2021/12/29 のログ
影時 > 「いいかげん我慢の限界でなァ、というのはさておき、だ」

見えない処に真実がある――のかはまだわからないにしても、異様というのは明白だ。
一見じゃれ合うよう伸ばされる手が、己の手を握る。
目線が合えば唇の動きだけで紡がれる言の葉に、同感だ、と小さく目配せするように頷こう。
今の遭遇、エンカウントだけを見れば、事前の依頼内容と異なると考えることはできる。

だが、其れに至るまでの経緯、有様はどうか。
怪異騒ぎは故郷で慣れているつもりであっても、それだと同列に並べるには判断が早い。
差し出した紛薬を呑み下す姿を見遣り、続く仕草に首を傾げる。

「どういたしまして、と。……大体のあやすぃヤツは慣れてるつもりなんだが、なぁ」

忍者は内臓までもある意味鍛えられている。
毒への耐性を持ち合わせていることが多いとはいっても、未知の毒まではそうもいかない。
その指針、判断は経験者の知見を軽視しないことが一番である。
色沙汰でじゃれても、押し付けられるものの意味を軽々しく見るのは、己の生命を軽く見る、価値を落とすのと同義だ。
故に即決し、躊躇いなく紛薬を口に落とし、水で飲み干す。味については――言葉もない。

にへらーと笑う仕草に、はいはい、と肩を揺らして己が羽織を重ねた姿を背負おう。
二度、三度と途中足を止め、重さのバランスを整えれば、その歩みに遅滞を得ることなく、階下へと至ろう。

「わざわざの御歓待痛み入る、ご婦人殿。
 夫かどうだかこうだかという詳しい話は伺ってないが、この地を買い取った――という者からの依頼でまかり越した次第だ」

このような恰好で失礼、と。羽織を脱ぎ、忍装束という当地では見かける事は稀な姿の男が青白い肌の女性に頭を下げる。
此方も当たり障りもない受け答えでここに至った由縁を述べつつ、観察の目を向ける。
気になるのは、自分達以外にこの館を訪れた者達だ。悉くが行方不明、疾走しているという始末も並行して追うべき事項だろう。
話が終わったのか、やがて入った時とは打って変わったようなホールを件の淑女は去ってゆく。
その行く先、方角に男を眉を動かしつつ、嫌々げな家令の案内に従って別室へと向かおう。

「わざわざ忝い。持ち合わせはあるンだ。嗚呼、出来りゃぁ水――だな。水を寄越してくれたらそれで助かる」

後は休ませてくれ、と。大丈夫か?と背負った姿に介抱するように声をかけつつ、案内された部屋に入るか。

ジギィ > 彼におぶってもらったくせ、その重さのバランスを取る彼の仕草に
「ちょっと、重いってこと?」
等と言ってしがみ付いた首をやや締め気味にするところは、まだ多少酔っぱらっているせい、ではなく通常運転の証である。

白と間違うほどの金色の豊かな髪を結い、蒼い瞳に青白い肌の貴婦人は、逞しい来訪者が頭を下げる姿に紅を引いた唇をうっすらと持ち上げる。その蒼い視線は、その場にいる限りは彼に貼りついて離れなかった。

『買い取った、など……
 ここは私の先祖からの屋敷ですから、ありえません』

だまされたのですね、という女の瞳には憐憫と…慈しみというのだろうか、あの色は?
ともあれその女が去った後、家令は2人を部屋前まで連れて、一通りの申し入れはする。
『…水か』

わかった、と言った家令の殿の得られた口ひげの影。嗤うように歪んだのは見て取れたろうか。

「かんじわるっ」

廊下の奥へ消える家令を見送ると、おぶわれたままエルフは一言。おぶわれておいてよかったのは、二人一緒の部屋に入っても違和感なかったことだろうか。
部屋の中は簡素なベッドと、壁際に衣装棚と文机。窓は厚いカーテンで覆われているが、窓を叩く雨音は通り越して響いて来る。絨毯は毛足は短いが上等な方だろう。不思議な幾何学模様が描かれていて…赤黒い色を基調としている。

