2019/02/02 のログ
グラムヴァルト > 「クハッ、ンだよそりゃあ。てめェの事かァ?」

グラムヴァルトの胸元程度にしか背丈の無い少女の精一杯の嫌味に返すのは、噴き出しながらの切り返し。酷く愉快そうな笑い声を上げながら、本を返したその大手で少女の桃髪をぐしゃぐしゃに撫で回す。
そうして唐突に行き先を変じた狂狼への困惑の問いかけに返すのは『何を訳の分からン事言ってやがる?』といった風情の、質問の意味が分からないといった表情。
そのままどんどん進む男の歩みが気弱な少女を連れ込むのは、夕刻の茜色の中、一足先に夜闇に閉ざされた様に感じられる薄暗い路地。汚臭を放つ不気味な色の水溜りと、漆喰壁のひび割れの目立つ貧民街。道端にぐったりと座り込み、痩せた身体で双眸だけをギラ付かせた乞食の視線に晒されながら辿り付くのは牢獄めいて頑丈そうな、掲げられた看板からして恐らくは宿屋なのだろう建物だった。
我が物顔で扉を開き、座り心地の悪そうな長椅子が一脚だけ置かれた狭苦しいエントランスで無人のカウンターをバンバン叩いて店主を呼びつける。
そうして億劫そうに姿を現した店主と何事か話した後に

「オゥ、ミンティ、ここでちょいと大人しくしてろ。」

事情説明も何もなく、ただそれだけを一方的に言いおいて、鍛え上げられた長躯は雑な足音を響かせて上階に消えた。結果、禿頭の中年店主のニヤニヤ笑いに見つめられる少女だけがポツンと残される形となる。途中、奥から呼びつけられた痩身の男が、ミンティに横目を向けながら店主に何事かを耳打ちされて店の裏手に消えるという意味深なやり取りを見せたりもする。

ミンティ > 「……悪かったですね」

小さくて。背の低さを笑ったのだろうとは伝わってきたから、そう言いたげに口を尖らせる。ついでに、髪をぐしゃぐしゃにされるのは困ると眉を寄せて、ふいと顔を背けた。けれど頭を撫でてもらえる事そのものは嬉しいから、なんとも言えない表情になって。
はっきりとした説明もなく、連れられるまま歩く。仕事でもない限り、あまり近寄らないようにしている界隈に進んでいると気がつくと、不安そうに身体を寄せた。
漂う悪臭に息を詰めて、外套の襟に口元を隠す。一人だったら間違いなく威圧されていただろう視線を道端から受けると、身体の大きな彼が一緒にいると頭ではわかっていても、足が竦みそうになった。

「……え?…あ……ええと、…はい」

しばらく歩いて、宿と思わしき建物に入る。彼はここで寝泊まりしているんだろうかと、きょろきょろ周囲をうかがっている間に、大きな手が離れて。
そのまま上階へと消えてしまう広い背中を、ぽかんとしたまま見送った。ここへ連れてこられた理由はまだわからず、意味ありげな店の裏手へ消える男性の動きにも不安が募る。
彼が戻ってくるのを待つ間、店主らしき男性から向けられる視線も居心地が悪くて、自然と壁際に身を寄せていく。臆病そうに肩をすくめながら、あちこちに視線を向けて。

グラムヴァルト > 「―――ハハッ、悔しけりゃもっと肉食え、肉。そうすりゃあちこちもうちィとばかりは成長するだろうゼ。」

可愛らしく唇を尖らせる所作にニヤニヤ笑いを深めつつ、少女を連れ込む貧民街。比較的平民地区にも近い、貧民区にしては上等で頑丈なその宿は、彼女が想像した通り今のグラムの棲家であった。
まるで状況についていけてないという顔で、どこかぽかんとした返事を返す少女の頭部をもう一度大きな手で撫で別れる。

