2023/06/03 のログ
■影時 > (……大技の類は極力使わずに済ませてェと思ってたが、さてはて)
額めがけて射かけられる矢を一本、続いて二本。首の動きのみで躱し、次の矢を手にした黒い刃の苦無で叩き落とす。
目視に苦労しない程に弓勢は弱いが、如何せん軽視できるものではない。
照準の良さを台無しにしかねない勢いのなさを補うのは、鏃に塗りつけられた汚液である。
匂いを嗅ぐまでもない。毒か、はたまた尿で溶いた糞便の類であろうか。
同行した魔法使いが張る矢避けの結界が半球状に広がり、矢の怒涛を一時的に払い、途絶えさせる。
「今は退いた方が良いンじゃないかね。
……戦には勢いってものが大事だろう? 勢いが絶えた今はあんまり良くねぇし、生命の無駄だぞ?」
こちら側の現場指揮官と言える壮年の騎士にそう具申すれば、現場慣れしているからか。その判断は早い。
“退け、退け!”という叫びを響かせ、盾を打ち鳴らして侵入経路を引き返そうとしてゆく。
侵入路を塞がれ、袋の口が締まるように包囲されてしまうまで、どれほどの時間を要することになるか?
それを理解できる、考えられるというのは現場慣れした歴戦、場慣れした者故の思考の早さと言える。
いざとなれば強引に事を済まさずに済むのは、内心でほっとできる。
経歴云々、属するギルドに云々、という面倒は限りなく少ない方が此れもまたいい。
ともあれ進言した身として、殿は努めよう。買って出よう。先に行け、と言う代わりに。
「さァて。たまには景気よく使うのも――、悪くあるまい。なァ?」
羽織の下を漁り、右手の指先の紙張りの張り子の玉を4個掴みだす。
玉から伸びた導火線に、じ、と小さな炎が宿るや否や、それらを中空に投じればそれが何であるかは、すぐに気づくだろう。
火種が引き起こすのは景気の良い爆音と、濛々たる白煙。
投じたそれらは煙玉である。手製のそれらは作成者の氣に感応して着火し、数秒後に炸裂する。
大量の煙は魔物たちの鼻と視界を潰し、自分たちの姿の視認を短時間の間だが、困難とする。
■影時 > 広間を埋め尽くすように広がる白煙は当然ながら、使う方の視界を潰す。
煙玉の類は、最後っ屁のように追手目掛けて投じるのが常道、使い易い――のだが、者によっては使い方が変わる。
その使い手の一人たる男は、眼を閉じる。
視界が最初から遮られる、阻害されるのであれば、最初から目に頼る必要がなくなる。
例えば暗夜の森林の如く視界が通らない、見通しが効かない場所であれば、どうして目を開いている必要がある。
それに、ここは何度も足を運んだ場所でもあればこそ、凡その配置や形状は嫌でも覚えている。
(少しだけ削って、怯ませちまえば――退くには足ろうかね)
嗚呼、あとは生命の危機を感じるような、生死を占うような強者がここに居れば、遣りようはまた変わるだろう。
弓矢が効かぬ、当たらぬことに業を煮やしたように、指揮者の制止を振り切って広間に流れ込んでくる気配の濁流を察する。
そうしながら手に提げた苦無を中空に放り上げ、右往左往する魔物たちの気配を読み取る。嗅ぎ取る。
氣を整え、ぱ、ぱ、ぱ、と立て続けに手印を結び、氣を走らせる。そうすれば、気配の最先頭の足元が爆ぜる。
土より金が生じる五行の断りに従って、地面が吹き上がり、大きな金属の刃がいくつも乱立する。
吹き上がる土砂と金属の刃に割かれ、または刺されて叫びが上がる中、落ちてくる苦無を掴み取り、男は走る。
苦無を腰裏の鞘へと納めれば、次に手に取るのは左腰に差した刀である。
踏み込みと共に抜き打てば、銀光を伴った刃金が走る。地から屹立した術による金刃ともども、動きを止めた魔物が斬れる。
矢避けの結界が途絶えたと悟れば、矢が適当な狙いで撒き散らされることだろう。
それまでにどれだけ敵を削り、怯ませて時間を稼ぐことができるか否か。
