2020/06/17 のログ
ご案内:「王都 裏路地」にアントワーヌさんが現れました。
アントワーヌ > 「――――しまったな、…此れは、もしかすると」

宵闇迫る王都の裏路地、迷路のように入り組んだ街路を、散々行きつ戻りつした挙げ句、
遂には其の事実を認めざるを得なくなった。
一度立ち止まってしまえば、途端に疲労を訴えてくる両脚の抗議に僅か眉を寄せ、
ステッキを握り込む右手にも、胸元で紙包みを抱える左手にも、ぐっと力を籠める。
何処も彼処も見覚えは無い、否、此処数十分で幾度と無く見たような、
詰まりはあれだけ歩き回ったというのに、全くの徒労に終わっている、という――――
彼方此方崩れかけた石畳の街路へ、肩を寄せ合い犇めき合うような煤けた建物の群れ。
其れらをぐるり、眺め渡して溜め息を吐き、

「……認めたくないけれど、迷子、だね、此れは。
 ――――さて、如何したものか」

馬車を停められるスペースが無いからと、少し離れた所から歩いて来た。
目当ての店には無事辿り着き、目当ての品も手に入れたけれど、
――――店に居る間に日が暮れてしまった所為か、帰り道で見事に迷っていた。
道を聞こうにも、通り掛かる人の姿が見当たらない。
そも、気安く声を掛けても良い場所なのか、其の判断もつかなかった。

ご案内:「王都 裏路地」にマレクさんが現れました。
マレク > 「アントワーヌ殿? アントワーヌ殿ではありませんか!?」

そんな声を上げた男は、日が落ちる薄暗い路地から姿を現した。緑を基調としたダブレットにホーズ、短靴と、いかにも貴族然とした姿で、ステッキと紙包みをそれぞれの手に持つ伯爵へ歩み寄る。

「これは一体……供の者は何処に……お一人ですか!? 何と不用心な。まさか、良からぬ者に誘い込まれたのでは? どうぞ、お持ち致します」

良からぬ者筆頭である男は矢継ぎ早に言いつつ、右手を差し出した。指先にあるのは胸元に抱きかかえられた紙包み。ちなみに、男は王宮内でそれなりの知名度があった。好事家、冒険家のどんづまりな貧乏貴族だが、王族と近しく、かつ話題が多いフットワークの軽い妙な人物として、顔と名には覚えがあるかもしれない。また、同心円状の左目を持つ男としても知られてはいる。

アントワーヌ > 場所が場所だけに、知己に行き会う確率なぞ、殆ど無いと思っていた。
―――――故に、突然掛けられた声、しかも、己を家名では無く、
ファーストネームで呼ぶ相手ともなれば、其方を振り返った際、
己の顔はかなり、怪訝そうに顰められていた筈だ。

「―――――、ラノエール卿……?」

瞬きをひとつふたつする間、密かに記憶を手繰り寄せてから。
思い出した相手の名を紡ぎつつも、表情は安堵とは程遠い。
相手を良からぬ者と見ている、というより、ただ戸惑っているのだった。

「貴殿こそ、一体、此処で何を………あ、いえ、此れは、」

手にした包みは、舶来品の茶葉である。
特段他人から隠すべきものでも無いが、態々持って貰うような重いものでも無い。
けれども、立て板に水とでも言えば良いのか、男の弁舌に気圧された形で、
包みは差し出された手の上へと渡り、

「お恥ずかしい話ですが、迷子なのです、ラノエール卿。
 大通りまで出れば、馬車が待っている筈ですので、
 ……宜しければ、道を教えて頂けませんか?」

マレク > 「どうかマレクとお呼びを。私如きでは、ジェラード伯とお呼びするのは余りに畏れ多いものですから」

ラノエール家とジェラード家では家格が違い過ぎるから、マレクとアントワーヌでいきましょう、という理屈はともかく勢いで関係を詰めてしまおうという男。ずいずいと歩み寄れば、頭を垂れ恭しく紙袋を受け取り、すんっと鼻を鳴らして目を細める。

