2021/10/07 のログ
■影時 > 変える声は、ない。声が通るにはまだ層が足りない。奥があるのか。
そう思うのも前方へと目線を遣れば、其処に答えがある。
妙に抉れた、或いは削られた石柱が乱立するが、高さも幅もあっても風情としては広間ではない。
宝物やら何やらが副葬品として安置された玄室にしても、違う。整っていない。
大型の魔物が跋扈する、行き交ってもおかしくない通路と云う方が想像としては外れていない。
そんな空間に少しでも通るように、声を放ったのだ。うまくすれば遠くまで届いたとは思いたい。
だが、当然ながら声が通るならば――、
「……おうおう。こいつァ数が揃ったもんだ」
獲物が沸いてきたとばかりに、奥の方から気配が殺到してくる。押し寄せてくる。
くしゃくしゃと髪を掻き、携えるカンテラを足元に置き直す。
己が現在地、移動の基点を示すように灯火を宿す器が放つ光は、一瞬闇を割いて照らす。
近づいてくる魔物の正体の姿を認めるには、其れで十分だ。
忍装束姿の影は纏う羽織と束ねた後ろ髪を揺らし、微かに氣息を零して横手に跳ぶ。
洞窟然とした遺跡の横壁を蹴り、地上から空に向かって駆け上がる雷光の如く、壁の起伏を手掛かりに押し寄せる魔物の上を超える。
そうやって多くの気配を視野に捉えれば、左右の手指を組み、連続して一連の印を組む。
水脈が近いのだろう。漏れた水の気配が術の発動により急激に高まり、熱を奪う。
数は多くある生あるものから際限なく奪い尽くし、凍気を結ぶ。
生命を奪うなら、考え無しに火をかけるよりも血すらも凍らせてしまう方が、手っ取り早いことがある。
追手となりうる脅威を凍らせて屠り、術の余波で火が消えたカンテラを回収した後に、影は進む。
生存者に遇えるか。その痕跡にしか遇えぬか、今は定かではないが――。
ご案内:「無名遺跡」から影時さんが去りました。