2021/05/08 のログ
ジギィ > 石壁に寄り掛かって、物騒な妄想が現実になってくれやしないかと外を眺めていた女の集中は結構なものだった。
なので

「!!ΔΕΖ?ΗΘΙΚΛΜΝΞΟΠΡΣΤΥΦΧΨΩ!!?」

唐突に(少なくとも女には)背後から届いた声に、ヒトにはやや聞き取れないかもしれない言語混じりにばね仕掛けの様に背後を振り返る。

同時に女が抜き放って旋回した細剣は、彼にならば用意に避けられたろう。―――同じく振られた外套から飛び散った水飛沫は果たしてわからないが。

「―――っぁ、 あ―――――――ああああ
 ちょっと止してよ!死にたいの!?」

ともすればそうなっていたのは女の方だが
取り敢えず相手を了解すると大げさに吐息を吐いて、切っ先を下げて背中を外壁に預ける。
―――ぽた、とくせ毛から雫を垂らして

「この鬱陶しい雨で調子良いわけないでしょ、ナメクジじゃあるまいし…
 そっちは?こういうの好きな手合いなら、代わってあげるよ?」

揶揄う様に、緑の瞳が上目に男を見上げた。

影時 > ――そう。

ヒトであろうとも。そしてヒトでなかろうとも。
一点に集中しているかもしれないとき、不意のサプライズとは如何に心臓に悪いものであろうか。
例えばありがちな点として、祝勝会の浮ついた気配そのままや、酔い覚ましに風に当たるついでであれば、反応が鈍かったろう。
人心を活用する知識がある身として、其れは予測していた。

だが、予想しえなかったのは一つだ。
予想や想像に反して、先客はある意味実に真面目で。さらに言い足すとなれば、其れが知り合いであったということだろう。

「おおっ、とッ」

風が、動く。聞き覚えも知識も怪しい言語の羅列は罵声かそれともか。
兎も角、問題なのは閃く刃らしい光だ。
床に足裏をつけつつ、後ろに仰け反りながら丁度鼻先近くを掠める刃を躱す。
飛び散る飛沫については、タイミングが悪い。水気を帯びた着衣にさらに染み付き、重くする中で。

「いやァ、すまんすまん。こういう時は大概遣る気出ねェ奴や酔い潰れた奴が居そうな気がしてたが、存外真面目で驚いた」

ほれ、と。羽織の下の腰裏の雑嚢より、乾燥した清潔な布を侘び代わりに差しながら、肩を揺らして笑おう。
その声が微かに籠っているのは、口元を隠す布覆面のせいだ。
声の主に覚えがあると思い出せば、それをくい、と引き下げて、人の悪そうな笑みを湛えて見返す。

「仕事だから遣るが、好き好んでやるなら道連れも居た方が楽でイイな。気分が」

仕事の二文字で己を律することは容易い。だが、気乗りがいまいちというのも理解はできる。
どうせなら、女連れやら酒でも傍に起きながらという発想は、十分理解できるもの。
使われていない外套を探し、頭からかぶりながら椅子代わりになりそうな手すり際の木箱を引き寄せよう。

ジギィ > 幸いに、なのか当然というか
女の振った切っ先を彼は躱し、水飛沫はうまい事(?)彼の衣にしがみついた。
内心は慌てた姿を見られた悔しさと相手の気配の無さに色々と思うこともあったが、ともあれそれが悪くない顔見知りであればそれほど屈託もない。

「そりゃね、私だって不真面目にココで急にアリアを歌い始めたっていいけど、見張りが役立たずで迷惑掛るのも、結局私みたいに真面目なやつなわけだし
 あと下の祝勝会混ざっても乱痴気騒ぎに巻き込まれそうであんまり気が進まなかったし」

何だかんだ言って詰まるところ真面目なわけだが
女は色々と言い訳めいた事を言いつつ乾いた布を有難く受け取って、雫が零れてきた顔を拭う。
相手が口元の布を下げた姿に改めて頷いて、座る姿を一種面白そうに眺めながら、するりと細剣を鞘に納めた。

「ふーん?で、道連れてくれるんだ?
 どっちかというと酔い潰れたい類だと思ってた」

以前会った時勧められた酒を思い出す。舌までがそれを思い出したようで思わずべーっ、と出して見せてから「やさしーい」とけらっと笑い

「居てくれるのは有難いけど、風邪引かないでよ?
 気候は良くなったけど、濡れると流石にね」

最後に結局また真面目な一言がひっついてくる。

影時 > 「ははは、歌ってくれてもいいぞ。伴奏できる五弦琵琶やら笛とかの持ち合わせがないが。
 どうせなら、砦の外に罠でもナンでも仕掛けておけ――とでも具申してぇトコだが、

