2022/10/18 のログ
ご案内:「タナール砦」にエリーシャさんが現れました。
■エリーシャ > ――――――娘は、戦場に戻ってきていた。
蹂躙され尽くした砦は一昼夜ののち、再び人間側の占拠するところとなっている。
さしたる戦闘も無く、ただ、がらんどうになった場所へ人間が、再び陣を布いただけ、であったらしい。
ここを襲撃した魔族の軍勢には、砦を彼らのものとして保持する気が無かった、
ということだろうか――――――
夜明けまではまだ間がある、月の見えない夜半過ぎ。
葦毛の愛馬を傍らに、娘は静まり返った砦を抜け出し、一連の顛末に思いを馳せる。
「――――… わからない。
わたしには、わからないわ」
彼らの考えていることなど、――――きっと、わからなくても良いのだ。
そう思いきるには少しばかり、娘は彼らを意識し過ぎている。
絡めた手綱を軽く引き、逆の手で愛馬の頬を撫でながら、
「ヴィー……ごめんね、おまえにも怖い思いをさせて。
本当はとっくに、引退していてもいい年なのに」
祖父から贈られたこの馬とは、もうずいぶん長い付き合いだ。
娘の勝手など良く知っている、と言いたげに、『彼女』は娘の掌に顔を擦り寄せてきた。
■エリーシャ > 「おまえの母さまはね、わたしの母さまの馬だったのよ」
知っている?と顔を覗き込めば、愛馬は目を細めたようだ。
当然知っているわ、という囁き声が、娘の耳にだけ聞こえてくるようだ。
ざり、と足もとの荒れ地を軽く蹴り、娘は力なく微笑む。
「わたし、母さまに、早く追いつきたい。
母さまの、……公爵家の名誉を、取り戻したいの。
だってそうでもしなければ……… わたし、」
吐く息が白い。
きっと明日は今日よりずっと冷えるだろう。
マントを砦の中へ置いてきた娘の躰は、微かに震え始めていた。
「―――――― ほんとうに、生きていてはいけない気がするの」
生まれてきてはいけなかった、そんな気がするのだ、と。
祖父にも、ほかの誰にも打ち明けられない、娘のなかのもっとも脆い部分から、
ふとした瞬間に零れ落ちる、弱音、のようなものだった。
■エリーシャ > ―――――不意に、愛馬がこちらへ頭を寄せてきた。
娘の躰が思わず傾いでしまうくらい、ぐいぐいと擦り寄ってくる。
びっくりしたように目を瞠り、次いで、娘は笑い出した。
「いやだ、……ヴィー、慰めてくれているの?
……… わかった、ごめんなさい、わたしらしくなかったわ。
こんなことじゃ、いつまで経っても母さまには追いつけないわね」
ぐりぐりと頬擦りをしてくる愛馬の首許へ、ぎゅう、としがみついて。
その暖かさを、毛並みの滑らかさを享受しながら、ひとしきり娘は笑った。
半時ほど、そうして愛馬と戯れていただろうか。
東の空がうっすらと薔薇色に染まり始める頃、娘は愛馬を連れて、来た道を戻ってゆく。
朝が来れば、また、娘はいつもの通り無愛想に、無表情に、
黙々と与えられた職務と、日々の鍛錬に励むのだろう。
――――――――いつか、母の仇に戦場でまみえる、その時まで。
その日が必ず来ることを、娘は信じている。
ご案内:「タナール砦」からエリーシャさんが去りました。