2021/11/24 のログ
■影時 > 「……ふむ」
琵琶の類とはやはり勝手が違うな、と。脳裏に思う。
生業たる忍びの術として、弾き手を装うこともあれば多少は楽器の扱いは心得ている。
しかし、洋の東西が異なれば楽器の成り立ちやら調べが違う。違えば弾き方も勿論、同じであるとは限らない。
それでもどこか似ているというのは、いい音をどういう風にすれば出せるかどうかの研鑽の収斂だろう。
そういう事柄を集め出すと、面白い。知れば其処に趣がある。
弟子の教練の題材にもできるか、何かの新しい技の種にもできるかどうか等と思い始めるのは職業柄だが。
「あー、見張ってンよ。見張ってる。異常無しだよ、今ンとこはな」
それでもやはり遊んでいるように見られるのだろう。遠くかかる同業の声を聴けば、異常無しと声を張り上げよう。
文字通り「後ろに目がついている」。
リュートを弄ぶ姿が座す見張り台の櫓の上、数羽の鳥が留まっている。じっと留まっている。
術で使役した夜目が利く鳥に模した式神たちだ。それらの視覚を共有、夜目を利かせながら広い視野を得る。
決して過信はできないし万能ではないが、使い方を弁えていれば便利ではある。
■影時 > 「ちょっとはましになったが、酒場で聴くみてェにはいかねぇなぁ。
付け焼刃どころか、その場の石を割って作った石器にも劣るか。……誰かに習う方が流石にこりゃ早いぇわな」
音程は多少は奏でられるようになった、気はする。
戯れに弾き始めて、それなりに音を鳴らせるようになるのは似たようなものを扱った経験故だが、譜面を見ながら一曲というには程遠い。
そも、譜面を見て読み解くための知識を別途仕入れる必要がある。
耳に聞いた音程をなぞって弾くにしても、それからという具合だろう。
そんな感想を抱きつつ、楽器を椅子代わりの箱に立てかけるように置き、柏手を打つように両手を合わせる。
刹那、ぱっと瞬くように鳥を模した式は氣の供給を断たれ、その元となる術符の姿へと化す。
左手を持ち上げれば、ひらひら、と符は風に揺れる花弁めいた動きで術者の手元に戻る。それを袴の隠しに入れ戻す。
決して遊んでいるわけではないが、遊んでいるようにしか見えないというのはどう考えても言い訳の仕様がない。
それに、己の手妻をわざわざ他者に教える道理もないのだから。
「……――鳴らす方が下手なのは仕方がねぇにしても、だ。
どうせなら景気よく魔王とやらでも湧いて呉れりゃ云うことなしなんだが」
楽聖となれば、一奏ですればそれだけで獣が寄ってくるやら何やら、この地に至るまでの道中の伝え話で聴いた記憶がある。
嘘か真かはさておき、良き奏者の演奏は街を行きかう人の足を止める。そう考えれば、あながち嘘ではないだろう。
■影時 > さて、と。一息ついて、腰に差した太刀を鞘ごと抜く。
親指で鯉口を切れば、漏れだす気配を放つ刃金の輝きを確かめ、柄尻を叩いて刃を戻す。
口元を覆面で覆っていれば、吐き出す息は白く漏れないが、じっとしているだけで体温が一層奪われる季節になってきた。
そんな感慨を覚えつつ、夜目が利く双眸で見張りに今しばらく専念するとしよう。
交代が来れば、楽器を片手に砦の中へと戻る。
己が物とするわけにはいかない楽器は、棚に陳列された飾りや置物代わりに逆戻り。
此れを再びつま弾くのは歴戦の勇士か、それとも魔物や。歌い語る言の葉は今は誰も知らず――。
ご案内:「タナール砦」から影時さんが去りました。