ご案内:「タナール砦」にチヨさんが現れました。
■チヨ > 「どーん」
それは唐突に現れた。
人の屍の山を築かんと逸り、打ち上げられた魔物達の間を貫くように飛び込んできたそれは
その勢いままに撤退していく人影の最後尾へと飛び掛かる。
叩きつけられた勢いはその小さな影にしては大きかったようで、
まるで力自慢の豚戦士がそのこん棒を地面に振り下ろしたような地鳴りと共にばっと土煙がたった。
土煙が少々収まるとそこにいたのは地面に四足で這う異形の姿と
その犠牲となり四肢の一部を損壊して倒れ伏す数人の騎士や冒険者達。
それは興味深そうに燃え尽き、けれどまだわずかに白煙を上げている煙玉をじっと見つめていたが、
それを数秒見つめた後ゆっくりと視線を動かして……
「あはー、へんなの、へんなのだぁ」
真っ白で牙の生えた口を三日月の様に歪に開け、笑った。
■影時 > この突入隊の指揮者たる騎士も腕利きの類と思うが、恐らく一番強いのは誰かと問われれば――己であろう。
自惚れでも何でもなく、殿を買って出た際に反対意見が出なかったのは、そうであると察してたからか。
忍びの仕事とは戦場の何でも屋でもある。故に、殿を務める、買って出ることは慣れている。
それに何より、単独である方が下手に何人も連れているよりは、生残性も高いだろう。そう思いつつ、頃合いを測る中で。
「ぬ、おッ!?」
不意に、そして唐突に――爆音が響く。
己が身に潜ませる火薬類や術符の類の産物でなければ、この地にたむろする魔物の仕業ではない。
勿論突入隊の仕業でもない。使い手は何人か居るだろうとしても、咄嗟に思いつく心当たりは違う。
そして、何より。後ろから悲鳴やら呻きやら上がる。
想定こそしていても、いざ起こると内心で顔を覆いたくなるほどのケースの具現だ。
(……――何だ、ありゃ。)
風が吹く。地鳴りが立つほどの剛撃が土煙混じりとはいえ、流れを生んだか。
煙が流れ、その合間に倒れ伏す騎士や冒険者たちが見え、さらに彼らと己の立ち位置の間に、見えるものがある。
一見して子供のように小さいが、明らかな異形。地面に転がる、ぷすぷすと燻る煙玉の残骸が気になっているのか。
「変なのが、好きかね?」
そう声をかけつつ、当惑するようなに立つ魔物の一体を切り伏せ、それを牽制にして異形の方に振り向く。
振り向き、必死に何やら目くばせしてくる生き残り達に頷き、注意を引き付けるように広場の只中に立つ。
魔族の指揮者、指揮官の出方も気になるところだが、この相手が恐らくは現状一番油断ならぬもの。
奇妙な圧を立ち昇らせる血刀を右手に提げ、左手で羽織の下を漁る。取り出すのは、先ほど使ったものと同型の煙玉。
まるで、飴玉を掌に載せるような仕草で異形の姿に示してみようか。
■チヨ > 唐突に表れたように見えるそれは、今まで砦のなかをふらふらと徘徊していた。
ただ、砦にいたのはニンゲンが残した”玩具”に興味があったからで……。
取り込んだ人間の記憶にあった、魔法を使わず爆発する岩を遠くに投げつける玩具の様を
直接見に行こうとやってきたのはいいけれど、既に使われた後で
しかもそれを使うニンゲンが全くいないと来た。
仕方がないので一つ分解して色々と触ってみていたらなんか戦闘が始まっていたといった次第。
一応は魔族に類するがソレに仲間意識など微塵もない。戦闘になろうとどこ吹く風。
最初これを制御しようとした魔族が数秒で血煙になったこともあり……
ある程度知性がある魔物はソレに触れようともしていなかった。
それとしても偶然聞きつけて偶然辿り着いたら偶然魔族が占拠していただけなので、
彼等が襲われようが、善戦しようがソレにとっては何ら興味が無い事だったのだが……。
「なにあれ、なにあれ」
そろそろバラバラになった大筒を転がすのも飽きてきた頃、
視界の端でばっと白煙がたった。
戦闘に伴う衝撃によるものというよりも