「…どうしよ、本当に一晩過ごすぅ?」

女エルフはようやくずるりと彼の背中から降りる。足取りは随分しっかりしたが、言葉尻がまだふわふわとしているようだ。
そのエルフは、窓際まで行ってカーテンをめくって

「!」

直ぐに閉じた。
彼も同じ方を見ていたのなら
ずらりと窓際に浮かんだ目玉たちが、こちらを覗き込んでいたように…見えたかもしれない。
女エルフは一応、一呼吸おいてからくるりと彼を振り返って。

「…かえりたいよお」

よろよろとベッドへ腰掛けよよよと泣き崩れるふりをしながら彼を手招きする。
慰めて。
じゃなくて
相談しないと。

影時 > 「締めンな。軽いが、具合整えてねえとな。……いざ走る時に困るだろう?」

羽根のように軽いというのは言い過ぎだけれども、重すぎるということはきっとない。
が。お互いに身軽さ、機敏さを重んじるという事柄においては、きっと共通項だろう。
しがみつかれる首に掛かる力に止めれ、と肩を揺すりつつ、ぽつと零す。
先程は不覚をとったが、バランスが整えば人ひとり背負いながら、無茶な動きもできる。

――それはきっと、館の主と目される青い肌の貴婦人が投げ遣る視線から逃げ去るときにも役立つだろう。

そうでなければ、何だろう。
背負う体重と柔らかさを堪能している筈の背に僅かな冷たさを覚えたりはしない。その筈だ。

「であれば、齟齬は改められ――整えなければなりませんな。
 見たところ、ご婦人はあまり外に出歩かれてなさそうな具合に見える」

そう声をかけつつ、観察の目を遣る相手の人見に宿る感情の色は何か。
そして、部屋に案内する家令の口髭の影の陰影のカタチも。気になる、違和感を覚える事は多い。

「……――ったくだ。そうだな、俺は一向にかまわねぇ、ンだが。……が?」

負ぶったエルフが降りたげな気配を感じれば、肩を竦めては手を緩める。
いっそ添い寝、同衾でもするか?と。
そんな本気ともつかない戯言を口にしながら、部屋の調度を確かめる。
寝台に机、衣装棚。足元の絨毯は来客向けとしても上等な方だが、少し気になる色がある。
赤黒いのだ。よもや――ではないだろうか。爪先でとんとんと、絨毯を突きながら窓際に向かうエルフの姿を見れば。

 みて。    

    しまった。  のだ。

カーテンの向こう。窓に。窓に。目が、まるい、まるい。しろとくろと。否、その色だったろうか。
凝視する何かが。たくさん。見えた。気がした。

「……」

泣き崩れるふりをとともに、手招きする姿に何も言わずに歩み寄ろう。
座るに邪魔になる腰の太刀を外し、手近な処に立てかければ、己もまた寝台に腰掛ける。

ジギィ > 女主人が彼に貼りつけた胡乱な視線は幸か不幸か、おぶわれていた女エルフには観察し放題だった。
だもので、ベッドに腰掛けて傍にやってきた彼に囁き声で開口一番、投げかけたのはこんな軽口だった。

「すごーく気に入られてるみたいねぇ、カゲトキさん。
 んでもって私はぁ、すごぉーく嫌われているっぽい」

奇妙な蔦が彼等の仲間かどうか定かではないが、とかく有無を言わさず毒を授かるくらいには厭われているらしい。首筋の傷を片手で押さえてそんな意図を伝えて見せる。口調が未だ酔っぱらったように戻らないのは、解毒が間に合っていないからだ。血筋の加護もあって即死は免れたが、血中に漂う毒素はそうそうぬけるものではなく、酩酊に近い状態へ持って来れただけ見つけものだ。おまけに彼が酔い止めの薬まで所持していたという僥倖。

