2018/11/22 のログ
ご案内:「街壁外の修練場」にゼナさんが現れました。
■ゼナ > 日差しも弱い冬空を、のんびりと白雲が流れるお昼前。
大門近くの街壁外に作られた修練場に、妙な人混みが出来ていた。
ざわつく衆目からしばらく離れたその中心に佇むのは、冒険者にしては小柄なまだ年若い戦士娘。
内張り毛皮の分厚いマントこそ暖かげなれど、褐色肌が纏うのは動きの自由度を重視して軽量化された革ハーネス。
鎧に潰され余計に豊かさを強調された双乳は肉鞠の半分以上を露出して、むっちりと肉付きのいい太腿などは、付け根どころか下着同然の貞操帯も剝き出しという扇情的な格好である。
そんな娘が己の背丈を超える両手剣を脇に構えて腰落とし、対峙するのは威圧感すら感じられる巨大な古拒馬。大型モンスターの突進をも受け止めるそれは、人の胴回りほどにも太い木杭を交差した、恐ろしく無骨な馬防柵の一種。
ゼナは先程から、古くなったので新しいものに変えるというそれを相手に、普段は使わぬ大技の試し打ちをさせてもらっているのである。
娘の眼前、枯れ草色の丘陵に散らばるのは拒馬の残骸。次が5本目となる解体ショー。
■ゼナ > 解体作業に駆り出された下っ端騎士やら、トレーニング中の冒険者、傍らの街門で検問待ちの商人、旅人、近くでピクニックを楽しんでいた家族連れまでもが遠巻きに見つめる中。
「―――――ふぅぅぅ…ッ」
汗ばむ娘の肢体が立ち上らせる白靄が、ギュンギュンと不自然に螺旋を描き、褐色肌に吸い込まれるかの動きを見せて、直後に地を蹴った女戦士の軽装が一足飛びに拒馬の懐へと潜り込む。
「―――――ハッ!!」
ドゴォォンッと炎球でも爆裂したかの轟音を響かせて、巨大な拒馬が宙に打ち上げられた。リカッソを握り込んだ大剣の分厚い腹打ちに寄る衝撃が、娘の体重の何倍もあろうかという障害物を高々と跳ね上げたのだ。
その動きのままギュルンッと回転した肢体がしなやかに体重を乗せて、中空へと振るう横薙ぎの一閃。
長刃の大剣といえど、とても届かぬ距離を落下中の拒馬が突如バカァァァアアアンッ!と盛大な音を立てて割れ砕ける。続く逆薙ぎ、更には回転を乗せてもう一閃。そのたびに冬空に轟く破砕音。
―――そして、残心と共に熱帯びた呼気を吐く戦士娘の眼前にバラバラと降り注ぐ巨木の残骸。今度こそ歓声が巻き起こり、腰を落とした姿勢をゆっくりと立ち上がらせるゼナの元に拍手どころかおひねりまでもが飛んでくる。
ご案内:「街壁外の修練場」に竜胆さんが現れました。
■竜胆 > 引き込も竜も、外に出るときがある。
家がにゃんにゃんうるさい時とか、自前の用事があるとき、とか。
今日のお出かけの理由としては後者であり、先日手に入れた魔導書を読み、それの実践でも行おうかと珍しくも足を運んだのは、修練所。
こういう場所であれば、それなりの威力の魔法をぶちかましても迷惑にはならない。
そんなふうに考えて足を運んでみればそこには珍しい姿の女性がいた。
知らない人間ではない――――というか、半ば身内と言って良いだろう。
その人間は、家の中で見る格好と、全く違う格好である。
さて、どうしたものだろうか。
引き込も竜としては、引き返すべきだろうか、それとも。
彼女に対する感情は複雑で、だからこそあまり会いたくない。
自分の母親の愛する相手となれば。
会わなければ、摩擦も起きないし面倒くさいこともない。
しかし、滅多に出かけない身ゆえに、要件を済まさずに帰るのも腹立たしい。
結果、少女は用事を済ませることを優先とした。
ここで帰るのは逃げるようで、竜のプライドが否を放ったからである。
■ゼナ > 『オンッ、オンッ!』
戦士娘の傍ら、彼女の動作を見守りながらもじっと蹲り、お弁当の入ったバスケットやら手荷物やらを守っていた黒白の狼犬が不意に立ち上がって吠え声を上げた。