「んんーかぐわしい。茶葉ですか。しかもこの辺りではあまり手に入らぬ品だ。南方の物かな? アントワーヌ殿がお茶好きとは初耳です。さあ此方へ! 貴殿は間もなく王族となられる御方。万に一つも、間違いがあってはいけません」

王族の姫との婚姻を仄めかしつつ、初めて話しかけた時と同じスピードと分量の言葉を投げかけながら、手振りで示したのは煤けた建物の群。華やかで開けた大通りとは正反対の方向に思えるだろう。

アントワーヌ > 「―――――…では、マレク殿、と」

男の振り翳す理屈は良く解らないが、兎に角、其の勢いに負けた。
家格の件は措くとして、年上の相手に対する礼儀として、
流石に呼び捨てには出来ない、という妥協点を示した形。
――――己自身を呼び捨てにされることにも、聊か戸惑いは残るのだが。

「……ええ、此の近くの店が、王都でも唯一、其の茶葉を仕入れてくれている、
 と聞いたもので………、
 ―――――あの、……マレク殿?」

距離感の近さ、物言い、何もかもが己の周囲には珍しいタイプではあるが、
良く言えば気さくな、悪く言えば馴れ馴れしい、という此のタイプの人間も、
まあ、知らぬ訳では無いので――――其れは良い、良いのだが。
明らかに大通りとは逆方向では無いか、と思われる方へ導こうとする相手に、
困惑半分、疑念半分の顔で声を掛ける。
ついて歩き出そうとする足取りも、ひどく鈍く。

マレク > 「有難き幸せです、アントワーヌ殿。ああーなるほど。あの商会は私も利用しておりますよ。薬草の買い入れなどで……おやぁ?」

小首を傾げて薄く笑う男は、マレク殿と呼ばれて満足したように見えた。が、連れ立って歩き始めたにも関わらず、全く追いついてこない相手を見れば、語尾を上げて振り返る。

「ああ! アントワーヌ殿。この裏路地の……旧市街の構造は独特でしてね。かつて、市街戦を想定して整備された場所なのですよ。すなわち、中枢たる王城やその周辺の貴族街、そこへ接続される大通りを真っ直ぐに目指そうとすると、ぐるぐると無為に歩き回らされてしまう」

にっと微笑み、相手の足元を指差した。正に、この路地から抜けられずに迷っていただろう?と言わんばかり。

「よって、まずこの迷路化した道筋から離れねばならないのです。多少遠回りですが、それが最も早くここを脱するコツなのですよ。さあ!」

この地域に関する男の知識に間違いは無かった。密偵として、市街地攻略の手順は当然、心得ておかなければならないから。改めて促し、薄暗い、そして狭隘な路地を進んでいこうと。

アントワーヌ > 相手について、己が知る評判は、兎に角各方面に顔が広く、
――――少しばかり変わり者であると言った者も、ちらほら居ただろうか。
心の奥深く、其の評価がなかなかに正鵠を射たものであったらしい、と納得しつつ、
然し、目指す方向が可笑しくはないか、と問うよりも早く。

「は、―――――……あ、嗚呼、そう、なのですか……、
 其れで、……成る程、其れで此の辺りは、何処を如何歩いても、
 似たような家並みが並ぶばかりで……、」

ぽかん、と己には珍しく、間抜けな表情を晒した後に。
気恥ずかしさから仄かに目許を赤らめつつ、男の言葉に頷いて歩き出す。
世間知らずの若輩者が知らぬことを、色々と知っているらしい相手の後について、
己の歩幅で、半歩程度の距離は保つ儘。
警戒している、というのでは無いが、――――良く知らぬ相手との、普段通りの距離、というものだ。

「マレク殿は、…随分、色々なことを御存じなようだ。
 今日は、一体どんなご用で此の辺りに?」

投げ掛ける質問も、何気無い会話の一環として。

マレク > 「そういうことなのです。来たばかりの旅人や、アントワーヌ殿のような歩き慣れていない方が此処で迷われ、思わぬ災いに見舞われることは珍しくないのですよ。此処では、貴族を恐れぬならず者も少なくないのでね」

