2021/12/22 のログ
影時 > 道中の植生、群生は横目でも気にする。確かめる。
それが必ずしも役に立つとは限らないが、知っていれば何かのヒントになる。応用のタネになる。
周囲に咲いているから、摘んだものが館に飾られているのか。
それとも、純粋に館の主が好んでいるのかは、否、好んでいたかはさておき。

「それはだいぶ違わねぇかな、ジギィさんよ。
 お前さんの好みがあるならちょっと聞いてみたくはあるが、……ふむ」

己の背後にぴったりくっつくような立ち位置となれば、囁き声でもよく通じることだろう。
魔獣の皮革を何層も重ねた履物は、着用者の歩法も相まって足音を殆ど響かせない。
だから、背後で扉がぱたむと閉じる音もよく響く。
振り返るまでもなく明瞭な事象に、広い背中の肩が静かな嘆息の素振りで上下する。

「――……、そっちからひっついてその言葉は無ぇ、だろ、って。おい」

嗚呼、何か居るか。そんな感覚を裏付けるようにホールの壁に設えられた照明が一斉に灯る。
驚いた同道者が己にひっつき、まだ濡れた布地であげる声に思いっきり顔を顰め、背後を見れば。
先程潜った扉の表面で、さながら踊るように蠢く人影めいた靄が目に入る。

明かりがあれば、より一層明瞭に見える気さえする。
それが、まるでいざなうように踊って、玄関から見て右手側の廊下の陰へと消えてゆく。
或いは遠くより、ぱちんと。ぱたむ、と。ラップ音めいた響きさえ聞こえてくる。幻聴ではないと、思いたい。

ジギィ > 「えーわたし? そうだなあ…オレンジの花とかいいかおりだよねー」

呑気な言葉の割に囁き声のまま、希少で高価な精油になる花を話題に挙げたりしつつ
声なく悲鳴を上げて引っ付いたり離れたり。流石に自分勝手で悪いと思ったのか「ごめーん」といつも通り笑って誤魔化そうとして、その顰めた顔の視線をつい追ったのが悪かった。

「…――!!」

どんぐりまなこと唇が真ん丸くひらかれる。
ほぼ同時に視線を追って振り返った姿勢のまま、再度声なく跳び上がって彼の方へジャンプ。
エルフが履いているのはふつうのブーツだったが、取り敢えず音は立てずに体重だけがどーんと彼の方へ迫って来るだろう。

「えーっとぉ…
 ゾンビとかなら 解りやすいんだけど…いや好きな訳じゃないけどね?」

迷わず靄を追った彼の視線とは裏腹とでもいうべきか
女エルフはラップ音らしきものがする方向へ、即ちあちこちへと忙しなく視線を走らせる。

「あー……専門外だわぁ…
 ……取り敢えず、死霊系っぽい……?」

視線をうろうろさせながら
一応ソッチ方面にも効果があるとされている銀製の短剣に手を触れる。
精霊の助けがあまり望めそうにないここでは、唯一の女エルフの武器となるかもしれない。

「…罠……かな…
 或いはわざと脅かして、来させたくないか…」

ラップ音――どうやら、エントランスホール奥にある階段を昇った上階から主に聞こえて来るらしい、その音を捉える長い耳がひこひこ揺れる。
どっちにいく?と、珍しく真面目顔の視線を彼に向ける。

影時 > 「おらんじ、……あー、オレンジか。確かに悪くねぇな。帰ったら探すか……、とっ」

己の名がこの国の人間では言いづらい、呼びづらいのと同じように、当地の言葉の発音が胡乱になることがある。
記憶もまた然り。元々の知識欲も相まって、国を渡るたびに公用語を体得しても、時折怪しくなる。
仕方がないな、と肩を上下させて受け答えしていれば、嗚呼、見てしまったか。
まんまるく眼も口も開いた姿が、どーんという風情で己に当たる。
思わずつんのめる様を、一歩前に足を出して踏み留まる。堪える。

「そうなると清め塩の類は持ち合わせが無ェんだが、……まだいまいちナニの類かはっきりしねえな。
 斬って済むなら、まだ楽なんだが」

まだ正体が定め遣らないのが、悩みの種だ。
幸いにして、腰の太刀は妖刀とも神刀ともつかぬものだ。斬れるならば斬るのは難くない筈。
封殺やら祓うとなると色々と面倒だが、斬れる何かがあれば事は容易い。