『くひひひひっ、お嬢ちゃん、あの旦那とはどういった関係で?』

つま先から髪の毛の先まで、ねっとりと舐め回す様な嫌らしい視線を隠しもしない店主の問いかけ。手持ち無沙汰の暇つぶしではあるが、見るからに堅気であろう年若い少女と狂狼との関係に実際興味を抱いたからのものだろう。
グラムヴァルトが人攫いであり、宿の店主と先ほどの痩せ男がグルであるなら、少女の命運はほぼ決まったも同然の状況。彼女の未来は、自身が描いていたどんな物よりも過酷で陰惨な物となるだろう。
ミンティがそんな不安を覚え始めるか、それとも疑う事すらなく健気にじっと狂狼を待ち続けるかは分からぬ物の、程なくして外套の上から更に分厚いマントを羽織り、重たげな背負い袋を担いだグラムヴァルトが階段の軋みも耳障りに降りてくる。

ミンティ > たぶん、こちらからなにかを言ったら、その分だけからかい返されるのだろう。悔しげに唇を噛みながら彼の背中を見送って、そんなに時間は経っていないはず。けれど居心地悪さのせいか、もうかなり長い間、じっと待っているような気持ちになってくる。次第に心細くなってきて、外套の中で画集を抱き締めた。
自分にとっては、よくない記憶となるような事が多い場所。だからつい気持ちが臆病になるし、店主から向けられる視線にも身体が竦む。そんな気分の時に声をかけられたから、跳び上がりそうなくらい震えてしまった。

「……はい?
 ……あ、…ええと。…………こいびと、…です。……たぶん」

どう答えたらいいか悩んでから、小さい声を返す。誰かの恋人になった事がないから、自分で言っておきながら自信が足りない口調になってしまったけれど。
そんな会話をしていると、階段の方から重たい足音が聞こえてきた。自分が騙されているかもしれないなんて微塵も考えなかったから、彼が戻ってきたのだ思い、ほっと息を吐く。
あまり快く思えない視線を向けてくる店主に一応会釈をして壁際から離れると、階段の方へ小走りに。

グラムヴァルト > 『―――――ハァ!? ……ハ、ハハッ、お嬢ちゃん、そいつはきっと騙されてるってぇもんだ。あの旦那が恋人ぉ? しかもその相手が嬢ちゃんみてぇな……っと、失礼。』

少女の答えを耳にした店主は、性根の悪そうな細目を丸く見開いて、直後小さく噴き出しながらの忠告を口にした。それは善人とは呼べぬ店主にしては珍しい助言めいた代物。いかにも人の良さそうな少女に対して、らしくもない哀れみでも覚えたのかも知れない。
慌てて無駄話を切り上げたのは、暴力を日常とする危険人物が戻って来たから。そんな男に安堵の表情を向け、更にはこちらにまで行儀よく頭を下げる少女に店主は困った様な顔をする。そんな二人のやり取りなど知らぬ狂狼は

「――――アァ、ちょいと急がねェと不味いな、こりゃあ。」

近付く少女にニヤリと笑いかけてから窓の外に目を向けて、バリトンの独り言を漏らす。 その直後、伸ばした長腕がヒョイと少女の小躯を抱え上げた。それこそ、小麦袋でも担ぐ様な雑な所作。そのままずんずん歩いて店の裏手にある大きな建物に入り、少女が妙な獣臭に眉を潜める間に再びぐるんっとその視界が反転させられて――――ストン。安産型のお尻が乗せられたのは、グラムヴァルトの肩くらいの位置にあるやけに背の高い椅子の上。
長首を巡らせ逞しい横顔を向ける黒馬のつぶらな瞳が少女を見つめている。その傍ら、急ぎで馬具の調整を行い、狂狼の背負袋を馬の背に括り付けているのは先程店主と話していた痩せ男。少女の体躯は、立派な黒馬の鞍上に横座りにさせられていた。
そして、そんな彼女のすぐ後、グッと鐙に体重を掛け、悠然と長脚を持ち上げて跨ったグラムヴァルトは少女の下腹をぐいと抱き寄せ

