2017/06/02 のログ
ゼロ > 帰ろうとして、思い出した。
 打ち込み台もしまうのを忘れていた。
 危ない危ない、と視線を戻して、打ち込み台に近づき、ヒョイ、と抱え上げる。
 たしか、奥の方の倉庫だっけ、少年は、鉄の塊を抱えたまま移動して、倉庫の扉の前へ。
 打ち込み台を置いて、倉庫の扉を開け、再度打ち込み台を持ち上げて倉庫の、空いている場所へと持って行き置く。

 さて、これでいいかな。

 軽く方を回して、打ち込み台を置いて、倉庫から出て扉を閉めた。
 思い出したように荷物を取りに、壁際へ移動。
 荷物から水袋を取り出して、こくり、と中身の水を嚥下する。

ご案内:「訓練所」にベルフェゴールさんが現れました。
ゼロ > 「……ん?」

 水を飲んでいる間、誰かの気配を感じたような気がしたので振り返ってみるものの、誰もいない。
 気のせいだろうか、ともう一度五感を澄ましてみる。
 呼吸の音も、匂いも、自分以外の鼓動の音もしない。
 ……気のせいだったのだろうと、結論づけることにする。
 思っていた以上に自分は疲れているのかもしれないなぁ、少年は水袋の口を閉めて息を吐き出す。

 そして、動きを辞めると、またジリジリ、と焦りが滲む。
 焦っても仕方のないことなのかも知れない、でも、焦る。
 口にできない焦燥感に自嘲じみた笑みをこぼして、息を吐き出してみせる。

 ――――いっその事、行ってみるべきだろうか。
 そんな思考が頭の隅に持ち上がる。

 しかし、王城は、解放されているとは言えども、敷居が高い。
 足を運びにくいなぁ、というのが心情。
 さて、どうしたものだろうかと、軽くため息。

ゼロ > 「はぁ。」

 とりあえず行動するしかあるまい。
 今は焦ってもしょうがないし、焦ってなんとかなるものでもなかろう。
 明日からはまた砦での任務が入っている。
 そろそろ休まないと、差し支えるだろうし。
 さて、今日はもう休もうか。

 少年は荷物を片付けてバックパックを背負い。
 そのまま訓練所を後にすることにした。

ご案内:「訓練所」からゼロさんが去りました。
ご案内:「ドラゴンフィート」にルークさんが現れました。
ルーク > 王都から九頭龍山脈へと続く街道を独自の方法で装甲を施された馬車が駆け抜けていく。
ガタガタと、車輪が回る振動に揺れる車内で姿勢よく座席に座りながら移り変わっていく景色をルークは眺めていた。
木々の生い茂る森から、平原と別段珍しくもない景色が流れていく。

「………。」

王都から長い時間走り続けてきた馬車の速度が、次第にゆっくりとなっていくと進行方向には日が傾き宵闇に包まれ始めた集落が見えてくる。
門へとたどり着いた馬車は、一旦停車して門番からドラゴンフィートでの規則の説明を受けるのは以前と同じ。
第9師団長の私有地であり、この中では全てのものは平等に扱われる。
説明が終われば、再び馬車が動き出して門の内側へと入っていく。
停留所に到着すれば、馬車が止まり扉が開かれる。
商人の客引きの声や、共同鍛冶場から聞こえる鉄を打つ音など賑わいが一気に大きく聞こえてくる中を、ルークは一人馬車から降り立った。
少しだけ息を多めに吸い込んで静かに吐き出すのは、流石に長時間馬車に揺られたせいだろう。
商人や鍛冶屋の大きな声にちらりと視線を向けると、踵を返して馬車で入ってきた門の方向へと歩き出す。
急ぎ集落へと戻る用がある主は、彼の契約している隼にのって先にこの集落へと戻っていた。
ルークは、彼が王城で手早く済ませた仕事の整理をしてから装甲馬車に乗って彼の後を追ってきた。だから、向かう先は決まっている。
門の方へと戻り、観光エリアの方へと足を踏み入れると商業エリアとはまた違った賑わいを見せる。
様々な露天がでて、土産物や食べ物、飲み物などを売る客引きの声が響く。
夕食の時間帯のため、観光客に加え集落の住民たちも出てきて通りは賑わっていた。
ミレー族も人間も、当たり前のように雑談に花を咲かせ商売をするこの集落での日常風景は、ここ以外の王国では非日常的なもので初めて此処へ連れられてきたときは驚いた。
人ごみの中をぶつかる事もなくすり抜けながら、ルークは初めてここに連れられてきたときの事を思い出す。
あの時も夕食時で、こうやって賑わいの中を彼に案内されながら歩いた。
そこが、ルークの人としての生き方の起点。
その時の事を思い出せば、自然と温かなものが溢れてくる。
その感覚に、無意識に胸に手を当てながら観光地区の奥へと足を進めていく。

