2018/12/09 のログ
レナーテ > 砦の中央には物資らしきものがいくつか点在しており、訝しげに小さく首を傾げていく。

(「備蓄庫は別にありました……よね?」)

焼かれ、吹き飛ばされ、叩き壊されと災難続きである砦ではあるが、備蓄を収める場所ぐらいはあったはず。
しばし来ない間の戦いでそこを吹き飛ばされたのだろうかと考えていれば、敬礼と共に鎧が擦れ合う音が響いた。
それにつられてやってきた姿を見上げると、女性らしさをそのままにした戦士といった体躯の女性が現れる。
15cm程の身長差、少し見上げるようにして蒼眼を金色が見つめた。

「こんばんわ、軍部から増援として派遣されて来たものです。こちらが指令書です」

改めて頭を下げ、ご挨拶をすれば、足早に彼女の元へと向かう。
肩提げのカバンを開くと、中から取り出したのは筒状に纏められた羊皮紙。
麻の紐には、王国軍部を指し示す蝋印で封をされたものだ。
二人が顔を合わせる頃、今度は街道を通って数台の馬車が近づいていく。
黒塗りのヤモダチとつなぎ目を金属で固めた物々しいそれには、少女達のロングケープにも刻まれた首輪を裂き、鎖を断つ組合の紋が揺れる。

「増援…とはいいましても、耐えるのは苦手ですけども」

苦笑いを浮かべながら呟くも、それでもここにやってきた理由は書面を確かめれば分かること。
第十師団に向けられた司令は変わらないが、増援を送った旨の記載……30人程の増援を。
兵站、治療等の補給と共に、最後にひとつだけ奇妙な記載が付け加えられている。
魔族の軍勢と交戦の際、増援が撤退を指示した場合、直ぐ様撤退すべし……という、前の命令をひっくり返すような内容である。

アマーリエ > この砦を幾度もなく襲った災難については、追跡できる限り調べている。
故にこの際、次の隊が到着するまでの内部清掃、点検も兼ねて敢えて中央に備蓄物資を運び出している。
わざわざこんな手間をするより、既にあったものなどを活用する方が早く、手間がかからないのは分かっている。
しかし、万一の際にいち早く引き払うのであれば、戦場さながらの状態にしておく方が都合がいい。

「ごきげんよう。伝令、ご苦労様。……改めてさせて貰うわね」

兜の類は被っていない。戦場で愛用する盾と共に、乗騎たる竜の鞍に引っかけている。
故、風にたなびく金糸の如き髪を払いつつ背丈の差のある現れた集団のまとめ役と思しい姿に会釈を返そう。
差し出される羊皮紙を受け取り、短剣で封を切って書面を一瞥する。
その内容に片頭痛を覚えたように柳眉を顰め、“増援”たる馬車を見る。増援は有難い話であるが……。

「――……不向き同士を向かわせてどうするのかしら、ねぇ。
 分かったわ。現状、想定しておいた選択も取れるなら、是非もないわね。

 私は第十師団の長、アマーリエ。アマーリエ・フェーベ・シュタウヘンベルク。あなた達は?」

命令がちぐはぐなのは、どう判断すべきか。何時もの事でもあるとはいえ、困り者だ。
元より、万一の際は躊躇うことなく撤退することは自軍内での決定事項だ。
死守するつもりはない。出来るかぎりの遅滞戦闘の備えを敷いている。鎧の肩当てを揺らして肩を竦め、向こうの名を問おう。

レナーテ > こくりと頷きながら、彼女の姿を見上げる。
場所が場所でなければ、金髪蒼眼の美女というのはこういうものなのだろうと、思うところ。
しかし、中身を確かめれば整った顔立ちが悩みのタネに歪んでいき、何処と無く眉が引きつったようにも見える。
ここで何をするのかを聞かされていた身としては、そうなるのも至極真っ当だと思えば、困ったように眉を顰めて笑うしかない。

「そうですね……でも、逃げるのと時間稼ぎは得意ですから、お任せください。 申し遅れました、私はレナーテ・ヘヒトです。民間軍事組合のチェーンブレイカーで秘書兼組合長代理をさせていただいています」

