2020/11/16 のログ
ご案内:「無名遺跡」に影時さんが現れました。
影時 > 全く――、憂鬱なことだ。

誰かがやらなければ、やり手がいないことを択んで、やる。
好んでやる訳ではない。実績稼ぎという意味では有効な手段であるが、概して目にするものは凄惨な末路ばかりだ。

――派遣された冒険者が、予定通りの日程で帰還しない。依頼完了の報告をしないものの足取りをたどるとは、そういうことだ。

「……足跡は無ェ訳じゃないが、幾つか不揃いなのも散見してるな。変なのが沸いたか?」

嘯いた言葉が遺跡に揺蕩う闇に紛れ、生臭さが混じる風に乗って消えゆく。
いくつものある無名――名もなき遺跡、名目上は管理のための無味乾燥な型番が振られた遺跡は時折魔物が沸く。
遺跡を出て、近隣の町や村に害を成さないように討伐の依頼が幾つもの冒険者ギルドより発布される。

それはいい。溝攫いやお使いのような細々とした依頼だけで満足しない、血気に逸りがちな初心者にも向くと脅威の査定の上でだ。
だが、往々にしてあるものである。深くは潜るな、単独で潜るな、などと云いつけられても突出して未帰還者となるものは。
今さらながら救助の人を遣っても、帰還は望み難い。だが、放置しておくわけにもいかない。
故に腕に覚えのあるものを募って見に行かせる。探索の依頼を出す。
帰って報告があれば良し。帰らぬのであれば、件の遺跡は封鎖の上で次第によっては滅却すら必要だろう。

「区分としちゃァ、地下墳墓というよりは……そこそこ深度のある迷宮の類だったかこれは」

そして、その任を受けたものが明りに用意した松明を掲げて零す。
足元を確かめるフード付きの外套を被った姿が灯の加減だろうか、暗赤色の双眸を思案気に揺らめかせて。

影時 > 念のためにと出立前に用意させた資料によると、低位の小鬼やインプの類、強くて強靭な亜人の類が沸くという。
経験の浅い初心者には向くが、いずれも油断も何もできない。
だが、それでも徒党を組んで向かう限りであれば、生還率は高いという評価されていたと記述を思い出す。
魔物の生態はそれこそ、まるでサイコロの出目の如く気紛れで、時折正気を疑うような次第もある。

「奥に変なモンでも出す門でも湧いたのかね。それはそれで塞ぐのは面倒だが……」

勿論、未踏破の階層や経路が偶然開き、其処から出てきた可能性もある。
外套の下、腰に付けた雑嚢から畳んだ紙を取り出し、片手で器用に慣れた仕草で開き、一瞥して戻す。
踏破済みの公式記録として提出された階層のマップだ。
方向感覚、ならびに周囲のオブジェクトで現在地を改めて確認し、間違いがないことを再認し。

「――誰か、居るかァ?」


ふと、そんな声を響かせるのだ。
静謐、静穏行動を旨とするものしてはあるまじき行為だが、もしこれを聞きつけて動くものがあれば。
まだ生きている者が居るならば、それは拾わねばなるまい。

影時 > 「…………、お?」

案の定、だ。問うて応えるものが居るのであれば、苦労はしない。そんな旨い話はない。
だが、此れもまた案の定として進行方向の奥からもぞもぞと蠢くような、這いずるような。そんな物音が聞こえてくるのだ。

僅かに逡巡し、松明を放り捨てて上方を仰ぐ。思ったより天井が高い。
そうなれば、と外套を纏った影は膝を撓め、僅かな呼気と共に氣力を奔らせて跳び上がる。
天井の僅かな起伏と隙間に五指を喰い込ませ、足を這って張り付くのだ。
ともすれば重力に負けて垂れ下がる外套の裾もまた、器用に巻き込んでしまえば闇に紛れる。
あとは気配を消しながら、遣ってくる物音の主を見よう。

(成る程。……こいつァ、駆け出し共にゃ荷が重すぎるか)

当初、幾つかの足跡と形状から察するに、場慣れした小鬼の類でも住み着いたのかという憶測を一つ抱いていた。
だが確定しなかったのは、足跡の動きが屯している群と見た場合、揃っていたという点だ。
それはなぜかという「解」が、今丁度実物として跋扈している。

