2022/05/03 のログ
■ジギィ > 「ふぅーん… ま、樹に価値を認めてもらうのはいいかな」
興味ありそうなそうでもないような、そんな調子で嘯きながら歩く。 何であろうと、すべてが移ろうものだと教えられている身からすると、そう言ったモノの『至高』にこだわることがとても儚く思える。
――――まあ、そう言うこと自体も愛でるもよし、それが円環に繋がるように手を回してみるもよし…
「あらん、ドライアドはちゃんと触れるわよ。その代わり宿った樹の養分にされる可能性とか高いけど。
若い美少年がドライアドに入れあげて、その宿った樹を守るために儚い命を散らしたっていう悲恋があったりするよ。
…湯たんぽ代わりに例に出さないでくれる?」
軽口を叩きながら歩みを進めていたのは、不可思議な森と言えど不可思議なりに馴染みのある場所だったからだ。
茨の『門』もそのひとつ。笛でもって一時の通り道の符牒を奏でた所で――――
(――――何)
声に出す前に影が降り、色濃い緑が淀む香りを含むようになる。
唇から笛を離して振り返ったのと、彼が傍まで跳んで並んだのと同時だったろうか。
地面を這う音が足元から響きとなって伝わって来る。エルフはそれを見極めようとするかに目を眇めながら、再び唇に笛を当てて符牒の最後のひとふしを奏で終わった。
「カゲトキさん、行って。
茨は『門』で、『境界』だから」
――――何だか解らないけど、この這い寄って来るモノが精霊の意図しないものならば、茨を直接越えては来られない筈だ。
そこまでは流石に伝わらないだろうけども、エルフは這い寄るそれから目をそらさずにそう言って、傍らの肩を押しやって彼を急かす。
茨を振り向けば、今やぽっかり、ヒト一人が丁度抜けられるだけの『道』が茨の繁みに開いているだろう。
彼がその方向へ駆ける音を捉えたら、エルフは近付くソレから目を離さないようにしながら彼の後を追うつもりだ。
―――――抜けたら、再び閉じなくては。―――早く。
ざわざわと言う音と、淀んだ香りが背筋を粟立たせる――――
■影時 > 「興味があるなら、依頼主の代理人を帰ったときに紹介しようか? 商品、作品の見学位なら交渉できるだろうよ」
わざわざ斯様な依頼を出す以上、多少なりとも名の知れている職人であろう。
売り物にできるほどの作品、商品は相談次第で見学する位はできうる可能性はあると踏む。
買う方にしても、ただ名前だけで高いものを買うのは難しい。
試し弾きなど、少なくとも“納得”を得たうえでなければ、おいそれと金銭は投じられない。
「……ぞっとしねぇな。話自体は美しいかもしれンが、俺みてェな奴が入れ込める気がしねぇや。
例でもなんでもないぞ? 俺が好きなのは高嶺の花から先んじた魔性の何たらより、路傍で在ろうとも生き生きと咲いている花な方だからよ」
死んで咲く花もあるまい。軽口めいたやり取りに両肩を揺らし、言葉を返しながら注意深く周囲を確かめる。
五行を操る忍術の中で草木を操る術がある。木の気配が強く、水気に土の臭いも強いこの場なら通じる可能性はある。
問題は知らぬがゆえに、いらぬ不具合を広げる可能性がある。
それは調和を乱し、逆に己が存在を露見しかねない。ガイド、先導役に伺いを立ててからが間違いないと思う中で。
(……――よもや、とは思いたいが、否、木を隠すなら何とやらだ。人以外の諸々が多い場なら何とでもなる)
淀みの気配を捉える。生々流転の円環から外れながら、紛れ装う分別めいた擬態も弁えた魔だ。
それは森の中を跋扈する「森」である。木が集まって林となり、森となるのならば、それは幾本の木々を内包しているのだろう。
より良い日照や水、恩恵を求めて跋扈する巨大な生きた樹木。動く魔の森。
『φίλος……、οσμή』
血族、匂い。そんな言葉にならない思念の気配が香り、響いたか。血肉がないはずのものは、それを求めて手の代わりの蔦や根を広げ、蠢かせる。
「……心得た。お前も急いで来い。いいな?」
自分達がもときた方角の奥、黒い影めいたものが遅々とした動きで近づいてくるように見える様に訝しげに眉を顰め、エルフの言葉に先を進む。
人一人が抜けられる程度の間隙、道の隙間が見えれば肩を押しやる様に押されつつ、背の荷物を下し抱え、前に進む。
急いで道を抜ける。抜け終えれば、そこで荷物を置いて残る姿が来るのを待つ。
手を伸ばして、捕まえられるなら、強引にでも引き寄せるがために。
■ジギィ > 「え、ホント? わーい、お願いしよかな。
やー大丈夫大丈夫、彼等は栄養と健康第一で見目は気にしないから。
…ちょっと、今度は雑草扱いってひどくない?」
思わず振り向いて抗議もする。
ドライアドたちは美しく気高い、そして依代となる樹の寛大さの代わりとでもいうように、他種族に対してずる賢いところがある。 エルフの種族によってはドライアドと敵対関係にあることさえあるが、果たして己の種族はどうだったか…
割と呑気にしていた気持ちが、背筋を這うものとともに一気に冷え固まって行く。
―――淀む香りに覚えがある。 亡くした故郷をもとめてさ迷った時、時折感じたものだ。
(魔族の置き土産か何かかと思ってたけど…)
傍らの連れを茨の向こうへ押しやって、自分はその正体を見極めんと瞳を細める。
これは よくない もの ――なのだろうか?