あの娘達も同じ組合員ですと言葉をつなげつつ、門の方へと振り返っていく。
最初こそピシッと背筋を正していた少女達だったが、二人が話し始める頃には、普段のノンビリとした家猫のような緩みが出ていく。
しかし、振り返ったこちらを見やると、耳を二度三度揺らして視線を集中させる。
動いてくださいと片手を降ると、いってきまーすと間延びした挨拶がバラバラに響く。
そして、猫科動物さながらな速さで……砦の左右へと散っていく。
そもそも、砦の前にたどり着いていたのは併せて6人と少なく、戦力とはいい難い頭数に見えたかもしれない。
入れ違いに今度は馬車が到着するも、馬車というよりは動く極小の砦といった堅牢さが牽引されていた。
ガコンと重たく後部の扉が開くと、小銃型の装備を手にした少女達がゾロゾロと降りていき、さも当たり前のように城壁の上へと上がっていく。
一様にロングケープにハイウェストスカートとブラウスといった、可愛らしくも統一性のある格好だったが。

アマーリエ > 「……各員に伝達。――望外の増援よ。
 訓練中の歩兵隊、竜騎士隊はそのまま。見張り役は各自、現状を共有の上協働を図りなさい」

一先ず、命令を下そう。
片手を挙げれば、待機中の術師の一人が来る。その彼に指示を下し、命令の周知を通信魔法で行う。
伝令も使うが、声が届かない上空に居る竜騎士に対してはこのような方法が必要になる。
魔法戦士としても訓練した精鋭を竜に乗せ、運用するからこそできる手段である。
隊の頭として、同様かそれ以上に魔法を嗜んでいるが、常時展開し続けるのも疲れるものだ。

「そうねぇ。予め、魔族領側に壕を二重に掘らせておいたわ。役に立つと良いのだけど。
 チェーンブレイカー……――鎖を放つもののレナーテさん、ね。宜しく。」

へえ、と。組合長代理を名乗る少女が振り返る先に居る少女たちの仕草、動きを見遣っては目を細める。
内心に抱く気づきは二つ。物腰はさることながら、練度だ。
ただ徴用した農民を練兵するだけでは、こうはならない。二つ目として人間としては、速いように思うのは気のせいか。
さらに続く後続の馬車を見れば、単なる荷馬車ではなく装甲を張ったかの如き堅牢な趣が見える。
手に手に見えるのは、自分達の隊にはない、コスト的な観点も鑑みて配備のない代物も見えるではないか。

「御免なさいね。ちょっと見縊ってしまってたことを先に謝罪しておくわね。
 練度もそうだけど、あの手の武器を揃えているなんて羨ましい話だわ」
 
一先ず、見晴らしのいい場所の方が現状把握などにも良いだろう。
内心に抱いた無いものねだりの感覚を祓うために眉を下げ、微かに笑みを浮かべた上で背中を向けよう。
先導するように向かうのは先ほどまで居た砦の胸壁に昇る階段だ。

レナーテ > 上空には主のいない紅のマシコが一羽と、白系の色合いに身を包む隼が四羽。
上空で待機する竜騎士達にも見えるだろうが、竜に比べれば小柄で鱗もない柔い体だが、速度はまるで違う。
空を叩いて浮かぶのではなく、風に乗って空を滑る飛行は滑らかに旋回軌道を描く。
その鳥達の背にも、小柄な体を押し付けるようにして騎乗するのも、同様の格好をした少女である。

「壕ですか? それなら……助かります。よろしくです、アマーリエさん」

言葉のニュアンスや、ほんの僅かな音に感じる侮り。
数もそうだし、見た目も小柄な少女とあっては戦力と見られないことも多々ある。
気づかぬふりをするように、普段の微笑みで受け答えしつつ合図を飛ばしていく。
だが、その後の動きを見るや彼女の目の色が変わるのが分かる。
この変化もまた無意識ながら好きなものであり、自然と口角が上がっていくが、本人は気づいていない。

「いえ……数も見た目も……種族も。蔑まされる事が多いですから。砦を超えた先は私達の集落です、そこを守るために皆必死なんです」

緩く頭を振れば、三毛猫の様に入り混じった髪が揺れ、シトラスの仄かな香りがこぼれ落ちる。
言葉通り、気にしていないと言いたげに微笑みを浮かべれば、促されたまま彼女の後に続く。
砦の手前には、九頭竜山脈と山賊街道、まれびとの道をつなぐ交差点がある。
その付近に居を構える自分達にとっても、ここはなるべく抑えておきたいものだ。
そして、その居が何であるかを知っているなら……少女達の種族も自ずと知れることだが。

