2017/03/24 のログ
ルキア > 「そう、大丈夫だから、いい子だから、ね?」

娘の言葉に、生物は男性に襲いかかるようなことはなかったがそれでも威嚇の声はやまずに、その緊張は触れている娘に伝わってくる。
ともすれば、反射的に襲いかかってもおかしくないのに改めて声をかけて優しく宥めるように撫で続ける。

「………。」

この洞窟でかくまっている、と続く彼の予想も大方あたっている。

「―――そんな、こと…!」

殺せ、と無情にもそう言い切る彼に、娘は驚愕に目を見開く。
異形の魔族が女の体を母体にして、産ませるというのは娘はあまりよく知らない。
けれど、この異形は確かに娘の卵子から命といて芽吹き、臍帯を通じて娘とつながっていたのだ。
生まれてすぐに、目にしたとき恐怖もした絶望もした。
けれど、ママ、ママとこの子の鳴き声が母である自分を求めているのがわかった。
乳を吸い、必死に生きようとしているのが伝わってきた。
母になると選択したとの時から、この異形は自分の子供なのだ。
血を分けた、その子供を殺せと目の前の男性は言う。
そんなことができるわけがない!
そう言おうとした声は、途中で途切れてしまう。
まるで鋭利に研ぎ澄まされたナイフのような瞳にかち合い、声が喉に張り付いてしまう。

「―――っっでも、それでもっ!」

彼の言うことは、全て正しい。
この子が、どれほどの大きさになるのか分からない、絶対に自分の言うことを聴き続けるかも分からない。
絶対に人を襲わないという保証もない。
だからこそ、こうやって洞窟の中に隠していたというのもあった。
その図星をさされて、うまく言葉が出てこない。
船を、街を、人を襲えば命は失われ血が流されることになる。

「私は被害者なんかじゃない!!」

けれど、その言葉の中で即座に反発する言葉がでた。
『被害者』と。
違う、私はこの子の母親だ。
そして、この子の父親となるその相手ことを『知らない』
『知らない』けれど、何故か愛しいと思う。だからこそ、異形であるこの子にも愛情を感じている。
それを否定されるのに、考えるよりも先に言葉が出ていた。

「この子は絶対に殺させたりなんかしない!殺させない!」

本当は、使い魔として使役する方法を模索している最中だった。
魔術の徒である自分なら、使い魔をもっていてもおかしくはないし使い魔として契約を結べば母親としての言いつけ以上に命令を遵守させることもできる。
それでも、我が子を使役するということへの感情の迷いや、召喚するにしても召喚する前にこの子がどんな環境にいることになるのかが分からずに踏み切れずにいた。
そんなことを説明すれば良かったのかもしれないが、この子が殺されるという状況に、頭に浮かびもしない。
指輪を杖へと変化させると、子を守るように立ちはだかり男性と対峙して。

アシュトン > そんな事、それでも。
だが悲しい事に、十分とあり得る残酷な現実だ。
そしてその現実に対する、明確な判断だ。

(男の視線は相変わらずだ。
彼女か、彼女が連れる触手が此方へとやってくれば、即座に斬りかかってくると感じても、おかしくない程に。
彼女の気持ちが分かるとは言わない。自分は所詮男である。
だが察する事は出来る、考える事は出来る。その上で突きつける)

被害者じゃない、か。分かった、言い換えよう。
母親であるルキアの産んだマレルトという名の子供が、ヒトを殺すようになっちゃ全てが手遅れなんだよ。
その子が被害者を作るかも知れないんだ。
こんな街の近くで大きくなったマレルトが暴れてみろ、即座に討伐隊がやってくる。
そうなったらどうする?ルキアはマレルトを護ろうとして、ヒトと戦うだろうな。
結果どうなるか、死ぬだろうな、ルキアもマレルトも。だから俺はせめてルキアだけでも生き残る選択を、したいんだがな。

(杖を構え、それは臨戦態勢なのだろう。そんな姿を前にして一つ息を抜けば、何処となく優しさ含む笑みを浮かべた。
後、に)