敵対的な声音で無いのは、ふさふさの尻尾を振りたくる様子からも伺えよう。そして駆け出すその巨躯は、一人の少女の足元に絡みつき、撫でて撫でてと言わんばかりに冬毛の頭部を腰元に擦り付ける。
未だ彼女とのファーストインプレッションを果たせていなかった主とは異なり、既に館にて邂逅を得ていたのだろう狼犬は、仲間認定した着物姿に対して早々の甘えモード。
館の住人以外にはあまり懐かぬ愛犬の突然の挙動に驚いた戦士娘は、拍手やおひねりの雨に照れくさそうな会釈を交わす動きを止めてそちらを見やる。
王都ではあまり見かける事のない"着物"にて、ゼナにも負けぬ肉付きの良い肢体が包まれている。戦士娘よりも少し若いだろうあどけなさの残る顔立ちには、知人の―――否、愛する人の面影が強く存在していた。
髪色の印象こそまるで違うけれど、柔和な印象の青い瞳は彼女にそっくり。
そして何より彼女の肢体が生やす亜人のパーツは竜のそれ。
思わずビクッと硬直した。
会わなくちゃ会わなくちゃと思いつつも、どうしても思い切ることが出来ず、ずるずると出会いを先延ばしにしてきた相手の一人。個性的な服装と、肉感的なシルエットから察するに、恐らくは『竜胆ちゃん』の方だろう。
「…………………………。」
距離をおいた二人の合間に漂う謎の緊張感にギャラリーも気付いたのだろう。
歓声が波を引くかに収まっていく。
■竜胆 > 「あ、たしか……グリム。」
犬(?)の鳴き声に視線を向けてみると、最近飼い犬(?)になった存在がいた。
犬らしからぬ知能であり、狼とか、犬型の魔獣とか、魔狼フェンリルじゃないのかという説が家の中で出たり出なかったりのペット。
たまに自分も朝暇にあかせて散歩に連れていくその犬がものすごい勢いで飛び込んでくる。
犬(?)が嫌いなわけでもない少女は、ちょいとしゃがみこんで頭をよしよしと撫でてあげる―――だけでもなく全身をワシワシと、その毛を梳くに撫でてあげるのだ。
犬も尻尾振っていれば、竜も尻尾を振っていた。
わしわしわしわし、わしわしわしわし。
思う存分ワンコに構ってから、周囲の声が収まっていくのを感じれば視線を上げる。
こちらに気がついたのか、こちらを見ている戦士。
そして、その視線に追従するようにこちらを見ている取り巻きたち。
少女はいつもの笑みを浮かべ、ゆるり、と立ち上がる。
「どうぞ、お続けくださいまし?」
にこやかな笑みに暖かさはなく、こちらを気にしなくてもいいですよと、柔らかな拒絶にも似た雰囲気。
しかし、視線はゼナの蒼目を受け止めて、返す。
でも、腕は相変わらずワシワシと、ワンコを思う存分なでまくる。
■ゼナ > こちらの望みに全力で応えるサービス精神に、狼犬の尻尾は千切れんばかり。
全身くまなく撫でる手付きにごろりと寝転がり、無防備に腹まで見せる腑抜けっぷり。
そんな愛犬の様子に
(えっ、えっ、えぇぇええっ!? い、いつのまにそんな仲良くなったのっ? どうせならわたしも誘ってくれればよかったのにぃぃいいっ!?)
みたいな裏切り者でも見るかの視線を向けるゼナ。
しかし、どこか幽鬼めいた所作で立ち上がる少女には再びビクンッと硬直する。
愛らしい顔が浮かべるのは淑やかな、商売人モードのリスを思わせる笑顔。
(何か言わなきゃ何か言わなきゃ何か言わなきゃ何か言わなきゃわたしの方がお姉さんなんだしそもそももうお母さんなんだしわたしから声かけるのが当たり前だし……っ!)
と空回る頭が、少女の第一声に被せる形で放つ大声。
「――――ッぜ! ぜぜぜぜぜぜぜなっ、ゼナですっ! お、おぉぉおお母さんとお付き合い、お、お父さん? り、りすとお付き合いさせていただいて……い、いや、結婚させていただいておりますっっ!!!」
ガバーッと勢いよく下げた褐色の顔が、見る間にかぁぁぁ…っと朱を昇らせる。吃りまくりの裏返りまくり。何を言っているのかよくわからないし、少なくともお義母さんらしいスマートな挨拶とは程遠い。
(しかも竜胆ちゃん、何か言ってたよぉぉぉおっ!?)