記憶にある大砲の爆発に似たそれは興味を引くには十分で……。
「ねー、何かな?何かなこれぇ」
それを見たいなーという子供じみた理由で
道中邪魔になった哀れな魔物を数匹巻き込みつつ、最前線に突っ込んできた。
そうして足元に転がる犠牲者には目もくれず、
くつくつと笑いながら面白そうな道具を使ったと思しき人物をじっと見つめる。
どうにも元になった種族の知能指数に引っ張られる為
理解力にはだいぶ乏しくなっているけれど、
取り込んだキマイラは力あるものが持つ武器の厄介さを理解していたようだ。
そしてその感覚は今いる中で一番”厄介”なのは
目の前でこちらを警戒する真っ黒なヒトであると告げている。
改めて見ると実にへんてこだ。真っ黒であまり見覚えのない衣装。
取り込んだヒトの記憶にも類似するものはなかったように思える。
「キヒ」
じりりと撤退していく後ろの気配にぴくりと翼の先が揺れるも、
その生き物としての感覚と、取り出された丸いへんなものへの興味で
優先されたためそちらへ向かうことなく
まるで肉食獣が獲物を見定める時の様にじりりと距離を詰める。
「あは、ヘンナモノ、すきだよ。」
答える言葉だけは無邪気な少女のような声色で。
■影時 > (さァて、はて。……出し惜しみとも言ってられなくなっちまったか)
こちら側から見れば、唐突に表れたかの如く見える“それ”の挙動を眺めつつ、思考を巡らせる。
現状砦を占領している魔族側の兵力総数、布陣は完全に分かっていない。
だが、砦を盗られたままにされるのは沽券に係る。
そんな思考ロジックですぐさま奪回の軍が編成され、臨時報酬の題目で傭兵や冒険者を掻き集めた。
或る程度はわからなくもないとしても、おっとり刀も良い所だ。
否、その点を抜きにしてもなお、この状況は楽観的に見難い。
多少は有り難いとも思える事項が一つあるとすれば、この異形――個体は彼らも持て余していた、統制できていないのか。
言葉めいた叫びが壁の上等、所々から響く中でもなお、当惑とも混乱ともいった様相を見せている事位か。
「さよか。うーむ、そりゃ困ったな。多分この場に居るヒトの中じゃァ、俺が一番――変か」
紡ぐ言葉は努めて平静(を装っているうえ)で紡ぎつつ、わざとらしく首を傾げながら応える。
右手にした刃は軽く振れば、それだけで纏わりつく血糊が振り落ちる。
左手に持った張り子の球を弄び、いっそう注意を引かせるようにしながら動向を測る。タイミングを計る。
弄ぶ球を二度、三度と放り上げていれば、手品よろしくさらに一個、二個と増える。それらが一斉に導火線に火が付いて。
「……この変なものはな、こう使うんだ。よく見てろ――、よッ!!」
相手の頭上に高く高く放り上げれば、再び大音声と煙が巻き起こる。先程よりも一個個数を減らした分だけ、インパクトは少ない。
だが、腹に響く爆音だけは近ければ近い分だけ、盛大だろう。そのうえで相手の左方へとたっと進めば、振りかぶった刀を振り下ろそう。
刃の間合いではない。しかし、振りぬいた太刀筋は大気を巻き、うねりを伴う烈破、衝撃波として襲い掛かるだろう。
断ち切るつもりはないが、手近な壁へと叩きつけ、突入隊の撤退の時間を少しでも稼ぐために。
■チヨ > 四足でねめつけたまま移動している間に逃げていくヒトの足音が耳に届く。
多くのキマイラが強く有しているという弱い生き物を甚振りたいという欲が
チリチリと胸を焦がすが、同時にその感覚は
これに背を向けると厄介な事になると告げていた。
キマイラ自体は大人数人が直立するほどの巨体を誇る魔獣であるからして、
それが厄介と感じる相手はそう多い方ではない。
最も、だからこそ相手を間違えて取り込まれる羽目になったのだけれど……。
人なんて本来は一顧だにしない生物なのに、その感覚はこのニンゲンを警戒している。
つまり……