納得できないってんなら、俺が『無理やりに』殺してやってもいい。
俺を恨んで憎んで、悲しみが紛れるならそれもいいだろう。
別に遠慮する事はない、割と慣れてる。

(唇で弧を描くような笑みを浮かべれば、拳で腰に提げた剣の柄を叩く。
先とは180度変わった、ぞっとする笑み、というヤツだ。
彼女が先に動けば、何時とコチラから攻撃が発せられても、不思議ではない)

まぁそれは一先ず置いといて、だ。
ソイツを生き残らせる手も、有ると言えば有る。使い魔とかそういうのは、間に合うか分からんが。
こっちならそう手間はかからんだろう、極論気持ち一つだ……ルキア、お前魔族になれ。ヒトと決別しろ

(気の抜けたような声と共に、恐らくは彼女が予想していなかったであろう台詞を告げた)

ルキア > 「…っ、でも、この子はわたしの言うことを理解して、聞いてくれます!だからそんなことは…っ」

どれだけ言い募ろうと、『絶対にありえない』とは言い切れないのだ。
彼の言う現実も、『絶対』ではない。絶対ではないけれど、そうなってしまってからでは遅いことは、娘にもわかってしまう。

「人間だって、人を殺すじゃないですか。戦争だってして、たくさんたくさん人を殺すじゃないですか!なのに、どうしてこの子が人を殺すようになるかもしれないってだけで殺されなきゃ駄目なんですか?!
 私はこの子の母親になるって選択をして、世界中の誰に愛されなくてもこの子を愛して、この子の味方になるって決めました。
 だから、殺される時は一緒に殺されたっていい!」

それは問題のすり替えだ。
理由はさっき彼が言っている。この子が今よりも大きくなって街や船を襲えば、多くの罪なき人々が犠牲になる。
遺された人たちが悲しみに暮れる。
そんな未来を危惧しての男性の言葉だが、娘は感情で理解できないと杖を構えたまま首を横に振る。
優しさを含む笑顔で告げる彼の言葉は、自身の命を気遣ってのことだともわかるけれど、納得ができない。

「――っ」

ぞっとするような笑顔に、背筋に冷たい汗が流れる。
ぎゅっと杖を握り締めて、構えるが元来攻撃魔法というものは苦手だ。
そして、戦闘の経験なんて皆無。
勝ち目なんて万に一つもない。

「―――え……?」

娘からは先に動くことはなかったが、異形の生物が威嚇の声をあげて一触即発の張り詰めた空気のなかに男性の気の抜けたような声が洞窟に響く。
何を言われているのか分からずに、随分と呆けた表情をしていたことだろう。
もともと娘はエルフで、人間とも種族は違う。
しかし、違う種族でも魔族になれと彼は言う。その意味を測りかねて

アシュトン > 今の内はな、今の内は。もし今ルキアの言う事を聞かずにすぐさま俺に襲い掛かってきていたなら。
その時はそのまま切り捨てる心算だった。
それにこれから先、ルキアの言いつけを守り続ける、そんな保障はない。
普通の人間の子供だって、反抗期っつって両親に逆らうんだ。
魔物の血の濃いそいつが、やがてルキアの声を聴かないようになって、ヒトを襲い始めるってのは――十分あり得る話だ。

(そう、どちらも絶対ではないのだ。有りうるかどうかの話。
ただ、人間という生来それほど強い訳でもない種族であるこの男は、『そうなってしまっては遅い』という話を優先するのだ)

そうだよ、ヒトはヒトを殺す。俺だって沢山殺した、ヒトも、魔族もな。そして魔族もヒトを殺す。殺し殺されだ。
だが殺されたいなんて考えるヤツは、自殺志願者でもない限りあり得ない。
そしてルキアの子は成長すれば、俺みたいに罪の有る奴も、無い奴も。死にたいヤツも、死にたくないヤツも、殺すかも知れない。
――そう考えるのは、俺が弱い人間だからだ。ルキアの子供が怖いからだ。
そしてルキアが一緒に殺されても、何の解決にもならないんだ。何もかも手遅れて、そうなっては遅いんだ。
そうなってしまうかも知れない恐怖を、俺はその子に感じているんだよ。