…エルフが疑念のようなものを以て其れと対峙していたのは、次に故郷の言葉を―――確かに―――耳に捉えるまで。
「――――――ああ…」
(もし炎の中で朽ちるなら
共に焼かれ朽ちよう
もし今夜死ぬのなら 共に
仲間が滅びるのならば
必ず後を追うだろう)
脳裏に、故郷で散々うたった歌が、みんなの声が
笛を吹くためにマフラーを下ろしたままのエルフの唇から、絞り出すような声が零れる。
大きく開かれた若草色の瞳が暗く翳る。
それらは背を向けた彼の方には見えなかったろう。
ただ、警戒を強めていた筈のエルフからいつの間にか力が抜けて
――――つぎに、それへと自ら近付いていくように身体が揺らぐのは、茨の合間からでも見えたかもしれない…
ご案内:「腐海沿いの翳りの森」からジギィさんが去りました。
■影時 > 【中断→次回継続】
ご案内:「腐海沿いの翳りの森」から影時さんが去りました。
ご案内:「腐海沿いの翳りの森」に影時さんが現れました。
ご案内:「腐海沿いの翳りの森」にジギィさんが現れました。
■影時 > 「よし分かった。報告の際に一緒に頼んでおいてやンよ。
……木霊の乙女に愛でられるってより、エサにされるような心地だなー……。
ははは、言葉のアヤって云うかな。世間ずれしてとっきつづらいよりは、親しみやすいのを例えてみたワケだが」
ずる賢いというより、男の転がし方を生まれつき知っているのかと言わんかのような有様に、思わず場所を忘れて遠い目をしてしまう。
ドライアド側に対しての栄養と健康第一なのは、餌になる方の同意と理解を得ているのかどうか、流石に気になるところである。
そのあたりでモメるような記述やら実録が、小説形式で書いているものがあれば、きっと笑いだしそうだ。
抗議の言葉については、一瞬だけ明後日の方向を向いて嘯くのは、少しコトバを誤ったかと舌を出しそうな顔を隠すために。
だが、多少は緩んだ空気も雰囲気も少しずつしていられなくなったか。
淀みがある、気配があってもこのあたりはまだ淀みに侵されている、浸されているような気配はなかった。そのようには見えなかった。
しかし、今やそうもいってもいられない。餌の臭いに気づいて、寄ってきた怪魚が少しずつ獲物に近づいてきたかの如く――。
『οσμή……、οσμή……、Trofí……、――ανάνηψη、ανάνηψη………』
匂い。匂い。糧。蘇る。元の姿を取り戻す。
思念の気配はそのようなことを嘯き、響かせながら黒々とした姿を薄い光の中に現しだす。
形は確かに大木。複数の木が寄り集まったら、こんな形になるのだろう。
黒い樹液とも粘液のようなものをまとわせ、滴らせながら無数の根をまるで触手とも節足の如く使いつつ、遅々とした動きで動くのだ。
意識を集中すれば、気づけるかもしれない。響く声は一人だけではない。思い思いに、代わる代わるに囁く。
年経た数人のエルフたちが組んで、その姿を樹木に変じさせたらそうなるかもしれない。森の淀みを引き受け、少しでも集めようとして足掻き、果てに“戻れなくなったら”――こうなるのか。
戻るなら、同族の血肉を参考にすれば戻れるのかもしれない。血肉を啜り、糧にしたら戻れる。久方ぶりに嗅いだ同族の臭い、気配にそんな錯覚を得たかの如く。
「――――あンの、馬鹿。なにぼうっとしていやがる!」
だが、そんな姿に何を思ったのか。ぼうっと近づいてゆくようなエルフの背が見えてしまえば、腰から束ねた鉤縄を外そう。
忍者が手を振る動きだけでおのずと結び目が解け、鉤の部分がまるで生きた蛇の頭の如く、細縄がするすると宙を滑って走りだすのだ。
縄めいた蛇が虚空を奔り、エルフの細い腰辺りに絡みついてぎゅっと戒めることが叶えば、有無を言わさぬ動きと力でぐいっと引き寄せるのだ。茨の合間が閉じる前に、彼岸めいた境から此方<こなた>へ引っ張り上げるために。
