2016/12/23 のログ
ご案内:「とある貴族の私室」にハイドリアさんが現れました。
ハイドリア > 「ふぅ……」

とある一室。ぱちぱちと木がはぜる音が穏やかに響く暖炉の前に
旅装をまとった姿があった。
その装いは優しい色使いで纏められ、普段の攻撃的な配色のいでたちとうってかわって
柔らかく、穏やかな印象を与えるかもしれない。
いつもの挑発的な瞳の輝きはそこになく、ただじっと
目前の暖炉で揺らめく炎を映している。

どこか物思いにふけるような表情で腰かけていた彼女はそっと立ち上がり
窓際へとゆっくりと歩み寄り、窓を小さく開け放つ。
部屋へと吹き込む風に乗り、ゆっくりとちらついていた雪が室内へと入り込み
音もなく床へと落ちていく。

「もう、こんな季節だものねぇ」

舞い落ちる雪のうち一つをそっと掌で受け止め
溶けていくそれに呟きのような一言を零す。
悪徳蔓延るこの町も、何処か待ち遠しいような雰囲気と活気にあふれ
その中でゆっくりと城下を見渡す自身が、静かに佇む樹のような心持すらしてくる。
今年ももう幾分もない。

「どこまで行けるかしらねぇ。
 いえ、どこまで願える…かしら」

その様子を眺めぽつりと吐き出す。
多くの願いが集い、潰えるこの国で
どれだけのものが涙し、苦悩し、怨嗟を吐いただろうか。
それもまたもう少しで過去となる。
記憶の中で殻を脱ぎ捨て、脱皮した蛇のように過去を切り捨てていくのが
ヒトの在り方。

「そうしてまた、与えられる区切りの中で」

多くのものを置き去って未来へと進んでいくのだろう。
過去に捕らわれた者を置き去りにして。
それが時間の流れというものだ。

ハイドリア > 「……だからと言ってそれを許せる訳ではないのよ」

愛おしい物は過去に置き去りにしてきた。
そこに留まり続けること。それが彼女の選択で誇り。
今更その信を問うつもりはない。

「まるでヒトねぇ。
 失うことも、過ぎ去っていくことも慣れていたはずなのにねぇ」

随分と"ヒト"らしくなってしまったものだと苦笑する。
ヒトと過ごす時間が長かったせいだろうか。
人を愛していた時期が長かったからだろうか。
……答えは出ない。
たとえ長い永い時を経ても、何一つ答えは出なかった。

「それで……いいけれどねぇ」

ぽつりと呟き窓を閉めていく。
ぱたりと閉じる音とともにゆっくりと目をつむり、
一つだけため息をこぼす。

そうして再び開かれた瞳の奥にはまるでそれが合図であったかのように
いつもと同じ愉悦と憎悪の光が宿っていた。
その表情で明確に相手を意識した声色で空に声を投げかける。

「さて、準備はできているわよねぇ?
 暫くはあちらで過ごすわぁ。こちらの警備はしっかりとねぇ
 取るに足ることがあったなら連絡なさぃ?
 場所はわかっているでしょぉ?つまらない用事なら縊り殺すわよぉ」

そのままいくつか細かい指示を出した後、
外套を翻し、かつかつと靴音を響かせ、旅行鞄に手をかける。
その姿勢でふと動きを止めた。

「あら、あの子は大丈夫なのか?ですって?
 あらあら、情でも沸いたの?変な子ねぇ
 平気よぉ。24時間体制で眠らされ続けているものぉ
 あれであればもう少し遊ぶくらいの時間は持つはずだわぁ?
 まぁ、生きながらえることが幸福かなんて別にしてもねぇ」

小さく嗤いながら身を起こす。

「あの子達は今頃必死かもしれないわねぇ
 この世ならざる場所への移動法でも探しているかもしれないわよぉ?
 それこそ何処かの島のような…ねぇ」

どちらにしろ大した違いではないのだけれど。
あれは契約なのだから。
どちらか一方の事情で打ち切れるようなそんなちゃちなものではない。

「ふふ、焦らないの
 こんな言葉があるわぁ。
 "それに時間をかけたからこそ、それを失ったことを悲しいと思うのだ"
 ……だったかしらねぇ?
 まさにぴったりの言葉だと思わなぁぃ?」

だからこそその時間を楽しむといい。
いつか失うその時のために。

「ふふ、よいお年をねぇ
 悪徳の町、いえ、この悪徳の世界に住まう全ての羊たち。
 来年ももっと、もっと苦しめるように願っているわぁ」

城下を一瞥し、踵を返す。
そのまま宙に円を描き、真昼にもかかわらず闇をたたえるそこへ
ゆっくりとその中へと歩を進めていく。
完全に通り抜けるとともに円が揺らぎ、同時に暖炉の火も搔き消えるだろう。
残ったのはわずかな温度と燻る薪。そしてかすかに揺れる椅子。
その部屋の外ではただただ静かに雪が舞っていた。

ご案内:「とある貴族の私室」からハイドリアさんが去りました。