下げたままの頭を上げられぬまま、蒼瞳をぐるぐるさせて「はわわわわわわ…っ」などと謎の声音を漏らす戦士娘。
そんな主の狼狽に目ざとく気付きつつも、腹を撫で回す手付きには抗いがたい狼犬。ごろりごろりと身をくねらせて、酷く心地よさげな上機嫌。
■竜胆 > 「もう、仕方がない子ね。」
お腹を見せてくれるワンコに、もう一度座り込んでワシワシワシとお腹も撫でる。
よしよしよーしと、ワンコのお腹を撫で回し、うりうりと転がしてもあげたり、頭を撫でたりとグリムとの好感度を上げていく娘。
別に動物は嫌いじゃないし賢い子はもっと嫌いじゃない――――というか大好き。
一番暇してるので、一番グリムと遊んだりするのは、引き込も竜なのでした。
アッシェと、竜雪は家に戻ってないし、リスは商売が忙しく、ラファルは冒険者で家にいない。
おそらくだが、一家で一番仲いいのは、竜胆かもしれない。
そして、彼女は慌てすぎたのか、自分の言葉に被せるように大声を放つ。
自分の言葉が消えたよりも、大声でそんなことを言う彼女の様子に呆れたようにため息。
言葉が終わってから、もう一度口を開こうか。
「知っておりますわ?というか、今更でしょう。ゼナお義母様。
あちらこちらで、リスお母様と仲良くされてるところお見かけ致しますし。
―――それは兎も角人前で余り取り乱さないでくださいまし?」
いつでもどこでもパコパコパンパンしていれば、いやでも分かろうもの。
彼女らがにゃんにゃんしてて家に居づらいから、引き籠竜は外に出るのだ。
そして、周囲を眺め回してから、立ち上がりミスリル製の扇子を取り出して口元を隠す。
「済みません、一身上の都合で申し訳ありませんが、お引き取りください。」
この言葉は、ゼナではなく周囲の取り巻きの冒険者へ。
竜の威圧は、通常の冒険者程度には耐え切れぬか、散り散りに散っていく。
少し経てば、竜胆とゼナと、グリムが其処に残るであろう。
「さて、お義母さま。
おあつらえ向きの場所とも、言えますわね。」
ぱしん、と扇子を閉じながら、言葉を放つ。
じっと、女を見る目は冷たくてゆらりと立ち上がるのは竜気とも言えるか。
「見せて、くださいますね?」
何をとは言わない。
敵意というものを笑みに作り上げ少女は、見やる。
彼女はその手に剣を持つ。
少女は――――ばさり、と翼を広げ半歩進む。
「グリム、お義母様に加勢するなら、行きなさい。
下がるなら、今のうち。」
■ゼナ > ゼナが冬空に轟かせた『お母さんと結婚させていただいております』という文言に、観衆は怪訝な顔で首を撚る。ゼナと竜胆、二人の少女はほぼ同じ年に見えるので、そのお母さんとやらはさぞ年上なのだろう。リスが聞けばきっと微妙な表情を浮かべるだろうその感想まではまだ良いのだが、女にしか見えないゼナが、お母さんと結婚???
先程の冒険者の絶技を見つめるのとは些か異なる好奇の視線が、二人の娘に集中する。中世の人々は、基本的に娯楽に飢えているのだ。
さて、そんな周囲は置いといて、想像を裏切ること無く、かの館にてグリムが最も遊んでもらっているのは竜胆である。時にこうして主が散歩に連れていくこともあるが、一人で冒険やらアルバイトやらに出る事が多く、対するグリムは留守を預かる番犬のつもり。実際には過剰戦力ひしめく魔の館なので、グリム程度いてもいなくてもいいのだけれど、そこはそれ。ともあれ、引きこもりの竜娘と、自宅警備員の狼犬は顔を合わせる頻度が多いのである。
「―――――んにゃわッ!?」
再びビビクッとゼナの肢体が跳ねた。『ゼナお義母様』という言葉の不意打ちにいともあっさり動揺したのだ。
そして続く言葉に絡まる意味深なニュアンスに気付けば、紅潮した顔が更にぼふっと赤熱を見せる。
そんな中、彼女が楚々とした風情のままに威圧を垂れ流したのなら、それなりに腕の良いものは己の獲物に手を伸ばし、一般人はわけも分からず圧倒されて、冷や汗を流しつつ人垣を解く事となった。
思わず戦闘状態に入りそうになった戦士達の中、幸いにしてタチの悪いチンピラなどはいなかったのだろう。直前の言葉を鑑みて、無理に居座る様な無粋は見せなかった。