■ジギィ > 創作の名人に会える、とはしゃいでいたのはつい先ほどの事だったはずだ。
緑色の闇のようにも思える薄陽が降り落ちる森の中の風景は、そのときと然程変わっていない。光のなかで蝶が飛んで、遠く近くで鳥が鳴き交わしている。
でも、だからこそ異様なのかもしれない。
いまや目に容易に捉えられる、聳える程の巨体で、森の中で『森そのもの』のように在りながらも、植物としての摂理を離れて震え動き寄って来るそれは、その在り方をここでは受け入れられているようだった。
―――――淀んだ香り。
「―――… άτομο」
その姿から目を離せなくなったエルフから、故郷の言葉が零れる。この森を住処として散々探索した筈のエルフにも、見覚えなどはなかった。
――――でも きこえてくるのは
(たとえ今夜限りの命でも
その運命をみんなで一緒に受け入れる
―――何かが起こったら、きっと後を追う)
笛を吹くためにスカーフを引き下ろしたままの鼻腔に香りが届く。
ふらり、踏み出した脚に意志は宿っていたと思う
――――みんな そこにいるの?
「――――! っ」
だがエルフは二歩目は踏み出せなかった。
腰に何かが絡みついて、ぐい、と後ろへと引き寄せられる。
―――― 引き離される。
「σύντροφος!!」
陰へと手を伸ばす、指先にその一部でも触れられはしないか。
茨に開いた路は狭い。その向こうへ、此方へと引きずられながら足掻くように藻掻いていたエルフは、彼の元まで引き寄せられた頃には顔も服も身体もあちこち引き裂け、血を滲ませていた。
(―――― みんな…!)
手繰り寄せた彼を顧みることもなくエルフは立ち上がり、再び陰の元へと馳せようとする
その目の前で、茨繁みが閉じる。
(――――符牒も奏でて居ないのに)
「――――……」
茨の繁みの向こう、気配と淀んだ香りだけが届く。
エルフはぼろぼろの姿のまま、その場にずるずると座り込んだ。
■影時 > 処によっては幻想的なところも、ただの森にしか見えないところがあっても――留意しなければならない。
ここはただの森ではない。魔の森である。
闇の気配に侵された魔物がうろつくだけなら、王国の幾つかの森でも見かけるかもしれないが、ここはその中でも飛び抜けているだろう。
魔が濃いのだ。深すぎる闇は自然の働きでおのずと浄化され、吐き出されるにしても掃き溜めの如くひと際濃い何かが生まれる。
この動く森とは――そういった、成れの果てなのかもしれない。
ただの植物ではない。こんなものがそうであってたまるものか。
魔族どもの侵攻の中で、抗し得なくなったものたちが、数人がかりで依り代になる聖樹に宿り、淀みを引き受け、森を守ろうとした者がいたとしたら、恐らくこうなろう。
だが、真偽は知れない。たまたま“食べたもの”が覚えていた言葉を喋っているだけかもしれない。喋ると、自分から餌になろうとしてくるものが寄ってくる。
そうして餌を得ることを学んだものは、元が何であれ、魔だ。自然ならざる不浄だ。
「ぬおおお、らぁ……!!」
ともあれ、そんなろくでもないものに踏み出してゆく姿を見れば、止める。止めざるを得ない。手で止めても止まらぬなら、縛り上げることも厭わない。
茨に空いた道は狭い。足掻くように藻掻くなら、どうしても傷だらけにもなろう。
それは己がなしたことだ。文句の一つや二つも述べられたとしても、文句は言わない。殴られても返すつもりはない。
「……――アレは、寄っちゃいけねぇものだと。そう云わんばかりの閉じ方だな」
そんなエルフが立ち上がり、抜けてきた道に戻ろうとする刹那に茨の茂みが閉じる。境界を示す門が閉じたのだ。
その有様はまるで、悪しきを遮断する、堰き止めるかの如く。