「キヒ」
コレは面白いということ。
それの背後にいくつも屹立する刃群も位置的にコレが関係している可能性が高い。
魔術が使える魔種ならともかく、そんな知能がこの辺りにいる魔物にはないから。
精々その膂力を活かして矢を降らせる程度。
こんな芸当が出来るのは”知恵ある者達”だけで……
「あれ、あれ?」
手品のように変な球が一つ二つと増えていく。
まるで手品のネタを見破ろうとする子供の様に熱心にそれを見つめているうちに
魔術らしい気配が無いままにそれらに一斉に火花が散り、
湧き上がる粘り気のある白煙と即効性の高い轟音が全身を包む。
その劈く音に驚いて一瞬体が跳ねた瞬間まっくろな人が腕を振る音と同時に
不可視の刃が襲い掛かった。
「わ!?」
完全に反応が遅れ、小さめの体は鮮血を飛び散らせながら弾かれたように吹き飛んだ。
幾らキマイラを模しているとはいえ、刃は通りしっかりと削られていた。
咄嗟に左手で庇った姿勢のまま壁に叩きつけられ、壁に罅を入れる。
そのままどさりと地面に落ちて
「きひ、あはは、あははは」
不気味な笑い声をあげながらソレはゆっくりと立ち上がる。
左手をだらんとおろしているのは不可視の刃が通ってしまったから。
完全に吃驚してしまった。ちゃんと見ていたのに。
動物的な感覚が轟音と急に大きくなる何かに完全に反応してしまった。
興味本位で出向いたにしては割と大きめのケガかもしれない。
それはほんとにほんとに予想外で
「たのしぃねぇ」
本当にヒトって面白い。色々詰まったおもちゃ箱みたいで。
■影時 > 全員が全員逃げられる――、とは限らない。
先の急襲で半死半生同然、助かる見込みが少ないものまで全員脱出できれば最善ではある。
しかし、可能であればその最善は達成すべき事項である。
であれば、行動することに意味がある。
興味がある、興味を向かせる、注意を引き付けることが簡単であればこそ、そこに付け込まない理由がどうしてあると言えるか。
「――……狙った通りじゃあ、ある。あるんだが……ったく。」
煙玉をはじめとした火薬を扱い、魔法に似た技を行使する知恵、そして剣圧を放つ程の術技。
時間稼ぎのために一先ずは興味を向けられそうな手管を繰り出し、振りぬいた刃が生む風で煙を晴らし、吹き飛んだ姿を見やる。
小さい姿は良く吹っ飛ぶだろうと狙った、という点は決してないわけではない。
牽制のために手加減をした、容赦したというつもりもない。だが、立ち上がってくる。
「お前さん、何だ? ここを占領した奴らの仲間とも違って見えるが、はぐれ者の類か?ン?」
手にした刃を降ろし、左腰の鞘へと納めながら尋ねる。
ただ打ち据えられるだけではあるまい。見た目通りの異形とタフさは、軽視できるものではない。
さながら、故郷で見た怪異の類にも見えて、余計に不可解な点もある。
脳裏に浮かぶ幾つかの想定は、寧ろ愉しく思えるところもあり、口元に浮かぶ笑みを隠せない。
そんな口元を隠す覆面を引きずり下ろし、にぃ、と口の端が吊り上がった顔を晒しつつ、尋ねてみようか。
――忍者は刃のみで生きるにあらず。その五体こそが刃となり、鉄槌ともなる。
無手であろうと、油断ならざる。立ち上がる姿をよく見るためにも近づいてみよう。
■チヨ > 「はぐれもの?わかんない」
元々仲間等とは思っていない。同居人ですらない。
取り込むにすら足らない、有象無象の群れ。
いうなれば動物の残骸を巣に運ぶ虫の行進のようなもの。
偶然その場に居合わせて、偶然向いている方向が同じだっただけ。
だから……
「チヨはねぇ、チヨだよ」
オモシロイモノを観察するために邪魔になったら踏んで通る。
事実、ここに突っ込んでくるときにも数匹巻き込んで血煙に変えてしまっている。
巻き込む事に、何ら躊躇も逡巡もなく。
ただ楽しいと興味があるだけが優先されるから。
「おにーさん?はナニ?
