくしかない。
自分が人間だと、言い張ることのできる状況である限りは尻尾は出さない。
そして、話題が他に逸れれば尚、都合がよい。
「あら、うちのお店をご存知? 会員制のお店なのだけれど、どなたかに紹介されたことでも?」
過去の会員であるならば、顔と名前くらいは覚えているはずだが。そうではない、ということは、会員の連れとして来店したことがあるといったところか、と推察する。
■セイン=ディバン > 「途方もない、ですか。いえ、まぁ。それが普通の反応ですね。
え~……どうでしょうね。女性を口説くのは確かに趣味のようなものですが」
相手の反応に、男は一歩退く。
予想通りの、一筋縄では行かない相手だ。
ヘタに追求し続ければ、男自身危険の只中に踏み込むことになるかもしれない。
ならば、まずはここは話を切り替え、もっと情報を手に入れなくてはいけない、と。
男は短時間でそこまで考えた。
「えぇ、まぁ。以前何度か……。
……自分の、師匠のような存在の人間に連れられまして。
まだ当時は私も駆け出しでして。会員になることはできませんで」
当時、まだまだ若者に近しかった頃。
店に憧れ、いつかはこんな店で豪遊を、と思っていたのだが。
いつしか、会員になることを忘れ、そのまま店のこと事態も失念していたのだが。
■ルドミラ > 「うまい手だと思うわ。男性に声をかけられて、無視しようとしても。
虚をつかれて笑ってしまったら、話すきっかけはできたようなものですもの──まあ、そうだったの? 嬉しいこと。
ということは、今は冒険者としてベテランでいらっしゃるのね」
女の歩調はずっと一定を保っており、早まることも緩むこともない。内心がどうであれ、
余裕ありげな態度を崩す様子は見られなかった。過去に何度か、と聞くと、脳内で過去の顧客名簿をめくるような目つきになったものの、そう長くは続かず。
「その当時とは娼妓たちも大分入れ替わっているのだけれど、今の会員に欠員が出たら、ぜひ一度いらしていただきたいわ。
セインさんは、どんな娘がお好み?」
もしこの男が詮索をやめず、警戒すべき相手ならば、目の届くところで泳いでいてもらっても良いかもしれぬ。
店の門戸を男に向かって半開きにしてみせながら、女郎蜘蛛は他意のなさそうな笑顔で、罠の網を張る。
■セイン=ディバン > 「そうですか? ははは、だとしたら、ちょっと安心しました。
最近、歳のせいか……女性に声をかけても、袖にされることが多くて。
そう、ですね。まぁ、経験年数だけで言えば、ベテランと呼べるかもしれません」
男の追及はかわされ、今は互いに雑談に興じる様な姿勢。
男は時折、相手から奇妙な気配を感じないか、と探ってはみるものの。
一度見失った気配など、二度は手繰れない。
そもそも、この男は魔力貯蔵量こそ超越者級だが。
それでも、魔術の心得や、戦闘能力は人間のそれなのだ。
完全に秘匿されれば、男に出来るのはせいぜいカマをかけたりするくらいのもので。
「えぇ、そうですね。あぁ、当時はただ客として行っただけなのですが。
会員になるには、規定などはございますか? 収入とか、家柄とか……。
……そうですねぇ。これといった好みはないのですが。
ルドミラ様のような、女性としての魅力に溢れた方でしたら、是非とも。
夜を共にしてみたいものです」
事実と嘘を織り交ぜた言葉。当時は、会員になりたいという気持ちばかりで、会員になる条件などを知らなかったのは本当。
好みがない、というのは嘘が少し。女性に対しては好みは持っていないが。
それでも、多少の性癖は持ち合わせているのだが……それを明らかにするは良しとせず。
しかして、目の前の女性と肌を重ねたい、という本音をそこに足して。
男も愚者では無い。相手の言葉に罠の気配は感じつつも。その罠に飛び込む気である。
■ルドミラ > 「まあ、今のはご謙遜ね。
身なりのよい大人の男性で、仕事の上でも実力派となれば、放っておく女の方が少数派でしょうに」
にこやかに、友好的に、腹の内を探り合うふたりは、傍目には仲良く連れ立って歩いているように見えるだろう。