 ……あンの具合だとお前が遣れ、という始末だろうなぁ」

裏技等を使っても良い、という条件付きであれば、見張りをどうにかする手立てはなくはない。
だが、そうするまでの動機と義理に欠けているのが実際な処だ。
砦の胸壁の向こうは、敵地である。その認識を欠かして祝賀会に感覚を酔わせているとなれば、多少はまともな意見だって通るまい。
肉の壁代わりに捕虜を働かせて、濠を掘らせるというのは修羅の巷ではよくあるだろうが、其処まで意識が及んでいるかどうか。

追加報酬でも望めないなら、余計な仕事を請け負う理由は非常に欠けている。
真面目なことで、と。気が進まぬ、という言の葉に無精髭が目立ち出した口元を僅かに弧にして。

「おう、心優しい俺が道連れて遣るから近こう寄れ。
 酔い潰れていてもこなすは易いが、酒の匂いをさせてりゃァ万一の際の時面倒だ」

この木箱なら、丁度良いだろう。防衛線の時に投擲用の石や鉄球を入れていたと思しい、頑丈な木箱だ。
濡れているのは致し方ないが、詰めて座るならば二人分は容易いだろう。
外套の裾を気休め程度に敷いて座し、腰から外した太刀を肩に凭れさせながら、舌を出す姿にいつぞやを思い出しつつ声を遣ろう。
内容としては意趣返しめいてはいるが、この空の有様だと少なからず暖は欲しい。

「風邪ひくにしても、この有様なら道連れだろうよ。大概だぞ?俺が風邪ひくとなりゃぁな」

並の兵士より鍛え方が違うとはいえ、病にかかる時はかかるが其れは大概重症になる時だ。
きっと、かかるとなればそれこそ一蓮托生めいた有様になるだろう。そんな気がする。

ジギィ > 女は歌っても良いという彼の返答に「えーっ、いいのお?」などと両こぶしを口元に当てて黄色い声をあげて、ビワなんて果物どう鳴らすのかしらん、とか思っていたりする。

「まー、罠仕掛けても寄せ集めの突貫部隊じゃ逆にこっちで引っ掛かるやつ多そうだからね。捕虜だって一律魔力を封じる檻に放り込んでそのままだし、正直砦を取り返す事も本当の所、本部は期待して無かったんじゃない?」

要約すると自分たちは囮部隊だともいえるが、割とあっけらかんと女は言う。そもそも部隊に正統の『騎士』が全く姿が見えない所から何となく推し測れたところ。

近くに、という男にくすりと肩を震わせて
少し霧雨の空を見上げてから彼の傍らに。一応座る前に犬めいて雫を払ってから―――今度は一応彼に掛からないように注意はして―――「おじゃましまぁす」と木箱に同じく腰かける。体温が感じられるか感じられないか、絶妙な距離で。

「あらやだ、ナントカは風邪ひかないってやつね?
 ご同輩、ご同輩」

あははっと笑うとバンバンと彼の背中を叩く。
―――それから少し声を落として。

「実際の所、明日か明後日くらいにまた『向こう』が取り返しに来る気がするよ。
 その時までに戦力増強してもらえればいいけど」

女ははーっと軽く息を吐いて雨粒が落ちる漆黒を見上げる。
雫は頬を伝って喉から胸元まで冷たいものをはこぶ。

影時 > 「俺は困らンが、他の奴らが騒ぐんだろうなぁ」

言外の結論として、――「止めておけ」という一言で済んでしまうのだろう。
いざとなれば、歌い手を引っ担いで逃げなければならない。そうする時は面倒極まりない。
間近で上がる黄色い声を聴きながら、了見が小さい人間にありがちな思考を辿る。あぁ、面倒だ。

「心得次第じゃねェかね。概して攻め手より、守る方が有利なんだよ。砦攻めや城攻めはな。
 例えば捕虜とよろしくシケこんで、前後不覚になってる馬鹿がいなけりゃ、存外保つかもしらんぞ?」

第ナンタラ師団に属するなどの正規の騎士がどうも見えないが、傭兵とて愚かではない。
猪武者ばかりだけでは、戦場を渡り歩けない。
殊にこの地は、攻めて、奪われてを頻繁に繰り返す場所だ。防衛に固持する気がなければ、一目散に退散することだろう。
魔族たちは不思議と、砦から先まで進出しないということが経験則として分かっているからこそだ。