(双眸に微かな悲しみを漂わせながら、言葉自体はなるべく感情を押しとどめたかの様に。
万が一の恐怖に対する、防御。彼女の子が、例えば人間や、ヒトのような種族の混血であればそうでもないのだが。
魔族との混血であるあの子には、恐怖を覚えるには十分すぎる)

まぁ、そういう反応をすると分かっていたよ。
本当に魔族にしてくれるヤツも居るかも知れないが、探して見つかるかも分からんからな。
なモンで、俺が言ってるのは気持ちと考え方の問題だ。
自分は魔族だと言い聞かせて、何処かヒトの居ない場所で隠れて生きろ。
万が一、己の子がヒトを殺しても、魔族なんだから気に病む必要はない。
下手をすればその内討伐が出されるかも知れんが、巡り合わせが良ければ――いや、悪ければ、俺が殺しに行ってやるよ。
或いは誰かか、俺が二人の魔族に殺されるかも知れないが、気にする必要はないだろう、ただのヒトが死んだだけだ。

(ヒトである事を捨てて、魔族として生きる。
相当な覚悟は必要だろう。だが己の子を護りたいと言うのであれば、「その程度の覚悟」だ。
ロクでもない、邪悪と言ってもいい提案。こんな事誰かに聞かれたら牢に暫くぶち込まれてもおかしくはない)

ま、猶予はそう長くはないが、今すぐ答えを出す必要もないだろう。
少し、落ち着いて考えるべきだな。

(へふっと一息とつけば、両手をプラプラと振った。
先まで色々と行ったが、とりあえず、彼女が納得しない限り手は出さないようだ)

ルキア > 「………。」

返す言葉が無い。
この子は絶対にわたしの言葉を聞いてくれる気がする。
異形の生物であるマレルトと名付けた我が子似たして、そんな風に感じているが、それが絶対という保証も、それを証明する術もないのだ。
男性から、威嚇の声を上げる付けるマレルトに視線を向ければ、まるで『どうしたの?』と心配するかのようにピギィィとあの正気に鑢をかけるような鳴き声が上がる。

「ただ、この子は生きたいだけなのに…。」

人は人を殺す。けれど、生まれた赤子は、将来大量殺人者になるかもしれないという理由で殺されることはない。
異形故に、人とは違う言葉、違う感覚、違う姿、大きな力、それらが人を恐怖させ、恐ろしい未来を想起させ存在を消そうとする。
生まれたときですら、産婆にナイフを振り上げられ殺されそうになった時点でわかりきっていることだ。
それでも…それでも…。

「気持ちと考え方の問題…。……アシュトンさん、『獣王の誘い号』って海賊船のこと何かご存知なことはありませんか?」

彼にとっては唐突ともいえる話題に思えるだろうことが、娘からでた。
彼の言うことをはぐらかした訳でも、聞いていなかったわけでもない。
聞いた上で、思い浮かんだのはその名前だった。
なぜかは分からないし、その船のことも、船長のことも『知らない』
けれど、彼の話に何故かその名が浮かびその場所が解決策であるような気がして問いかけていた。

「…今はまだ、答えは出せません。…しばらくはまだ、この洞窟にこの子を隠していると思います。お願いですから、ほかの人には言わないでください…。」

アシュトン > ~~~~~ッ

(彼女が何も言わなければ、此方も返す言葉がない。
だが代わりに聞こえてくるのは、あの不快感を催す鳴き声だ。
或いは、たとえあの触手がルキアの言いつけを守っていたとしても。
その性質によってヒトに害をなす存在となるのではないか、そういう恐怖さえ掻き立ててくる
思わずと表情が歪むのも、仕方ないだろう)

だれでも、根っこの所を言えば生きたいだけだ。
そして俺はその沢山の『生きたい』を奪ってきた。そんな男でさえ、そいつに恐怖を感じるのさ。
生かして置けば、後でロクな事にならないぞ、ってな。

(生まれてきただけの生命に罪はない、なるほどその通りである。
では危険性だけで殺していいのかと言えば、元来は否だろう。
それでも化け物は化け物と認識して危機感を覚えるのが人間だ、未来を楽観視するというのは、難しい)