「私達は数が少ないですから……だから、一人で十人分は働くつもりで動いています。装備もその分揃えて、訓練もその分大変ですけども」

少数精鋭、短期決戦の電撃戦勝負。
その考えで動くこちらと、背を向けて階段を登る彼女の師団は自分達と親しく見える。
先導された先の胸壁には、既に先程の少女達が展開しており、狭間窓に被筒を依託した構えで、魔族側へ銃口を並べていた。
傍らには一緒に運び込まれたらしき、小さなメイスのようなものを取っ手を上にして収めた木箱が並ぶ。

「先程走っていった娘達は狙撃手です、砦の左右にある茂みで伏せています。後は空の偵察と併せて…先制する構えですね。敵が群れて突撃してきたら、足止めしつつ撤退となります」

胸壁へと寄っていき、指差ししながら左右にある林のポイントを指さしていく。
背の高い草むらの中では、既に伏せた少女達が狙撃仕様の魔法銃を構え、稜線の向こうを常に見張っている状態だ。
守るとは言っているが、やり口はどちらかといえば攻撃的で奇襲そのもの。
砦に籠もるのではなく、砦を囮にしつつ出鼻を挫く。
それを振り切り、突撃しようものなら弾幕ともう一つの装備で出迎える。
そんな作戦を説明する最中、吐き出す吐息に僅かながら掠れた音を交えいく。

アマーリエ > 「……――、驚いたわね。空の足も持っているのね。

 ええ、予め掘っておけば敵の動きを少しは誘導できるもの。
 あなた達のためではなく、元々自分達を守るためのささやかな備えよ。礼なんて良いわ」

一瞬、言葉がなかったのは上空で訓練兼哨戒を先導する竜騎士からの通信魔法を受けたからだ。
声に出さず、念じて「協働なさい」と重ねて告げながら空を仰ごう。
自分達の使う竜自身も魔法を使う個体が多いが、小回りの面で言えば彼女たちの鳥の方が勝ろう。
適材適所だ。火力と打撃力、何より固さが必要な時にこそ、竜の猛威が意味を成す。

そして、濠については戦場の知恵程度の手管だが、あるなしでは違う。
飛び越えられない程の幅、深さであれば敵の動きを制御し、迎え撃つ役にも立つ。
現状、駆けだしも入れたばかりとなれば、体力育成の意味も兼ねている。笑ったように見える気配に小首を揺らし。

「安心なさい。うち、その辺りの頭固いのは編成の段階で弾いているわ。
 近場だと大変ね。此処が取ったり取られたりだと、一々気を揉むでしょ? 
 数の少なさで言ったらうちの主力もそうよ。魔法も使える竜もそうだけど、御せる乗り手はもっと貴重なの」

他の兵団の如く歩兵、騎兵、術師等の兵科を一揃い用意しているが、花形とするのは一騎当千を謳う竜騎士隊だ。
飛行可能な戦力に追従できるために機動性を高めるとなれば、馬を活用することも必要だ。
故に兵員の数も少なくなれば、機動性重視の果てに急襲、電撃戦向きとなるのも自然の結果だろうか。
砦の胸壁上に展開している麾下の兵員と、今回のチェーンブレイカーなる隊の者達と。それぞれの装束の色が混交する場に立ち止まり。

「結構。私たちの流儀と重なる布陣で有難いわね。――……っと、お客様のご来訪よ?」

一挺都合してもらえないだろうか。
ふと、そんなことも思うような魔法銃といい、メイスのようにも見える器具を用意する様は既存の兵力とは違った何かを感じる。
ついつい、じぃぃと玩具に触りたげな子供めいた目線を近くに居る彼女らの一人に遣りつつ、不意に顔を引き締める。
息急いて掛けあがる伝令と上空からの竜騎士隊からの通信魔法による警告はほぼ同時だ。
雑多な魔物をけしかけてきたと思しい、魔族の国側で挙がる土煙を自分も認める。
訓練中断――戦闘態勢。片手を挙げ、号令を降せば麾下の者が動き出す。

レナーテ > 「……? ぁ、あの子達の事ですね。あの子達無しでは、こちらも大変ですから」

声が途切れ、何処と無く驚いた様子が見えると金色が何度か瞬く。
続く言葉に納得が行けば、小さく頷きながら微笑みを浮かべながら頷いた。
空を飛ぶ鳥達の背にいる少女達も、似たような魔法銃を携えて張り付いている。
竜の乗り手に気付くと、しっかりと背中にしがみついたまま、片手だけ離して手を振ってくる騎手の少女の様相も戦場という空間においては妙に緩い。
脳内に響く念話のネットワークには、少女達の感想があふれる。
硬そうだの、カッコイイだのと宣う声に笑みを深めていく。

