2021/06/01 のログ
燈篭 > 鬼が一匹、魔族が有する砦に居座った。
なんの縁か、意気を合わせたらしい
酒を交わし、言葉を交わし、鬼は一時といえど、この魔族の砦の一員に。

梅雨時 空は晴れも曇りも信用できぬ日取りが続く
こんな季節は、静かに降る雨音と、それで濡れ咲く紫陽花庭程度しか、肴にはならない
そう、鬼にはこの季節は、ややつまらない季節だ。

だから酒を飲む日が、鬼は自然と少なくなる

偶に晴れたら夜は星も月も映えるだろう

しかしそれだけでは足りない

鬼ならば、鬼ならば この雨の中 その雨が流れるそれが赤くなるくらいのことをして
やっとこの梅雨の時期も鬼は由々しく過ごせるというものだった

「嗚呼、まったく、いい昼の具合だよ。」

ざ ぁ ざ ぁ と降りしきるそれは細かい雑音を消す
蒸せる温度は冷え、羽虫は隠れ、ここにあるのは雨の音と悲鳴
そして泥の上で藻掻く者が敵も味方もいる蒐場 そう、獣の泥浴場にも似ている場所だ

雨で火薬も使えない
雨で狙う弓の的も定まらない
途中から降ったこの雨が、鬼を魔族を、有利に進ませた

燈篭 > 鬼は嗤っていた
だってそうだろう 鬼を始末しようっていうんだ
鬼退治をしようっていうんだ 鬼は嗤うにきまってる

魔族一同の誰そ彼にされてしまっても
目の前で対峙すれば同じこと

鬼を子供と思わず 人と思わず
角を生やした異形なればど、皆が剣を向けてくる。
嗚呼、好い たまらない 心地いい

明確な憎しみこそはない けれども明確な敵意がある
なんてわかりやすいんだ 

「好いなぁ お前さん達
 まだ“何もしてないってのに”そんなにわかりやすい嫌味を向けてくれるんだね。」

鬼は今一度、うれし気に笑った
雨の中、人のような見た目にしては明るみのある髪色が、べったりと雨で真っ直ぐに濡れ下がっている
けれども肌は冷えて青くなるどこか生きのいい活色を帯びる

殺してやる ではなく 殺さなくては
憎しみではなく使命で来るそれだ
嗚呼、それも悪くない。 鬼に殺す理由なんて 一々考えなくていい
鬼と人間っていうだけで、十分だ そう鬼は目で笑うままに、事は再び始まった。

「楽しみだよ おまえさんたちを酒に変えたら、どんな味がするのかな
 今日はいい酒が飲めそうだ。」

燈篭 > 勇気ある者と称えることもない
鬼に向かった無謀者と吐き捨てもしない
単純に味方と敵で別れただけの殺し合い

真っ向から立ち向かいになっては、勝者は鬼だった
叩きつけられた躯が 肋骨が砕け、息が細い女が
体に握りこぶしの痕を付けた男がいた。

鬼はそんな泥まみれな者たちを、無駄にはしない
人を食らう鬼がいる 攫う鬼がいる
時には金に換える鬼もいるだろう

だが燈篭という鬼は、そんな敗者を全て酒に変えて見せる
鬼のひょうたんが、名前を呼ばずとも、鬼の力で吸い込ませる
嗚呼、まだ息のあるやつが地面を掻こうとしている

泥でなんら抵抗もないそこでは、痕が無駄につくだけ
けれども、その足掻きも恐れも悪くない

やがて全てが じゅるり と吸い込まれた
砕いたわけでもない 細くしたわけでもない その瓢箪の口へとずるりと啜られたのだ。
中で篩えば、 だぽんだぽん と音がする
ゆっくり揺らしながらも、中身を早く溶けろと、好い酒になれと情を以って振るう

雨もまだ降る中で、周りの魔族は砦の上から、その殺し合いを眺めていたままだった
今まさに、勝敗が決し、酒に変え、啜ろうとする鬼が見える
雨水が口に入り込もうと関係ない
この雨水で当たりすぎて、燃えるように火が入っているかのような
嘘をついている身体に温もりをと、鬼は酒に口を付けた

   んぐ んぐ ん、ぶ     んぐ んぐ     ぶはぁ……

「嗚呼……旨い これは鬼の酒に相応しいよ。」

恐れた味がする 苦みが強い味だ
満足して逝った味ではない 未練と恐れの味がする
それは妖怪夜行には上澄みのようにクるだろう味。

度数もいい 熱い酒器が鼻をくぐると、冷えた肌の下
まるで熱が流れるのがわかるようだ。



 

ご案内:「タナール砦」から燈篭さんが去りました。