「…………………………………」
対するゼナは―――――先ほどまでの子供の様な狼狽を消し、どこかムッとした様な表情を見せていた。
そして、竜娘がゆっくりと高めていく戦意に気付いたのだろう。理知的な狼犬は先程までの無様な蕩けぶりが嘘のようにしなやかに立ち上がれば、一瞬ちらりと主にも銀瞳を向けた後、軽やかに地を蹴って二人から十分離れた場所へと移動した。
「――――……そう、ですね。力の使い方をわきまえていないダメな子へのお仕置きには、丁度いい場所かもですね。」
快活な顔から笑みを消した女戦士は、元より強い眼力もあって妙な迫力がある。そして肉感的な鎧姿が、す…と大剣を両手に構えて腰を落とせば――――もう、そこに居るのは完成された一人の戦士。
■竜胆 > ―――周囲から野次馬は消えた。そして、グリムは離れた。
そして、目の前に立つのは、先程まで目をぐるぐるさせたり顔を赤くしたりしていた少女――――ではなくて一人の戦士。
声音が、雰囲気が変わり、スイッチが入ったと言って良いのであろう彼女。
先ほどの剣であれば一切の驚異を感じないが、今は――――彼女の剣は警戒するべきそれである。
ぱぁん、と音を立てて開かれるのはミスリル銀で作られた扇。
金属なのに普通の扇子と同じように柔らかそうなのは一本一本がミスリル銀の繊維で編み込まれたものであるからで。
しかし、見た目と違いそれは少女の手で強化が成されており、見た目と同じ様な物ではない。
「―――ただのヘタれ、というわけではないのですね。
少し安心しましたわ。
しかし――――」
少女は、一歩踏み込む。
足の裏、草履が地面を踏みしめ、足元の石畳を踏み割りながら滑るように接近。
大剣はその大きさ、重量で敵を押しつぶすように斬る武器である故に、接近されるとうまく使えない。
故に、リーチの短く細かい動きのできる鉄扇で戦うならば懐に入り込む必要がある。
右手の鉄扇は左手を隠すように内側に構えながら、正面から高速で距離を詰める。
そして、空いた左手は……。袖の中からもう一本の閉じたままの鉄扇を取り出した。
■ゼナ > 実際の所は分からぬ物の、竜として生まれて以来、彼女はまだ『痛い目』にあっていないのではないかと思えた。
騎士団の討伐対象となるほどの暴威こそ振り撒いてはいない物の、それでも彼女は安易に力を見せすぎている。
片親であるリスは自身も突然力を与えられたばかりでその操作法など分からぬだろうし、もう片方の親である竜人は彼女に教えを授ける前に天へと至ってしまったのかも知れない。
無論、未だ若いとは言え竜たる彼女からすれば人など脆弱そのものの、羽虫の様な存在なのかも知れない。そんな相手に合わせて己を抑えるなど、馬鹿らしくてやってられないという気持ちも分からなくはない。
しかし、ここは『人の領域』なのだ。
人外の力を気楽に見せつけていては、恐怖を覚えた人の群に排斥される可能性がある。
そして、羽虫の如き人の中には、竜とて食らう真の化物が潜むのだ。
己の娘となったばかりの愛らしい少女。まだまともに言葉さえ交わせていない彼女との、そんな別れは望んでいない。
だからこそ、今日この場所で教えるのだ。
―――――人であろうと、竜を殺せるのだ、と。
「先手は譲ってあげます、竜胆ちゃん。殺すつもりで、本気で来ないと、何も出来ずに終わりますよ?」
膂力・耐久・敏捷性。竜の中では相当に低いであろうその能力。並の人間からすれば、それとて抵抗が無意味に感じられるほどの力だろうが、先祖返りの淫魔の力を戦闘力へと変換するゼナにとっては、どうとでも転がせる。
何より生まれて間もない彼女と、10年近く冒険者として死地に身を浸してきたゼナとでは経験の差が大きすぎる。
当然間合いを潰す彼女の目的は、踏み込み前から気付いていた。
しかし、それでも剣は振らず、片手は柄に、片手はリカッソを握り締め、ゼナの太腿ほどにも幅のある大剣を盾の如く構えて待ち構える。
先手を譲る強者の余裕を、挑発的に蒼瞳に乗せて少女を射抜く。