「――……それは、逆に大変ですね。攻め込まれる率は低いと思いますが、やっぱり気になりますから」

ミレー族への偏見は根深く、耳を見るだけでも襲いかかる輩は多い。
故に力を示そうとも認めぬ者も多いが、そんな倫理からは程遠いのが戦場というもの。
数ヶ月前に第七師団が起こした砦周辺の略奪行為を思い起こせば、苦い表情を浮かべたくもなる。
しかし、その倫理を選んだという答えには言葉を失う。
金色の丸い瞳を更にまんまるにして驚き、唇が僅かに開いて、年頃よりも幼い呆けた表情になってしまうほど。

「こちらも、乗り手も選びますし、乗る相手も少ないですからね……ふふっ、組合長がすんなり許可した理由が分かる気がします」

基本的には王国軍全般に対しては補給兵站を担い、第零師団直属の名には力を振るう。
砦の防衛を新たな契約にしたとは言え、不利な状況下でも許可をしたのも似た編成だからというところか。
クスクスと微笑む表情は年頃の少女相応しく、服装も相成って戦場らしかぬ雰囲気を重ねる。
彼等から何かを学んで来いという無言の命令に内心で頷きながら、彼女の視線を追う。

「……それはですね、魔法銃に挿して――っ、こっちも見つけたみたいです」

脳裏に響く空に待機する少女と、狙撃待機に着いた少女の声。
カバンの中から単眼鏡を引っつかむと、最大望遠に引き伸ばしたそれで稜線の向こうを覗き込んだ。
魔物の群れが大地を踏みしめながら群れを成し、砦を踏み潰さん勢いで掛けるのが見える。

『どうする? 適当に足撃ってコケさせちゃう?』
『いえ……多分、後ろに魔物を纏めている主か、魔族がいるはずです。それを撃ちたいですね……ギリギリまで待機を、無理そうなタイミングが来たら、すぐ引いてください。一応、籠も広げておいてくださいね』

音もなく、声もない。
鳥達が会話するための念話の空間で少女達の思考が行き交い、意志の声となって脳裏にだけ響く。
指示を出し終えると、今度は胸壁で射撃体勢を取る少女達へと視線を落とす。

「スローイングメイスの準備を! ありったけ撃ち込んで大丈夫です」

よし来たと言わんばかりな弾む声で各々の返事が響くと、さきほど彼女が気にしていたメイスが引き抜かれた。
メイスのような丸い頭は椎の実状になっているが、柄の部分には四枚の木製の板が十字状に生え、それがリング状のパーツを支える。
メイスにしては小さく、短く、柄も細い。
だが、先端を軽く捻って起爆準備を行い、柄の部分を銃口へと押し込めれば、理由に説明はつくだろう。
銃身に収めるための細さ、形状、そして柄を魔法弾で押し出して放つためのサイズと形状。
投石機の様に銃口を一様に斜め上へと傾けていく少女達の目つきは、獲物を狙う猫のように鋭く冷え切っていく。

「射程に近づいたら、まずこれで面制圧を行います。弓手がいるなら、併せて矢を振らせれば一気に削れる筈です」

此方の手を伝えつつ、彼女へと視線を戻していく。
その合間も背中に回していた魔法銃をくるりと回すようにして引き抜き、ボルトを引いて増幅弾を使用可能にしていく。
アンティーク調の赤いモールドで描かれた蔦模様、黄金色に染められた金属パーツと色合いもそうだが、若干銃身が短く、先端に肉叩きの様な棘を揃えたりと、他の少女達が持つ銃とは異なるもの。

アマーリエ > 「成る程、ね。似た者同士……か。うちとあなた達は」

竜の乗り手達は意外とノリがいい。
手を振ってくる鳥の乗り手の仕草に各自、手にする長大な騎兵槍や弩、魔杖兼用の槍等を掲げて挨拶を返す。
馬以上の機動力を求めるとなれば、やはり空に目が向くのだろう。
竜騎兵を導入している師団は幾つかあるが、主力編成となるとどうだろうか。
きっと、彼女らに近似するのだろう。別系統の探求の果てに、近しくなるということは往々にして有り得るものだ。

