2022/11/07 のログ
■エリーシャ > ―――――もちろん、娘は気づいている。
刃を向けて交える前から、相対した瞬間から、だれよりも、娘自身こそが。
敵わないだろう、恐らく、この殺意は、『彼』に届かないだろう、と。
戦の痕も乾き切らぬこの焦土が、きょう、どちらかの血を吸うとすれば、
それは間違いなく、娘のあかい血となるだろう、とも。
けれども、否、だから、こそ。
どんなに業腹であろうとも、敵である『彼』の気紛れであろうとも、
今、この時を好機と捉え、挑まなければならなかった。
握り締めたしろがねと、身の裡を這い回り暴れる『ちから』に操られるよう、
歯を食いしばり、ぎりぎりのところで、己が躰の主導権を保つままに。
――――――――けれど、やはり。
「ク、――――――…… ぅ、 っ ……… は、」
指先が、掌が、衝撃にびりびりと痺れる。
渾身のひと太刀を容易く受け止められ、振り抜く力を押し留められ、
少しずつ、しかし確実に、圧し、返される。
どれだけ双腕に力を籠めても、躰ごと、跳ね退けようと試みても、
しろがねばかりが軋み、滑り、じりじりと角度を、変えて――――――
それでも、それならば、尚のこと。
せめて眼差しばかりは外すまい、いっそ射殺すつもりで睨み返し、
真っ直ぐに敵の顔を、そのすがたを、網膜に焼きつけて逝こう、と、
――――――それ、なのに。
「っ、――――――――― に、を、」
不意に『彼』の掌が、長い五指が、目の前に迫った。
娘のちいさな顔などは、容易く手の内にとらわれてしまう。
視界を冷たい闇が覆い尽くす、混じり気のない純粋な穢れが、額から、頬から、唇から滲みて、
――――――刹那。
今まで感じたことのない種類の激痛が、悪寒が、衝撃が、
娘の躰を貫き、震わせ、衝動が喉をせりあがる。
「ぅ、ァ、―――――――――― アぁ、 あ、あ ……!!」
己のものとも思えない、罅割れた悲鳴が迸る。
苦悶に満ちた、恐怖と絶望に塗れ、飲み込まれる寸前の、断末魔のような。
胸の奥、躰のもっとも深いところに、縛られ、眠らされ、封じられている『なにか』が、
強きものに触れて、その力を感じて、目覚めようとしている。
目覚めてはならないのに、解き放ってはならない筈、であるのに。
抗う術も無く、逃れる途も無く――――――もう、少しでも触れたままであれば、
否応なく引き摺り出され、娘を変質させてしまうだろう。
漆黒の軍装に覆われた、娘の胸元で。
封ぜられたものの証がじくじくと、疼き、爛れ、血を流そうとしていた。
■ラボラス > (――才は在ろう。
だが、其れを強さに変えるだけの経験が無い
やみくもに振り回すだけの剣では、己に届く筈も無い
判って居た結果の、其の通りに、娘の剣を捻じ伏せれば
何方が勝者で、敗者であるかは明白であろうか
死ぬ心算であったろう。
己を最後まで睨みつける其の瞳は、決して潰えぬ敵意の証
だが、其処にふと――何かを、見出した様に
命を奪うのではなく、其の身を捕らえ、己が闇で焦がし
――其の身に刻まれた封を、浸蝕し、摩耗させ
娘の奥底に押し込められている"もの"を――引き摺り出す、様に。)
「―――――下らん小細工だ。
だが、あの地では、小細工でも良く効くらしいな。
……これが、貴様が俺を憎み狙う理由か。」
(絶叫が響き渡る。 急速に娘の中で、殻が、罅割れて行く
徐々に擦り切れて行く封印の隙間より、最早隠し通せぬモノが溢れ出す
純白の布地が、黒に染め変えられて行く様に
娘を此れ迄形作って居たものが、根底から塗り替えられて行く
――だが、其れは与えた物では無い。 元から在った物だ。
そうして、娘を蝕む闇の魔力が、不意に掌から消え去った其の時には
娘の封印は、かろうじて繋がって居る様な物へと成り果てる
ほんの僅か、最後の一線で娘が娘を保って居られるやも知れぬが
――其れは、ただ、僅かに猶予が伸びただけ。)
「――――気が変わった。 ……貴様も俺の褒賞としてやる。
かつて、其の剣の使い手が、同じ末路を辿ったようにな。」
(娘の身体を、適うならば肩に担ぎ上げる。
果たして、今の女に、其の言葉を理解する事が出来たかは判らぬが
――敗者に、権利なぞ無い。 殺されず、砦の、将の虜囚と為る事が
如何云う意味であるかは、誰だって、判る筈だ――)。
■エリーシャ > 「ァ、あぁ、あ゛、止め、―――――――――― っ、っ、んん、ッ……!!」
挑み、敗れ、斬り裂かれる最期の瞬間まで、揺るがぬ意志を保つつもりだった。
弱く、脆く、罪深いほどに愚かしくとも、決して自ら敵に屈せず、
恐怖に囚われ己を見失う無様を晒すこともすまい、と。
悲鳴すら、堪えてみせると誓って――――――いたのだけれど。
幾重にも絡みついていた封が、圧倒的な闇のちからに溶かされ、侵され、
ほつれて、崩れて、その奥で足掻き悶えるものを、娘の表層へ引き出そうとしている。
それはある意味、娘自身が心のどこかで渇望していた、揺るぎない『ちから』でもあるけれど、
ともすれば娘の躰を、こころを、全てを瓦解させてしまう、だからこそ封じられていたもの、であり。
『それ』はしかし、目の前の男と本質的におなじもの。
であるがゆえに、小手先の封印では目くらましにもならず、
娘のなかの『ひと』である部分が、どれだけ抗い、逃れ、目を背けようとしても、
おなじだけ息衝く闇の部分は、ようやく見出した同胞に、共鳴するものに、
誘われて、導かれて、裡から殻を打ち破り、外へ、外へ這い出ようと―――――
激痛、激痛、もはや声も出せないほどに、目の前が暗く翳むほどに。
ふ、と圧が消え失せる、娘の四肢が萎えて、しろがねが足許に転げ落ちる。
ほとんど意識を手放しそうになりながら、それでも、娘は今や金色をはっきり混ぜた紫電の瞳を瞬かせ、
男を、敵を、憎むべきものの姿を、捉えようとしていたけれども。
既に勝敗は決し、娘は敗者として、勝者たる男に命運を握られる『もの』となる。
僅かに残る抵抗の意志ごと、男の肩に戦利品よろしく担ぎあげられ、
彼の側近たちの、嘲りを含んだ眼差しに見送られて、娘は砦へと運び込まれてゆく。
男の言葉を、その意味を、今は理解出来なくとも、
――――――――遠からず、身をもって『知る』ことになる、のだろう。
ご案内:「タナール砦」からエリーシャさんが去りました。
ご案内:「タナール砦」からラボラスさんが去りました。