2017/05/08 のログ
ご案内:「平民地区」にリンさんが現れました。
リン > 客のまばらな、中途半端な時間帯。酒場の隅っこで、藍毛の少年がピアノを弾いていた。
雇われていたピアニストが借金取りから逃げて以来、弾くもののいなくなったこの楽器は
たまにリンが弾かせてもらえるようになった。

ピアノはリンの専門ではなかったが、指運びは確かなものだった。
穏やかだが物憂げな戦慄が、賑わいの薄い店内に響いていく。

ご案内:「平民地区」にシトリさんが現れました。
シトリ > 容易で手頃な冒険依頼(雑用といったほうが正確かも)を探し、王都の酒場を片端から覗いてまわるシトリ。
「冒険者の酒場」と一般に呼ばれていない酒場でも、そこは街の情報の集積場。
小さな困り事の2つや3つ、見つかることもある。

しっとりとしたピアノの旋律が流れる、閑散とした酒場。
褐色の少年は静かに戸を開け、まっすぐにバーテンの居るカウンターに向かう。
財布から硬貨を1枚出し、最も安い売り物……よく冷えた水を1杯注文する。
そして何事かを問いかけ、バーテンがひらひらと興味なさそうに手を振るのを見れば、ほんの少しうなだれて。
水が波々に汲まれたブリキのジョッキを手に取り、テーブルへと向かおうとする……が。

「………………」

手近な椅子を引いたところで動作はとまり、そのままスタスタと、ピアノの方へ歩いてくる。
そして1mほどの距離で足を止め、酒場据え付けのピアノを……その白い鍵盤を奏でる指を、まじまじと眺め始めた。
ときおり静かにジョッキの水を啜りつつ、奏者の顔や衣服、ピアノの内部機構の動作、あちこちにキョロキョロ視線を移しながら。

リン > オーナーには客の逃げそうな曲ばかり弾くななどと言われたが、
別に夜になったってそう繁盛するわけでもなし、これぐらいがちょうどいいだろう。
どうせ大雑把な飲食物が目当ての連中に対して、あまり頑張ってもしょうがない。
小遣い程度の報酬しかもらっていないし、プロ意識など存在しない。
洋琴の脇に置かれた《アクリス》のケースが時折退屈そうにかたかたと動くが、
いまのところ実害はないので無視している。

そういった背景から、演奏しながらあくびをしかけるところだったが、
一人の子供と言っていい見かけの少年がなにやら眺めてきた。
酒場のピアノ弾きなんて背景みたいなもので、
それに見合わない純朴で遠慮のない眼差しというのを向けられると少々気恥ずかしい。
少しばかり格好をつけて、鍵盤の上で円を描くように指を躍らせる。
そうして演奏に一区切り付けると、指を離す。

「どうした? ピアノは初めて?
 なんなら、もっと近くで見てもいいよ」

褐色の少年に人当たりのいい笑みを向ける。

シトリ > 「おお…………」

白や黒の鍵盤それぞれが、1つの音階を担っているのだろう。随分と多く、シトリでは数え切れない。
淀みなくそれらを指で押下し、どこか寂しくも凛とした和音を奏でる様に、言葉をなくして見入る。
そしてフィナーレとばかりに舞い踊る、青髪の少年の指使いには、思わず腹の底からの感嘆が漏れた。

「……え、あ、うん。これ演奏してるの、見るのは初めて。
 というか、楽器ってこと自体いま初めて気づいたんだ。こんな大きな楽器もあるんだね」

笑みを向けられれば、シトリもニッと白い歯を見せながら屈託のない笑顔で応えた。
そして、促されるままにピアノの傍へ近づく。鍵盤や、筐体内部でそれに繋がったハンマーのからくりなどもつぶさに見れる位置。
しかし、不用意に楽器に触れるようなことはしない。壊したらいけない。

……ふと、ピアノの隣に置かれた鞄のようなものに気付く。
何かを大事にしまっているケースのようだが、見たことのない形状。
ときおり震えているように見えたが、気のせいだろうか…?

「……ねぇ、そこの鞄、なぁに? キミのもの?」

性徴に乏しい声で、問う。

リン > 素朴な感嘆を受け取るのはあまりないことで、
皮肉屋を気取るリンとしても少しこそばゆいものを感じていた。

「というと、都会に来たのは最近かい。新米冒険者かなにかかな?
 触ってみる? 意外と重くてびっくりするよ」

と、座っていた椅子を引いて鍵盤を指し示す。
どこか遠慮の感じられる態度だが、まあ、そうそう壊れたりすることはないだろう。

「ああ、これはぼくの楽器なんだけど、
 結構な聞かん坊でね。機嫌を損ねるとすぐ暴れるんだ」

呪いについて、知識か直感が働くなら、その曲線の輪郭を描く容れ物に収まったものが
良くないものであるとある程度わかるかもしれない。
じっと観察するなら、もう一度身動ぎするように震えるだろう。

シトリ > 椅子を差し出されれば、一瞬は遠慮の姿勢を見せるものの。
好奇心のほうが勝り、静かにそのスツールに腰を下ろす。小さなシトリにはやや高く、脚が床から浮いている。
そのまま、そっと鍵盤に人差し指を添えるが……。

「……ん、う。確かに重いね。こんなの、よくあんなにスムーズに弾けるね……すごいや」

青髪の少年の言うとおり、鍵盤は重い。もちろんシトリに押せない程ではないが、演奏めいた真似はまず無理だろう。
Fから始まり、G、A、B、と4音を奏で……押し込む勢いで音の強さも変わることに気付くと、また筐体の中を覗き込んだりと興味津々な仕草を見せる。

「うん。オレ、2~3ヶ月前くらいにこのへんに来たばかり。その……結構遠くから来たんだ。
 シトリ。シトリ・フエンテ、一応冒険者やってる。よろしくな」

青髪の少年の方を向き、男にも女にも聞こえる凛とした声で、笑みとともに自己紹介する褐色少年。
鍵盤には未だ指を添えているが……その興味は小さなケースのほうに移ったようだ。

「その鞄の中も楽器なの? そしたらその形……シタール?
 ……っていうか、聞かん坊とか暴れるとかどういうこと!? ほんとに中に楽器入ってるの?
 動物を飼ってるとかじゃなくて?? 脅かそうと思ってるならやめてね!」

目の前でふたたび不気味に震えるケースに、シトリは一瞬身を引きかけるも、視線は外さない。
残念ながら呪いや魔力といったモノを感じる力も勘もない。ゆえに、中に居るのが本当に楽器なのか訝しむシトリ。

「……そっちの楽器、弾いてるところも見てみたいなぁ」

リン > 「はは。ちょっとしたコツと修練だよね。
 簡単に弾けるようじゃ、おまんま食い上げだ」

足を浮かせて、興味深げに鍵盤に触れるシトリの様子に目を細める。

「よろしく。ぼくはリン。仕事はまあ……何をしているとも言えない、浮き草稼業だ。
 冒険者みたいなもんかな?」

疑惑を持たれた青い楽器ケースを抱え上げる。これに動物を飼っていたら虐待になってしまうだろう。
店内を見渡す。疎らながらも客がいる。ここでこれを弾くわけにはいかない。

「いやあ、脅かしじゃないんだ。……そんなに聞きたい?
 ……うーん、大変なことになっちゃうかもしれないよ。それでもいい?
 ここじゃ弾けないから、別の場所までついてきてもらう必要があるけど」

困ったように笑う。
本当はもっと真剣に止めるべきだけど、なんとかなるだろう、と考えた。
もしシトリが頷くなら、店主に断って酒場二回にある個室まで案内することだろう。