「…カゲトキさんが酒飲みでよかったぁー…
 んでぇ……たぶんさあ、そこはむりだし、そうだとすると玄関もむりっぽいじゃない?
 …だから…水がきたら、ぶんなぐってみるとか……」

視線は傍らの彼に向けたまま、そこ、と言いながら指したのは暑いカーテン。隙間風でもあるのかゆらと時折揺れている。

「……でもさぁ、あのひとたちが言っていることがほんとうなら
 まあふつうの人たちではないとしてもすむけんりはあるよねー……あでも、行方不明?はなんとかしなきゃだけどぉー…」

ふわぁ、と欠伸が混じって来る。
近くに体温がある事を幸い、寄り掛かって…半分船をこぎに掛かる。

――――と、その時だったろうか。控えめに扉をノックする音。
果たしてさっきの家令か……はたまた別のナニカか。

影時 > 「そう見えたか。……我も遺憾ながらそう見えた」

何をどう気に入る、のだろうか。面倒だと云わんばかりの表情で思いっきり息を吐く。
例えば獲物にでもしたいのだろうか。
忍者に限らず、ある種の異能者、強い魔力の持ち主の肉体を糧にするという魔物の類はけっして皆無ではない。
そうでなくとも、思いも知らない事柄がかの女主人にはあるのだろうか。

首筋の傷を押さえる様に、何も言わずに雑嚢から清潔な藍染の布を取り出して差し出そう。
目の細かい布だ。畳めば三角巾、裂いて包帯がわりに出来るが、首筋に巻くスカーフ代わりにも出来る。

「そうでなくとも、出先で何があるかわからねぇからなァ。
 毒消しの類も含めて、常備しておくに限る。
 ……全部の目を潰すつもりでいいなら試してみるが、さっきのようになりそうなオチがしてならんな。

 ――権利を宣うのは大変結構だが、落とし前はつけなきゃぁならんだろう。
 依頼人曰く、業者や職人やら従者までも行方知れずなんだろう。であれば、次第によっては穏便には済まんぞ」

ちゃんと窓が閉まっているのか。それとも、カーテンまでも「そう」なのだろうか。
蝋燭の類でも立っていれば風向きを詠むところだが、生憎とそうもいかない。
声をひそかに、思案しながら寄り掛かる姿を揺らがぬ大樹の如き風情で支え、受け止める中。

「……多分鍵はかけてないが、何用だ?」

ノックの音がする。傍らに立てかけた太刀にちらと視線を遣りつつ、言葉を放つ。
入ってくるなら、どうぞと。その出方を伺うように。

改修のために向かわせた業者が戻ってこず、それを確認しに行った従者までも行方不明となっているとか。

ジギィ > 「だいじょ―ぶ、遺憾じゃないよ。ほしょうしたげる。
 よっ、いろおとこっ」

囁き声のくせに弾んだ声で掛け声をかけると、独りおかしげにころころと笑う。酔っ払いにしては可愛いものかもしれないが、性質は悪い方かもしれない。

「あーありがと。
 やめてよお、画がグロい。たぶん切りないだろうし…やってみるっていうなら応援するけどお」

受け取った藍色の布。見覚えのある植物の染料だ。一度首筋を拭った後、スカーフのように巻いてみる。どう?といってポーズを取ってみるが、羽織も借りているので段々追いはぎの体である。

「どっちが嘘とか言われるとこまるよねー…こっちとしてはお金貰えるならどっちでもな気がするけど、悪い方に加担したくはないしい……」

むにゃむにゃと独り言のような言葉を喋りながら、寄り掛かって暖をむさぼる。
そんな女エルフにはとんとん、というノックも遠くに聞こえているようで、特に反応は示さずにずうずうしく彼に体重を預けていく。

『―――水をお持ちしました』

彼の返答の後、件の家令がドアを開けて入って来る。ゆらと揺れるカーテンを一瞥すると、真っ直ぐに机へ向かってなみなみと水が湛えられたガラスのピッチャーと、コップとを置いておもむろに彼に向き直る。