「――――オゥ、落ちねェ様にしっかり捕まっとけ。」

と低く伝えた直後に馬腹を蹴って駆け出した。

ミンティ > 「…………」

会釈をする直前まで、店主を相手に睨むような顔をしていたかもしれない。関係を疑われたのも、彼を悪く言われたような気がするのも面白くなくて、意思表示が苦手な自分にしては珍しく、面識のない相手に不貞腐れたような顔をしてみせていた。
店主なりの忠告だったのだろうと、一応わかっているつもり。階段からの足音が聞こえてから会釈をしたあとは、睨んだ事を詫びるように申し訳なさそうな顔をして。

「あの、ですから、……っ」

どこに行くのか。なにをするのか。まったく説明してくれない彼には困った表情で、あらためてちゃんと尋ねようとしたけれど、やはり叶わなかった。口を閉じるのがもうすこし遅かったら舌を噛んでいたかもしれない。荷物のように担ぎ上げられて、反射的に手足をじたばたさせる。小さく暴れても、彼の逞しい腕には大して負担にならないだろうけれど。
なにがなんだかわからないうちに、高いところに座らされていた。おろおろしながら状況を把握しようとしていたら、馬と目が合い、びくりと震える。馬車には乗った事があるけれど、馬に直接乗るのは初めてで。

「ぐ、グラムさん…?――――っ?!」

なんとなく、彼が遠出をするつもりなんじゃないかと思えてくる。それならそれでお店を休むための準備をしないといけないし、あちこちへ連絡もしないとならない。せめてそれだけ済ませる時間をもらおうとしたけれど、黒い馬が駆ける速さにおどろいて、いろいろと言う余裕も一瞬で吹き飛んでしまった。

グラムヴァルト > 担ぎ上げた小荷物は、本当に中身が詰まっているのか心配になるほど軽かった。それが肩の上でジタバタ暴れる様などは、首根っこを捕まえられた猫の様でたまらなく愛らしい。『まぁまぁ、落ち着けや』とばかりに軽く叩いたのがロングスカートに包まれた意外にボリュームのあるお尻であったのはその愛らしさが原因である。
そして、困惑と焦りを含んだ少女の名呼びなど当然意にも介さず馬を走らせるグラムヴァルト。

「―――オゥ、下手に喋ってっと舌ァ噛むゼ?」

これまで乗馬などした事の無かったらしいミンティには、さぞや恐ろしい初体験となっただろう。流石に道幅も然程ではない街中の事、全力疾走という訳ではなかろうが駈歩であることは確かである。
普段の倍近い高さにある視点が激しく上下に揺れながら、夜の暗がりに支配されつつある路地の景色を凄まじい勢いで後方に流していくのである。落馬などすれば命を落としかねない。グラムヴァルトの逞しい長腕に抱かれていなければ、そうなったとてまるでおかしくない荒々しい馬脚。
家路へと付く人々の流れに逆らい勢いよく走り続ける黒馬は、程なく馬上の二人を街門へと近付ける。
重く巨大な門扉閉めようとしていた数人の衛士が、勢いよく駆けてくる黒馬に気付き、あるものは大慌ててで門の端に身を寄せ、ある者は強張った顔で槍を構える。

門兵の怒声と、黒馬の勢いに誰かが上げる悲鳴。
一瞬ちらりと向けられる黒馬の瞳に応える様に、逞しい太首をぽんぽんと叩いた狂狼が

「――――ハァッ!!」

勇ましい声音と共に鐙を踏んで、抱いたミンティの小躯もろとも身を浮かせての前傾姿勢。直後、人外の脚力を発揮して跳躍した黒馬が槍を構えたままへたり込む衛士の頭上を飛び越えて――――ドッと着地。そのまますっかり暗くなった街道の先に向けて速度を緩めることなく駆けていく。

ミンティ > 物語の中で、馬の背が揺れるという話くらいは目にした事があった。しかし文字で読んで想像するのと実際に体験するのでは大違い。揺れる身体を支えるために、どこかに手を置きたいけれど、その置き場所もわからない。そもそも借り物をなくすわけにはいかないから、片腕は本をしっかり抱えたままにしなければならず。もう片方の手も、眼鏡を押さえる以外に使えなかった。
乗り慣れた様子の彼ならば、そこまでの揺れには感じないのだろうか。実際は、神経質なくらい眼鏡を気にしている必要もなかったのかもしれないけれど。