捕虜と懇ろになることに夢中になる愚者については、どうしようもないとしか言いようがないが。

「ま、そういうこった。ご同輩。
 ……然様か。昼、じゃねェな。夜にもう少し物見する奴らが居たら、察しきれるかもしれねぇな。
 
 抜けられたら、一目散だ。踏ん張り甲斐のある強ぇ奴が居るなら、気張り甲斐もあンだが、そうもいかねぇなあ」

背を叩かれれば、変える手応えは硬いが強く音は響かない。羽織の下に着こんだ鎧の所為だ。
胸壁の向こうの魔族の国で見つけた鎧は、魔法でも帯びていたのか硬さと共に柔軟さも奇妙に合わせ持つ。
消音ついでの羽織も着込んでいれば、身のこなしを邪魔しない程度の軽快さを己に与えている。
そうした身の護りを凝らしてもなお、死を隣り合わせの感覚を味わせてくれる強者との戦いとは、最近得難いものだ。

密着しているではなくとも、人のぬくもりが確かにあるという気配を覚えながら、己も虚空を仰ぐ。
息を吐けば、白くなりそうな風情を覚えるのは確かに、雨が冷たいからだろう。

ジギィ > 「意外と大丈夫じゃない?多分向こうはむこうで楽しんでるみたいだしさー」

脚を宙へほうりだして言う。
霧雨がふわと舞うのを眼で追う女は、言うほど歌う事には固辞していなさそうだ。
そうして彼が言う事に耳を傾けると、横目でその表情を伺って

「ふうん?詳しいね。私野戦なら割と得意だけど、城攻めとかはよく解らないからなー。
 前後不覚になってるのなら結構居そうだねー。割とかわいい捕虜いっぱいいたもんね。見たでしょ?」

言葉は揶揄まじり。曰く、惹かれなかったわけじゃないでしょ?と暗に伝える。
しかし罠ではないかと思うくらいに美形の捕虜ばかりだった気がする。―――最も、『そういうの』だけが捕虜として生かされた傾向も勿論あるのだろうけど。

「兎に角もう作戦とかは暫くないだろうから、運次第ね、きっと。
 …そーいうの嫌いじゃないけど」

女も血の気は少なくない方だ。ふっふと笑いながら彼の背を叩いた感触と音とを思い出しふうーんとまた女は吐息を漏らして

「………」

不意につーと、彼の脇腹をなぞってみようとしたり。

影時 > 「そう願いてェが、世の中思い通りには進まンからなあ」

事を進めるにあたって、根回し、準備、御膳立ては凝らしておかねば何かと厄介だ。
今、己があるこの場に於いてその全ては何もない。万事行き当たりばったりといってもいい。
仕損じれば、一同一斉に逃散が最善にして唯一手になるかもしれない。
魔族の国の側の攻め手が遣り手であればまだ良し。数に任せる暴力の使い手とだった場合が、より厄介か。

「ン? あー……こういうコトしてるとなぁ、覚えちまうもんだ。経験則という奴よ。
 
 ――好みなのが居なかったンだよ。

 とは言え、お零れに預かって喜ぶ趣味も無ぇな」

見てたがな、とは肩を竦めつつ放つ言葉だ。
見目のあれこれで云えば選り好みするが、気概も含めて好みではなかったのがまず一つ。
次点で「仕事柄」の虫の知らせを無視できなかった。綺麗所に酔わせ、前後不覚にさせて内側から攻め立てる可能性を捨てきれなかった。
そして何より、「使用済み」のものを宛がわれて、それで喜ぶ奴の気が知れない。

「ま、夜が明けたら後続に任せて報酬を貰いに往くさ。って、こらこら。鎧の上から擽る奴があるか」

忍びの癖としての、無用な戦いを厭う癖と。力を振るいたい戦士としての、欲求と。その天秤に己は常に揺れる。
そうして、脇腹当たりをなぞる風情の感触を鎧越しに得つつ、このヤロとおかえしとばかりに相手の脇あたりに手を伸ばそう。
本気ではないにしても、臍上や胸下をまさぐる、くすぐって遊ぶような風情の手つき。