座り込む姿を認めれば息を吐き、縄を緩めて戻す。足元に担いでいた荷物を下ろせば、縄を腰に戻して羽織から腕を抜いて、エルフの近くに歩み寄ろう。
柿渋色の布地のぱさりとその姿の頭に被せ、無言で腰につけたもう一つのものを差し出す。出立前、組んでおいた水を入れた革袋だ。
まずは飲んで、気を落ち着かせろ、と。そう云うように。
■ジギィ > 呆然、を絵に描いたような顔で座り込んだ地面は、植物の湿気ですこしひやりとする。
エルフのもともとのくせ毛は、茨にかき乱されて更に酷いことになっている。顔も含めて全身、傷だらけの木の葉だらけ。
「―――――……」
考えることは山ほどある。あれの出自と、今の在り方と、――――自分がこれからどうすべきかと。
足音を傍まで聞いていて、布地が被せられた所で漸く彼を振り仰ぐ。
「……そんなはずない………」
エルフは目を見開いて、呆然とした表情のまま言葉を返しながらも差し出された革袋を受け取る。
それをいちど、膝の上において。
「………… そんなはずない…
… きっと、 こっちにはまだ、これないだけ……」
自分は
あれに、迎え入れられるべきものだったのではないか。
考えは纏まらない。纏まり様もない。
小さくため息を吐いた後、エルフは水を一口煽る。
「…ありがと」
水と、引き寄せてくれた事と。
唇を手の甲で拭いながら、革袋を返す。そうやって返す相手を見上げて、2,3度と瞬き。
スカーフをふたたび口元まで引きあげる。取り敢えずは、今やるべきことを成すための意志が、エルフの瞳に戻って来ていた。
(彼は、ちゃんと最後まで送り届けてあげないと)
「―――帰り、ちょっと大変そうだね。
まあ、香りで何とか気付けるだろうけど」
エルフは殊更呑気によいしょ、と声とともに立ち上がって自分の身体を改める。
シャツもズボンもあちこち引き裂けて、血と土で汚れてしまっている。そんな中狼の毛皮はいつも通り、傷一つないその姿はしれっとマントとしてエルフの肩に収まっていた。
「さ、て―――――
方向は、こっちでいいかな。
…羽織、ありがと。
血で汚しちゃうといけないから、今は返しておくよ。洗濯代出せないしね?」
エルフは辺りを一度見回してから方向を指して、彼を振り向いて被せて貰った羽織を取って差し出す。
笑い含みの視線はいつもの光を宿しているように思える。…それは茨の向こうへは注がれない。
羽織りが受け取られたなら、エルフは先よりすこし速足で、道行を再開しようとするだろう。
■影時 > 「……まったく。櫛のひとつやふたつ、持ってきておくべきだったか?」
まるで悪いものでも、悪夢でもみたような。
そのような喩えもできそうな表情に肩をすくめる動きで息を吐き、思考を巡らせる。
相手のくせっ毛の髪は茨のせいで乱れて、さらには傷だらけの木の葉塗れ。
そんな有様でとにかく、先に向かおうとするのは、考えるまでもない。正しい行動選択ではない。
視線を合わせるように膝を曲げ、屈みながら向こうの言葉と呼吸を聞く。
今すぐ、あれやこれやと聞くのはきっと早計だろう。向こうが知らぬものを、己が知るとは限らない。
「……礼には及ばねえよ。
魅入られたというのはちょいと違うにしても、だ。悪いものを見たような顔をしてるぞ。お前」
返却される革袋を受け取り、口を締めて腰に提げ直す。
立ち上がる動きを見れば、のっそりと立ち上がっては向こうの惨状を改めて見やる。
深い傷は恐らくないにしても、あちこちに見える傷と血はせめて、拭って清めてからの方が先を急ぐのは良いのではないか。
「得るものが得られたら、帰りは一目散――だな。
まぁ、待て。あの境の門が閉じたというなら、さっきのアレも直ぐにはこちら側には寄らンだろう。こじ開けようとする嫌な気配がない。