ご案内:「ドラゴンフィート」にアーヴァインさんが現れました。
ご案内:「ドラゴンフィート」にアッシェさんが現れました。
ご案内:「ドラゴンフィート」からアッシェさんが去りました。
アーヴァイン > 急いで戻ったのは、この体に起きた変化をより細かに確かめたかったからだ。
集落についてから直ぐ、山の奥地へと向かい、鳥たちの住まう谷で己の身に起きた事実を知ることとなる。
観光地区の奥、警備門を潜った先には彼女が目指すチェーンブレイカーの施設があるが…そこには一際開けた一角があった。
鳥たちが羽を休めるスペースは、乗り手の少女とまだ可愛げの残る隼達が集う場所だが、今日は普段と違う。
成長途中の隼たちより更に大きな成体の隼が休む足元に、男の姿はある。

「……」

あの夜のような青い色は消えているが、見えてはならないものはずっと見えていた。
眠りの浅さ故に、少しだけ目の下にクマが出来た顔は血色が悪く、鳥の大きな足に寄りかかって項垂れると一層それが暗く見えるかもしれない。
片足を投げ出した格好で座る姿は、普段の無駄に落ち着いた雰囲気とは異なり、言葉通り精根尽き果てた様なもの。
それこそ、声を掛けられるまで近くの気配に気づけぬほど。

ルーク > 不意に、昨夜の記憶が蘇る。
駒としても、物としての価値すらなくなったルークを見なかったルーアッハの瞳。
彼の考えを物心つく前から教え込まれているルークにとっては、価値のなくなったルークが彼の瞳に映る事がないのも理解している。
当たり前の事実に、傷つく痛みも悲しみも沸かない。
ただ、水面が微かな風に揺れるような不安を自覚ない程度に感じた。
その不安は、人となった自分への価値の不安へと繋がる。
先日王城で繰り広げられた死闘。
そこに関わる事のできなかった自分。守りたいと、傍に在りたいといいながら大事な時に彼の傍に在れなかった。
彼が望む、愛される為に傍にいる存在というあり方で本当にいいのだろうか、と迷いを生む。
それに加えて、その出来事の後から主の様子に明らかに変化が見られた。
表向きの祟り神として振舞うときは、いつもと変わらぬ威厳を保っているが自室へと戻ればどこか焦燥したような様子を見せる。

「………。」

愛されるために、そして彼を癒すために傍にいる存在とそう望まれているにも関わらず、そんな彼にルークが出来る事がなんなのかわからない。
ルーアッハの瞳に映らないように、人としての自分には何の価値もないのではないかと無力さを感じる。
表情の変わらない中で、そんな思考にとらわれながら歩いていけば観光地区の先、目指しチェーンブレーカーの施設が見えてくる。
哨戒をしているのは、ミレー族の少女たちだ。
『あ、ルークさんだよね?こんばんは。組合長なら隼の広場にいると思うよ。』

「……こんばんは。そうですか、有難うございます。」

門の見張りをしている少女には見覚えがあった。
以前訪れた際に食堂に集っていた少女の一人、奥手だからこちらから手を出せと笑っていた少女だった。
少女の方も、あの日と同じ格好のルークをすぐに認識したようで人懐っこい笑みで迎えてくれる。
そして、彼女たちの組合長でもある主の場所を指をさして教えてくれるのに礼をいってそちらへと足を向ける。
遠目からでも、大きな隼たちが集っているのはよく見える。
リトルストームという騎乗できるほどに大きな隼たち。
その中でもひときわ大きく立派な隼は、彼が契約しているものだったろうか。
広場へと入れば、隼たちがルークへと視線を向ける。
大きな隼の足元に、寄りかかるようにしている人影に気づけばそちらへと歩いていくが、違和感を覚える。

「………アーヴァイン様、おかげんでも悪いのでしょうか」

近づいていくルークに気づく様子もなく、項垂れ精根尽き果てたような様子に声をかけることを一瞬躊躇う。
傍に膝をつくと、顔を覗き込もうとしながら声をかけていき。

アーヴァイン > 丁度彼女が不在の時に起きた決戦は、彼の願いを試す争いともなった。
人以上の力に触れ、それを求め、壊れかけて尚、強く希望を抱え続ける存在足り得るか。
答えたが故に、人ではなくなったことが、じわじわと心を蝕むようだ。
普段より眠る時間が増え、なるべく瞳を閉ざすようにしている時間も多いほど、変化は見えたことだろう。