一見としては、「けんたうろす」やら云う人馬一体の亜人のそれに近い。
だが、近いだけだ。幾つもの足を持ち、それこそ足並みを揃えて、一応ヒトの形をした上半身を持ったそれは悍ましい姿をしている。
片手に棍棒を引きずり、その一方の手に引き摺るのは――嗚呼、まだ若い女の冒険者か。
生きているかどうかは検分しなけば怪しい。
……が、衣類を引き剥がされ、裂傷噛傷の類よりも、足の付け根から何か滴るのは、如何なる末路を辿ったか。想像に難くはない。

影時 > 先程までの足元に放り捨てた松明が放つ臭いと光が、煩わしいのだろう。
その湧いて出た魔物は言語にし難い唸りと共に、松明を踏みつける。
火傷も厭わないのか。何度も何度も踏みつけ、火が消える様にようやく満足したように息を吐く。

そんな一部始終を文字通り、天井から眺め遣る。
言語を操るかどうかは確定しないが、少なからず知性はあろう。
道具を使えばより容易く獲物を殺せる、という経験由縁かもしれないが、武器を携える点でそれを察する。
繁殖欲も月並みだが、きっと旺盛だろう。
それこそ子供がお気に入りの玩具を手放さないかの如く、犠牲者を引きずっている点から思う。

(――取り敢えず、見るべきものは見たな。放置は……しておけんなァ)

奥まで踏破、検分しなければ確定は出来ないにしても、足元のこの魔物は放置しておけない。
先程響いた声の主を探しているのだろう。
周囲を見るように首を巡らす様を見遣り、適度なタイミングを見計らって天井に食い込ませた指を離す。
ちょうど、馬乗りできるようなポジションに落ちつつ、腰裏から引き抜いた刃を首筋に叩き込もう。
左手に手持ち武器としても使える棒手裏剣。右手に苦無。冷たく光る刃を打ち込めば――、

『!!!!!!』

魔物が咆え、血が飛沫く。苦無の刃をより深く埋め、頸骨を削るように抉って開けば、魔物は目を向いて力を失う。
どう、と倒れ伏す様を胴を蹴って跳び上がり、巻き込まれないように着地して見届ける。

影時 > 「まともに戦るのも嫌いじゃねェが、こんな時じゃな、と。そうそうだ。おぅい、生きては……ないか」

表舞台で華々しく戦う英雄英傑、故郷における大名や武将などのような丁々発止は嫌いじゃない。
だが、それは時と場合を選ぶ。そしてこの魔物はそうした技と術の限りを尽くして戦うものには、値しない。
屠れるときは速やかに屠るに限る。そうしなければ、犠牲者の確保が出来ない。
薄々予感と推測はしていたが、引きずられていた女冒険者は――死んでいた。

如何なる凌辱だったのかは、窺い知れない。
少なくとも首が座っていない有様に加え、剥き出しとなった両肩には押さえられた後と見える鬱血がある。
暴れる犠牲者を押え込みつつ、首でも絞めて愉しむ……などといった嗜好まであったのかもしれない。
辛うじて、残っていた首飾り式の認識票を一瞥し、二枚組となった内の一枚を引き千切る。
遺体を持ち帰るには、流石に荷が重い。

「……依頼を受けた段階で訊いた未帰還者は、三人。んでー……あと二人、か」

同じような末路を辿っている可能性を考えれば、聊か気が重い。

影時 > 「……仕方が無ェ。請けたからにゃ、行かなきゃならン」

想定される範囲としてさっき倒したものと同型、同類が複数いる可能性がある。
それ以外もまた、然り。未使用の松明を取り出して着火するかどうか迷い、止める。
安全かつ確実にやるとなれば、隠形の技の活用が重要だ。
火を目印におびきよせるにしても、別の明かりの現地調達ができないのは少々問題だろう。

自生しているヒカリゴケの類で、僅かに明かりは確保できる。
血濡れた武器類を襤褸布で拭って納め、現状放置せざるを得ない冒険者の骸に片手で拝む。

奥に複数体残っていると考えれば、余り悠長に時間をかけてはいられない。
外套のフードを被り直し、口元を覆う覆面を直して注意深く進行を再開する。

最終的に、未帰還者は全員死亡。新種の魔物の出現、その掃討を報告として持ち帰り――。

ご案内:「無名遺跡」から影時さんが去りました。