正気の沙汰じゃないが、解決案の一つではある。
獣王の誘い号? あ~……ちょっと待てよ、海賊船………え~っと。
あぁ、セレネルの海辺りを縄張りにしてる海賊、って位は、かな。
上とつながってて私掠船みたいな事をやってる、なんて話もあるが。
正直詳しい事は分からん、その分からんってのが不気味ではあるけれど。

(表ではなく裏の情報から思い出した話だが、それでもはっきりした事が分からないというのは不思議な話である。
まぁ、ロクでもない存在なんだろうという、予感はするが。
と大して役に立たない情報を頭の中から引っ張り出した後に、首をかしげて触手を指さす。
関係あるんだよな、とばかりに)

だろうね。だが急いだ方がいい。
何時産んだのかも知れないが、その手の存在は往々にして成長が早い。のんびりと構えてる程の余裕はないって事だ。
とりあえずルキアの子が大人しくしてる限り、いわねーよ。だから必死で抑えておけ。被害が出たら庇いきれん。

(この辺りが、最大限の譲歩だろうか。
言葉を終えると、刺激しないようにゆーっくりとポケットに手を入れ、同じ位時間をかけて手を引き抜き。
自分と彼女の間に、何か刻まれた木片を投げる)

私書箱……手紙やら連絡を集めておいて、受取人が確認しに行く場所の事なんだが。
その番号だ。ダイラスからでも、マグメールに連絡が出せる。
何か相談かやって欲しい事があったら、知らせろ。無ければそれでいい。
獣王の誘い号についても調べておくが、あまり期待はしないほうがいいだろうな。

ルキア > 彼が表情を歪めた理由。
それはこの子の鳴き声にあることは理解できる。
神経を逆なでするような、正気に鑢をかけるような声は自身にも影響はある。
けれど、ずっと傍にいたせいか、それともその声が発する言葉が聴こえてくるからか悍ましいとは思えなかった。

「……なるべく早く、どうにかするようにはします…。」

ここで言い募っても話は平行線だと、小さく吐息を零するそう告げる。
恐らくは、自分以外の人間の意見は彼と同じだろうこともわかるから。
自身の子を守るためにも、あまり時間は残されてはない。
こうやって、また人間に見つかる可能性だってあるわけで。

「…この子を守るための方法として、頭に入れておきます。
 …そうですか。いえ、このこと関係あるかどうかは知りません。ただ、なんとなく頭に浮かんだので」

結局彼からも、その船に近づけるような方法は聞けなかった。
それでも頭から『獣王の誘い号』という海賊船のことが離れない。
触手を指差すのには、首を振りながら『知らない』と事実を答える。

「はい…。生んだのはつい最近で、生まれた時は赤子くらいの大きさだったんですけど、あっという間にこの大きさですから、きっすすぐにもっと大きくなるんでしょうね。はい、ありがとうございます。よくよく言い聞かせておきますから…。」

短期間でここまで大きくなったことを明かし、今も成長途中だと告げる。
ここにいられなくなるようになるまで成長するまでには、結論を出さなくてはならないとは思っていた。
言わないと約束をしてくれるのには、ほっとした表情をして杖を指輪の形へと戻していく。
そして、ゆっくりとした動作から投げられた木札を受け取ると、相手とそれを見比べて。

「ありがとうございます、アシュトンさん。」

ぎゅっと木札を握り締めて、再開して初めての笑顔を娘は浮かべて礼を改めて伝える。

アシュトン > そういう事だ。
もし出来るなら、別の場所に移した方がいいだろう。俺ならそうする。
もしくは俺を殺して口を封じるかだな。

(さも当然の事とばかりに言えば、自分の首を親指で掻っ切るような仕草をする。
可能か不可能かにつては、別の話だが。
彼女とその子が協力して襲ってきたら、少なくともゼロではないだろう)

有りそうな筋で言えば、その獣王の誘い号ってのが魔族の巣窟か何かで。
そいつらに仕込まれて生まれたのが、その子って可能性じゃないかな。あり得ない話じゃない。
ルキアが漠然と単語は思い浮かぶのに、発想がつながらないってのは不思議だが――精神か記憶に干渉があって、推測に至れないってのは有りうる話か。
存外、母性もそいつらに植え付けられた可能性もあるが、こっちはなとも言えんな。
一度術師にでもあたって、解呪やら一通り試して貰う事をお勧めするよ。