「誘わせて、取って食うとかいう心算かもしれんが。……虎児に入らずば何とやらか。
 取り敢えず、上から行って見るか。ンでもってその後は下か」

先に行くぞ、と。左手を腰の刀の鞘に乗せつつ、真面目顔の姿に答えて判断を下す。
先ずは上から。一通り眺めて次は一階側。大雑把な探索方針を定め、微かに先程の花の臭いも強い上階を目指そう。
この階段が急にふにゃくにゃの肉やら何やらにならないと良いが。
慎重に踏み出した足先が、一応しっかりとした板の手応えに微かな安堵を覚えながら、先進む勢いを刻む。

ジギィ > 「そっちの言葉だとそう言う? そーね、帰ったら一緒にさがしましょ。
 色々効能があってね、傷の治りもよくなるし解毒作用もあるし…」

薬効関係になるとやや早口になるのが、この女エルフの特徴だろうと恐らく彼にも解ってきているだろう。其れで以て『彼女が彼女である』証明にもなっていたりする。
ともあれどーんと預けた体重を受け止めてくれた彼を、「さすがー」とか言って肩をポンポン叩いて労う。

「なに、塩って…お化けの正体ってスライムなの?」

喋っていると多少軽口を叩く余裕も出て来る。今までも軽口はあったけれども、多少アレンジする余裕が出てきたというか。落ち着いた様子のパートナーを見ると、負けじと落ち着いた様子を見せたいというか。

「取って食うとか…歯があるなら多分、斬れる相手だろうけど。
 あーちょっとまってよお」

決断をしたら行動が早い彼に一歩遅れて、軽い足音で後ろについていく。相変わらず背中がぞわぞわするけれど、物音という訳でも無ければ敢えて振り向くまい。
少し行って気付けば、向かう先はどうやら花の香りが近付いて来る。ラップ音は相変わらず…やや変わったのは、その音につれ照明が明暗揺らめくようになったくらいか。

彼の背後、相変わらずほぼぴったりくっつきながら短剣の柄に手を触れつつ、片手を常薬を入れている袋に入れて探る。もしこの香りが相手の力を左右する者なら、魔除けの香などでも効果があるかもしれない…

「―――…て、さむっ」

2階に辿り着くと、正面と左右へ伸びる廊下。その、正面のほうから冷気が漂ってくる。
外気という雰囲気ではない……どうする?と再び前の彼に問おうとした所。

「ぅわっ」

足首を、何か暖かいものに掴まれた。
引き倒される、咄嗟に彼の羽織に手を伸ばして―――

影時 > 「綴りをそのまンま読むなら、こうなるかね。
 あぁ、いいな。きっと悪くねえ」

それほどでもないさ、と。気安く肩を叩いて労ってくる姿に口の端を緩めつつ、微かに息を抜く。
柑橘の類が故郷になかったわけではないが、見慣れない種も旅の最中に見かけるものだ。
露天に並ぶものであれば、精油の類もその手の店で並ぶことだろう。きっと気分転換にはいい。

「嗚呼、こっちじゃ通じンか。
 清めの塩と言ってな。魔除けやケガレを祓い清めるものとして扱ってたりしてたもんさ。

 喰うにしても、喰い方も色々あろうさ。……――同じ位に斬り方もな。心得てる者からすれば如何様にもなる」

文化の違いだよなぁ、と。己が詞への応えと反応にしみじみと思う。
ピンと通じないという事例はつくづく、己が遠くまで来たという感慨を過らせるに足る。
見方が違えば、同じ事例への対処もまた違う。神官の一人が居れば、当地の除霊法の講釈をせがんだところだ。
軽い足音を背にしながら、微かに矢張り妙な気配、感覚がつきまとう有様を己もまた覚える。
背後にするというよりは、周囲から気配が放散されているとも言ってもいい気さえする。

少し歩みを緩めつつも、二階へと至れば肌寒さを更に覚える中――。

「――! ジギィ!」

視線をずらした折に、声がする。引き倒される姿が伸ばす手が、柿渋色の羽織の裾に触れるか触れまいか。
その様に己も手を伸ばす。届くならば細い手を掴むために。間に合うか否か――。