手品師?さっきの何?ねぇ何?」
子供の様に次々と疑問を発しながら
しゅるりとネコ科を思わせるしなやかさで体を逸らしながらステップ。
同時に音を追うように棘だらけの尻尾が目の前のヒトの顔に向かって
生きている蛇の様に真っすぐに空を裂いた。
翻った際に飛び散った毒液の巻き添えを食い、顔に飛沫を浴びた魔物が
不快な絶叫を発しながら顔を掻きむしり、腫れ上がった顔のまま息絶えていく。
それが当たればヒトなんてあっという間にグズグズの肉塊になるだろうけれど
「ねぇねぇ」
もっと見せてと純粋で無邪気な感情のままに
それは狂気を振るった。
■影時 > 「はぐれ者と言う自認はなし。……とは言え、個の考え方はある、と言ったところかまずは」
少なくともまず対話、言葉は通じるらしいか。
世の中には他者が発した言語、音の羅列を反復し、発音することで人を惑わせ、招き寄せる怪異が居るらしい。
噂に聞くそれらとは違い、ここまでの交わし合いで思惟を見いだせないとどうして言える。
ああと言えば、こうと言い、いいと言えば、どうと言う――といった反射とは恐らく違うだろう。
「チヨちゃんね。しかし、おにーさんか、嬉しいねェ。そう誰かに言われンのも久しぶりだ。
俺か? 俺はカゲトキと言う。手妻使いであり、兵法者であり……冒険者であり、雇われ者であり、あー、あと何があるかな」
歳を数えていよいよ五十路に近い男が、おにーさんと呼ばれて喜色を素直に示す。
外面だけは三十台位の姿が両腕を胸の前で組み、一瞬虚空を仰ぎながら、思考を巡らせ、言葉を紡ぐ。
様々な手管を操る手妻使い。刀をはじめとして、様々な武具の扱いに通じた兵法者。
今の身分は冒険者であり、誰某に雇われた雇用者。いずれも現在の身分であり、己を定義するレッテルの一つ。
それぞれのコトバの意味を、異形の要素を除けば子供のように見える相手は知るだろうか。
否、実際子供、かもしれない。
聞こえた相手の名は、故郷の言葉に当てはめようとすると思いあたるものは幾つもある。その意味を彼女は知るのか、否か。
「……そうそう。そして俺は、忍者だ」
所作こそ猫の如きしなやかさで飛び上がり、瞬転。棘皮動物とも苔のようにも見える棘が生えた尾が唸る。
分泌された毒液が飛び散る。それを器用にのけ反りつつ躱し、ブリッジめいた姿勢から後ろ手を突いてさらにバク転。
大きく間合いを取りつつ、右の羽織の袖口から滑り落ちる一本の鉄棒を相手の顔先目掛けて放とう。
短い鉄棒の正体は先端を尖らせ、黒く表面を焼いて視認性を減じさせた棒手裏剣。
先程の煙玉と比べて派手さも何もないが、当たるところに当たれば、十分に人を殺せる凶器だ。
■チヨ > 「あは、今度は見えたぁ」
人の何倍も鋭い聴覚は轟音で痺れ、巻き込まれた魔物の耳障りな悲鳴があってなお衣擦れの音を正確に聞き取った。
そのまま右手で飛来する鉄棒を鈍い音を立てながらつかみ取り投げ捨てる。
転がったそれは中ほどからぐにゃりと折れており怪物の膂力をうかがわせた。
「ニンジャ?なにそれぇ?
いっぱいカタガキ?があってわかんない!
もっとみせて?ねぇ、みせて?」
よくわからないけれどまだまだ色々できそう。このままで終わるなんてもったいない。
前哨戦は終わり、これからが本番と
無邪気な笑みを浮かべてそれは歌うように問いかける。
相手の狙いは他のヒトを逃がすということ。
その目的は半ば達成されつつあるけれど
”私”の速度なら今から追いつくのだって簡単。
そうしないためにはまだまだ時間が必要なはずだから……
知恵ある者達ならもっと色々見せてくれるよね?