『ツガイだ』
『符号紡ぎのツガイだ』
『ツガイ ツガイ連呼するな、人間はツガイと言わない』

脳裏に響く鳥達の呟き、自分や他の契約した少女達にしか聞こえないそれに、少しだけ意識がはっきりとしてくる。
歩み寄ってくる姿に気付くと、疲れた顔を上げていつものように柔らかに笑う。
だがそれは、空元気に作り出されたぎこちなさのある笑みで、彼女に心配をかけまいと強がってしまう。

「あぁ……少し疲れてただけだ、今はもう問題ない」

大丈夫だと笑いながらも、彼女の頬に触れていく。
普段と変わらぬ、温もりと、少し硬い皮膚の感触を伝えながら、同時に彼とは違う男の声が交じる。
ハンスと呼んでいる彼と契約した隼の声色は、呆れたように低くなりながら脳裏に響くだろう。
全く大丈夫じゃない、この馬鹿が強がっているだけだから、どうにかしてやってくれ。
珍しく、淡い憤りを見せた瞳が背中を預けた鳥を睨みつけると、鳥は器用にも二人に害を与えぬように静かに飛び立っていった。
残された彼は、呆気にとられた様子で数度瞬きすると、ゆっくりと視線を彼女に戻し、疲れのある溜息を零した。

「……結論から言うと、どうやら俺は人ではなくなったようだ」

その言葉の後に、乾いた笑い声が僅かに溢れる。
人がどうしようもなくなり、行き詰まった時に溢れる悲しみに満ちた空っぽな笑い声で。

ルーク > 自室での彼は、普段よりも眠る時間が増え書類などの仕事を行っている際も、目元を掌で覆うような仕草が幾度も見られていた。
それを怪訝に思い問いかけても、大丈夫だからとはぐらかされるのを繰り返していた。
隼たちの声はルークには聞こえず、じっといくつもの金色の丸い瞳がルークを観察するように見つめてくる。
少々その視線に居心地の悪さのようなものを感じながらも、歩み寄れば彼が顔をあげる。
しかし、その顔に浮かんだ笑みはどこかぎこちない作り物めいてルークには見えた。

「……お疲れなのでしたら、無理に笑う必要はないかと思います。……?……。」


傍に膝をついたルークの頬を、どこかぎこちない笑みを浮かべながらいつもように彼の手が撫でる。
硬い肌の感触と温もりを頬に感じながら、ぎこちなさを感じる彼の笑みに対して告げる。
無理をしないでと、伝えたいのだが言葉はどうしても不器用なものになってしまう。
不意に聞いたことのない男の声が脳裏に響き、視線をあげると彼と契約しているという隼の視線と目が合う。
大丈夫ではないのだと、その声が彼の状況を伝えるとそれを肯定するかのように、淡い憤りの篭った瞳で彼が隼を睨みつけている。

「……私では、何のお力になる事もできないかもしれません。しかし、貴方様が辛い状況にあるのであれば、お支えしたいと、思います。」

ふわりと隼が飛び立つ時に起こした最低限の風が、ルークとアーヴァインの髪を揺らす。
視線を彼へと戻してそう告げると、彼もまたルークへと視線を戻しため息を零す。

「…人では、なくなった?………。」

端的に述べられて、彼の状況は理解できなかったが途方にくれたような乾いた笑い声に胸に痛みが走る。
こんな頼りなく見える彼は初めてだった。
壊れてしまいそうにも見える彼に、考えるよりも先に体が動いていた。
彼の頭を抱え込むようにして、彼を抱きしめる。
ルークにいつも彼がしてくれるように、ぎゅっと強く。

アーヴァイン > 「……それもそうだ」

疲れているのに無理に笑ってしまう、誰かに吐き出そうにも、知ってしまった真実は思っていた以上に重い。
普段の平然とした様子が、少しずつ崩れていく中、支えになりたいと願う彼女へと視線を戻すも、一瞬だけ戸惑いが浮かぶ。
しかし、何も言わない。
言いたくとも言い様がないと思って、再び押し込みそうになった瞬間、夜に安堵を届けてくれた温もりが体を包む。
彼女から感じる香りも、手の感触も、何もかもが再び押し込めようとしたものを掴んでいくような心地に成り、喉が引きつるように痛む。
ゆっくりと上っていく両腕は、気づけば彼女の背中へと周り、しがみつくように力強く抱き寄せる。

「……この目と耳に、ずっと…世界の構造が見えて、聞こえてくる。ルークの顔を見たくても…見れない。人の顔にすら、符号がずっと並ぶ。声にすら符号が交じる。符号紡ぎ、俺はハンス達と共に語られた、神の言葉を届ける存在になったそうだ」