ジギィ > 教えて貰った異国の言葉、響きが面白かったらしく、女エルフはひとりなんどか『おらんじ』と繰り返してはくすくすと笑っていた。

「へええ… 王都のヒトだとどうだろ…わたしの故郷はそのまま、月桂樹の葉とか用途を兼ねてたからなー」

塩ねええ、と感心してるのやら不思議に思っているのか曖昧な頷きを返しつつ
斬り様についてはふうん、と今度は明らかな信頼と好奇心がないまぜになった唸り声を彼の背後でこぼす。
そうやってぴったり後ろに付き従いつついると、二人一緒に気配をひとつにさせようとでもいうよう。…離れてしまえば、その隙間からべつのナニカが自分へ入ってきてしまうような…

少し頼り過ぎていたのかもしれないし、前に零れた異様な空気に気を取られ過ぎたのかもしれない。
妖魔の森やダンジョンで幾度も経験したはずの罠にあっさりと足を取られ、伸ばした手も空しく引き倒され引きずられ、右手へ伸びた廊下の奥へ―――

「や…わ――――ぁー!!!」

途中で叫び声が変わったのは
身体が運ばれるのは掴まれた足首の故ではなくて、いつの間にか廊下に蔓延っていた触手のようなもの故だったからだ。その触手がうねうねと蠢き、器用に上を運ばれている。しかも何か生暖かい。

「―――っ!
 ちょ、っ」

不安定な体勢で短剣へ伸びた手が届く前に
どこかの部屋へと放り込まれてばたん!と扉が閉じる。
―――幸いにも同時に、戒めも解かれた。女エルフは起き上がると、咄嗟に閉められた扉にしがみ付く。

「ちょっとおおおお――――
 カゲトキさーん、もしもー…… …――」

この際器物破損など知ったことか。扉を叩こうとした拳は振り上げられて…そのまま、女エルフは閉じ込められた部屋の中。扉へ寄り掛かるようにして崩れ落ちていく。

……強く、水仙の香り。

影時 > そんなに面白いかねぇ、と。己が言葉を何度か繰り返す有様に小首を傾げる。続くセリフへの思案と共に。

「……神が聖別した、清めたやら云う水を神官などが有難がっている様は見かけた気がするが、どうかね。
 人やら国にもよるのは間違いなさそうだ。香気や薬効が強い草花を魔除けにするのもあるよなァ」

魔除け、邪気払いとする例は幾つか覚えはある。この国はどうだろう。
数度しか足を運んだことのない神聖都市における事物を思う。
だが、魔除けの定義はどちらかと云えば、実際に見聞きした事物とその成り立ちを追想する方がしっくりくる。
そんな思索に隙がある、あったと言われてしまうと、嗚呼。全く以て返す言葉がない。

「ええい、不定形や触手の類か!?」

認識の目を幾つか置く、あるいは分身という形で出しておくべきだったか。
遠ざかる叫びに内心で悔やむ。否、悔やむ代わりに空ぶった手を床につけ、勢いを付けて上体を引き上げる。
そうやって腰を落とし、低い姿勢で追い縋る。
蔓延る草蔓めいた触手には薄暗いのも眩い光が、刃の形を取って薙ぐ。
それは、男の左腰からするりと引き抜いた太刀の仕業だ。右手持ちの刃が数度、進路を阻むように広がる触手を切り裂く。
その向こうに、或る扉がぱたむ、と閉じる様と音を見聞きししながら。

「……臭いが強いな。何なんだ、ったく!」

よもや、この水仙めいた匂いは触手たちが発生源ではあるまいか。
今のところまだ明確に定めは付けられない。刃を懐紙で拭い、鞘に納めれば先程閉まったと思われる扉の一つに取りつこう。
何せ、緊急事態だ。慎重に扉のノブの罠の有無を定めている余裕がない。
力を込めても開かぬなら、腰裏から引き抜いた苦無の黒い刃を叩きつけ、抉じ開けにかかろう。

ご案内:「郊外の洋館」からジギィさんが去りました。
影時 > 【次回継続】
ご案内:「郊外の洋館」から影時さんが去りました。