「……~~っ」

慣れないせいで声で返事をする事もできずに、こくこくと頷くだけでもやっとだった。自分で歩くよりも速いペースで大通りを進む。いつもより高い位置にある視線で見る街の景色は新鮮だったけれど、あちこちを見る余裕はない。
両手を支えにできないから、彼の腕と身体だけが頼りで。すこしでも身を寄せていようと、後ろに重心を傾けるような姿勢になっていた。

「……あ、の、…グラム…さん……っ!」

そのまま馬の背中で揺られていると、目の前に大きな門が見えてくる。そこから先は街の外だと知っているけれど、実際に越えた事はない。遠出をするにしても王都の中のどこかだろうと考えていたから、予想もしなかった行先に、にわかに慌てて彼の名前を呼んだ。

「――――っ?!」

大きな馬が、逞しそうな衛兵よりも高く跳躍したから、あげた悲鳴は声にもならない。眼鏡を押さえて、本をしっかり抱いていたのは正解だったかもしれない。そうしていなかったら、どちらかなくしてしまったに違いなかった。
あわてふためき、呆気にとられている間に気がつけば街の外。ぽかんとしたまま、目の前に広がる光景を眺めて。

グラムヴァルト > 子宮をヒュッと収縮させるかの浮遊感こそあれ、着地の衝撃は驚く程に軽かったはずだ。グラムヴァルトの逞しい腕に抱かれた少女の腰が鞍から浮き上がっていた事がその理由である。そして力を緩めたその腕が、壊れ物でも扱うような丁寧さでそっと鞍上に彼女の尻肉を戻しつつ

「―――ハハッ、クハハハハハハッ! ギリッギリだったなァ、オイ! 後少しばかり遅れてたら、旅はお預けになっちまってたゼ!」

大口開けて暗がりの中に響かせる笑い声。その屈託の無さは、少女の日常など考えもしていないのか、はたまたある程度分かった上で知ったことかと無視した結果なのか判別の付かぬ物。
さり気ない動作で速度を落としたのか、街中を走っていた時に比べれば緩やかな上下動が少女のお尻をこつん、こつんと突き上げるも、今ならば口を開いても舌は噛まぬだろうし、眼鏡から手を離しても多少ずれる程度で済むだろう。

「――――っと、悪ィな、ミンティ。門が閉まっちまうとどうにもならねェからよォ、あれこれ考える暇が無かった。寒ィだろ? ほれ、おめェも中に入ってろ。」

と、少女を抱く腕を緩め、手綱から離した手指でローブの様に身体に巻き付けたマントの内側に彼女の小躯を潜り込ませる。あまりの状況に吹き付ける寒風を感じている暇すら無かっただろう彼女は、身を包む熱でようやく寒気を感じていた事を知るのだろう。
少女の眼前に広がるのは群青の星空の下、収穫を終えた畑が形作る開放的な広がり。日も落ちたこの時間、道行く旅人の姿はなく、なだらかな丘陵をゆるくうねる街道の筋だけが遠くまで続いている。
その所々に常緑樹の黒々とした茂みが散見し、遥か遠くに切り立つ山嶺の天辺を彩る雪白がやけに白々と見えた。

ミンティ > 頬を撫でていた風がすこしだけ柔らかくなった気がするのは、馬が駆ける速度を緩めたからか。肌が凍りついてしまいそうな冷たさから解放されて、ほっと息を吐く。さっきまでと比べて乗り心地はよくなった。軽く上下に揺られる感覚には慣れないけれど、気づかないうちに緊張していた身体からも力が抜けていく。頭上では高らかな笑い声が聞こえて。

