2017/01/15 のログ
ご案内:「草荘庵王都本店」にホウセンさんが現れました。
ホウセン > 冷える。殊更冷える。そんな冬の一日、元より商談や娼婦やら奴隷買いという時以外はおおよそ室内で過ごしている事の多い引き篭もり系妖仙が外に出るという選択肢を採択することはなく、日がな一日、己の拠点である商館の中で書類仕事に余暇にと、グダグダ過ごしていたのである。現在の居所は、王都本店二階の最も奥まった所にある店主の執務室。どうやら、抱えていた仕事は片付けたらしく、どっしりとした執務机の元から離れて、応接用のソファに腰掛けている。

「たまゆらの… いや、此処はこう、もう少し違う切り口の方が良かろう。うむうむ。」

音を口に出し、それに対する論評を自ら行う。考えては駄目出しをし、駄目出しをしては少しばかり改良する。それらのどれもが、五音と七音で構成された歌のようであり、この妖仙にとっては、大掛かりな術を発動する際の鍵となる”言霊”である。既にストックは幾つもあるけれども、どうせなら少しでも洒脱なものをと考えている辺り、格好付けが目的でしかないのだけれど。何しろ、己の意識をより端的に術に集中する事さえできれば、実際のところは詠唱すら不要なのだから。何でも、これから厄介ごとに首を突っ込む局面が増えるやも知れぬと、極々久方振りに己の術をメンテナンスしているところであれば、これは仕事であり余暇でもある時間の過ごし方だった。例によって、階下の奉公人控え室には当直の店番を一人置き、真っ当な方法での来客があったのなら彼が取り次ぐだろうし、真っ当でない人外の手法を以って来訪したのなら、この妖仙自身が出迎えるだろう。

ホウセン > 茶を一服。傍仕えに待機させておいた、ずんぐりとした四肢を持つ頭部のない傀儡――”煙鬼”――に命じ、既に冷たくなった茶を淹れ直させる。ふわりと緑茶の香気が、熱い湯を注がれた事によって、紙と墨の匂いに満たされている事の多い室内に立ち上る。口内での温感の変動と、ほのかな苦味と渋みが新たなインスピレーションを導くのだと、小さな右手で湯飲みを掴み、同じく小さな左手を湯飲みの底に添える。口元に運んで、形の良いふっくらとした唇を窄めて息を吹きかけ、少しばかり大仰に啜る音。其れはまだ茶が熱い証であり、だからこそ、口内と喉と胃が液体を受け入れた途端に熱を帯びる。ほぅ…と、温かい吐息。

「一度か二度か試し撃ちをした方が、確実性が約束されるのじゃがなぁ。」

如何せん、歌を用いる術の類は、往々にして大威力の物が多く、当然のように室内で試せる類のものではない。故に、馴染み具合を検分しようとするのなら、欠片も気乗りがしない寒空の下に繰り出して、人目につかぬようにと、暖を取れる人の営みから離れた自然地帯に足を運び、寒風吹き荒ぶ中で氷結系の術をぶっ放したりするという、誠に心理的なハードルが高い苦行のような真似をしなければならない。

「……またの機会にするのじゃ。」

条件を列挙する半ばで心が折れた模様。”前向きに検討します”と同種の、行わないという意味とほぼ同義の無期限先延ばしの裁決を下し、背凭れに背中を預ける。

ホウセン > コトリと、鼈甲を敷き詰めた応接用テーブルの天板の上に湯飲みを戻す。歌作りは頭の片隅に追いやりつつ尚も継続中。然し、直ぐに完成形が出来上がらぬものだから、ひょいひょいと思考があちらこちらに飛ぶ。何かなさねばならぬ事を前に、ついつい部屋の掃除に着手してしまうようなアレである。目下進行中の案件が四つか五つか。その内の、新薬作成については、試作品の出来上がりを待つ段であり、安心して構えていれば良い――製作者の気紛れと悪辣さに目を瞑りさえすれば。新しい商品の取り扱いについては、此方の提示した中間マージンが先方の許容範囲に収まるかどうかが主眼である為、此方は完全に待ちの体勢となる。

「ふむ、骨を折らねばならぬのは、他所事になろうなぁ、やはり。」

妖仙が考えていたよりも難航しているのは、武官への浸透である。警備隊や騎士団、傭兵団といった大所帯に商品を納入できるよう販路を拡大する足掛かりととしての行動だ。正直な所、欲深い小役人タイプの人間を見つけ出し、金を持たせ、酒を飲ませ、女を抱かせて骨抜きにしてしまえば何とでもなりそうなものだと踏んでいたが、これが意外にも、そう単純ではないらしい。文官よりも上下の縛りが強く、直ぐに接触を持てる中間層程度の人間を篭絡した所で、大口の取引にはとても漕ぎ着けない。だからといって、トップに近しい人間に接触するには、既に脇を固めている御用商人の有形無形の妨害を掻い潜らなければならず、商家としてのやり口だけでは、中々に埒が明かないのだ。ならば妖仙としての術を用いて潜入し、接触するという行動が考えられるのだけれど、あまりに露骨な人外としての振る舞いは警戒心しか生まないだろう。短期的な取引なら兎も角、その後に続く販売経路の構築を目指しているのだから、せめて導入部分では穏便に行きたいものだ。

「不確実なことこの上ないが、いっその事怪文書の類でも送りつけてみるかのぅ。」

だとすれば、余程、先方の核心に迫る文言を添えなければ、興味さえも惹けまい。その手法を試すにしても、一手分か二手分足りない。