2022/04/10 のログ
■ジギィ > 「まかせておきなさいってー」
エルフは、んふ、と鼻息を漏らす。どういう調子にせよ、彼からそう言われるのは全く悪い気がしない。
同時に、彼を守るという覚悟もある。この森は自衛ができる。その意志も識っている。だから、彼の方が闖入者であっても守るべきは彼だ。
「あれー そうだっけ? …ンン、じゃあ運ぶにはちょっと辛い、ように見えるくらいは送ってやんなきゃかあー
じゃー少し何か所か回らなきゃかも」
最悪、持って帰る間に少なくなっちゃいました、くらいに誤魔化せるかと気軽に考えていたのだが、相手もさるものである。ぬぬ、とスカーフの下で口をひん曲げて、エルフは渋面を作った。
蔦を纏った猪は、実はエルフには初見ではなかった。里が無くなったことが信じられずに森を彷徨った間、何度も遭遇していたのだ。追いかけられたこともあるが、今の所大事には至っていない。
あれが元々居たものが増えたのか、異変があって生まれたのか定かでない。
ただ、あの猪はこの変じた森の中で暮らす生き物であることは確かで、それ即ち森の精霊の采配とするなら、異形に見えると言うだけで血なまぐさい事をすることもなかった。
陽だまりを迂回するように回って行く。途中、倒木に根付いた黄緑色に発行するキノコをまたぎ越して、土と緑の香りの中を掻き分けていく。薄暗いだけで、進むに難しいほど多くはない。だもので、迂回する途中はその猪をよくよく観察できた。
光の中、蟠る猪の傍で咲く白い花に白い蝶が舞って、何とも穏やかな光景だった。
「――――ッ と…」
と、不図エルフが足を止める。
黙ったまま彼を振り返って、足元を示す。
小川とも言えない、枯れ枝や枯草の下に小さな水の流れが出来ている。流れゆく方向は森の奥。視線をやれば、少し先で谷のようになっていて、渡るには谷へ降りて川を渡るか、如何にかして飛びこすかしかなさそうだった。
「…これは迂回しようがないからなあ。
ン ――――――
カゲトキさん、この距離飛べる? 沢に降りてもいいけど」
エルフが指し示す谷はざっと3メートルほどの幅。降りて渡っても一見ただの沢なので問題は無さそうには見える。ただ足元の見通しが悪い今、濡れるのはほぼ確実だろう。
振り返って首傾げるエルフは、彼が応えを返す前に次に反対に首を傾げて
「それか、綱渡り得意だったらちょっと先に橋が確か、あったはず」
■影時 > 「あいよ。そのかわり、荷物運びは頼まれてやンよ」
この森に長居する気はなくとも、一晩二晩を過ごせる前提の備えはしたつもりだ。
山の天気が変わりやすいのと同じくらい、こういう未知の領域では何が起こったとしても不思議ではない。
食料や水の現地調達ができないわけではないにしても、遭難で帰れないというオチだけは避けたい。
「そうだぞ。
最終的に十分に乾燥させて、材木として切り出すにしても――量を獲得できれば十分おつりが来ると見込んだンだろう。
出立前に俺も調べたが、トウヒの木……だったか?
依頼人が挙げた樹のひとつだが、よく育った例だとかなりの長さになるんだそうだ。
斧で一気に伐れない以上、刻みをいくつか入れてから倒すことになるが、そのための広さもあれば云うこたぁないな」
洞窟の奥に溜まった清水だか、氷だかを運んで持ち帰る仕事ではあるまいに。
向こうの表情と思考を推し量りつつ、肩を竦めて笑う。
原木は大きければ大きいほど、切り出せる材木が多くなるよう反りが少なければなお良い、という意向だ。
枝を落とし、樹皮を剥がして板材などを作るにしても、切り株程度では少なくて足りないのだろう、きっと。
弦楽器に持ちいられることの多い当地の木種は簡単に調べたが、知られている例はかなり長い全高の記録があった。
仮にそんな長さの木を周囲にも、伐り倒す側にも損傷を少なく伐採するのは、少なからず骨が折れる。
(ヤドリギが巣食ったとしたら、あんな風になる……ワケでもあるまいな?)
さて、遭遇した猪めいたモノの動向を伺いつつ、観察の目を向けながら陽だまりを迂回する。
天ならぬ精霊の配剤かどうかは、エルフならぬ人間の己には疑いようもない。
さながら、道中の目印よろしく発光するキノコや花に微かな感嘆を過らせながら、先導者と同じように足を止める。
「……跳ぶか。ジギィ、跳べるか? 難しいなら抱えて跳んでみせるが」
小川というにはささやかだが、沢というべき水の流れがある。
今のところ飲み水は予め補給した分がある故に困らないが、奇麗な水であれば後で確かめる甲斐はあるだろう。
しかし、道中の邪魔になるならば進路は考えるべきか。つまりこれもまた迂回するか、跳び超えるかの二択。
身軽さを信条とできる身であれば、一番面倒がないことは何かと即決できる。
勿論綱渡りも得意だが、先に訪ねておこう。幸い、背に担いだ背負子の装備も非常に重いという問題もない。
■ジギィ > 荷物運び、のくだりはウインクを返す。元よりそのつもりだったのと、森だったら現地調達に苦はないとふんだのと両方で、エルフの荷物は遠足が予想されるには軽装だった。
「トウヒ?
うーん、そんな名前の樹だったかな…
私が里で見たのは笛とか竪琴が多かったからかなー そっちを作るのはαρχήとかτέλοςとか、そーいう名前の樹だった気がする。
――――この森に生える植物は基本的に祝福されているからね。若木で死んじゃうことは殆どないよ。…たぶん、今も。
広さはどうかなー その前に幹は難しい気がする。それこそさっきの猪が四方八方から何度か押し寄せて折れちゃったら仕方ないと思って貰えそうだけど…」
エルフの発言は途中から森のルールの話になっている。
この森では、出来る、出来ないの他に『して良い』『してはいけない』のルールがある。言い換えればしてはいけない事は出来ないし、して良い事ならできるということだ。
そうこう考えたり言い合ったりしながら、足を止めた小川を抱く谷の淵。
飛べるか、と問われたエルフは傍らの彼を振り向く。また目が三日月に曲がっている。
「んふ、じつはもうひとつ手があります」
そういうと、エルフは腰に吊るした矢筒から矢を取り出して、細い紐を巻き付ける。それから短弓につがえて、ほぼ真上の天目指して引き絞って―――
ヒュ!と風切音。
エルフの元に残っていた紐はどんどんと木洩れ日が僅かに覗くだけの高みに持っていかれて――――降りてきた矢が地面にぽとりと落ちるとそれは止まった。
手元に残った紐の端と端。エルフは両方を強く引っ張って確かめると、彼を再び振り返った。
「じゃ、おさきー」
紐をぐるぐると片方片手ずつに巻き付けて
それから少し谷から離れるように後ろへ下がると、だだだ、と勢いをつけるて走り出して―――――
「よ―――――」
所謂『ターザン』のように紐を使ってブランコの如く、向こう側へと危なげなく渡り切った。
着地したエルフは彼を振り返って、ふんぞり返ってピースサイン。
残った紐は――――、谷の中央にぶら下がっている
ご案内:「設定自由部屋3/腐海沿いの翳りの森」からジギィさんが去りました。
■影時 > 【中断→次回継続】
ご案内:「設定自由部屋3/腐海沿いの翳りの森」から影時さんが去りました。