「わ……
 笑い事じゃあ…ありません…!こんな…急に……!
 お店、休むなんて誰にも言ってないのに……!」

首を反らせて彼を見上げ、眉を吊り上げた。自分にしては珍しいくらいの大声で文句を言っていると、また外套の中に包まれた。遅れて身震いをする冷えた身体が、すこしずつ温められていく。
なにも言わずに休んでしまったら、お店を任せてくれた人も心配するだろう。商人の仲間だって、急に留守にしたら何事かと思うかもしれない。こちらの事情なんか構いもしていない彼を、しばらく不貞腐れた顔で睨みつけて。

「……すぐにでも外が見たいなんて…言ったつもりはありません。……ばか」

小さく溜息をこぼしてから、困ったように眉を下げつつ控えめに笑った。画集の話をしたから、自分のために馬を出してくれたのだろう。まるで子どものような無鉄砲さに呆れたけれど、うれしいのもたしか。
心配をかけてしまう人には、あとでちゃんと謝ろう。諦めるようにそう考えて空を見上げた。

「ひろい、ですね」

どこを見ても建物で視線が遮られた街の中とは大違いの景色。こんなに遠くまで見渡せるのが不思議に思えるくらい新鮮な外の世界。ぽつんと、見ればわかるような事を思わず呟いてしまう。

グラムヴァルト > 「――――ハハッ、ンなまどろっこしい事言ってっから旅に出た事がねェとか訳わかんねェ事になんだろが。あんなちっぽけな店が数日休んだ所で、そう困る相手もいねェだろォよ。」

常識的な声音に返すのは、大雑把で酷く失礼な物言いである。その『ちっぽけな店』を切り盛りして必死で生きてきた少女からすれば、頭に来る物言いでさえあったかも知れない。
それが分かっているのかいないのか、ムッとした表情でこちらを見上げる少女に向けるのは、凶眼を細めた優しげな表情。

「クックッ、でもまぁ、オレのおかげで長年の夢が叶ったンだろォが。あれこれ面倒な事考えず、まずはそいつを喜びやがれ。」

マントの中に細く軽く小さな体温を抱き寄せて、道の先へと視線を向ける桃色髪の頭部に頬を寄せる。そして、ぽつんと彼女の可憐な唇が漏らした言葉に

「――――そォかぁ?」

返す言葉はやはり風情を介さぬ代物なのだ。それでも、頬寄せた無骨な顔の大きな口が綻んでいるのは、愛する少女が喜んでいるのが伝わって来るからなのだろう。

「てめェが望むンだったらいつでも連れ出してやるよ、ミンティ。」

ミンティ > 「だとしても、任された責任があります」

彼が言うとおり、あのお店を数日休んだところで困る人もいないだろう。よくわからないものを売りつけにくる冒険者だって、留守なら他を当たるはず。商人仲間の会合も、自分は末席にいるだけだから。
それでも無断でさぼっていい理由にはならないと言い募ってはみたけれど、口調はもう柔らかいものに変わっていた。
乗り慣れたとは言えないけれど、馬上でも落ち着けるくらいにはなってきた。身体の力を抜いて彼に凭れかかり、目の前に広がる光景を眺める。頭の上に頬を寄せられると、その重みにつられて首を軽くかしげて。

「…事前に相談して、準備をする時間をくれたら……もっと素直に喜べました」

本当は素直にありがとうと言いたいのに、不器用な嫌味が口をつく。今後も唐突に連れ出されては困るから、言っておかなければならない事でもあったけれど。
街の広場から見上げるより空が高くなったような気がして、目につく星の多さに、頭がくらくらするような感覚。

「…はい。
 ……ええと、あの…どこかに泊まるんです…よね?」

じゃあ、行きたいところをたくさん考えておこうと思った。不機嫌だったのも短い間だけ。いろいろと問題のある行動だけれど、それでも自分のためにしてくれた事だから、今は素直に楽しむ事にする。
これからどこへ向かうんだろうと尋ねようとしてから、お店を休むとか、まるでどこかに泊まるのが当たり前のように考えていた自分に気づく。それがすこし恥ずかしくて、赤くなる頬を片手で隠し。

