2020/08/19 のログ
獣魔目録 > ――…声がした。
それは今の人影には天使の声と見紛う……聞き紛う柔らかな声色で、落とした両肩を持ち上げ、声の主の方を向こうと顔を上げたその瞬間にフードが剥がれそうになり、慌てて両手でフードが脱げぬように押さえながら、誤魔化しの咳払いを一つ。

「ンッ、んっー……いらっしゃい。間違い無ければたぶん貴女がお客さんだと思うけど、違うのかい?それとも……若しかして迷子かな?それとも本に興味が?買う?それとも読み聞かせがお望み?」

ランプの灯り。
確かに少女の言葉通りランプもなく、この時間の夜の帳が下りた路地裏で本を売っていても客なんて誰も来ないだろう。
しかしそもそもだ今この状況が真っ暗闇だと人影には思えない、何故ならローブの奥に潜ませた瞳には夜の闇すら明るく見える。

だから僅かな灯りでも眼に飛び込んでくれば両目を細めて光を拒み、フードを握り締める指に力を込めて深く深くフードを被り直し、また咳払い。

二度目の咳払いは為るべく声にノイズがのらぬように、細心の注意を払い、顔のほとんどをフードで隠したまま少女の方に今度こそしっかりと向き直し、声の主の姿をフードの先端を僅かにめくって見つめる――…靴先から、膝の辺りまで、膝の辺りから腰元まで、その上まで、流石に相貌を眺めるにはフードを浅く被りなおす必要があるので、其処までにして視線は最後に自分の並べた魔導書達へと戻す。

言葉が矢継ぎ早になってしまうのは、此処でチャンスを逃せば今夜は1冊も本が売れずに戻ることになってしまうから、逃がすまいと思わずにである。

ネム > 「んー…? お客さん、なのかな?」

こてん、と首を傾げて、ぬいぐるみへと視線を向ける。
器用にランプを持ったまま、猫のぬいぐるみがひょいっと少女の腕から飛び降りると、
並べられた本へとランプの灯りを翳していき。

「どこかに行こうとしてたわけじゃないから、迷子じゃないと思うの。
 ただ今夜のベッドを探してたの。」

残念ながら、今日の稼ぎはゼロ。
そうなるといくら安宿とは言え、泊るに先立つものがないわけで。
そんな金欠少女が、果たして客に成り得るのかどうか。
それもお値段次第といったところかもしれないけれど。

「――読み聞かせ? そんなのあるんだ?」

子守り歌なら、私も得意なんだけれど。と付け足しながら、並べられているだろう本のタイトルに目を落とす。
怪しげな本もいくつか混じる中で、読み聞かせしてもらうなら、やっぱり絵本が一番だろう。
動物たちが可愛らしい絵柄で描かれたそれを、これまた可愛らしいぬいぐるみが持ち上げる。

「お金あんまりないんだけど……読み聞かせだったら、どのくらい?」

足りるかなぁーと、軽いお財布を取り出してフードの相手を覗き込むようにして。

獣魔目録 > ぬいぐるみがひとりでに勝手に動く事に驚きはしない。
少なくとも自分もそれに近しい存在になりかけている。
魔導書を読むに相応しい人間に魔導書を届ける。
魔導書はその相応しい人間を養分にして魔力を得る、あるいは魔導書としての本懐を遂げる、そうさせる為の人形に。

だからチラりとだけ興味深そうな視線を猫のぬいぐるみに向けただけ、改めて今宵の客人となりそうな来訪者の顔を見て、魔導書に相応しいか見定めようとした時、刹那――…少女の視線がこちらを覗きこむような姿が見えて、また貝殻に閉じ困る貝の如く、フードを深く被りなおす。

そんな少女が選び出した魔導書は愛くるしい動物たちが表紙に書かれた1冊の童話である。
手に取ったのはその少女じゃなくてぬいぐるみであるが、今宵読まれるべき魔導書は決まったようで、内心ほっと一安心である。