預かった紙包みを両手で抱えた男は、そう説明しながら相手を先導する。王都マグメールの煌びやかさには、長く濃い影が付きまとっている。ひとたび良からぬ者の手に落ちれば、身分も家柄もなく搾取されてしまうのだ。そんなようなことを言いつつ、曲がりくねった道を進む。

「実を申せば、さる御方からアントワーヌ殿の警護を依頼されたのです。お父上が逝去されて以来、姫君との婚姻が滞っているでしょう?ですから、アントワーヌ殿にもしものことがあっては、王家、ジェラード伯爵家双方に良からぬことが起こる。そういうことで私が指名されたのです。いやあ羨ましい限り!我が家など、姫君はおろか嫁のき手がないものでして。まあメイドに払う給金にも困っているのですから、しょうがない話ですが」

真顔で言い切った男は、ほんの少しだけ笑みを浮かべて相手を振り返った。言われた方は心穏やかでないだろう。男の話が本当であれば、王族の姫から「見張っているぞ」と言われているようなもの。

アントワーヌ > 「……ああ、……そうですね、確かに」

丁度、何気無く視線を巡らせた先、物陰から此方を見つめる人物に気づいた。
幾らか距離がある為、若い男であるとしか解らないが、成る程、此方を見る眼差しは明らかに、
相手の言うところの『ならず者』である様子。
納得顔で首肯をひとつ、かくなる上は決して、前を行く男の背を見失ってはならない、と、
―――――思った、のだが。

「―――――私の、警護、を……?」

男が振り返った其の時、己は反射的にぴたりと足を止め、
僅かに眉根を寄せて、相手をじっと凝視していた。
恐らくはほんの少しだけ、相手を不審がるような色が、眼差しの奥に過ぎったかも知れず。
けれども視線がかち合うと、ふ、と溜め息を吐いて伏し目がちに微笑み返し、

「何方か存じませんが、随分、お節介をなさる方が居られたものだ。
 確かに今日は、供の者を通りに置いて来た為に、こんな醜態を晒しておりますが、
 ……婚儀については喪が明けてから、と、先方にもご理解頂いているのですが、ね」

一体、何方からのご依頼なのでしょう、とは、
応えて貰える筈が無いと思いながら付け加えた。

マレク > 「御油断めされるな。殆どの場合、彼らは徒党を組みます」

相手の視線を追った男は、声を落として告げた。一人とは思わないように、と。そして相手の言葉と、誰かなのだという問いにはしばし動きを止め、吹き出す。

「冗談です! 警護は言い過ぎました。ただその、さる御方は……御懸念を頂いているようです。といっても可愛らしいものですよ。アントワーヌ殿が余所余所しいとか、本当に自分を愛しておられるのかとか、そういう……いやはや、何と申し上げれば良いのか」

子供じみている、というのが正確な表現だが、男は避けた。第三者との会話でさえ軽侮の言葉を控えるのだから、誰からの依頼かは察せられるだろう。

「しかしお父上の死は本当に……残念なことでありました。本当ならば、アントワーヌ殿はとうの昔に王族となられていたものを……と」

言葉を切った男が、ほんの短い間だが相手を振り返る。向かう先に、胡乱な目つきをした別の男が現れたから。そして、ついさっき此方を見つめていた男が自分達を追ってきている。勿論、走って追いすがっているわけではない。声が届くか届かないという距離を保ちながら、後を尾けている。

「……此方へ」

前後を挟まれた男が誘ったのは更に細い脇道。木箱や壊れた荷車が散乱する薄暗い場所は袋小路になっている。

アントワーヌ > ―――――『彼ら』というのが誰を指す言葉なのか、問うまでも無い。
己が気づいたのだから、当然、此の辺りを歩き慣れた相手も気づいただろう。
小さく頷き返すに留めた、――――けれども、此の邂逅が偶然の産物では無いと知らされれば、
其ればかりは笑って済ませられることでも無く。
答えが返って来るとは思っていなかったが、相手の言い様は充分に、
依頼主の正体を示唆していた。
思わず天を仰ぎ、もうひとつ、そっと溜め息を落として、