「古人曰く――戦場を左右する天地人のうち、地と人が絡むとどんなことでも面倒極まりないわねぇ。
 使えるものはなんだって使うの。
 正直、血筋とかどうでもいい。詰まらないコトを気にして、結局使えない手合いなんて汚泥が詰まった肉袋以下だわ」

種族の偏見と言い、ここ数か月間――師団を再編中に聞いた先達の略奪行為を伴う進軍等、世の中面倒だらけだ。
竜騎士の象徴性だけに目を向け、箔付けだけで参入希望の浅はかな手合いは選考の段階で弾く。
まして、竜を運用するとなると通常の騎兵以上にコストがかかる。敵地の進軍には略奪だけでは賄いきれない。
その意味でも、王国民からの略奪や徴発も儘ならない。良い子を気取る兵隊? 其れの何が悪い。
向こうの笑う表情は見た目通りの歳頃に見えて、微笑ましく思う。つられて浮かぶ笑みも直ぐ、戦場の緊張に失せる。

「そうやって使う道具なのね。面白いわ……合わせてみましょうか。

 ――竜騎兵隊は積載している油壷を投下、着火。真面目に当てなくていいわ。その場に灯りを作りなさい
 歩兵隊は二列編成。前列は盾、後列は弓を構え。露払いが出来次第放て。」

ぱっと手を振る。光で紡ぐ書籍の頁の如き連なりで示す通信魔法陣が幾つも並び、即時の命令伝達経路を魔法的に作り上げる。
念話も使えるが、混信を避けるとなるとこのようにする方が自分好みだ。
彼らが用意するものは、擲弾射出器というべきものだろう。

火薬を詰めた榴弾を放つ火砲を個々人で扱えるとなると、彼女の言うように面制圧には事足りる。
其処に急降下から、竜騎士が投下する獣油を満たし、ブレスで着火した油壷による爆裂と炎による即席照明の形成。
そして地上と上空からの矢玉や魔法投射となれば、殺到する魔物達の頭を抑えて潰してゆくには事足りるだろう。

レナーテ > 「……似てるのは編成だけじゃなくて、上に立つ人も似てるのかもですね」

使えるものは何でも使う、少々荒っぽい言い方だが、自分達を取りまとめる組合長も似た考えだ。
適材適所、適する者の地位や立場で止まる事など望まない。
魔力を多く有する自分達だからこそ魔法銃を渡され、訓練に耐えたからこそ、幼い同族が羨望を向ける銃士隊に属する。
自分達と彼女たちの唯一の違いは、背後に着く存在であろう。
装備に金を遠慮なく注ぎ込むのも、戦以外の稼ぎがあってこそのこと。
とはいえ、似た者同士と微笑んでいたが……戦いの声はそれを終わらせてしまう。

「前に魔族の軍勢と戦った時のフィードバックの結果ですね、先端に魔法薬が入っていて、ああやって捻ることで混ざって起爆できるようになります」

こくりと頷くと、彼女の合わせると言う声には何をするのかと様子を見つめる。
自分達と異なり、魔術で意思疎通を行う様子を見守りながら、竜が急降下していく。
投擲された油壺が砕け、地面へとへばりつく油分がブレスに一気に燃え盛れば、炎が地表に咲き乱れていった。
その中で藻掻く魔物もいれば、隙間を縫うように突撃する魔物もいる。
逆にいうならば、後者は自らの居場所を晒すようなものであり、狙撃と共に随伴した観測手がその動きを念話の空間に伝えていく。

「密集していくところへドンドン撃ってくださいっ、限界線に近づけさせないように!」

ぶっ飛ばしてやるっと言わんばかりのご機嫌な返答と共に、胸壁で待機していた少女達は、一斉に引き金を絞っていく。
銃口に青白い魔法陣が広がっていくと、バシュンッと魔力が炸裂し、弾丸の勢いに押された小銃榴弾が夜空へ上がった。
飛翔翼が小気味よく風を裂く音色が重なり合い、無回転の榴弾が弧を描く。
そして、大凡の狙いで飛ばされた弾頭は、地表へと吸い込まれると同時に炸裂。
連鎖的に発生する爆発で、地面が抉れ、土砂が吹き飛び、魔物達が四方八方へ吹き飛ばされるだろう。
小物なら即死を取れるだろうが、大柄の魔物ではダメージと共に足を止める程度だが、追い打ちの矢衾が降り注ぐなら話は別。
炎に慣れた瞳では、夜空を舞う光なき矢を捉えるには難しかろう。
それでも止まらぬ輩には、胸壁で備える少女達の数人から、鋭い魔法の弾丸が放たれていく。
熱を圧縮した赤光であったり、弾速に優れ、螺旋回転で刳りぬく黒壇であったり、圧縮された水圧の光線だったりと様々。
面と点、どちらも併用して軍勢に対処しようとする。