時折表情の動きを観察するような視線が頰のあたりに刺さるのを感じるが、こちらは知らんぷりを決め込むまでだ。
そうこうしているうちに、美術館の出入り口が見えてくる。
「会員になる条件は、そうね……少々込み入っているから、立ち話で済ませるよりは──」
いったん足を止めて、出入り口の方を見る。男の言葉を最後までしっかり聞いてから、女はドレスの隠しから純白のハンカチを取り出した。
「これからあたくし、馬車で店まで戻るところなのだけれど。
一緒にどうかしら? 詳しい話は車内で出来ますし、あなたの言う『女性の魅力』の定義も、ぜひ伺いたいわ。それと……」
すう、と女の手が相手へ伸びた。ハンカチが、男のこめかみから首筋を、そっと抑えようとする。先程冷たい汗が滲んでいたように見えた場所を。
「汗をかいた分、飲み物くらいはご馳走させていただきたいものね」
初めてまともに男の目を見上げた黒目がちの瞳が、チュール越しに笑っている。
冒険者らしい勇敢さで切り込んできた男を、結局は面白がっているのだった。
■セイン=ディバン > 「いえいえ、そんなことは。
本当に……最近は、全然。もともと、女癖の悪さが噂になってるものでして」
これに関しては謙遜でも嘘でもない。
男の悪名は知れ渡っているし、男自身、その辺り自覚している。
最近ナンパの成功率が低いのも事実である。
そうして探り合う間も、相手の表情は。いや、様子は変わらず。
どうしたものか、と男は少しため息を吐くのだが。
「……はっ……あぁ。そう、ですか。えぇ、っと」
相手からの急な提案。そして、汗を拭われれば。
男は、心臓をつかまれたかのような恐怖に襲われるが。
「そうですね。えぇ、えぇ。是非。
こうして知り合えたのも、何かの縁でしょうから」
男は、相手の笑みを真正面から受け止め。その提案に乗ることにした。
ここで完全に退いては、次にこの相手の素性を探る機会はいつになるか分からない。
それに。男はやはり冒険者である。罠が危険なら危険なほど。
その危険を。スリルを楽しむのが辞められない性分なのである。
男は先に立ち、まるで本物の従者の如く。
美術館の入り口に立ち、相手をエスコートしようと。
■ルドミラ > ハンカチで抑えた場所に、新たな汗が滲んだ。今度は自分が相手の虚をつくのに成功したらしい、と見てとると、
女の目つきはそれまで以上に優しげになり。
まるで姉が年の離れた小さな弟を見るがごとき温顔になった。
あるいは、逆に男の恐怖を煽るものであったかもしれないが、それは女のあずかり知らぬところだ。
すい、と手を引いてハンカチをしまうと、当然のように男のエスコートに従い。
主が執事めいた見た目の男を連れ帰ってきたことに目を丸くする御者に目配せをし、馬車に乗り込むこととなる。
それからのことは、「女王の腕」の紋章が入った、馬車の扉の向こうへと──。
ご案内:「美術館」からセイン=ディバンさんが去りました。
ご案内:「美術館」からルドミラさんが去りました。
ご案内:「看板の無い店」にイライザさんが現れました。
■イライザ > ──その魔女は、店の奥の広々とした来客スペースに独り、居た。
毛足の長い絨毯が敷かれ、中央には足の低い厚ガラスのテーブルが置かれている。
テーブルを挟んで、クッションが柔らかい上等の横長ソファーが一つずつ。
魔女が座すのはその内の一つ。適度な弾力の背凭れに体重を預け、悠然と足を組み。
対面には誰も居らず、煙草は吸わぬが長い煙管を指先でやんわり弄んでいる……。
店の出入り口には魔女の魔術が施されており、無意識の内に波長が合ってしまった者は、
ふらふらと入口を潜り、商品陳列エリアを通り抜け、奥の来客スペースへと入室するだろう。
一種の洗脳の効果が店自体にかけられているのだ。そして、魔女の獲物となる……。
魔術の抑制が効かない危険な者が入って来る事も有るが、滅多に有る事象ではないし、
とタカを括っている。永い時を生きた人ではない種族特有の増長と言えるだろうか。
店の洗脳効果を察知し、洗脳されずに踏み込んで来る輩も、稀に居るのだから──
洗脳効果を受けた者は、魔女の傍まで来た時点で効果から解放されて我に返るだろう。