■竜胆 > 彼女の推測は正しかった。竜胆はまだ生まれて一年も経っていないドラゴンベビーとも言えるぐらいの年齢、外見等に関しては、精神年齢がそのまま肉体に直結するというだけであり、知識は溜め込んでいても子供。
そして、引き籠もっているが故に、人との接点は薄く、自分より強いのは知る限り家族と、家令、メイドのみ。
姉と竜神の母に関しては天に上ってから見ていないし本能的に逆らう気が起きない。
妹は基本人懐こく喧嘩をするほど険悪になったことはない。
人竜の母は説教から始まるし、言われれば判るので打たれた事はない。
家令やメイドは――当然のごとく蝶よ花よとあるので殴ることはない。
彼女の思うとおりに、痛い目を見たことがないのだ。
そして、残念なことに少女は三姉妹の中で一番思考が竜に寄っている。
どこか人間を見下している節もあるのだ。
「ふふ――――後悔しても知りませんわ。」
穏やかな口調、その奥にあるのは烈火の如き怒り。
少女は踏み込み近づく、遠巻きに見ている冒険者たちが呆気にとられるような勢い。
3m……2m……瞬く合間に詰まる距離。
そして、左手の方に持って行っていた、右手の鉄扇、腰から肩の方面へ切り上げる左切り上げの動きを持って……彼女から見れば右下から、左上への動きで打撃を。
そして、閉じた鉄扇を持つ左手はそのまま彼女の右脇腹を打つ動きへの準備を。
■ゼナ > チンピラ程度は苦もなく鏖殺。ベテラン冒険者ともいい勝負をするかも知れない。しかし、ベテランすらあっさり凌駕するゼナにとって、彼女の近接戦闘は稚拙そのもの。その動きや力の流れからいって、肉体能力すらゼナの方が上だろう。
故にその踏み込みはあまりに遅く、隙だらけ。
真の達人が相手であれば、彼女は既に骸を晒している事だろう。
その光景を想像してゾッとする。
―――絶対に、絶対にそんな未来は回避してみせる!
「いいえ、後悔など絶対にしませんっ! 例え今日、どの様な事になったとしても、わたしは竜胆ちゃんを守りますっ!」
苛立ちの混ざる少女の声音に応えるのは、妙にずれた言葉を凛と轟かせる決意の砲声。
その間にも急速に詰まる彼我の距離。並の人間からすれば、驚嘆すべき速度だろう。
そんな初手に対してゼナが行う迎撃は―――― 一歩前へと踏み込む。 ただそれだけ。
地を爆ぜさせる程の踏み込みなど必要ない。
"機"を合わせ、"拍子"をずらしてするりと一歩踏み込めば、竜人の少女は盾の如く掲げられた巨大剣の腹にガゴッとぶつかる羽目になろう。
無論、左右の腕が放とうとした攻撃は、格闘の至近距離さえ潰すゼロ距離にて、何の痛痒も与えぬ無害な戯れと化すはずだ。
それに対して彼女がどういった反応を見せるのか。
戦意はあっても冷淡なまでに澄んだ蒼瞳で観察しつつ、女戦士は更に先へと思考を巡らす。
この戦いを左右するのは、ほぼ間違いなく魔法戦。魔法への造詣の薄いゼナではあるが、彼女がどれほどの魔力を有するのかはぼんやり分かる。
高位の魔族や天使程では無いにせよ、並の人間では決して至ることの出来ない魔力量。正しく竜の魔法力が、楚々とした着物姿の奥に渦巻いている。
その魔法を本気で撃たせ、その上で少女を圧倒せぬ限り、彼女の増長を正すことは出来ないだろうから。
■竜胆 > 「―――何を言ってらっしゃいますの?」
彼女の言葉は、意味が解らない。半分とは言え竜である自分を守るとか。
竜としては弱いだろうが人と比べて圧倒的な肉体、強靭な体、鱗。
人に守られるという言葉がどうして浮かぶのであろう。
その辺りに関しても、少女の理解の外であり竜としてのプライドを甚く刺激する。
舐めてるのかと。
そして、振りかぶった腕を振るおうと――――
「ぐっ!」
ガツンとぶつかる音、気が付けば目の前に鉄の塊。
先程は棒立ちで会った彼女の剣だと気がついたのは、思考の速さか。
何をしたのか、解らなかった。
能力と知識があっても技がない。彼女の行動を把握ができずに、意図していた攻撃は見事にからぶった。
打撃は勢いが乗る前に腕がぶつかり、彼女の鎧に、腹筋に抑えられる。
