2019/06/29 のログ
ご案内:「海沿いの丘」にルドミラさんが現れました。
■ルドミラ > このところ断続的に降り続いていた雨の晴れ間。王都の北西、海岸沿いの草原で、
よく手入れされた芦毛の馬を駆けさせている女がいる。
黒の帽子に、袖の布地をゆったりととった白のブラウス、太いサッシュベルトに黒スカート、
という装いは平民のそれではない。
街道から外れた場所で、どこかへ用があるようにも見えず。
明らかに旅人ではないこの女は、あたり一帯の領主であった。
セレネル海沿岸という立地で伸び伸びと、しかも単騎で乗馬に興じることができるのも、
冒険者を雇って魔物を掃討させているため。
彼らは今も巡回中であり、屋敷から離れた現在位置へやってくるまでに、
顔見知りの何人かの姿を見かけていた。
■ルドミラ > 雲間からのぞく太陽の位置が高くなるにつれ、むわりと強くなる汐と草いきれのにおい。
陽光があたる場所だけまだらにギラつく鉛色の海と、草の緑からなる風景の中に響く、馬蹄の音。
行き先に一本の大木が見えてくると、騎手は腰と背を柔らかく使って上下動の勢いを逃がし。
手綱の張りを維持しつつ、掛け声とともに脚を入れ、一気に駆け上がる──。
丘の上で手綱を絞って馬の足を鈍らせ、駈歩から常歩へ。ゆるりとその場で一周させ、人馬は停止した。
海と、その手前の斜面に広がる葡萄畑がよく見える位置だ。
鞍から降り、ぶるる、と鼻を鳴らす愛馬の頸を撫でてやる。
「いい子ね。なあに、疲れたの? ……いいわ、少し一休みしましょう」
スカートの隠しから紙に包んだ角砂糖を取り出し、口元へ差し出す。
乗馬鞭を腰のベルトに引っ掛けると、手綱を手の届く範囲にあるうち一番太い枝へ結わえつけた。
ご案内:「海沿いの丘」にエズラさんが現れました。
■エズラ > 「優雅なもんだぜ……――」
大樹から少し離れた場所、馬を操る姿を眺める傭兵風の男が一人。
気付けばつぶやきが漏れていた。
金払いが良いからと仲間から持ちかけられた魔物退治の仕事。
それは思っていたものとはかなり違っていた。
集められた連中は、いずれも腕に覚えありとして名高い連中ばかり。
これだけの面子を集めるからには、大規模な隊商護衛に違いないと踏んでいたのだが――
「まさか、女男爵様の遠乗りを快適にするため、たぁ……な豪気なもんだ――」
街でも指折りの娼館を支配していることは、その筋では有名な話――
自分のようなごろつきが利用できる場所ではなかったが、彼女の名くらいは記憶していた。
しかし――こうして初めてその姿を目の当たりにすると、色々と聞こえ来る噂話に比して、あまりにも嫋やかであり――
気付けば、こうして熱視線を送るに至っているわけである。
■ルドミラ > こちらを見つめる何者かの視線にも気付かず、
角砂糖を食む愛馬の鼻面を掻いてやりながら、海を眺めていた女であったが。
不意にごう、と強い海風が吹き抜ける。女のスカートが風を孕んだ帆のごとくはためき、
羽飾りつきの帽子が飛ばされてしまった。
幸運にも、海のある方ではなく──少しの距離を置いて佇む、傭兵風貌の方へ。
あら、という形に、「女男爵様」の唇は動いたようだった。
「そこの方。お願い、あたくしの帽子を捕まえてくださる?」
とくに無理に張っているわけではないのによく通る、落ち着いたアルトの声。
そして、帽子の陰に隠れていた黒目がちの目元が、微笑みを浮かべてともに男のいる方へ向けられた。
今この時、この周辺にいる軽鎧姿の者は己の魔獣掃討依頼を受けた誰かであろうと踏んで。
相手が丘を転がる帽子を首尾よく捕まえて近づいてくれば、手袋に包まれた指を差し出して出迎えるだろう。
自分から向こうへ行く、ということは考えてもいなさそうなあたりが、いかにも貴族であった。
■エズラ > 突風に煽られた拍子に派手な帽子が飛ぶ――それを目で追っていると、召使いに対するそれと同じトーンで命令が下された。
いけ好かない貴族はこの仕事をしていると嫌というほど見ることになるが、今回は別。
ムフ、と口角を上げた笑みを返して地面に落ちる直前に帽子を捕まえると、わざとらしくほこりでも払う風を装いながら歩み寄る――
「さぁ、捕まえて参りましたよ――ええと、なんだったか――」
彼女を呼ぶ時は、「奥様」?「女男爵様」?
