2018/05/10 のログ
ご案内:「王都マグメール 平民地区 魔法雑貨店」にジルヴァラさんが現れました。
■ジルヴァラ > 晩春に差し掛かるとは言え未だ夜気は冷たく、ほんのりと酒精を纏う男の肌から体温を奪っていく。
大がかりな仕事をひとつ終え、役人へ報告に出向いた後のことだった。
カンテラを片手に以前覚えた道筋を大股で辿ると、夜闇の中に目的の店が姿を現した。
既に閉店時間を迎えているだろうと踏んでいたが、店先の明かりは落とされておらず、入口に近付くと確かに人の気配がある。
扉の前に立ち、慣れない衣装に今更苦笑を浮かべた後、大きな拳で控えめに三度ノックした。
扉が開き、心に思い描く相手が姿を現したなら、いつも通り相手の意を探るような、老獪めいた笑みを乗せて言うだろう。
――もう店仕舞いか? と。
■オフェリア > 数度目の瞬きに合せ、ゆるりと睫を伏し瞑目した、其の直後。扉を叩く硬質な音に誘われて、開いた視界へ今一度店の扉を映す。
壁に面した硝子窓と同様に、嵌め込まれた扉の小窓。向こう側へ佇む人物の陰だけを通し、伺わせている。
そっと椅子から腰を上げドレスの裾を払うと、女は来客の出迎えに歩みを向けた。
近付く最中に誘うノックの音へ声を返し、伸ばした指先で扉を開けて。
其の先に在る来客の顔、―見慣れぬ雰囲気を身形に包んだ男を見ると、赤い眸はほんの僅かに丸く形を振れさせるが、
「――… あら、 今晩和。
…いいえ。未だ、平気。 どうぞ」
程無く、緩やかに口許へ笑みを浮かべ、広く扉を開け中へ招いた。
■ジルヴァラ > 相手の見慣れぬ姿に驚かされたのは男も同じだ。
扉の向こうから現れたのは思い描いたものと同じ女であり、同じ女でなかった。
これまで暗い色のドレスを纏う姿しか出会ったことがなかったために、今日の白い装いは新鮮に映り、そんな彼女の新たな魅力に見惚れかけたのを微笑んで誤魔化した。
「…悪いな」
そう呟き、店内へと足を踏み入れる。
彼女の穏やかな微笑みからは、いつも心情を伺いきれないところがあった。
酒に酔い醜態を晒してしまったことは記憶に新しく、しばらく海に出ている間にもついつい考えてしまった。
次に会ったとき、彼女は歓迎してくれるだろうか、と。
扉から離れた彼女の細い手首を取り、どこか縋るような心地で紅色の双眸を覗き込む。
「…この間は悪かった」
■オフェリア > 微笑う男の顔は女が知るものと変わらない。只、長い銀糸を後ろへ流している所為か。今夜は其の引き締まった目鼻立ちがはっきりと見て取れる。
―男の素性は聞かされて居ない。此方から問う事も、思えば無かった。装いから察しを付ける事は出来たが、問えば男は話すだろうか。
カウンターには調度、作業の合間に飲もうと用意しておいたハーブティーがある。ティーセットへカップをもう一人分足そうと、男が店内へ足を踏み入れる間に巡らせていた思考が、不意に伸びた大きな手へと絡め取られた。
強さを孕まず、引き止められた手首と共に。
「――…其れは、 …何に対して、 かしら」
手首から、男の顔へ。順に持ち上げた眸に一つ一つの所作を映し、浅く弧を描く口唇が幾許かの間の後で疑問符を投げ掛ける。
このあいだ。男の云う先日の記憶を脳裏へ浮かべ、緩く首を傾げた。
不安げにも見受けられる海原色の双眸。注ぐ視線を重ねて、女の笑みは告ぐ台詞になぞる頃、もう少し深くなり、
「お酒の所為で憶えて居ない 、と、そう云われたら、判らないけれど。
…此処に居るのだから、記憶が無い訳では 、ないでしょう?」
■ジルヴァラ > 女の美貌の笑みが深くなる。緋色の瞳に見つめられると、手首を掴んでいるのはこちらなのに、男の方が彼女に捉えられているような気分だ。
「はっ……、アンタには敵わねえな」
降参を示すよう一度目を伏せ、苦笑した。
次に瞼を開ければ不安は色を潜め、代わりに情熱の火が灯っているだろう。
「詫びるのは……俺が馬鹿で臆病だったってことにだ」
彼女の手首をするりと撫で下ろすよう優しく離すと、ジャケットの内側から一輪の花を取り出し相手へと差し向けた。
本当は片膝を折ったり、恭しく両手で渡す方がいいのだろうが、どうにも性に合いそうにない。