ジギィ > 「経験ねえ。
―――…団体戦はむずかしいね。やっぱ、慣れと経験ってことかあ」

あーあ、とまた天を振り仰げば雫がまた喉の方へと伝っていく。
先に彼から借りた布でまた顔を拭って、一応「洗濯して返すから」と断って胸当ての間に押し込む。

「やぁだ、案外かなり相当面食いねえ?
 まあ楽しめるときに楽しむって感じよね、行けるひとは」

そういう『お楽しみ』は否定はしない。ただ自分にはできない、と思考は閉じてしまう。
女は魔族には少なからず因縁があるから、相手にも思い入れすることもない…
何となく重苦しい気分も相まって、彼の脇腹にじゃれついてみる。
身動きする度被った外套から雫が零れて、腿が湿ってくる感触。

「いやー、どういう仕組みになってるのかなって…
 ―――ぁはは!止してよー
 遊んでるんじゃなくて私は純粋な知的好奇心で」

擽り返されるとけらけら笑って足をバタバタと暴れさせる。
それで以てむきになって相手の脇腹の『継ぎ目』を探る訳だが…
じゃれようと思った訳ではないが、結果的に傍目からはじゃれ合っているように見えるかもしれない

「だって私の方が守り増やした方が良いじゃない?」

女が言う、内容はいたって真面目なつもりだが
やろうとしているのは相手の鎧を剥がそうという、一種の追剥ぎ行為だ。

影時 > 「気になンなら、書でも紐解きゃいいさ。
 ……考えてみな? 門扉は堅く閉ざされ、濠や壁を登るしかない奴らに対し、守る側はどうすれば事足りる?
 
 尋常に攻める奴らは、其れだけ人死にを強いられる寸法よ」

手を翳しても、この雨だれを凌ぐには少々どころか余りに足りない。
そのうち、編み笠でも自作するか。そう思う位には厄介だ。
防水に漆で固めていても、太刀の柄を濡らすのは忌避がある。そうとなれば得物よりも己の方が雨に濡れる。

「別にイイぞこの位。いざとなりゃ血止めなどに使うついでのモンだ。

 面食い、かねぇ? 整っていてもな。生きて足掻いてる感じがしねぇ奴はその気にならんだけだが。
 イケる奴はかまわずヤるんだろう。出来ても……真似たかァないなぁ。

 こう云うのもあれだが、真っ裸で己のナニで敵を斬る羽目になりかねん」

冷えるぞ、と。雨に濡れた布を胸当ての間に押し込む姿に、困ったような顔で声をかけては首を振る。
いざとなれば細く裂いて、晒しや包帯代わりにするためもの。つまりは消耗品なのだから。
捕虜を抱く抱かないについて、どちらかと云えば――尋問や拷問する方の感覚と発想が出てしまう。
抱かないのは呪いや毒など、厄介な仕込みを身に宿している危険を避けるためでもある。
云う言葉には冗談めかした響きを足しつつ、じゃれつく姿に……。

「そーゆーつもりなら、倉庫や空き部屋借りてシケ込むぞこら。好奇心ついででイイんなら、俺もこうすンぞ?」

あ、これはまずい。仕方がないと太刀を傍らに転がしつつ、鎧の合わせ目・留め具を探すような手つきに身を捩ろう。
太刀を足元に転がせば、その分の身の自由は増える。
おかえしとばかりに、己の太腿の上に相手を迎えるように座る位置をスライドさせ、胸当ての隙間に己の右手でも滑り込ませてみようか。

「身こなしがブレて、逆に困らねぇか?」

先程の動きを思い出す。機敏なのは良いが、鎧は少なからず重さがある。重心の変化を考慮できるかどうか。

ジギィ > 「あー……
 …成程ね、なんとなぁくだけ、わかった」

彼がやんわりと伝えてくれた攻城戦のイロハの序の口。
己も森を利用してやったりすることに近い気がする。それが塀に囲まれているか否かの差位なのかもしれないし、そうではないのかもしれないが―――まあ想像は付く。
思わず吐息が零れるのは、森と違って城は血の香りが沁みつきやすいからだろうか…

「―――ぶはっ!それいいよ!おもしろそう!
 できたら私が英雄歌にしたげる!」

彼の深い思慮は知ってか知らずか
思わず彼の素っ裸で立ち向かう姿を想像し、遠慮なく吹き出す。
わははっと笑ってまた脚をばたつかせれば、白い霧めいた霧雨がふわりと冷たく舞う。

