2016/06/21 のログ
テイア > まだ神代の空気が少しだけ残っている時代。
妖精は愛を歌い、精霊が踊る。
花々は咲き乱れ、光あふれる。
太陽と月が追いかけっこを繰り返し、星が瞬く。

『理想郷 マグメール』

――この国が、本当の意味でそう呼ばれていた時代。
聖王と呼ばれた、清く正しき王がいた。
神々の祝福を受け、妖精からも愛されし王。
まだ、今ほど王と民の間に距離のなかったその時代。
王は自ら轡を握り、騎士としても民の為に尽くした。

マグメール王国聖騎士団

建国の時より続いていた騎士団は、その時代に聖王を頂点に据え気高き騎士たちに支えられ大きくなっていった。
そんな、王と騎士たちに出会ったのが女がまだほんの少女だった時分。
人との関わりを嫌うエルフ達は、森の奥深くに静かに暮らしていた。
しかし、エルフの村にオークが襲撃し平穏は壊された。
殺戮、略奪、陵辱。
エルフの精霊使い、弓使い、戦士たちが抵抗するものの情勢は劣勢を極めた。
そんな中、現れたのが聖王をはじめとする聖騎士団の騎士たちであった。
彼らは、エルフに味方しオークを退けた。
けれど、彼らはエルフたちからの礼の金銀財宝は受け取らずただ、友好をと求めたのだった。

テイア > 「…我が王よ。貴方にはこの国のゆく先が見えているのでしょうか?…申し訳ありません。貴方が守った国も、貴方が育て上げた騎士団も、私には何一つ守ること、叶いませんでした。」

常にその遠き未来を見据え、見通す力のあったかの王。
この国がこうなると、あなたには見えていたのだろうか。
――そして、この先のこの国の事も。

王国は、内部から腐敗し蝕まれ続けている。
力強く、大きく育った大木もその太い幹が腐ればあとは倒れるのを待つだけだ。
かの王が育てた聖騎士団も同じ。
騎士道の誉れは、忘れ去られ堕落し惰性を貪るのみとなり。
あの頃の輝かしさは、見る影もない。
そう、今日ここを訪れたのは王へと詫びるため。
100年近く、人よりも長い期間女は聖騎士団の頂点にたった。
決して、何もしなかった訳ではなかった。
ミレー族の地位の回復への働きかけ、騎士団の意識、技術の向上、腐敗貴族の捕縛、戦争の阻止
騎士団長の立場から、ありとあらゆる事を成そうともがいた100年。
もがけば、もがくほどに身動きは取れなくなり傷つき、疲れ果てた。
けれど、どれも結局は実を結ばぬまま王によってその任を解かれた。
成すことができなければ、何もしなかった事と同じだった。
――だから、どうしても王の墓前に立つことが出来なかったのだ。
騎士団長を解任され、辺境へと飛ばされた後一度も此処を訪れたことはなかった。
血を吐くような思いで、かの王へと懺悔を紡ぐ。

テイア > 流す涙はもうなかった。

騎士になるために、血反吐を吐く思いで修練にあけくれ、時には涙したこともくじけそうになったことも数え切れないほどにあったが、あれほど苦しく苦い涙を飲み込む事などなかった。
騎士になってからも同じ。
――この国が変わり始めるまでは…。
騎士団長になってからはずっと、苦い涙を飲み込んでその任に尽くしていた。
いつしか、涙する事すら忘れてしまった。
心に重い蟠りを抱えたまま。

「けれど、王…。貴方と師の言っていた事を一つだけ叶えることが出来ました。」

これは、おそらく女自身生涯叶うことの無いと思っていた、王と師から言われた言葉


いつか、拠り所となる番を見つけろと。
そして、女の身であるからこそ、得られる強さがあるのだと。

言われたときは、よく分からなかった。
拠り所を必要とする弱さなどいらないと、はっきりと言った。
王や、師が旅立ったあともその考えが変わることはなく。
――ひと時は、その言葉を実践しようとした時期もあったが、結局どれも、長続きはしなかった。
男より様々な面で劣る自分を歯がゆく思い、女を捨てて生きてきた。

「最近、一人の男と出会いました。そして、子を産みました。」

彼らが逝ってから、どれほどの年月が流れただろう。
過ぎ去る者達をただただ見送るばかりの流れから取り残された、静かな水面のような女の生に、投じられた一石。
そこから生まれた波紋は、どこまでも広がっていく。
愛おしいと想うその存在。

おそらく、自分にとっての初恋は目の前の墓で眠るかの王だろう。
遥か遠い過去、光満ち溢れるその人を今も覚えている。
かの王より受けた、騎士の叙任。
かの王に付き従い、ともに戦った日々。
その時に抱いた、強烈なまでの憧れも、喜びも、今もこの胸に強く、強く焼き付いている。
恋と呼ぶほどに、甘くはない記憶。
けれど確かにそれが初恋だったのだろうと想う。

テイア > 「いつか、もう少し大きくなったら此処に連れてきて貴方や師の話をしたいと思います。本日は、ご報告まで…。」

ここを訪れたもう一つの理由。
それを終えた後、女は至極穏やかな表情をしていた。
誰も見ていないから、きっと女自身そんな顔をしている自覚などなかっただろうが。

「では、本日はこれで…。師のところにもいって参ります。」

ここからさほど離れていない古い墓に、騎士としての師が眠っている。
師の墓の方へも、騎士団長解任後訪れることができないでいた。
だから、王にしたのと同じ、謝罪と、報告の為に。
ついていた膝を上げ立ち上がると、王の墓に向かって深く頭を下げた。
一陣の風が過ぎ去る。
髪を揺らしながら、微かに笑みを刻むと女は丘から下りて、師の眠る墓へと向かっていった。

ご案内:「王都近郊」からテイアさんが去りました。