グラムヴァルト > 「ハ、思い立ったら即行動すンのがオレのぽりしぃっつーヤツなんだよ。てめェはオレのメスなんだから諦めろ。」

ぴすぴすと鼻先を動かしてピンクのつむじの匂いを嗅ぐ。すっかりこちらに身を任せた彼女と同じく、こちらもまた優秀な黒馬に歩みを任せた緩い姿勢。彼女の口にする店への責任感とやらは、獣の様な思考が抜け切らぬ狂狼には正直良く分からぬ物。だが、一日の大半を過ごすあの店での仕事を、彼女なりに楽しんでもいる様に聞こえる言葉には、少しばかり嬉しく思う。
好意を抱く相手が幸せそうならこちらも嬉しい。人間ならば幼い頃に知るだろうそんな実感を、彼女と知り合ってから教えられた狂狼には馴染みの薄い感覚。だが、悪い気はしない。

「あァ、そうだな。ここからならちょいと飛ばしゃあ2刻も掛からず村につく。そこで泊まンのもいいし、オレ達みてェな無法モンが普段してるみてェに野宿を経験すンのもいい。てめェ一人じゃ明日の朝にァ風邪っぴきだろォが、ま、オレと一緒なら問題ねェだろ。」

ここからだと最も近い神聖都市まででも片道で3日は掛かる。準備も雑な旅路は、旅慣れたグラムヴァルトにとってはどうという事の無い物ではあっても、華奢な少女では体調を崩しかねない大冒険となるだろう。
ここ最近、どうにも少女の事が気になって匂いを辿り、遠間から一日眺めて過ごすなんて事もしたストーカーは、この小娘があのちっぽけな店からあまり長く離れたがらないだろうと予想してはいた。
故に突発的な今夜の旅は、近場の鄙びた農村だとか、どこぞの野営場までの短い物になるだろうと思っている。しかし、もしも彼女が遠くに行きたいというのであれば、この狂狼はそれを叶えるべく動くつもりもあった。グラムヴァルトにとってもようやく安定し始めた王都での生活だが、子供の様に貧相な、まるで喰いでのないこの小娘のためならば、捨ててしまっても構わない。と、そう思っているのである。

「よォ、ミンティ。てめェ、行きたい場所とかあンのか?」

ミンティ > 「……あまり無理をとおすようでしたら、きらいになります。…だから、ほどほどに」

やっぱり、釘を刺すところは刺しておかないといけない。そう感じさせる彼の主張に、言い方を迷いながらも、はっきりとした口調で告げる。困らされているのは自分なんだから、このくらいは言っても罰は当たらないはず。そう思ったけれど、なんとなく悪い気がしてしまって、多少なら無理も聞くと付け足してしまった。
まるで子どもみたいに嬉しそうにされるから、自分まで嬉しくなる。すっかり絆されてしまっていると思いながらも、悪い気はしなかった。

「……野宿」

冒険小説で読んだ光景が頭に浮かぶ。川辺での焚火や、洞窟の中での夜明かし。その場で調理したものを食べて、星を眺めながら眠る。文章で読むよりも大変なのかもしれないけれど、それでも、わくわくしてしまう。慣れない自分がいたら足手まといにならないか、おとなしく村まで行った方がいいのか悩む。
優柔不断というより、いろいろ考えすぎて、すぐに答えが出せないのは悪い癖だった。そうやって考えこむ様子も、どこかから見ていた彼なら何度も目にしていたかもしれない。

「……大きな川。広い海。高い山。いろんな花が咲く野原。王都以外の、大きな街。
 ……たくさんあります。…………お願いしたら、本当に連れていってくれますか?」

行ってみたい場所は挙げると尽きない。今までは思い描くくらいしかできなかったけれど、彼なら本当にどこへでも連れていってくれるのかもしれない。
もちろん、このまま準備もなく長旅に出るつもりはない。またいつかの話ができるのも恋人の特権かもしれない、なんて考えて、すこしだけ甘えるように上目づかい。