アマーリエ > 「ふふ、そうね。そっちの頭目と直接会うことがあれば、良い酒でも呑めそうだわ」

国軍の一端を為すものとして、最低限弁えるべき範囲は弁える。
目的のためには手段を択ばないが、決して踏み越えてはならない点は必ずある。
組織としての限界であり、個々人が心得ておくべき良識の問題だ。
略奪で戦力を維持できないことが明確である以上、兵站には何よりも気を配らなければうまく回らない。
同時に一人当たりの戦力の質を上げるために、種族云々なぞどうしてこだわっていられるか。
彼女らの頭も近しい結論に至っているのだろう。機会があれば、酒でも酌み交わしたいところだが。

「その仕掛けは……嗚呼、そっか。安全対策という奴ね」

何故、そのような仕組みにしているのか。少し考えればピンとくる。
いわゆる火薬やら、爆発性の薬物等に付き纏う問題だ。
誰にでも容易に扱えるものは、不慮の事故に備えられるようにしておく必要がある。戦訓に基づいた産物だろう。
得心と共に炎が生む光を見詰めつつ、空いた手を振る。探査術式を起動。暗視と共に炎の照り返しを抑えた視界を確保する。

「――各竜騎士に伝達。
 後方の大きいものから削りに掛かりなさい。砦に近いものについては次発の間隔を縫って一撃離脱を心掛けよ。
 前衛は負傷した者から入れ替え、随時後退。各術師は負傷者の手当てに掛かりなさい」

さて、此れだけ派手な爆発と火炎があれば、視界に困るまい。敵が見えれば撃てる。撃てば敵が止まる。動きが鈍る。
砦に近づくものがそうやって止まるなら、文字通りに飛んで行ける竜騎士隊が急降下、パワーダイブで最後尾に食らいつく。
槍で田楽刺しになったものを竜が食らいつき、猛々しく爪で引き裂いてゆく。
泡を喰った魔物が騎手に飛び掛かろうとすれば、騎手も己が剣で切り払っては側方をもう一騎がお互いをカバーする。
二次元の盤上しか動けぬ騎兵ではなく、三次元で動ける竜騎士を組ませることによる最大の強みだ。
魔物どもを射撃への緩衝材としてしまえば、誤射のリスクが減る。魔物の攻勢が鎮圧されるのも、時間の問題だ。

 

レナーテ > 「衝撃で爆発しますので、使うまでは混ぜないんです」

元々は手投げ弾として、自身が使っていたもの。
2つの薬液が混じり合うことで衝撃で爆発するものなのだが、混ぜないことでももう一つの使いようはあるが、今回は必要なさそうだ。
炎が燃え盛り、爆発が迸り、光弾が飛び交う戦場。
その最後尾へ竜が降り立てば、まさしく砦攻めがあっという間に挟撃へと変貌する。

(「あれは……私達ではできない攻めですね」)

急降下し、魔物達にのしかかった竜が魔物へ食いつき、騎手が槍で貫く。
竜騎一つが二つの手となって敵を叩き崩す力強い攻撃は竜騎士ならではというところか。
遠目にみえるその様子を感心した様子で見やりながらも、忘れぬ様に脳裏に刻み込む。
自分達に足りぬ攻撃力と言うならば、あの強引な程の突破力。
ぎゅっと魔法銃を握りしめながら、金色の瞳は興味に薄っすらと輝く。

『リトルストームさん達は、竜騎兵と私達の合間の上空を何度か飛び抜けてください。崩していきます』
「――こちらの鳥さん達も突撃します、大体中央の上を飛び抜けるので、誤射にご注意を!」

暴れる竜の方へ対処すべく、中央から割れ始める軍勢に対し、側面の上空から大きな隼が一気に急降下する。
風を切り裂き、その力を更に強めて空気の壁を突破する鳥は、猛スピードで魔物の上を飛び抜けていく。
ただそれだけだが、そこに生じる風の衝撃波が左右に広がり、魔物達を押しのけるのだ。
それこそ、竜の方へ向かおうとしていた魔物からすれば、背中から強烈な突風を叩きつけられ、頭からずっこけながら身を差し出す格好になるだろう。