「……生まれたときから海賊だった。海には仲間も宝も、夢もある。
だが、何処へ行こうと――オフェリア、アンタほどの女はいなかった」
バラによく似た形状ではあるが、花びら代わりに使われているのは海の魔獣から採取した鱗だ。
一見すると翡翠のような、碧がかった乳白色に見えるが半透明で、翳す角度をわずかに変えるだけで虹色の波紋が生まれ、花弁の曲線を滑るように鮮やかな光彩を放っている。
「こんなもの、アンタには珍しくもなんともねえだろうが……。受け取って欲しい」
この店に並ぶ商品は、単に装飾品であるこれとは比べ物にならないほど希少だろう。
それでも、今回の船旅で男が、自分でも仲間たちでもなく、たった一人の女性のために戦い得たものだ。
しつらえは貴族御用達の細工師に頼んだ甲斐もあり、上々と言える。
■オフェリア > 謝罪の言葉に対し投げた疑問は、別段はぐらかす心算も白を切る狙いも無く、本心だった。心当たりは無く―笑いながら口にした様に、万一男が意識の混濁を主張するのなら其の時は、心にささやかな波を立てて眸を細める位の事は在ったかも知れないが。
故に、告げられた答えへ女の眸は細く形を変えるのではなく、不思議そうに瞬いて金色の睫を上下させた。
取り出された品がそっと、己へ向けて差し出される。其の光景を見る前迄は。
―差し出された一輪の花は、白緑に近い色をした薔薇の様だった。自然の色とは違う。生花ではないと判ったのは、丸くした眸で見下ろす最中の事。
放たれる言葉が、予期せぬ贈物が、其れ迄平穏に尽くしていた胸を急激に震わせる。―少しばかり、痛い程だった。
其れを庇う様に、両手を胸元へ。指先を緩く組んで、遊色を煌かせる花弁から緩慢に貌を上げて男を見上げ、また白緑の薔薇を見る。
途中、胸の前で組んだ手を静かに持ち上げると、口許近くで指先を合せて隠す。口唇が震えそうで、何かの身振りに縋りたかった。
「―――… 、… 綺麗、」
胸へ、口許へ、彷徨わせた指先を、一度宙で結んでから差し出された花へ向かわせる。両の指先で受取ると、漸く紡いだのは端的な言葉、一つだけだった。
上手く言葉が出て来ない。少なくとも直ぐには。たった一言呟く声音が、微かに揺れる程。
■ジルヴァラ > 華奢な指先が行き場を探すように、彼女の胸元へ、唇へと彷徨う。
豊かな金の睫毛が惑うように揺れ、深紅の瞳が手元の花とこちらとを行き来するたび彼女の純粋な驚きと、形容しがたい感情が切ないくらいに伝わって、心臓がぎゅっと震えるようだ。
きっと珍しいものではないだろう。そんな心配は杞憂だったらしい。
花弁とは少し素材の違う、半透明の骨で出来た茎の部分を、彼女は少女のような仕草で手に取った。
男がどれほど試すような台詞を投げかけても、気品に溢れた口ぶりで滑らかに返してみせる彼女が、今はただ、他に言うべき言葉を失ったように綺麗――とだけ呟いた。
その声を聞けば愛しさが急速に胸に迫って、花ごと彼女を抱き締める。
背中へそっと両腕を回し、艶やかな金糸の髪に頬を埋め、気持ちよさそうに擦りつけた。
「この感情が……俺には高すぎる望みだってことくらい、わかってる」
一介の店主である以上の背景を、彼女は有しているような気がしていた。
実は異国の姫君だと言われても納得出来てしまうだろう。天使や悪魔、例え本当に人魚姫だったとしても。
自分一人の手には収まることのないような相手ではないことは、初めて海で会ったあの時から感じていた。
「……それでも俺のこの手で、触れたい。惚れちまってるんだ、アンタに」
髪に浅く触れさせた唇で小さく囁いた。
こめかみに、耳に唇を優しく押し当て最後に頬へもキスを落とすと、小さな両肩に手を添え、軽く離してから情熱を湛えた瞳で彼女を見つめた。
目の下瞼が持ち上がって膨らみ、男の笑みを幾らか幼いものにしているが、眉間は無意識に寄せられ、半分泣いているような顔になってしまう。
「この繋がりに名がつかなくても、いい。…どうか俺に、お前を思わせてくれ」
ミステリアスで、妖艶で。時には少女のようなお前を。
思いを舌に絡め、ようやくそこまで言い切った。