グラムヴァルト > 多少の迷いを含みつつ、それでもはっきりと釘を刺す少女の言葉には、狂狼の眉根も思わず浮いた。どこまでも流されてしまいそうな弱々しい雰囲気を持ちつつも、時折意外な強さを覗かせる。『そういや風呂でも引っ叩かれたっけなァ』と持ち上げた口角を、平手の軽い痛みを思い出す様に軽く撫でる。

「―――ハッ、知るか。」

しかし、少女に返すのは天の邪鬼な憎まれ口。この小娘には嫌われたく無いなんて柔弱さを素直に認められる程大人びてはいないのだ。とは言え、意地を張って殊更に迷惑を掛けるつもりもない。他愛のない悪戯で少女の困り顔を引き出す程度の事はするだろうが、少女を本気で悲しませる様な事は男にとっても本位では無いのだから。
野宿と聞いて何やら嬉しそうに悩み始めた少女を見下ろし、クックッと笑う。実際の野宿は彼女が思っているほど良いものではないのだが、それを早々に教えてやるほど気のいい男でもない。理想と現実とのギャップに困惑する少女の様子もたっぷり愛でさせて貰うつもりである。
そんな彼女が上目遣いと共に向ける問いには

「――――オゥ。どこにだって連れてってやらァ。」

ニヤリと笑って力強く応じよう。

「……ま、今回はミンティちゃんの"初めて"だからな。いきなりケツ孔穿るっつぅのも風情がねェ。今日の所は村のベッドでの正常位で我慢しとけ。」

その後に続くのは、少女の羞恥を煽る意地の悪い物言い。改めて彼女の小躯を抱き寄せて、勇ましい掛け声と共に再び黒馬を駆けさせる。辿り付いた村での一泊の後、あちこちのんびり眺めながら王都に戻るのは翌夕刻。
結局1日無断で店を開けてしまった彼女は各方面に頭を下げて回る事になるのだろうが、狂狼の強引さが齎した小旅行にそれだけの価値があったかどうか。それを知るのは少女自身と、再び店で働き始めた彼女の表情を遠間から眺める男のみ。

ミンティ > 「……わかってくれたのでしたら、もう言いません」

自分よりもはっきりと意思を主張する相手。そんな彼が投げやりな返事で流したのだから、こちらの言いたい事はちゃんと伝わったのだろうと思っておく。
初めて街を出た記念の日なのに、ずっと臍を曲げたままでいるのも損だから、これ以上ぐちぐちと言い募るつもりもない。それに、きらいになると言った自分の方が、すこし寂しい気持ちにもなっていたから。
被せてもらった外套を片手でしっかり閉じあわせるようにして、ぬくもりを逃がさないようにした。

「……はい」

笑顔で返された答えに、こちらも笑い返すように目を細くする。今度は画集でなく、旅の計画を立てるのに役立ちそうな本を借りようかと思った。着替えや、大きな鞄も新しく買おう。靴も、もうすこし歩きやすいものがいいんだろうか。なんて考える事は尽きず。気づかないうちに口元を綻ばせていたけれど。

「……言い方」

野宿がおあずけになった残念さよりも、品のない台詞の方が気にかかる。もう不機嫌な顔はしないようにと思っていたのに、また眉を寄せて彼を睨みつける。
再び馬が駆け足になると、やっぱり身体が硬くなってしまった。肌に当たる風も強くなるから、彼の外套にすっぽり包まって、目元だけ外に覗かせるような状態になっていたかもしれない。暗い平原の向こうに村の明かりが見えてきたら目を輝かせ。連れ出してくれた彼に、宿についてからようやく思い出してお礼を言ったりもしただろう。
そんな風に初めての小旅行を終えた帰り、名残惜しみながらも手を振っての別れ。
それからの数日間、隣でからかわれもせず、まさか見張られているなんて思いもしなかったから、わかりやすいくらい浮かれて過ごしていたようで…。

ご案内:「王都マグメール 平民地区」からミンティさんが去りました。
ご案内:「王都マグメール 平民地区」からグラムヴァルトさんが去りました。
ご案内:「郊外の森」にカーレルさんが現れました。