拍子を崩され重厚な肉体を押し飛ばすこともできず、少女は舌打ちしながら次の手を。
――――飾りではない、その背中にある竜翼、ばさり、と羽ばたきながらの、後退。
距離を最初と同じぐらいまでに離れてから。
今一度。
偶然なのか、それとも彼女の行動なのかを見極めるために。
今度は踏み込みに翼を使い、空気を叩く。一層の勢いで砲弾となるような速度で突撃することに。
■ゼナ > 思った通り、彼女の動きはまるで経験が足りていない。
十分な膂力を持ったいい大人が、子供の様に稚拙に腕を振り回しているかのチグハグさ。それはもう可愛らしいまでの拙さなれど、実戦においてそれは死を意味する。だからこそ容赦しない。叩き潰す。完膚なきレベルで。
「カウンターへの備えが足りてなさ過ぎです。食らった後のリカバリーも出来ていません。後退の判断も遅すぎて欠伸が出てしまいます。」
どこまでも淡々と指摘する。
実際、逃げ出そうとする彼女にいくらでも追撃できるだけの隙はあった。
恐らく、周囲で見ていた冒険者の幾人かも彼女の稚拙さに気付いただろう。
『身体能力は大したもんだが、これならまぁ、どうとでもなりそうだな』なんて言葉さえ聞こえてくる。無論、少女が内包する魔力を撃ち放てば、彼らは手も無く消滅するだろうが、近接戦に限定するなら間違った事は言っていない。
次の一手でそれを教え込む。
近接戦に拘っていては、竜胆はゼナに決して勝てぬのだと。
「まだ遅いです。一直線過ぎます。狙いも愚直過ぎです。」
先に倍する速度、それこそ傍らで見守る戦士たちが目で追うことすら困難な速度での接近を、再び見せる奇妙な歩法が出迎える。
ゆらりゆらりと不安定に揺れる褐色肌が、気付けばするりと消えている。
そして竜の瞳が見失った女戦士の熱が、羽ばたく竜翼をたわわな双乳で潰すかに押し付けられた。
「――――ほら、これで竜胆ちゃんの腕はもげましたよ。」
耳朶への囁きと同時、しゅる…っと絡みついた褐色の細腕が、着物の細腕を後手に捻り上げる。そのまま"抜く"事も出来る立ち関節が、わずかに筋を伸ばす程度の一瞬の激痛だけを与えて絡まりを解いた。
「竜胆ちゃん、言ったはずです。『本気』で来いって。次もまた手を抜くようなら、恥ずかしい目に合わせちゃいますよ?」
感情を覗かせぬ淡々とした声音が、嬲るかの気配と共に放つ言葉。
遠巻きに見守る冒険者達が、途端野卑な歓声を上げて少女の羞恥を煽るだろう。
真っ直ぐに少女の幼瞳を射抜く眼が、『魔法を使え』と告げていた。
正直、魔法に疎いゼナがそれを凌げるかどうかは微妙な所だろう。
しかし、絶対に負けてはならない。ここは、圧倒せねばならぬ場面なのだ。
■竜胆 > 「っ、るさ……い!」
熟練の戦士には通じないと悟りつつあるも、確信には至っていなかった。
が、冷静に指摘されればされるほど、少女の怒りはヒートアップしていく。
彼女に見逃されたという事実を理解できない。
それは、初めての戦闘でもあるから、彼女の余裕が気に食わないのだ。
周囲の人間の声も、馬鹿にして……と、怒りを募らせる。
接近戦に拘っているのではなく、只々それで十分だと思い込んでいたから。
「な……っ!?」
偶然ではなかったようだ、彼女は消えたと思う。
霞には触れないような、そんな感覚とともにすり抜けるようにも見えて。
背後に居ると気がついた時には拘束されていた。
「―――く。」
竜としてのプライド、絶対強者としてのプライドに一々抵触してくる相手。
普段ならここは尻尾で打ち据えるのも手段としてあるはずだがそれすら思い出せないぐらいに、怒りに燃える。
人間ごときに、全力を出せ、と言われてしまう屈辱。
彼女の思うとおりに、転がされている少女であったか。
「黙りなさい。」
一層の、怒気が込められた一言。
そして、その瞳が―――蒼から金へと、人の目から竜の目へと。
少女の中心から10m程の周囲が、パチリ、パチリと音を鳴らし始める。
何かを感じたのか、グリムは更に奥に移動するだろう。
そして、毛並みを整えるために、毛づくろいを始める。