■オフェリア > 手許へ受けて花を見入れば、造りに其の精巧さが伺えた。重なる花弁は鉱物とは異なり、生命力の名残を微かに纏って居る様だ。ともすれば、繊細にすらりと伸びた細身の茎も。
―己の、為に。掛けられた男の言葉が一つ一つ頭の中で重なって、一輪の花へと乗せられた意思が胸を高鳴らせていく。痛む程の疼きは息苦しさを齎すが、其の感覚は如何にも甘く、喜びに心が満ちた。
呼吸を一つ。脈打つ鼓動の音は未だ馴染まずに自覚出来て、言葉より先に僅かに寄せた眉が感情を物語って居るが、少しずつなら他の何かを紡ぐ事が出来そうだった。
改めて開いた口唇が男の名を形付けに動き掛けて、結局は声を成さずに口唇へ小さく呼気を乗せるのみに終わる。
長い腕が躯を抱いて、温もりが寄り添った。引き寄せられる侭腕の中へ躯を収めると、大事に両の手で持った花を片手に携え直し、自由にした片手を男の顔へと伸ばしていく。
「――…、 …」
矢張り言葉を紡ぐ事は出来なかった。見上げた男の表情に、また甘い疼きが胸を締めた所為で。
そっと掌を男の頬へ当て添えると、靴の踵を床から持ち上げて身を伸ばす。言葉を成そうと開きかけた口は何も云わぬ侭、口唇を重ね様と迎えに行った。
■ジルヴァラ > 目の前の薄い唇が何かを紡ごうとして、閉じられる。
言葉の代わりにしなやかな片手が頬に触れて、柔らかな感触がひたすらに優しかった。
男の腕の中で細い体躯が伸び上がり、互いの唇が触れ合って淡い熱を生む。
背を抱く手を白いうなじに導き、引き寄せて、柔らかなそれを甘く食んだ。
言葉による肯定も、否定も無い。今確かなのはこの熱だけだ。
海で出会ったときにしたものとは意味合いの違う口づけを交わし、唇の間で熱さを転がすことにただ夢中になった。
何も言わずにこちらを見上げるその表情に、胸がにわかに軋むと共に、ふっと身体から力が抜ける感覚がする。
息を吐き、眉根に寄せていたしわを解くと、男は彼女の体を解放し、細い金の髪を指で軽く梳いた。
「……邪魔をしたな。今日は、もう行く」
名残惜しくも指先を引き戻し、ジャケットのポケットへと突っ込む。
踵を返し、扉をもう一度開くとわずかに振り返った。
「俺がそうしたいだけだ。今、お前の手にあるものを……本物と呼びたいから」
伏せられた青い目が、翡翠のようなバラを捉え、再び逸らされる。
扉を潜る直前、ぽつりと彼女の名を噛みしめるよう紡いだ。
「…おやすみ、オフェリア」
戸を閉め、店と外界との繋がりを遮断する。
後に残されるのは、男のブーツが石畳を踏みしめる音と、虹を纏う一輪のバラだけだろう。
想いの行き着く先はわからぬまま、今はただ、ほのかな潮の香りを連れて――。
ご案内:「王都マグメール 平民地区 魔法雑貨店」からジルヴァラさんが去りました。
■オフェリア > 柔い熱を重ね、食み、緩く啄ばんだ。交わす体温は熱情に浮かされた激しい其れとは異なり、何処か、調度互いを確め合う様に。
口唇へと緩やかに上がる熱を繋ぎ、男の頬へ添えた手を滑らせる。指先が装飾の付いた耳朶へ触れ、太く筋張った首筋に伸びて。
―結んだ口付けを解き、先に距離を隔てたのは男の方だった。首裏に掛かっていた指が最後に髪に触れ、撫でて行く、其の感触が鮮明に感覚へと刻まれる。熱に濡れた口唇と共に。
体温を交わして僅かに光る赤い口唇へ吐息を乗せると、身を退かせ背を向ける男の姿へ視線を遣った。離れて行った体躯に掴まる宛を失くした手は遊色を揺らめかせる薔薇一輪へ。
赤い眸が、開かれた扉に消え行く背を映す。
「―――… 狡い、ひと 」
細く伸びた薔薇の茎へ指を絡めて、見送る背が閉まる扉に阻まれた頃。漏れた言葉は、声音より吐息の勝る細い音の揺らぎだった。
撫でられた髪へそっと己の手を当てて、佇む女の足が動きを見せたのは、それから暫くの事だった。
男が歩んだ方向を同じく辿り、閉ざされた扉を施錠する。出入口へ掛けられた鍵に連動して外の灯りがやがて消えるのを、扉に寄り掛かり意味も無く待った。
――孕んだ熱と締め付ける様な胸の疼きが、其の頃には治まれば良いと期待して。
ご案内:「王都マグメール 平民地区 魔法雑貨店」からオフェリアさんが去りました。