『…異国の方。主人がお話を聞きたいとのことで、できればあとで私室へお越しいただけないかと仰せです。
 そちらの酔っ―――女性はわたしが介抱しましょう』

そう言うと、じっと彼の方を見て佇んでいる。まるで『今すぐ行け』といわんばかり。
家令は何か口実を付けない限り、この部屋を出て行かない雰囲気である。不躾な態度と言えば確かにそうなのだが、『意図せぬ来訪者をもてなす側』としては当然の態度とも思える…

影時 > 「あのな。俺にも好みがあるってのを度外視しちゃいねぇか?
 出るトコ出てても、血色が悪ィのは不安が過ぎる」

己にも好みの一つや二つくらいはある。
細過ぎるのは心配になるし、血色が悪いのもまた然り。幼過ぎるのも勘弁被りたい。
まだまだ酔いが抜けないのか。ころころと笑い続ける様に思わず天井を仰ぐ。天井にも目がありそうで少し気鬱になるが。

「ちぃと取り揃えにゃ一言二言あるが、似合ってるぞ。

 色々気色悪くなっちまう沙汰はいまさらだろうが。
 ……取り敢えず、殺し続ける仕掛けや術位は要るよなァ?

 悪い、悪くないもあるまい。取り敢えず、行方知れずになっている連中があれらの仕業なら、問い詰めなきゃならん。
 どうしても判断に迷うってなら、是が非でもこの館から脱出せなけりゃならん」

具体的にどうするかはともかくとして、手段はいくつか覚えがある。
座ったままとなればポーズに限界はあるかもしれないが、ファッションとしてはスカーフの類は悪くないだろう。
薄汚れた風情にも見える羽織が少々、気にはなるが。
取り敢えず後で返してくれるだろうと思いつつ、体重を預ける姿を傍に感じつつ答える。
依頼人の目的達成優先、行方不明者の探索を次点とすれば、目的達成の落としどころに悩むなら、依頼人に判断を仰げばいい。

「ご苦労さん。……――話云々はまあいいが。連れの具合が気になるんだが、どうしてもだめか?」

水を運んできた件の家令の言葉に露骨な位に眉を顰め、わざとらしく身を揺らしては「大丈夫か?」と体重を預ける姿に身を向ける。
ちょうど、家令から見て背を向けるように身を捻りつつ、懐から取り出した一枚の札を羽織の襟元の隠しに滑り込ませる。
短冊サイズの紙にのたくった朱と墨の文字めいた紋様が書かれたそれは、念を籠めれば、対の札から声が通る通信用の術符である。
一応、という体ではないが、同行者の体調が悪いという体裁、ポーズを見せるように振舞いながら、どうしてもと渋るならば件の私室に向かうという姿勢を見せる。

ご案内:「郊外の洋館」からジギィさんが去りました。
ご案内:「郊外の洋館」から影時さんが去りました。
ご案内:「布に包まれて」にタン・フィールさんが現れました。
タン・フィール > 「んんっ……―――んぅ…すぅ…」

寝息を立てながら、長いまつげの目元は安らかに閉じ、
深く眠りに落ちていた意識は徐々に目覚めへと向かっていく。

すっかり冷え込んで聞いた外気に比べて、少女のように華奢な幼子が眠り、くるまるこの布の中は、高めの代謝でぽかぽかに温められていて、
なかなか外に出難い誘惑の人間こたつ状態。
毛布の中で丸出しの太ももを、すべ、すべ、とこすり合わせて、心地用に口元をむにゃむにゃさせていた。


黒髪をすっぽり布の中に突っ込んで、子猫さながらにぬくぬくと暖を取る薬師の子が目覚めるのは、

自分の自宅であるテントの寝所の毛布の中か、
あるいは王都のどこかの宿泊施設の一室か、他人のベッド…
そのどれとも違う、思いもよらぬ目覚めの場所かもしれない。

ご案内:「布に包まれて」からタン・フィールさんが去りました。