「……お父上には、ご理解頂いたのですが。
 何とも、困ったお方だ、……もしかすると私は、何処か他所で
 浮気でもしている、と思われているのでしょうか」

呟きは笑い交じりに、然し、男の言う『残念』という表現に、
更に言葉を返そうと口を開きかけて。
何事に気づいたものか、不意に振り返った相手が短く、低く声を落とす。
相手の肩越し、此方へ向かってくる男の姿を視認するのと、
背後からついてくる誰かの足音に気づくのがほぼ同時で――――

思案する間も、躊躇う間も無かった。
殆ど反射的に、己の足は脇道へ踏み込む。
己ひとりであれば、たとえどんなに道に迷っていたとしても、
決して踏み込まなかったであろう、暗く細い路地へ。
袋小路であることに気づくのは、完全に踏み込んでしまってからのことだった。
見上げる眼差しは物問いたげに、此処へ己を誘った相手の顔へ向かう。

マレク > 「まあ、驚くには値しませんがね。アントワーヌ殿ほどの美貌なれば、浮いた話の1つや2つは……あ、恐縮ですが、これを」

そんな話をしながら、男は隠れ場所を探すべく奇妙な左目を袋小路のあちこちへ向ける。そして、打ち棄てられた荷物とガラクタの合間を指差した。先程預かっていた紙包みを返しつつ。

「さて、アントワーヌ殿……」

自分達を挟み込んだ者達の足音が聞こえる中、路地に出来た小さな隙間の傍に立つ相手を見つめる。そして、やおら両腕を開いた。男の全身に透明なうろこ状の光が走って、足元からその姿が消えていく。

「どうか、信じて」

周囲の景色に融け込み、喋った口内の歯と舌のみを見せた男は、そう囁くなり口を閉じて相手を抱擁せんとした。

アントワーヌ > 父の死について、色々と噂されているだろうとは思っていたが。
浮いた噂などもあるのだろうか、と、やや意外に思ったのも束の間。
返された紙包みを、此れもまた反射的に受け取って、

「マレク殿、―――――…何、を、」

魔術―――――其の存在は勿論知っていた、其れを行使する人間が居ることも。
けれどもこんなにも間近で、行使される瞬間を見たことは無く。
物陰に潜まされた己の眼前で、佇む男の足が、胴が、広げた腕が消えてゆくのを、
瞬きもせず双眸を見開いた儘見つめ―――――

「っ、――――――」

其れが、己を庇う為なのだとは理解出来る。
出来るが、然し、――――碌に知らぬ男の腕の中へ抱き竦められる、というのは、
聊か居心地の悪いものであり。
もぞもぞと身動ごうとして、近づいてくる足音にびくりと凍りつく。
きつく目を瞑り、身を硬く強張らせ、じっと息さえ詰めて。
胸元に抱えた包みを、知らず、強く両手で抱き込んでいた。

マレク > 完全に追い詰めたと思って袋小路に入った2人の男は、標的を見失ったことで表情に焦りをにじませる。そして、王宮の目立つところではまず聞く機会のない罵詈雑言を撒き散らしつつ、壁をよじ登り、あるいは廃材を退け、隠された通路を慌ただしく駆け抜けていった。

「ふう、何となった。間一髪でしたね」

足音が聞こえなくなると共に透明になった男が発光し、頭頂部からその姿が現れて足元まで可視化される。

「……そういう所ですよ、アントワーヌ殿」

腕の中で縮こまる相手を見下ろした男がくすりと笑う。危機は去った筈なのに、抱擁は解かないまま。

「そういう、美しさと可愛らしさを兼ね備えた素敵な方だから、先方も要らぬ嫉妬をしてしまうのです。お気をつけなさい」

冗談めかして言った男は、再び紙包みを受け取るのだった。