(部外者であれば、容易にその発想に至ることは出来る。
直接的でなくても、間接的な原因として疑わしい。何らかの理由で乗って、事件に巻き込まれた、とかだが。
まぁこの辺はちょっと答えを出すのが難しそうだが、繋がりを探ってみる意味は有りそうな気はする)

そうだろうな、うん……後はまぁああいう風に言ったのは『そういう事件』が実際にあるからだよ。
女の冒険者が孕まされて、こっそり生んだ子が成長して――なんてのは、意外に珍しくはないんだ。ルキアにとっては、慰めにもならん話だがね。
だからこそ、重々と気を付けるべきだ、何度も言うけどな。

(おおよそ成長に関しては予想の通り、ペースを考えればやはり随分と大きくなると、見当はつく。
そして大きくとなってしまえば――後は、自分が考える事態になってしまうのだろう、恐らくは。
彼女が早々に杖を指輪に戻してしまえば、露骨に眉間へと皺をよせ)

安心するのが早すぎる。
そんな油断した状態なら、ルキアが交戦状態に戻るまでに、数発は攻撃を仕掛ける事が出来るぞ、俺ならね。
気をつけろ、幾ら警戒して注意を払っても、払い過ぎてもまだ足りない。
あと少し、あと僅かでも長く子と暮らしたいなら気を張り巡らせろ、以上だ。ガンバレよ。

(最後に警告を付け加えると、ヒラヒラと手を振り。
触手とルキアを交互に見た後に、肩を竦める仕草と。彼女を見て、僅かに口の端を上げる仕草と。
それも終えれば踵を返し、振り向かずに洞窟の出口へと向かっていく。一先ず、このことは見なかったとする、とでもいうように)

まったく、我ながらお人よしだな。

(自戒するような呆れるような、そんな声が微かにだけ洞窟に響いて、消えた)

ルキア > 「別の場所、探してみますね。…多分、私ではアシュトンさんに敵いませんし、この子にも人を傷つけさせてくはないですから。」

忠告は素直に受け入れるが、当然のように首を掻っ切る動作をするのには困ったような表情が浮かぶ。
実際、自身は戦闘ができるわけでもないし、だからといってマレルトに彼を襲わせたのでは、矛盾する。

「……でも、最近でその船が海賊船だってことすら、存在すら知らなかったんですけど…。母性は…多分、違うと思います。
 一応呪術師さんとかを探してはみますけれど…。」

なんとも歯切れの悪い返答になってしまったが、最近までほんとうに『知らなかった』のだ。
しかし、母性を植えつけられたのかもしれないというのにははっきりと否定の言葉がでた。
その根拠を問われても答えられはしなかったけれど。

「はい、ありがとうございます。『そういう事件』にならないように努力します。」

重ねて忠告をするのは、異形への恐怖からもあるだろうが娘への気遣いも含まれているのを感じられる。
だから、素直に礼を言って気をつけると頷いてみせた。
しかし、杖から指輪に戻したことで、露骨に眉間に皺がよったのには訝しげに首をかしげて。

「え、あ、はい。すみません。気をつけますっ」

その理由を告げられれば、驚いたように目を丸くしてそして先ほどと同じように気をつけるという言葉を繰り返して。
けれど、誰にも言わないと約束をしてこちらに対して助言までしてくれた既知の人物に、いつまでも杖を向けているのも失礼じゃないのかななどと思うあたり、まだまだ娘は甘いのだろう。

「アシュトンさん、ほんとうにありがとうございました。」

自嘲するようなそんな声が洞窟へと響かせながら、彼がそこから去っていくのにぺこりと頭を下げて見送って。
満ち潮がくるまで娘は、また触手とともに時間を過ごしていった。

ご案内:「港湾都市ダイラス 入江の洞窟」からアシュトンさんが去りました。
ご案内:「港湾都市ダイラス 入江の洞窟」からルキアさんが去りました。