そんな思考の元、飛び掛かろうと再び獣の様に四肢で地面に伏せ
「え?」
飛び出すと同時にかくんと左腕が倒れ勢いあまって地面に顔から突っ込み
そのまま斜めにごろごろと転がって壁に逆さになった状態でぶつかって止まった。
「???」
はてな?という顔で左腕を見ると、左腕はだらりと重力に引かれたまま力が入っていない。
何度か握ってみるものの、僅かにしか動かない。
痛みと自覚が無い為に気が付かなかったが、どうやら一時的に機能を失っている。
「あれー?」
何らかへ致命的な一撃を与える術が込められた何かに当たったらしい。
生物を完全再現するというのはこういう事だというのを忘れていた。
……ちょっとこれだと追いかけるのは難しいかもしれない。
「……つまんない」
すとんと喜色がその表情から抜け落ちる。
再現された気性のうちの気まぐれさにより、テンションの乱高下が激しい。
別にこのまま交戦して死んでもいいけれど……なんかうまくいかなくて気力が失せてしまった。
そのままうにうにと転がり始め何回転かしてぱっと立ち上がると伸びをして
「……べー」
無事な右手で目の下を軽く引っ張りながら舌を出し、そのまま宙に跳ねた。
砦の壁を脚力と片手の握力だけで苦も無く駆けあがるとちらりと振り返る。
真っ黒な人。覚えた。つぎに会ったらまた遊んでもらおう。
そのまま数秒見つめるとたたっと駆けだして。
■影時 > (……見切りが、一瞬遅かったか)
一応は素直に忍者であることを露見、悟られない意味を兼ねて二重の備えをしている。
ひとつは、装束の上に付けた胴鎧。ふたつは胴鎧を付けたうえで羽織る羽織。
その柿渋染の羽織の裾が、飛散する毒液で数箇所焦げたように穴が開いている。
それを認めれば、引き結びかけた唇の端が、ぎゅっと吊り上がる様を自覚できる。こういう機会は、久しぶりだ。
牽制のつもりでも何でもなく、投じた手裏剣がキャッチされるという点もまた然り。
「なぁるほど。そこまでは流石に知らンか、おチヨちゃんは。
ヒトというのはあれこれやって生きるとなると、いやでも肩書が増えるモンなんだぞ?」
自分から忍者であると明かすことはそうそうないが、純粋に知らないのか。
名を与えた誰かが何をどこまで教えているかどうかは知らず、分からないが、いっそう知恵を付けるまえに討つべきか?
そんな算段が脳裏に働く。相手の生態、能力は殆ど未知だが欲がある。その欲は、自身を確固たるものとする糧になるだろう。
強くなればなるほど、己を脅かすものとなりうるか? 手管のことごとくを用い、開陳する敵たりうるか?
目的のためには、速やかに事を成すのが最上であるが、力比べ、手管の限りを使う競り合いは、嫌いではない。
身を起こし、両腕を広げてはすぐにでも印を結べる態勢を作り、構えていれば。
「ぬ?」
飛びかかろうとした姿が、勢い余ったように顔から地面に突っ込む。
あれは痛そうと思わず眉間を顰める中、転がる姿が不思議そうな顔で先ほどの左腕を見る。
動かないのか。先程の一撃の効果か。思い当たるのは刀に宿る特性。だが、もう一つの特性の発露はなかった。
竜の気配を察する刀は震えなかった。だが、まさか? だが、しかし。
そんな諸々を過らせているうちに、うにうにと転がる姿が不意に立ち上がり、あかんべーな仕草をした後に跳ぶ。跳び上がる。
「……――子供だなぁ」
仕草だけを見ていれば。砦の壁を上った後、己を見る目に視線を合わせてはそう思う。
半ば呆気にとられたような表情で駆けだす姿を見送り、一瞬の空虚にはっと思う。
敵は、一人だけではない。思い出したように響き出す咆哮に、こちらも一目散にかけ出そう。
土煙を起こし、脱出を測れば――突入隊全員の生還を果たせたことを知ろうか。
ご案内:「タナール砦」からチヨさんが去りました。
ご案内:「タナール砦」から影時さんが去りました。
ご案内:「タナール砦」にヨハンナさんが現れました。
■ヨハンナ > タナール砦では、今日も熾烈な戦いが行われていた。
王国の兵士達が砦内になだれ込み、魔物や魔族と死闘を繰り広げる。
狭い砦内の室内戦闘は、必然的に犠牲も増す。
「……」
騎士団長ヨハンナは先頭に立ち、通路にひしめくゴブリンに臆することなく突撃する。
ゴブリンは数が多いが、個々の力は大したことがない。
故に、数の差が活かせない狭い通路等では何も恐れることはない。
「……行きます」
右手に細剣を、左手に盾代わりの短剣を。オーソドックスな貴族の剣術。
下級の魔物であるゴブリンが鎧兜を身に着けていることは少なく、せいぜい革鎧、多くは半裸だ。
多少その皮膚は分厚く、骨は頑丈であるが、レイピアで貫けないほどではない。
一番手前に居たゴブリンの喉を貫き絶命させる。
魔法等を使うまでもないだろう。
「……ッ!!」
粗雑な手斧による攻撃を華麗な身のこなしでかわし、ゴブリンの急所を次々貫いて屠っていく。
五、六匹を殺した頃には残りのゴブリンは怯え、逃げ始めていた。
「逃がしませんよ、続け」
後続の騎士に声をかけながら、ヨハンナは砦の奥へと駆けていく。