事前に通達されてはいたが、先ほどの彼女の美しい声が脳内に反芻しているので、思い出すのも面倒だ。
伸ばされた手に帽子を返し、しかし、持ち場に戻ろうとはしない――
「驚きましたぜ――名高き女男爵様が、こんな美人とはよ――」
腰に吊られた剣の柄に両手を乗せながら、彼女の肌や肢体を無遠慮に眺める様は、野卑な傭兵そのもの。
緩やかな足取りで彼女の周囲をゆっくりと回る――獰猛さを隠そうともしないが、それと同時に、あくまでも今は彼女の命じられる存在であることを自覚した、ぎりぎりの挑発であった。
■ルドミラ > 相手がすぐに反応し、ちょっとした曲芸よろしく、帽子を地面スレスレでキャッチして見せると、
女男爵は短く笑い声をあげ。オペラ歌手へ送るような拍手を、相手へ向けた。
男から帽子を差し出されると、片手を延べて受け取り、己の胸元へ押し付けて。
「ありがとう。当家の魔獣掃討依頼を受けて下さった方ね? 」
近づいてみると、よく日に焼けた逞しい男と、蝋のような白肌の女は随分と対照的な取り合わせであった。
単に身分や立場だけの話ではなく、まるで生息地の異なる動物同士が遭遇したような。
が、女男爵は無遠慮な観察の視線と、物言いに気を悪くした風もなく。首をまっすぐに伸ばした立ち姿のまま。
獲物を見つけた狼のごとく周囲をめぐる男を、平然と横目で見遣って、
「お褒めに預かって光栄よ。……あたくしはルドミラというの。あなた、お名前は?」
むしろ女の方でも、露骨にではないが相手を観察していた。
顔つき、体つきに、無骨な手の節々、使い込まれた長剣の鞘に入った凹みまで。
未知の獣に遭遇した時の、獣の反応。
それは「一定の距離を保って様子を伺う」だ。
■エズラ > 「仲間に誘われましてね――エズラって名のけちな傭兵ですよ――こっちこそ、こんな近くで『女王の腕』の女主人を拝めるたぁ思わなかった。「美人の護衛」と言ってくれりゃ良かったのに」
仰々しく一礼――新兵訓練の補助要員として王城に出入りすることも時にはある――
それ故、申し訳程度の礼儀作法は心得ていたが、無論本物のそれとはほど遠い。
こちらの態度に気を悪くした様子一つ見せないばかりか――驚いたことにこの女男爵は――こちらを品定めでもするかのような視線をそれとなく向けてくる。
ますます男の態度が調子づいたものになっていく――
「それにしても――随分陽が昇ってきた――」
男の軽やかな足取りは、彼女の背後へと迫る。
そして――主人とその護衛にあるまじき距離――彼女の耳元へと唇を寄せ。
「馬を休ませるなら、少し木陰を歩きませんか――ほら、葡萄畑がある――」
無論、彼女を散歩に誘っているわけなどではない――
彼女が強く命じない限り――男の片腕は、そのしなやかな腰を抱き、「目的」の場所へと誘っていくだろう。
その肉体からは、獣臭めいた濃厚な雄の芳香が漂う――
■ルドミラ > 「エズラさんね。歴戦の傭兵さんの推参、心強く思います。
どうやら反射神経だけではなく、度胸も良いようだこと……」
『女王の腕』亭の名前を知っているということは、付随するさまざまな噂も小耳に挟んでいる、ということだろう。
にもかかわらず、怖気付く風もないのは蛮勇の持ち主と見て良さそうであった。
とぼけた風を装って、誘いの言葉の口火が切られれば、女男爵はかくりと首のすわりをあまくして。
品定めを終えた者の目つきを、雄臭さの発生源へと向けた。……が、腰へ回りこんでこようとする手を、
見下ろしもせず先程拾ってもらった帽子で止める。
「……こうしましょう。遠乗り中に海風に飛ばされたあたくしの帽子を、あなたが拾う。
帽子を探して葡萄畑に入ったあたくしを、あなたが追いかけてくる。
しばらくしたら、何もなかったように別々に木陰から出て、それぞれ帰り道を辿る……」
葡萄畑へ消えるまでと、消えてからのストーリーをそう、指示しておいて。軽く背伸びすると、
今度は自分から男の耳元へ声を被せた。
「誰が見ているかわからないもの。……あたくしが木陰へ入って、10分経ったら
追いかけてきてちょうだい。できる……?」
承諾の返事が返ってくれば、帽子は再び男の手に渡るだろう。
■エズラ > 男の手が柔く、しかし強かに制止される。
それに逆らうことはしない――今は首輪付きの身。
そして、聞こえてくるのは――こちらの文字通り獣じみた誘いとは異なる、まるで上級貴族の間でしか流通しないようなロマンス小説の一節――
「……仰せのままに、いたします」
――ならばと、こちらも芝居がかった口調で。
ただしそれは、せいぜいが場末の小劇場程度のもの――
耳元へひとたびその声を囁かれたなら、すぐにでも彼女を押し倒してしまいたくなるほどには、三文芝居ではある。
「それじゃ――「帽子」を探す準備をしなけりゃ――」
するする……彼女に近付いた時と同じような、緩くなめらかな足取りで、獣は何ごともなかったかのように「警備」に戻る――
ご案内:「海沿いの丘」からエズラさんが去りました。
■ルドミラ > 男の手に帽子を明け渡した女男爵は、可笑しそうな笑いを噛み殺した顔で、一足先に葡萄畑へ。
振り返ることもなく、柔らかな夏草を踏んで、木陰へと消えた……。
ご案内:「海沿いの丘」からルドミラさんが去りました。