――第十師団に無茶な命を下した者達は、今どんな顔をしているか見てみたいものだ。
飛び道具、空中からの攻撃と波状攻撃によって崩れた魔物の群れが敗走し、平原には血霧と共に屍が草地を埋め尽くしていた。

「……倒しきれましたね」

逃げも含めての戦いを考えていたが、力と疾さが重なった結果は想定以上だ。
安堵の吐息を深く吐き出すと、肩の力を緩めながら嬉しそうに目を細めながら彼女を見上げる。
砦で逃げを打たなかったのは初めての事だが、勝ち切るという達成感が体を小さく震わせていく。

アマーリエ > 「妥当な取り扱いだわ」

二液式の火薬というべきものだろう。此の手のものであれば然るべき経路を押さえれば、自家製もできるか。
火薬の類は使い方次第だ。硬い岩盤にだって、仕掛ければ爆砕できる。
しかし、それだけのものを安全に使おうとすれば彼女らがやるように工夫が必要だ。

「……うーん。今度、射手の育成が必要ね。」

そっくりそのまま、同じものを揃えることは出来ない。コストは何時だって頭を悩ますファクターである。
歩兵並びに軽騎兵勢に今後、遊牧民等がやるように弓射の訓練を励行しておくとしよう。
一人当たりでできることを増やしておけば、いざという時に潰しが効く。
その分、兵を死なせることができなくなるが、そうならないように運用に気を付けるだけだ。
誤射に注意という点については己も頷きつつ、再度改めて己が麾下の部隊に呼びかける。
風の気配を感じた竜が騎士に呼び掛け、進路を開ける形で離脱し、突風が抜けた後に再度各個撃破を図ってゆく。

「どうにか、なったわね。……善かったわ。
 砦に兵を戻しましょう。予備の兵力を見張りに回して、後は――食事でもしましょうか」

もし、命令者に遭うことがあれば、こう言ってあげたい気分だ。お生憎様、と。
魔物の死骸が散乱する風景は、日が上がれば目も当てられない光景かもしれないが、彼我に損害がないことが何よりも優先だ。
己もまた、ほっと安堵の息を零しながら見上げる眼差しに微笑んで右手を挙げてみせよう。
向こうが同じようにして挙げてくれれば、軽く打ち合わせて喜びを分かち合うことだろう。

兵を戻せば、門を固く閉じて立て籠もる姿勢を整え、補給と食事に勤しもう。
増援として来てくれたものたちにも、同様に糧食を分けることにも躊躇いは無い。
後は本来の駐留部隊が到着、引き継ぐまで保たせればいい――と。

レナーテ > 「……?」

上がった右手に微笑み、その意味がわからなかったものの、釣られるようにして自身も掌を上げていく。
そして重なり合うハイタッチに、ピンとベレー帽の中の耳が跳ねるが、それが初めての経験と言うわけではなかった。
何処と無く組合長を思わせる思考と雰囲気、自分よりもずいぶんと大人な彼女が、自分達と同じ様な喜びの分かち合いをするとは思いもしなかったからで。
パチパチと何度か瞳を瞬かせると、徐々に解けるように優しい笑みが溢れていく。

「せっかくなので、とっておきを出しましょうか」

食事のお誘いに重ねた言葉に、周囲の少女達がピンと尻尾を伸ばして此方へと振り返る。
先程までの狩人の様な鋭さは消えていないのだが、嬉々として瞳を輝かせる無邪気さが合わさると、空腹に耐え、餌を準備する飼い主のふくらはぎに爪を立てる子猫そのもの。
アレ出すの? という口々に重ねる少女達に頷きながら、今宵は砦の中へと引き上げていく。
彼女が準備してくれた食事と併せて、此方も彼女たちへ振る舞ったのはドラゴンフィートの拠点でも、なかなか口にできぬ絶品のピラフ。
それを感想冷凍させたものを温め、できたてと変わらぬそれは、鳥の旨味と野菜の食感、ほどよい塩気とスパイスの聞いた癖になる味。
今宵は砦が引き継ぎに渡るまで、しばし美味しそうな香りに包まれたのかも知れない。

ご案内:「タナール砦」からレナーテさんが去りました。
ご案内:「タナール砦」からアマーリエさんが去りました。