動くのはいいが、せめて血位は拭ってからにしておけ」
むしろ、見つけたところで如何に材木となる木を切り出せるかどうか、というのが懸念事項だ。
この道程は、獲得したものを魔術頼みで依頼主側に送ることが、転送してしまえることが、何よりも僥倖と云える。詰まりは重い荷物に煩わせられないのだ。
返却される羽織を受け取り、袖を通し直しながら速足になりかける姿を止める。
息を整える程度でもいいから小休止と、あとは、察せられた範囲の事情、状況の確認。それが恐らく必要だ。
■ジギィ > 「あはは、カゲトキさんがそんな用意してたら笑っちゃう。
まあ、いつもよりはひどいけどその内何とかなるから。 そーいえば、髪の毛をサラツヤにしてくれる精霊っていうのが意外といたりするのよ。知ってた?」
くせ毛を自分でわしわしかき回してから、けらっと笑って返す。絡まった様はもっと酷くなったようにも見えるが、取り敢えずは木の葉やら土やらは振り落ちたようだった。
彼が視線を合わせようとするそれにエルフは一瞬見返すが、直ぐに地面へと落として逸らす。口元はスカーフで覆われて見えないが、気まずいようなのは隠しようもない。
「…べつに悪いものってわけじゃないよ。
……あるいみ良いものっていうか……まあ、女の子には色々あるんだからあんまり聞かないでよね。
傷は大丈夫だってば、こんなの昔からしょっちゅうだし
…さっき、見てて気付いたでしょ? あの樹たちは遅いし、森の他のものは傷つけていないし…だから…
まあとにかく、陽が暮れる前に進まないと」
エルフは途中、言葉を途切れさせながらも口調は早口で語る。視線は彼を時折ちらりと盗み見るようにみて、手は忙しなく身体の泥を払って、引きずられたときにずれた装備を探って直す。
そうしてまた、すぐに歩き出そうとするだろう。
(依頼を済ませて、彼を送り届けて、―――――きっと、みんなは待っていてくれるはず)
―――――彼があくまで小休止と、その場に止まろうとするなら、エルフも不承不承の顔で戻って来るだろうけれども。
■影時 > 「必要だったら、用意はしておくモンだ。いいものだったら美女への贈り物にもなる。
あー、そういうのが居るとか居なかったりするらしいな」
確か、きゅーてくる、とかいったか?等と。戯けた言葉に戯れ言葉で返す素振りだけは、いつも通り。
しかし、覆面で口元を隠した忍び装束の男の目は笑っていない。
冷静に、何よりも注意深くエルフの一挙一動の全体を観通す。目を合わせないのは、言葉にし得ないものがあるからか。
「……ふらーという風情で如何にも悪そうにしか見えん何かに近づこうとするのは、良いことには見えンが。
樹たち、といったか。何か気づいていることがあるならジギィ。全部話せ。
事が済めば余分に森に痕跡を残さずに帰るつもりでいたが、またアレに遭うことがあれば、同じように遣られちゃぁたまらん」
危機管理という問題がある。
己が疲弊も気づかず、考えずにとにかく先に進んで自滅するという馬鹿話がよくあるが、其れを避けるには適度な休憩が必要だ。
今、この時点における懸念の対処はこの手の問題によく似ている。
何よりも想定すべき最悪の事態は、依頼の品を確保できないことではない。二人揃って死ぬようなことだ。
かつて従事していた仕事は配下や同志の死すらも、前提としていたが、冒険は違う。誰かの犠牲を是とはしたくない。
「女の子のヒミツだかどうだか、じゃねぇ。
……魅入られンなら、ほかのもっとマシな奴があろうってな」
合図も何もなしに、茨の門が閉じた程の何かだ。
たとえば、そう。よもや、死に魅入られるようなことはないだろうか。
酒をつい、飲みたくなる気分だが、担いできた瓶は開けない。捧げ物を口にしては目的達成もあったものではない。