ミレー族のごく僅かな存在にしか伝えられていない、旧神の声を届ける存在。
それが鳥そのものだと言われていたが、実際は違う。
鳥と共に在り、強い意志で見える符号に流され、取り込まれない人型。
そうなったのだと、絞り出すように語っていくと、瞳を開き、そっぽを向いて近くの木を見やる。
数秒ほど眺めた後、ぼそりと小さいながらによく通る声が聞こえるはず。

『あれは赤い葉をつける』

その言葉通り、木は変わっていく。
まるでカラースライダーをいじったかのようにスッと赤色に染まっていく葉は、酷く不気味かもしれない。
もう一度、緑色だと呟けば、逆再生するように色が変わっていく。
魔力の揺れも、術の発動もない。
そのものを書き換えてしまう、強い力を晒すと、驚いたか?と、苦笑いを溢した。

ルーク > 「……貴方様が仰ったのです。辛いも悲しいも、全部出していいと、受け止めると。ならば私も貴方様の全てを受け止めたいと思います。」

無理に笑わないでと、そう告げ支えたいと伝えた事に彼の瞳に戸惑いが浮かぶ。
言の葉が紡がれる事はなく、抱きしめるルークの腕に少しの間彼からのリアクションはなかった。
けれど、触れ合う温もりとルークの抱きしめる腕の感覚に彼の腕があがり、しがみつくように抱き寄せられる。
まるで寄る辺ない子供のように、強く。

「神の言葉を届ける存在……。」

告白されたのは、理解の範疇を超えるような途方もない話だった。
彼が契約しているという隼が、神の言葉を届ける鳥と言われているという程度の情報しかルークは知らない。
符号が浮かび、聞こえる。人の顔にも、声にも。
それは人の精神を冒すには十分な事だろう。

「………。無理に、笑う必要はないと申しました。誰かの前で、辛い時に笑う必要があったとしても、私の前では必要ありません。」

抱きしめていた頭がもぞりと動くと、そっぽを向いてその視線の先にある木を見やる。
それにつられるようにルークもその木に視線を移せば、彼が小さく声を出す。
小さな聞き取りづらいはずの呟きのような声は、不思議とはっきりと聞こえ瞬間木の葉が赤く染まる。
そして、もう一度彼の呟きが聞こえるとともに元の緑へと変わった。
魔力の気配もなにもない、ただ彼がそう事実を呟いただけの出来事に琥珀の瞳が丸くなり驚きをしめす。
しかし、驚きよりも再び刻まれた苦笑いにルークの眉に微かに皺が刻まれた。

「…視覚や聴覚の符号というものを、見えなくしたり聞こえなくしたりする方法はないのですか?」

アーヴァイン > 「……今度は俺が言われる番になるとは、思いもしなかった」

彼女を支えると言ったのに、こうして支えられている今が情けなく感じてしまう。
薄っすらと瞳が潤んでいくのを誤魔化そうとぎゅっと瞳を閉ざして抱きつく。
感触には符号がない、それだけでも十分に心の苦しみが抜け落ちていくようだ。
徐々に脱力していきながら、背中に回した掌は少しずつ添える程度の力に変わり、クタリと頭を彼女へもたげていく。

「あぁ…そして…前の符号紡ぎは最後に自らを壊して消えたらしい。別に前任者が…ずっと孤独だったわけでもない、老いて死ぬことを奪われ、親しい人が老いて消えていくのを見ているしか無かったそうだ」

きっと、この符号を仕えば人の体の限界を書き換えることも可能だろう。
けれど、それをすれば自分と同じ取り残される苦しみを味わうこととなる。
だから選ばなかったのだろうと思いながら、静かに過去を語れば、その力を示した。

「……分かってる。だが、これでも男だ。意地の一つや二つはらないと落ち着かない」

男として弱いところを全て晒しきれない、プライドのようなものが彼にも少しだけあり、彼女に崩れきる事ができない。
驚き、苦笑いに眉を顰めるならすまないと囁きながら、彼女の胸元に顔を埋める。
呼吸するたびに、僅かだが掌が震え、それが背中に淡い振動となって伝わるはず。

「……前任者は出来なかったらしい、出来なくはないが…慣れとキッカケがいる。怖がるうちは出来ないと言われた」

あの夜は無我夢中で符号が見えることを恐れはしなかったが、争いが過ぎてからは、徐々にすり潰されるように恐怖が心を締め付ける。
ちらりとみるだけで、確りと目を合わせないのは、符号に埋もれた彼女の顔を見つめ続けるのが苦しいのだろう。
俯いたまま、何も見えない場所を求めて顔を埋めるのが、正にその証拠だ。