「えーちょっと、純粋に知的好奇心だってば!シケ込みは却下!」

彼が身を捩る動作にすかっと手ごたえが一瞬消えて、ふらと前に泳いだ身体は彼の誘導どおりになってしまうだろう。
それにまたけらっと笑って身を剥がそうとした、その瞬間に胸元に新しい冷やっとした感触。
思わずぎょっと目を見開きその感触を左手でぎゅうと捕まえて。

「!ちょっと!その気にならんて言ってたじゃないの!
 ん―――…まあそうね。暑いのも苦手だし…」

特殊な鎧の一部は軽くて蒸れなくて涼しいらしいが、そんなところに資金と魔力を込めて気配を増すくらいなら、別の何かにした方が良いと思っている。

「…けど、たまには試したくもなるわけよ」

女はそう宣言すると、太腿の上に乗ったまま追いはぎ行為を再開。
まあ真面目な声で叱られたら途端に止める程度のものだけれども。

「大丈夫、痛くしないから…」

余計な一言もついでに。

影時 > 「投石は序の口として、溶けた鉛や溜まりに溜まった糞尿を流し落とす等、遣りようは多いんだよなァ。守る側は」

寧ろ、投石の方が慈悲深いかもしれない。
出来た創傷に汚物をかけられるというのは、屈辱どころかいっそ致命的な処すらある。
実例は人伝てもそうだが、実際に見たが故の感慨がある。
そんな堅固な城や砦を攻略する「城落とし」とは、忍びとしてはある種の誉れではあるが、影で為す方にも犠牲は多い。
故にか。思い返すが故に吐き出す吐息は、重い。

「や・め・れ。重ねて云っとくが止めろ。こっ恥ずかしい以前過ぎるわ」

せめて褌でも絞めてないと、云っても褌というものの概念が伝わるかどうか。
裸一貫となった忍者はある種誰にも捕われることがないやら言う、口伝めいた噂話を異邦の地で聞くが、実践するのは奇矯が過ぎる。
余程ツボに入ったのか。足をバタつかせるお陰で霧めいた雨だれが、身を囲うように漂う中。

「交換条件にもなン無ぇぞ、コラ。……気分次第だが、お前さんみてぇな奴は好みだぞ? 今云うのもナンだがな」

よく言う、と。胸当ての下に指が入り込むなら、遠慮なく奥にさらに突っ込んで掌でその中身を愉しむのもおかえしにはなろうか。
ぎゅうと捕まえるような制止の仕草があれば、己もそれ以上は押し込まない。だが、暴れるならば話は別だ。
幾重にも魔法が重ね込められた類の鎧ではないが、基本的にオーダーメイドであろうものを個人用に改造した甲斐はあった。
そうでなければ、鎖帷子を着込むのも面倒臭がる自分が纏う気にはならなかった。それほどの鎧だ。

「試しても俺に旨味が無ぇのは、対価にもなンねーぞ。ったく。あと、其りゃ寧ろ俺が言う方じゃねェかね」

お尻でも叩くか? 一瞬浮かんだが、そうするなら遠慮なしに指を更に弄る位がいいだろうか。
捕まえられたままの手の腹と、中指を使って果実大は在りそうな中身の先をぎゅーと摘まむのを、制止の言葉代わりとしよう。

ジギィ > 「…そーね―……」

―――森だと毒虫の巣に放り込んだり、迷い込ませたりとか、だろうか?
いちいち彼の言う内容に代替案のような思考を混ぜて返事を返す。
当然脳裏に故郷の森が思い浮かんで、重いため息をついたのは偶然にも彼と同時だったろう。

「え
 やーん、ありがと」

好み、という彼にハートマークを付けそうな台詞を返しつつ、更に胸元へと押し込まれる手を今度は両手で押さえつける。
彼の腿の上で上半身がふらつきそうになるので、額を彼の肩あたりに押し当てて安定を取って、取り敢えず暴れることは無い。

「後でまた薬草とか分けてあげるから…
 !――――!!あ―――ヤダ、解ったから!」

懲りずに囁く言葉は、彼の手が胸の先端に施したことで悲鳴めいたものに替わる。
もし手が外れても顔を上げないのは推して知ってほしい。

「…痛くしないって、言ったのに…」

くすん、とわざとらしいほど恨みがましい声。勿論言っていたのは女の方なので、彼に責任はない。
ともあれ彼の手が胸元から外れれば、お尻で這うように彼の腿から降りるだろう。

