2018/03/26 のログ
ご案内:「タナール砦」にルーシェさんが現れました。
ルーシェ > その日の砦は異様な様子を見せていた。
昨夜に魔族側が占拠した後、今日になってから何故か、砦の周囲一帯を濃霧が包み込んでいる。
そして王都側へ続く道の途中、霧との境目にはお手製の立て看板が一つ。
木製の板と棒を釘で打ち付け、適当に筆で書き記した急ごしらえの看板も、奇妙な文言を書き記している。

『お仕事なんで明日までここにいます。明日には帰るので、来ないでください』

人をおちょくったようなメッセージに従う軍隊はいないだろう。
しかし、入り込むと並の兵士やらでは濃霧の中を数時間歩かされた挙げ句、看板の前へ戻されてしまうのだ。
霧の中も、大きな珊瑚礁が木々のようにそびえ立ち、キラキラと輝く胞子が飛び交う神秘的な様相を見せ、現実感を失わせる始末。
魔の海の力を引き出す魔術、魔王として圧倒する力の鱗片を見せながら、お得意の防衛…基い、引きこもり作戦に出ていた。

「~♪」

霧を張り巡らせた張本人は、砦の中央にテーブルと椅子を置いて鼻歌を歌いながら、手元を細かに動かす。
上機嫌に作業に没頭しているのはなにかといえば、編み物である。
立場柄、守りの仕事はたまにやらないと新人魔族や魔王に小馬鹿にされるので、魔王としてのタスクとして淡々とこなしているだけ。
それなりに力があるか、魔術に結構な心得があるか、はたまた魔族か。
それらでない限りは砦にたどり着くことも出来ない。
編み針の先で、幾度も毛糸を絡ませ合いながら手袋を編んでいく。
春先に何故か手袋、しかし、使う予定もなく手持ち無沙汰解消の手遊びに過ぎない。
既に片方は出来上がっているので、左手側の手袋で最後。
ある程度編み上がったところで、月光に晒すように空へ翳すと、毛糸の隙間からわずかに溢れる青白い光に満足気に微笑んだ。

「いい感じかな~? 使わないけどねぇ」

自分以外誰もいない砦の中で、声が僅かに反響する。
今日はこのまま静かに終わって欲しいと願いながら、再び胸元辺りまで下ろした縫い針を踊らせていく。

ご案内:「タナール砦」にルシアンさんが現れました。
ルシアン > ――――現状を一言で表すなら、「どうしてこうなった?」が最適だろう。
昨日の朝早くに、狩りの道すがら短時間の休憩と獲物の簡単な取引にこの砦へ足を運んだのが運の尽き。
落ち着いていた戦況は昼前には小競り合いから大規模な戦闘へ、あれよあれよと目まぐるしく。
逃げ場も無く、ならば砦の中で隠れていよう。幸い「そういう事」は得意である。
その判断が吉と出たのか、それとも―――

最初から砦の中に居るから、迷いの力にかかることも無く。
魔王ほどの力をも欺けたのか、それとも気にされない程度の小さい力しかないのか。自身の存在にも気づかれず。
とにかく、割と途方に暮れたような表情で、砦の中を歩いて見回る青年の姿があった。

「……どうしろってんだろうな、これ」

魔族に占領されたにしても、誰も居ない。多少の戦闘の跡はあれ、辺りは静まり返っている。
数国前まで戦場だったとは思えない不可思議な状況に理解が追い付かず、とりあえず外に出てみようと。
それでも警戒だけは最大限。辺りのどんな気配でも見逃さないように、感覚をとがらせていれば。

「……………?」

歌声、だろうか。むしろ鼻歌か何か?
あんまりにそぐわないその音に、不思議と気を取られる。足が向くのは砦の中央の辺りの部屋。
この部屋の中からだろう、と目星を付ける。そっと扉を開けて、細くスキマを開けて中を伺おうと。
・・・中の人物がそれに気づくかどうか。

ルーシェ > 砦は制圧したが、戦力は大分減った。
引き継ぎの戦力が来るまでの間の守りを頼む、人間は皆殺した。
と、簡単な説明を受けただけであり、砦内をろくすっぽ調べることなく霧を張り巡らせている。
居ないと思っているのもあるが、恐らくやって来た時に気付けばいいと大分高をくくっているのだろう。
鼻歌を奏でながらの編み物は順調に進み、最後の手袋がそろそろ編み上がるところだった。

「~~♪」

歌声の主は砦中央の部屋。
閑散とした室内にテーブルと椅子の一組。
椅子に腰掛け、テーブルには網籠が置かれ、その中には毛糸の球が彩り取りに並んでいる。
しかし、手袋は何故か白一色であるが、それは只単に色を混ぜて編むなんて面倒を嫌がっただけのこと。
白いカーディガンに小花柄のワンピース姿の少女が、鼻歌を歌いながらこんなところで手袋を編んでる事自体、異質にしか見えないだろうが。

「~…出来たっ」

最後の仕上げを終え、天井に掛かったガラスから溢れる光へそれをかざし、満足そうに微笑む。
その視野の片隅、僅かに開く扉に気付けば、探る気もしなかった気配にやっと気付いたらしい。
ぽいっと手袋を籠の中へ針ごと放り込むと、椅子から立ち上がり、猫でも見つけたような柔らかな笑みのまま扉へと近づいていった。

「誰かな~? 霧抜けてきたのかな、それとも牢屋かどっかにいたのかな。貴方は兵士とか将校さんかな、それとも捕虜だったりとか?」

迷い猫へ語りかけるような軽い口調で言葉を紡ぎつつ、届くなら扉をゆっくりと開いてしまうだろう。
紫色の瞳を緩やかに細めつつ、軽く首を傾げていけば、くすんだ水色の髪が緩やかに流れていく。
緩めのウェーブヘアが零れ落ちると、染み込ませたジャスミンの香りが薄っすらと広がっていくだろう。
血生臭い戦場とは全く似合わぬ香りが。