「ああ、読み聞かせなら1話限りお試しと言うことでタダでいいさ。もし読み終えて気に入って買ってくれたら、嬉しいかな。気に入らなかったらそれはそれで。」

読むこと自体は対して問題ではない。
代金もまた大した問題ではなく、大事なのは読まれること。
この場合は自分が読むから多少違いがあるが、それは構わない、自分は魔導書の欲望を叶えるだけ、魔導書は売り手以外の誰かに読まれ、魔力を啜りたいだけ、だから大事なのは読み手である少女を逃がさないこと。

――…代金に関しては相場と言うものはとうに記憶から喪失しているから、本当なら怪しまれないように最低金額を明示すべきなのだが、わからないので無料でと。

「……ほらおいで?」

改めて誘う。
少女をもっと近くにと、ノイズの混じる妖しくも甘い声をフードから垣間見せる唇を小さく開いて誘う。

もぞりと、その場で胡坐をかくように座りなおし、その胡坐をかいた脚の間においでと、自分の足の間をポンポンと叩く、辛うじて本を並べた敷物の上にである。

流石に冷たい路地の上に直に座らせるわけにはいくまい。

ネム > 「わっ、タダで良いの? ほんとに?」

お財布と睨めっこしていた少女にとっては朗報以外の何物でもない。
ぱっと笑顔を見せると、ありがとー♪と朗らかにお礼を述べる。
もう撤回は利かないからね、と言わんばかり。

「はーい。此処で良いの?」

ほらよ、と愛想のない様子でぬいぐるみが絵本を差し出してくる。
店主がそれを受け取ったならば、疑いもせず素直に男の足の間へと腰を落ち着ける主人の方を呆れたように見遣り。
それでも主人が見やすいようにと、ランプの位置を調整するあたりは苦労性らしい。

少女も小柄ではあるけれど、店主も決して大柄ではないらしく。
そうやって座り込めば、背格好にあまり大した違いはないかもしれない。

「いつでもいいよー?」

本の内容に興味があるというよりは、読み聞かせというシチュエーションの方に惹かれたのだけれど。
良さそうであれば、本を買い取って自分でもやってみようかというくらいには打算的。
動機はともかく、早くとせがむ様子は、幼子のそれと変わらないもので。

獣魔目録 > 互いの背丈は同じくらい。
幸い少女の肩越しに絵本を覗き込んで読むくらいは出来る、なのでこの姿勢のまま読み始めようと愛想の無いぬいぐるみから少女が選んだ絵本の形をした魔導書を受け取り、ランプの位置が少女にとって丁度いい具合になるように調節するのを確認してから、するん、と少女の腰の脇に片腕を通すと絵本を持っている方の腕を次に通して、自分の足の間に座らせた少女の前で絵本を開くことにした。

「いいよ。絵本の位置はどう?見づらくない?」

読み聞かせでは有るが、絵本の形をした魔導書である。
其処に描き込まれた愛らしい動物たちの挿絵を同時に見てもらわないと困る、困るし魔導書が眼を覚まさない。

本来なら買わせて、持ち帰らせて、絵本型の魔導書が持ち帰られた先で読み手を物語の中に引きずり込むのだが、今宵は少し違う手法をとるようで、絵本型の魔導書はすんなりと表紙を開かせた。

「……それでは物語の始まり始まり……。」

表紙を開いた先に描かれた黒猫達がじゃれあう愛らしい挿絵、その上にはタイトル【黒猫達の探検記】と流暢な文字で描かれ、文字は今始めて書き記されたように何処か乾かぬインクの残滓があるように少し濡れて見えるだろう。

――…そして始まってしまう。
少女のせがむ声に絵本型の魔導書が目覚め物語を生み出してしまう、それがどういう事か、この後少女は身をもって知る事になるだろう。

悲しい物語か楽しい物語か、それすらも誰も判らない読み聞かせる人影すらもその話を結末を知らないのだ。

でもそれでも読み始める。
声色は先程よりもノイズが散り聞き取りやすい声となる。
それから誰かが触れていなくても人影が深く被るフードがはらりと脱げ落ちる――…其処にある顔は少女と良く似た顔か、あるいは少女と縁のある者の顔かそれとも……。

ご案内:「平民地区/路地裏」からネムさんが去りました。
ご案内:「平民地区/路地裏」から獣魔目録さんが去りました。