影時 > 「……ま、故に内側からアレコレ遣られると直接響くワケだが。」

その考え方は当たらずとも遠からずで、きっと間違いはない。
山中や森林で仕掛ける罠でも、同系統で悪辣な仕掛けは幾らでも思いつくし、仕掛けように困らない。
いずれも自分で遣る分には良いが、遣られる側にはなりたくない。
この点に於いては、ある種シンパシーめいたものがあるかもしれない。

「どーいたしまして。
 だから、遠慮なく俺に犯られろ――ってのは言い過ぎとして、尻叩くよりまだこっちが痛くもナニもなかったろう」

これ以上は駄目だろう。または、落としどころだろう。
さらに押し込もうとする手を押さえつける仕草と反応を見遣れば、仕方ないなと息を吐いて、ゆっくりと手を引き戻す。
薬草などの物資の御裾分けは有難いが、流石に装備を持っていかれるや否やというのは困る。
足を動かせば、ことり、と恨みがましげに爪先に当たる太刀を拾い、外套の裾で拭ってはまた肩に凭れさせよう。

「しっかし、身の守りに困るってなら……行きつけでも紹介しようか?
 他人様の鎧奪っても、身に合わなけりゃ意味もなかろうよ」

鎖帷子ならまだ兎も角、硬革(ハードレザー)の装備の類でも身に合わせようとするなら調整は欠かせない。
困ってるのか?と改めて思いつつ、気分転換に腰につけた水袋を差しだそう。

ジギィ > 「…最近お尻は大事にしてるから、お尻は困るな。
 でも今のも痛いから!」

ぶすっとした声。
乱れた胸元を上と下からシャツを引っ張って直して、照れ隠しか何なのかぶるぶると頭を振れば、またもや水飛沫が散ってしまうだろう。

肩に刀を凭れさせる彼を横目に「ケチねえ」とか言葉を投げる。追剥行為も彼なら酷い仕返しはしないだろうと踏んでのことだったから、この女も性質が悪い。

「流石にそのまま使わせてもらうってことはしないよ。ちょっと、どんなものかって…解体してみようかと…
 んん―――…そうね。ありがと。機会があったらお願いしようかな。
 普段は困らないけど、こういう場所に来ると少し、見て見たくなるみたい」

着衣を直すと、しれっと両手を膝に置いて言葉を返す。
差し出された水袋もしれっと受け取ると一口呷って、口元を手の甲で拭いながら返して。

「ありがと。
 ――――ねえ、これ以上私に悪戯されたくなかったら、貴方の故郷の英雄譚を教えてくれない?それか恋バナ。」

勿論貴方のね。と
一体どういう脅しか、そう女は彼に話をねだる。

霧雨の夜はしんしんと更けてまた明けて行って
二人が仲良く風邪を引いたかひかなかったかは、正に天だけが采配できたことだったろう―――

ご案内:「タナール砦」からジギィさんが去りました。
影時 > 「すまんすまん。ン。次があるなら、もうちょっと考えるか。次があるなら、な……っと。」

成る程、難しいものだ。そう云わんばかりに尤もらしく頷き、考える――フリをみせよう。
痛くないようにするとなれば、それは愛撫ではないだろうか。あるいはどうだろうか。
そう思っていれば、間近で猫や犬がするように首を振る仕草で水しぶきが飛ぶ。
躱しようがない其れは、悪戯の返礼としても妥当だろう。さらに濡れるも今更だが、顔に浴びる其れを拭って。

「解体、ねえ。……そう言うつもりなら、然るべき処借りてきっちしやンぞ?
 知っておくに越したことが無ぇ事柄なら、逆に手抜きも許せん事項じゃねえかよ。

 また会った際、入用になってたら言ってくれや。都合をつける」

解体とは悪戯、だろうかどうだろうか。
整備のために分解が容易いものはあるにはあるが、見張りついでにというのはどれもきっと難しい気がする。
見学などしたいなら、安全とスペースを確保できる場所でやる方が、きっとお互いのためだろう。
差し出した水袋に口を付け、返されるのものを己も呷る。中身は酒ではなく、普通の水。


「……悪戯するつもりで訊く奴があるか。どっちも語るに困る奴じゃねえか。――そうさなぁ、あれは何時の頃だったか……」

問われつつ、言葉を選ぶ己もまた律儀なものか。

思い返しながら編む言の葉は、闇に溶けるもの。紛れるもの。
語るには難く。紡ぐも易からず。されども謀るは物を語るには、辻褄が合わぬ。

武勇伝にもならぬ事柄も混ぜたものを語りながらの見張りは、夜が明けるまで続いて――。

ご案内:「タナール砦」から影時さんが去りました。